[Theme 03]3年生編
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「家の人は…その、大丈夫?」
校門から出てもまだ、赤い顔を隠すように俯いたままのはるかのつむじに向かって問いかける。
はるかはそのままの姿勢でこくりと頷いた。
「あのね…」
「うん?」
「い、言ってないの…帰ってくること…」
「え…?」
恋人同士、それも今日をもって“社会人”になった瑛を相手に、“一緒にいる”というのはつまりそういうことで。
ただ、はるかが鷺嶋にいるということは、当然それをはるかの家族も知っているものと思っていたので、瑛は驚いた。
「へー…じゃあそっか。親に騙って、俺のことどうにかしようとしてんだ?」
「ひ、人聞き…!いや、そうですね…ごめんなさい…」
「はは、冗談だよ。とりあえずどうする?俺のとこに一人増やせばいいのかな」
「あ、それなんですけど…」
罪悪感からか、さらに深く俯いてしまっていたはるかが、そっと顔を上げた。
いつだってきらきらと輝きに満ちているはずの瞳が、面白いほど泳いでいる。
「ふ、ふたりぶんでとっているので…わたしの方に来ていただいても…よろしいでしょうか…?」
しどろもどろな言い方にとうとう吹き出してしまい、腹を抱える。
ひとしきり笑った後、いたたまれなくなってまた俯いたはるかの顔を覗き込んで、囁いた。
「悪い子だな、はるかちゃんは」
「…!」
声にならない声を上げるはるかの手をとり、瑛は上機嫌で歩き始めた。
当日キャンセルなので一泊分支払うことは覚悟していた──そしてその分ははるかが持つと言って譲らなかった──が、電話口であっさりと“結構ですよ”と言われて拍子抜けした。
もちろん場合によるのだろうけど、よっぽど悪質でない限りはそういう対応をしてくれるところもあるらしい。
はるかが部屋をとっていたのは、高校の最寄からは少し離れた中心部のエリアだった。
降り立ったのはふたりが想いを伝え合ったあの日、はるかが買ったばかりのキーボードを抱えて電車に乗り込んできた駅。
「とりあえず荷物置く?お腹すいてたらごはん食べる?」
瑛が駅ビルのトイレで私服に着替えて出てくると、少しは罪悪感が薄れたのか、いつも通りの穏やかな笑顔が出迎えてくれた。
はるかは既にチェックインを済ませて、荷物も部屋に置いているらしい。
瑛の方もさほど大きめというほどでもないバックパック一つで、時間もちょうどいいので夕食にすることにした。
“卒業祝い”と言って、はるかは肉料理が自慢のレストランを選んでくれた。
思えば外で食事を共にするのもはじめてのことだ。
高校時代も入団後もほとんど寮の食堂でしか食事をしてこなかった瑛からすると、何語なのかも分からないようなメニューを適当に注文するはるかの姿は、それだけで大人に見えた。
「ん、美味しいね!」
瑛にとってははるかの料理が一番美味しいに決まっているけど、こんな笑顔が見られるなら、2年後はいろんな店に連れて行ってあげたいなと思ったりもした。
「え、ここ…?」
レストランから駅方向へ戻り、はるかが足を止めたのは、見上げるほどに背の高い建物の前だった。
県内最大級の駅なので周辺はほぼ高層ビルだが、その中でもとりわけ高く、夜空に向かって伸びている。
「こういうところなら、確実にプライバシーを守ってくれると思いませんか?」
呆然と建物を見上げる瑛にそう言って、はるかはどこからか取り出したメガネをかけさせた。
さり気なく“わ、似合う”なんて呟くので、どくどくと鼓動が跳ねる。
「入団直後にこんなの、バレたらまずいですからね…」
「それ言うなら今更じゃね?」
「ごはんまでなら、“姉です”とかでなんとかなるでしょ」
そう言い残したと思えば、はるかはすたすたと歩き出してしまった。
“あまり近寄るな”と背中が語っている。
別にいつ、どんな場面を切り取られようとはるかのことを“姉”だなんて言うつもりはないけれど、今は黙って従うことにした。
「にしてもすげーな」
部屋に入ると、一つでも大きなベッドが二つ並んでも余りある、広い空間がそこにあった。
足元の絨毯は沈み込むほどやわらかく、閉じられたカーテンからも重厚な質感が見てとれる。
片方のベッドには明らかに使用感があり、扉の隙間から覗くバスルームにはタオルが干されていて、まさか、とはるかを見た。
「昨日から泊まってんの…?」
「え?うん。じゃないと間に合わないし」
「二人分で?」
「うん」
制服かけとこうか、と呑気にハンガーを手に取るはるかに、開いた口が塞がらなかった。
瑛だってつい数ヶ月前、はじめて作った自分名義の口座に、高校生にとっては嘘のような金額を振り込まれたところだった。
だけどそれは拓真の見様見真似で野球部への寄付に回した以外は、そのまま口座に放置しているくらいには頭がついていっていない。
「あっ、遠慮しないで。わたしのわがままだし。円安だし!」
「…いや、そういうわけにはいかねえだろ。俺“社会人”ですし?」
「今日はまだ高校生だし、公的には月末までだけどね」
「高校生こんなとこに連れ込んでんの?おねーさん」
「う…っ」
自分で墓穴を掘って頭を抱えるはるかに、つい笑みがこぼれる。
電車を降りてからなんだかずっとふわふわとしていた感覚が、一気に落ち着いた気がした。
「…ありがとう、はるか。一緒に過ごせてめちゃくちゃ嬉しい」
肩に触れて、そっと振り向かせると、潤んだ瞳に釘付けになる。
その星空に吸い寄せられるように、唇を重ねた。
「家の人は…その、大丈夫?」
校門から出てもまだ、赤い顔を隠すように俯いたままのはるかのつむじに向かって問いかける。
はるかはそのままの姿勢でこくりと頷いた。
「あのね…」
「うん?」
「い、言ってないの…帰ってくること…」
「え…?」
恋人同士、それも今日をもって“社会人”になった瑛を相手に、“一緒にいる”というのはつまりそういうことで。
ただ、はるかが鷺嶋にいるということは、当然それをはるかの家族も知っているものと思っていたので、瑛は驚いた。
「へー…じゃあそっか。親に騙って、俺のことどうにかしようとしてんだ?」
「ひ、人聞き…!いや、そうですね…ごめんなさい…」
「はは、冗談だよ。とりあえずどうする?俺のとこに一人増やせばいいのかな」
「あ、それなんですけど…」
罪悪感からか、さらに深く俯いてしまっていたはるかが、そっと顔を上げた。
いつだってきらきらと輝きに満ちているはずの瞳が、面白いほど泳いでいる。
「ふ、ふたりぶんでとっているので…わたしの方に来ていただいても…よろしいでしょうか…?」
しどろもどろな言い方にとうとう吹き出してしまい、腹を抱える。
ひとしきり笑った後、いたたまれなくなってまた俯いたはるかの顔を覗き込んで、囁いた。
「悪い子だな、はるかちゃんは」
「…!」
声にならない声を上げるはるかの手をとり、瑛は上機嫌で歩き始めた。
当日キャンセルなので一泊分支払うことは覚悟していた──そしてその分ははるかが持つと言って譲らなかった──が、電話口であっさりと“結構ですよ”と言われて拍子抜けした。
もちろん場合によるのだろうけど、よっぽど悪質でない限りはそういう対応をしてくれるところもあるらしい。
はるかが部屋をとっていたのは、高校の最寄からは少し離れた中心部のエリアだった。
降り立ったのはふたりが想いを伝え合ったあの日、はるかが買ったばかりのキーボードを抱えて電車に乗り込んできた駅。
「とりあえず荷物置く?お腹すいてたらごはん食べる?」
瑛が駅ビルのトイレで私服に着替えて出てくると、少しは罪悪感が薄れたのか、いつも通りの穏やかな笑顔が出迎えてくれた。
はるかは既にチェックインを済ませて、荷物も部屋に置いているらしい。
瑛の方もさほど大きめというほどでもないバックパック一つで、時間もちょうどいいので夕食にすることにした。
“卒業祝い”と言って、はるかは肉料理が自慢のレストランを選んでくれた。
思えば外で食事を共にするのもはじめてのことだ。
高校時代も入団後もほとんど寮の食堂でしか食事をしてこなかった瑛からすると、何語なのかも分からないようなメニューを適当に注文するはるかの姿は、それだけで大人に見えた。
「ん、美味しいね!」
瑛にとってははるかの料理が一番美味しいに決まっているけど、こんな笑顔が見られるなら、2年後はいろんな店に連れて行ってあげたいなと思ったりもした。
「え、ここ…?」
レストランから駅方向へ戻り、はるかが足を止めたのは、見上げるほどに背の高い建物の前だった。
県内最大級の駅なので周辺はほぼ高層ビルだが、その中でもとりわけ高く、夜空に向かって伸びている。
「こういうところなら、確実にプライバシーを守ってくれると思いませんか?」
呆然と建物を見上げる瑛にそう言って、はるかはどこからか取り出したメガネをかけさせた。
さり気なく“わ、似合う”なんて呟くので、どくどくと鼓動が跳ねる。
「入団直後にこんなの、バレたらまずいですからね…」
「それ言うなら今更じゃね?」
「ごはんまでなら、“姉です”とかでなんとかなるでしょ」
そう言い残したと思えば、はるかはすたすたと歩き出してしまった。
“あまり近寄るな”と背中が語っている。
別にいつ、どんな場面を切り取られようとはるかのことを“姉”だなんて言うつもりはないけれど、今は黙って従うことにした。
「にしてもすげーな」
部屋に入ると、一つでも大きなベッドが二つ並んでも余りある、広い空間がそこにあった。
足元の絨毯は沈み込むほどやわらかく、閉じられたカーテンからも重厚な質感が見てとれる。
片方のベッドには明らかに使用感があり、扉の隙間から覗くバスルームにはタオルが干されていて、まさか、とはるかを見た。
「昨日から泊まってんの…?」
「え?うん。じゃないと間に合わないし」
「二人分で?」
「うん」
制服かけとこうか、と呑気にハンガーを手に取るはるかに、開いた口が塞がらなかった。
瑛だってつい数ヶ月前、はじめて作った自分名義の口座に、高校生にとっては嘘のような金額を振り込まれたところだった。
だけどそれは拓真の見様見真似で野球部への寄付に回した以外は、そのまま口座に放置しているくらいには頭がついていっていない。
「あっ、遠慮しないで。わたしのわがままだし。円安だし!」
「…いや、そういうわけにはいかねえだろ。俺“社会人”ですし?」
「今日はまだ高校生だし、公的には月末までだけどね」
「高校生こんなとこに連れ込んでんの?おねーさん」
「う…っ」
自分で墓穴を掘って頭を抱えるはるかに、つい笑みがこぼれる。
電車を降りてからなんだかずっとふわふわとしていた感覚が、一気に落ち着いた気がした。
「…ありがとう、はるか。一緒に過ごせてめちゃくちゃ嬉しい」
肩に触れて、そっと振り向かせると、潤んだ瞳に釘付けになる。
その星空に吸い寄せられるように、唇を重ねた。