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[ad lib]番外編など

Day 1

「お部屋、すごく広いね!ユニット置いても余裕だ」

リビングではしゃぐはるかを見つめる。
雑然とした部屋の一角に不自然に空いたスペースには、ユニットタイプの防音室が組み立てられる予定で、もちろんそこにはピアノが入る。

「…あの、瑛くん」

この部屋でピアノを弾くはるかの姿を想像していると、遠慮がちな声とともに見上げられた。
こんなに小さかっただろうか、星の瞳によく合うアイシャドウがきれいだ、でもやっぱり一番きれいなのはこの瞳だ、などと見つめれば見つめるほど想いがあふれていく。

「ゆっくりお話ししたいところだけど…お風呂入ってもいい?」
「え?…うん」
「ええと…瑛くん…?」

扉を開ける前にはもう寝ているかもしれないと思ったほど、かなりいい時間だ。
試合を観たあと部屋の片付けを進めてくれていたらしく、風呂にはまだ入っていない様子のはるかもそろそろ寝る準備をした方がいいだろう。
そう思って渋々頷いたのに、はるかは困ったように笑っている。

そして、玄関先で抱き締めた時から繋いだままだった手を、そっと持ち上げた。

「お風呂、入るね?」
「うん」
「うーん、この手は、いったん離していただいても…」
「え、なんで?」
「“なんで”!?」

驚いているのはこちらの方だ。

ようやく、ようやくもう一度繋いだこの手を、なぜ離さなければならないのか。

バスルームにはゆとりがあって、ふたりで一緒に入っても窮屈はしないはずだ。
はるかの肌の感触を確かめて、胸の奥に広がった空白を埋め尽くして、それからベッドに連れて行って、また全身を味わいたい。

瑛は完全に頭がおかしくなっていた。

「あ、明日も試合でしょ!しかもデーゲーム!」
「うん」
「シャワー浴びてきたんでしょ?もう寝なきゃ!わたしもお風呂あがったらすぐ寝るし…!」
「寝かせないけど?」
「瑛くん!」

強い瞳が、見上げる。
大げさにしゅんとして見せたけど、やっぱり困ったような笑顔でやさしく撫でられるだけだった。



着替えてベッドに入ると、やけに広く感じた。
ここ数週間ずっと一人でこのベッドで眠っていたのに、バスルームからかすかに聞こえるシャワーの音に耳を傾けていると、少し冷たいシーツがどうにも虚しくて。

ナイター翌日のデーゲームは、二軍時代も経験していたので慣れているつもりだ。
まだ本拠地球場の空気に緊張してしまう部分はあるが、むしろそういう気持ちはずっと忘れないようにしたいと思っている。

そうしてここにいないはるかへの言い訳を頭の中で並べていると、寝室の扉がそっと開かれた。
廊下の電気は消されていて、静かに入ってくるはるかの表情は見えない。

「わっ!」

突然、ベッドが沈む。

ただでさえ慣れない家で、暗闇の中を歩いていたはるかの足がベッドにぶつかり、そのまま飛び込んでしまったようだ。

「…ぶはっ、お前…アハハ!」
「わああ瑛くん!ごめん、起こした!?」

すぐ隣で腹を抱える瑛に、はるかは慌てて問いかける。
それすらもおかしくて、いとおしかった。

「…起きてた。寂しくて」
「えっ、そ、そっか…ごめんね…?」

うろたえるはるかに手を伸ばせば、化粧を落とした顔がよく見えた。
やっぱりまた一段ときれいになったけれど、高校時代の面影も感じられる顔。

吸い寄せられるように、唇を重ねていた。

「瑛くん、」

名前を呼ぶ声もたまらなくいとしくて、また唇ごと喰らい付く。
高校時代と変わらず小さい身体を包み込むと、やわらかな布の感触が指先に触れた。

睡眠環境にこだわる彼女が選ぶ、質の良い寝間着。
だけどその向こうに隠された、素肌の感触の方がきっと何倍も魅力的だろう。
それを想像しながら、はるかの胸元に手を滑らせた。

その手に、小さな手がそっと重なる。

「…嫌?」

耳元で尋ねると、はるかはひどく切ない表情をして、首を振った。
それなら、とその首筋に唇を落とそうとしたら、逃げるように身を捩られてしまった。

「瑛くん…気持ちはわかるけど、今日は、やめておこう…?」

まるで赤子をあやすように背中を撫でながら、はるかが囁いた。

「瑛くんは強いから、ほんとに大丈夫なのかもしれないけど…もしかしたら自分も気付かないところで、ものすごく消耗してたかもしれない。それが分かってからじゃ、もう遅いでしょう…?」
「…」
「わたしも…瑛くんと、たくさん触れ合いたいよ。でも、それを後悔するようなことには、なって欲しくない」

少し震えていたその声に、はっとした。

会えない時間を過ごして、ようやくここまで辿り着いたのは、はるかも同じ。
そしてふたりにとって、ここはゴールでも何でもなくて、むしろここからが勝負どころでもあって。

「開幕三連戦あとふたつ、きっちり勝ってからね」

そんな挑発を口にするはるかだって、本音はもっと別のところにあるはずなのだ。

「…分かった。次はヒット決めねえとな」
「ホームランでもいいよ。席教えるから飛ばしてくれる?」
「お前な…」
「しまった、わたしのとこじゃファールか…エンタイトル待ってるね」

くすくすと笑うはるかにいろいろなことを気付かされるのは、これからも変わらないのかもしれない、なんて思いながら今夜はおとなしく隣に寝転ぶことにした。




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【エンタイトル】「エンタイトルツーベース」。フェアゾーンにバウンドした打球がスタンドに入った場合、無条件でツーベースヒットになります。その他にも球場独自の規定があったりします。

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