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[Theme 03]3年生編

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それから他の後輩たちや、同学年の面子とも言葉を交わして、最終的にはなぜかまた正也と肩を並べて校門へ向かっていた。
相変わらずすれ違う生徒たちからは視線を感じたけれど、慣れか疲れか、もうまったく気にならなかった。

「こっからはまた敵同士だな」

さすがの正也も、疲れの滲む声だった。

「リーグ違うけどな」
「日本一を争って元チームメイト対決とか、アツいな…!」
「…お前んとこ、クライマックスいけるか…?」
「おい!」

お互いもうプロの身体なのに、容赦なく肩を叩いてくる神経は相変わらずだ。
こちらも遠慮なく蹴りを入れさせてもらう。

「いってーな!俺はお前が球団で上手くやっていけるか心配だぞ、マジで…」
「余計なお世話すぎるな。お前がいる方がいろいろとめんどくせーよ」
「俺はな!月城先輩公認の“お世話係”だったんだぞ!」
「はあ?なんだそれ。詳しく聞かせろ」

聞いたことのない話に、ぴくりと眉が跳ねる。
ぶん殴ってでも吐かせたいところだが、突然足を止めた正也の視線の先を見て、瑛も口を噤んだ。

卒業生を待つ保護者たちの中に、裕士の姿を見つけたのだ。

「親父さんちわっす!わざわざ来られてたんすね!」
「おお、高原君か。卒業おめでとう!二人とも写メ撮らせてくれや」

写メって、と呆れている間に勝手にシャッターを切られる。

スーツ姿の裕士を見るのは中学以来で、作り話なんじゃないかと思っていた会社での評判も今なら現実味があるような気がした。

「俺んとこも来てるはずなので、そろそろ行きますね。じゃあな瑛!まずは交流戦な!」
「おー。シニアぶりにボコボコにしてやるよ」

瑛の言葉にべ、と舌を出して走り出した正也の背中にガキかよ、と呟く。
すかさず裕士に、お前も大概ガキだぞと言われて顔をしかめた。

「いやー、まさかプロになっちまうとはなー!」

正月、入寮前に帰省した時と同じセリフを口にした。

「大事な試合ですっ転ぶんじゃねえぞ!」
「だからいつの話してんだよ、しつけーな…」
「…お前が野球をやりたいって言った時は、驚いたよ」

それは、正月には語られなかった話。

──正月どころか、今まで一度も。

「テレビでもそんなに観てなかったのになー。一回だけ練習してるところ通りかかったら、それだけで“やりたい”って。血は争えねえな、まったく」
「は…?」
「俺もな、一度は目指したもんよ。プロ野球選手ってやつ」


喧騒が一瞬で遠のいた。


裕士とはるかと三人で、東峰ドームの試合を観に行った帰り。
十数年振りに触れた父親の手の平が、はっとするほどに硬かったことを唐突に思い出す。

「高校でやめちまったけどな!もう全然、話にもならねえ実力だったよ。最後の夏もベンチ入りしてねえし」
「そんなこと、一度も…」
「言えねえよ。勝手に“親父の夢”とか言って背負われても困るだろ」

鷺嶋からのスカウトに応じるかどうかを悩んでいた瑛の背中を押した時の、どこか後悔の滲むような表情も、思い出した。

「お前には悔いの残らない生き方をして欲しいと思ってる」

そんな記憶の一方で、今目の前にいる父親は、これまで見たことがないほど真剣な表情をしていた。

「だから余計な情報は与えたくなかった。どうせ、俺からお前に教えられることなんてねえしな!」
「…」
「なあ、瑛。正しい選択をしろって言ってんじゃねえんだ。悔いのない選択をしろ。いいな」

それが親の言葉か、とも思ったけれど、なんとも裕士らしいなと思った。

ならば、彼がそんなにも重く抱えている“悔い”とは、なんなのか。
いつか語り合える日が来るだろうか。

「さ、お前が有名になってもしゃしゃり出るつもりはねえから安心しろ。ただし俺が金に困ったらサインくれや!」
「息子のサイン売るなよ…」
「俺はもう帰るぞ!お前は?」

いつの間にかすっかりいつもの調子に戻って、スマートフォンを取り出している。
本当に“悔い”なんてあるんだろうかと呆れてしまった。

「あ、今日はこっち。向こうには明日朝から」
「そうか。じゃあ、元気でやれよ」
「ん」

軽く手を挙げて歩いていく父の背中に、喉まで出かかっていた言葉は、そこでそのまま滞った。
さっそく少し後悔の念が漂うけれど、これもいつか必ず、と今は吞み込んだ。



度々のマスコミ対応に時間をとられ、グラウンドにも寄っていたので、既に辺りの人影はまばらだった。

もう当分は足を踏み入れることはないであろう学び舎だけど、それほど名残惜しい気もしない。

だけど無意識に瑛の足は、記憶を辿るようにもう一度校舎へと向かった。


偶然出会った女子生徒を、はるかだと気付いた講堂。


ピアノではなくサックスを抱え、葛藤するはるかがいた音楽室。


はるかと昼休みを共に過ごし、寄り添い合ったベンチ。


通り過ぎていく景色に、胸が焦がれるように熱くなった。


──卒業式に来て欲しい、なんて、親でもないのに言える訳なくて。


それでもやっぱり会いたかった。

間違いなく自分の人生を変えるような経験をしたこの街──はるかともう一度出会えたこの街から、旅立つ今日という日に。

足場に覆われた旧館、立て看板の“立ち入り禁止”の文字が、じわりと滲んだ。


「日坂くん」


いとしい声が、聞こえた。


一方で聞き慣れない響きを、不思議に思いながら振り返る。


「第2ボタン、くれませんか?」


穏やかな微笑みに、眩暈がした。
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