[Theme 03]3年生編
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強豪校の野球部は学校行事に参加できない。修学旅行にも行けない。
そんなイメージが一般的だとどこかで耳にしたが、鷺嶋の行事予定は異様に上手く組まれていたため、ほとんどの行事にまともに参加する羽目になった。
当日だけなら、授業を受けるよりは楽な気がしないでもなかったが、どの行事にも事前準備というものがある。
これについては練習を理由に免れていたのだが、引退し公式戦への出場権もない今、その理屈は通らない。
「高原君、ちゃんと周りの音聞いて!」
「ヒイ!」
合唱コンクール委員の叱責と、クラスメイトの笑い声を受けて縮こまる正也を横目に、瑛は内心ほくそ笑んでいた。
練習に参加できないとなれば、当日はほぼ口を動かすだけでやり過ごすのがもっとも平和なやり方である。
それを今年は練習ができるからと、無駄にやる気を出してしまえばこの通りだ。
「…瑛君、あの人結構鋭いから気を付けてね」
解散後、パートが違うので遠くにいたはずの渚に囁かれた瞬間は、肝を冷やしたけれど。
結局、正也は自身の意思に関係なく“大きな声を出すな”とのお達しを受け、何とか無事に本番を終えることができた。
そんな正也や、自分にも客席からの視線が集まっていることを感じとって、これからはずっとこんな人生なんだろうなと悟ったりもしていた。
そしていつだったかと同じように、講堂エントランスのソファに座り込んだのだった。
「今年は練習からいたから、なんかエモいな!」
あれだけ邪魔者扱いされていながらそんなことを言える図々しさに、瑛は乾いた笑いをこぼした。
「あはは。最後に良い思い出になったかな?」
「まーな!どっかの誰かと違って、ちゃんと本気でやったからな!」
「本気封じられてただろ」
「…もう、あと一ヶ月ちょっとなんだね。二人がここにいるのは」
けらけらと笑っていた渚が、表情はそのまま、呟くように言った。
「年が明けたら、二人とももう…」
「や、やめろよ渚!卒業式は来るんだし、これからも会おうと思えば会えるだろ!」
「…ふふ、受験がないのが羨ましいって言ってるだけだよ?」
「なんだって!?」
それが強がりなのは、瑛にだって分かったけれど、わざとらしくずっこけた正也を一緒になって笑うくらいしかできなかった。
渚には並々ならぬ恩がある。
いつか何かの形で返さなければ、と一人頷けば、不思議な顔をされた。
「この後は?最後だから見て回ったりする?」
「アリだなー。渚が出るなら吹部も観たかったけどな」
「嬉しいお言葉だけど、今年はお手伝いだけだよ。僕も引退した身だからね」
「瑛は?この期に及んでもう帰るとか言わねえよな?」
いつの間にか立ち上がって、期待に満ち溢れた視線を向けてくる正也だったが、瑛は首を振った。
「帰るよ」
「嘘だろ!?」
「お前も、アホ面でうろついてるといろいろめんどくせーぞ」
「何だお前!大人になって“あの時正也クンと一緒に回ればよかった…”とか泣いても知らねえぞ!!」
「言ってろ」
大半の生徒が講堂に留まっているか、校内を練り歩いている隙に教室からカバンを回収する。
引退後は移動用のカバンから移していたロブスターとともに、そそくさと寮に戻った。
外の水道では、冬真が座り込んでいくつもの靴を洗っていた。
「…お前、またやってんのか」
「お疲れ様です。今日は一段と洗濯日和ですね」
瑛もなんとなく、水が跳ねない程度に近くに座り込む。
確かに冬真の言う通り、背中に当たる日差しが熱いくらいだ。
「いいんですか、最後の文化祭楽しまなくて」
「それ、答え分かってて聞いてんだろ」
「雑談ってそういうもんなんじゃないですかね」
淡々と言葉を投げかけていた冬真が、少し笑った。
「…“なんちゃらマジック”、でしたっけ」
「あ?」
「今のうちに“プロ野球選手”とお近づきになっておきたい、なんて人もいるんじゃないですか?」
冬真がブラシで靴をごしごしと擦りながら口にした言葉には、心当たりしかなかった。
ドラフト以降、瑛の普段の様子をよく知らない者でも──というよりよく知らないからこそ──、“いければラッキー”程度の感覚で声をかけてくることがちらほらとあった。
“なんちゃらマジック”などと相乗効果を起こされては困る。
はるかには呼び出しを無視するなとは言われているが、それ以前に呼び出しそのものを回避してしまえば済むことに気が付いたので、今年もこうして寮に引き上げてきたのだ。
今頃正也は、まんまとその餌食になっているだろうけど。
「…正也先輩って、意外とすぐ結婚しそうですよね」
「はあ、そうか?」
「アイドルとか、年上の女優とかもあり得そう」
「あいつが、そんな…」
見当もつかないなと笑っていると、冬真が蛇口を捻った。
どうやら靴を洗うのにも満足したらしい。
毎日泥だらけになっているのだ、2年も履いていればもういくら擦っても新品のようにはならない。
これからはこんなふうに、自分で用具や練習着を洗うこともなくなるんだろうか。
「瑛先輩も、早く結婚できるといいですね」
いつの間にか冬真はの視線は、瑛のカバンのロブスターに向けられていた。
「ここからが、また長いでしょうから」
──ふたりのやりたいことが、きちんと“お仕事”として形を成してから、考えた方がいいと思う。
ふと、薫の言葉を思い出した。
はるかはまだ大学生活が続くし、その間に瑛は、自分を指名してくれた球団に選手としての価値を証明していかなければならない。
最初に研鑽の場となる二軍では、12球団随一ともいえる環境が待っている。
そして、そこで着実に力を付けていく選手たちでさえ上がる隙がないほどに、選手層の厚い一軍。
それでも一刻も早くそこへ辿り浸かなければ、高卒選手である自分に生きる道はないだろう。
──お互いだけが、お互いの世界にならないように
その約束は果たせそうにないからこそ、何としても結果を出さなければならない。
「おい瑛ー!お前俺を見殺しにしたなー!」
騒がしい声と足音が近付いてきた。
人聞きの悪いセリフに顔をしかめる瑛に、冬真はまた笑った。
強豪校の野球部は学校行事に参加できない。修学旅行にも行けない。
そんなイメージが一般的だとどこかで耳にしたが、鷺嶋の行事予定は異様に上手く組まれていたため、ほとんどの行事にまともに参加する羽目になった。
当日だけなら、授業を受けるよりは楽な気がしないでもなかったが、どの行事にも事前準備というものがある。
これについては練習を理由に免れていたのだが、引退し公式戦への出場権もない今、その理屈は通らない。
「高原君、ちゃんと周りの音聞いて!」
「ヒイ!」
合唱コンクール委員の叱責と、クラスメイトの笑い声を受けて縮こまる正也を横目に、瑛は内心ほくそ笑んでいた。
練習に参加できないとなれば、当日はほぼ口を動かすだけでやり過ごすのがもっとも平和なやり方である。
それを今年は練習ができるからと、無駄にやる気を出してしまえばこの通りだ。
「…瑛君、あの人結構鋭いから気を付けてね」
解散後、パートが違うので遠くにいたはずの渚に囁かれた瞬間は、肝を冷やしたけれど。
結局、正也は自身の意思に関係なく“大きな声を出すな”とのお達しを受け、何とか無事に本番を終えることができた。
そんな正也や、自分にも客席からの視線が集まっていることを感じとって、これからはずっとこんな人生なんだろうなと悟ったりもしていた。
そしていつだったかと同じように、講堂エントランスのソファに座り込んだのだった。
「今年は練習からいたから、なんかエモいな!」
あれだけ邪魔者扱いされていながらそんなことを言える図々しさに、瑛は乾いた笑いをこぼした。
「あはは。最後に良い思い出になったかな?」
「まーな!どっかの誰かと違って、ちゃんと本気でやったからな!」
「本気封じられてただろ」
「…もう、あと一ヶ月ちょっとなんだね。二人がここにいるのは」
けらけらと笑っていた渚が、表情はそのまま、呟くように言った。
「年が明けたら、二人とももう…」
「や、やめろよ渚!卒業式は来るんだし、これからも会おうと思えば会えるだろ!」
「…ふふ、受験がないのが羨ましいって言ってるだけだよ?」
「なんだって!?」
それが強がりなのは、瑛にだって分かったけれど、わざとらしくずっこけた正也を一緒になって笑うくらいしかできなかった。
渚には並々ならぬ恩がある。
いつか何かの形で返さなければ、と一人頷けば、不思議な顔をされた。
「この後は?最後だから見て回ったりする?」
「アリだなー。渚が出るなら吹部も観たかったけどな」
「嬉しいお言葉だけど、今年はお手伝いだけだよ。僕も引退した身だからね」
「瑛は?この期に及んでもう帰るとか言わねえよな?」
いつの間にか立ち上がって、期待に満ち溢れた視線を向けてくる正也だったが、瑛は首を振った。
「帰るよ」
「嘘だろ!?」
「お前も、アホ面でうろついてるといろいろめんどくせーぞ」
「何だお前!大人になって“あの時正也クンと一緒に回ればよかった…”とか泣いても知らねえぞ!!」
「言ってろ」
大半の生徒が講堂に留まっているか、校内を練り歩いている隙に教室からカバンを回収する。
引退後は移動用のカバンから移していたロブスターとともに、そそくさと寮に戻った。
外の水道では、冬真が座り込んでいくつもの靴を洗っていた。
「…お前、またやってんのか」
「お疲れ様です。今日は一段と洗濯日和ですね」
瑛もなんとなく、水が跳ねない程度に近くに座り込む。
確かに冬真の言う通り、背中に当たる日差しが熱いくらいだ。
「いいんですか、最後の文化祭楽しまなくて」
「それ、答え分かってて聞いてんだろ」
「雑談ってそういうもんなんじゃないですかね」
淡々と言葉を投げかけていた冬真が、少し笑った。
「…“なんちゃらマジック”、でしたっけ」
「あ?」
「今のうちに“プロ野球選手”とお近づきになっておきたい、なんて人もいるんじゃないですか?」
冬真がブラシで靴をごしごしと擦りながら口にした言葉には、心当たりしかなかった。
ドラフト以降、瑛の普段の様子をよく知らない者でも──というよりよく知らないからこそ──、“いければラッキー”程度の感覚で声をかけてくることがちらほらとあった。
“なんちゃらマジック”などと相乗効果を起こされては困る。
はるかには呼び出しを無視するなとは言われているが、それ以前に呼び出しそのものを回避してしまえば済むことに気が付いたので、今年もこうして寮に引き上げてきたのだ。
今頃正也は、まんまとその餌食になっているだろうけど。
「…正也先輩って、意外とすぐ結婚しそうですよね」
「はあ、そうか?」
「アイドルとか、年上の女優とかもあり得そう」
「あいつが、そんな…」
見当もつかないなと笑っていると、冬真が蛇口を捻った。
どうやら靴を洗うのにも満足したらしい。
毎日泥だらけになっているのだ、2年も履いていればもういくら擦っても新品のようにはならない。
これからはこんなふうに、自分で用具や練習着を洗うこともなくなるんだろうか。
「瑛先輩も、早く結婚できるといいですね」
いつの間にか冬真はの視線は、瑛のカバンのロブスターに向けられていた。
「ここからが、また長いでしょうから」
──ふたりのやりたいことが、きちんと“お仕事”として形を成してから、考えた方がいいと思う。
ふと、薫の言葉を思い出した。
はるかはまだ大学生活が続くし、その間に瑛は、自分を指名してくれた球団に選手としての価値を証明していかなければならない。
最初に研鑽の場となる二軍では、12球団随一ともいえる環境が待っている。
そして、そこで着実に力を付けていく選手たちでさえ上がる隙がないほどに、選手層の厚い一軍。
それでも一刻も早くそこへ辿り浸かなければ、高卒選手である自分に生きる道はないだろう。
──お互いだけが、お互いの世界にならないように
その約束は果たせそうにないからこそ、何としても結果を出さなければならない。
「おい瑛ー!お前俺を見殺しにしたなー!」
騒がしい声と足音が近付いてきた。
人聞きの悪いセリフに顔をしかめる瑛に、冬真はまた笑った。