[Theme 03]3年生編
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下ろしたばかりの真新しい帽子を被せられ、フラッシュを浴びる。
瑛がその手に握らされた硬球に入っているのは、今ここにはいない監督のサインだった。
ふたりの家に飾ったら喜ぶだろうか。
そんなことが思い浮かんで自然と表情が和らいだ。
写真には見事にその瞬間を切り取られてしまい、ニュースや新聞を見たクラスメイトたちからは密かに気味悪がられることとなったのだけど。
「正也のとこ、監督来てたんだろ?」
「え、普通そうじゃないの?」
「俺見た!本物!超デカい」
球団からの指名挨拶に応じるため、午前の授業を途中で抜けていった瑛のことを、クラスメイトたちは休み時間の度にあれこれ噂していた。
しかし昼休みに入る頃には、彼らの興味は、数日前同じように挨拶を受けた正也へと移ったらしい。
3位指名の自分のところにまで監督が足を運んでくれたことには驚いた。
その長身を見上げた瞬間の自分は完全にプロ野球“ファン”の顔だったのを、今更少し反省していたりもする。
ほんの数日前までただの高校生でしかなく、現時点でも正式な契約はまだ先で、目の前にはありふれた日常生活が続いているだけなので、無理もないのだが。
クラスメイトたちの何度目か分からない質問に適当に答えていると、ふと隣の席が目に付いた。
もう残り少なくなった席替えで隣になったのは、鈴井だった。
渚と冬真の“作戦”で彼女の思惑を阻止して以来、瑛に果敢に話しかけることも、試合を観に来ることもなくなった。
あまりにあからさまなその態度に“女って怖い”などと思ってしまったものだった。
しかし彼女を見ていると、どうも瑛に対する興味を失ったようには思えなかった。
瑛に、というよりは──そのあまりに激しく、重々しすぎる感情の矛先に、といった方が正しいか。
彼女がはるかや、はるかの大学、よく顔を出すジャズ・クラブなどのSNSを気にしているのは、盗み見るつもりがなくても気付いてしまった。
「あのさ…」
クラスメイトたちの話題があっという間にまた別のところへ向かっていったところで、そっと声をかけた。
「まだ、気になんの?その…瑛のこと」
「は…?」
鈴井の険悪な表情も、無理はない。
あまりにもデリカシーのない質問だったことは、自覚している。
「…別に、」
しかし意外にも、鈴井は至って簡潔に答えた。
「納得したいだけ」
それは、瑛が自分ではなくはるかを選ぶことに対してか。
それとも、容姿に恵まれSNSにも多くのファンがいるような自分なのに、ここまで徹底的に拒絶されたことが受け入れられないのか。
「…あいつはさ、アメリカにいる彼女が、いつも買い物する場所とか、お気に入りのカフェとか、全部知ってんだよ」
「何の話…?そりゃ、付き合ってるならそれくらい…」
「あいつらが話せる時間なんて1日に十数分がいいとこだぞ。それなのにマジで野球の話しかしねえの。世間話なんかしてるの見たことねえ」
「…はあ…?」
怪訝な顔で首を傾げる鈴井に、続ける。
「“見てる”んだよ、あいつ。彼女がどこにいるのか、何時に帰ってんのか」
「え…まさか…」
瑛がスマートフォンの画面、地図上に表示されたアイコンをいとおしそうに眺めているのを目撃した時は、さすがの正也も背筋が凍った。
「甲子園の後くらいからだったかな。周りに人がいようが堂々と見てるあたり、ヤバいことやってる自覚ないな」
「…」
「もっと怖いのがさ──彼女も知ってんだよ、それ」
鈴井の表情は動かない。
もはや思考が止まってしまっているのかもしれない。
「そもそもスマホを直接操作しない限り、向こうにも通知がいくらしくて。まあ、そりゃそうだよな」
「あの人は、それを受け入れてるってこと…?」
居場所が見たいと訴えた瑛に、見てもなんにも面白くないと思うけどねえ、なんて笑っていたらしい。
「普通そんなことされたら、後ろめたいことなくても嫌だろ。なのに…驚きもしなかったらしいぞ」
「…でも、なんでそれを…」
「あいつらの世界を理解しようとするだけ無駄ってこと」
件の人物が教室に戻ってきた。
ぱらぱらと数人が話しかけるも、瑛が手短にあしらって会話が終了する。
本人がこれでは、クラスメイトたちの興味がすぐに薄れてしまうのも頷ける。
「悪いことは言わねえ。あいつらに触れるのは、やめとけ」
3年生になったばかりの教室で、彼女に告げたのと同じようで、違う言葉。
瑛がまたすぐに教室を出てどこかへ歩いていくのを、鈴井は呆然と眺めていた。
下ろしたばかりの真新しい帽子を被せられ、フラッシュを浴びる。
瑛がその手に握らされた硬球に入っているのは、今ここにはいない監督のサインだった。
ふたりの家に飾ったら喜ぶだろうか。
そんなことが思い浮かんで自然と表情が和らいだ。
写真には見事にその瞬間を切り取られてしまい、ニュースや新聞を見たクラスメイトたちからは密かに気味悪がられることとなったのだけど。
「正也のとこ、監督来てたんだろ?」
「え、普通そうじゃないの?」
「俺見た!本物!超デカい」
球団からの指名挨拶に応じるため、午前の授業を途中で抜けていった瑛のことを、クラスメイトたちは休み時間の度にあれこれ噂していた。
しかし昼休みに入る頃には、彼らの興味は、数日前同じように挨拶を受けた正也へと移ったらしい。
3位指名の自分のところにまで監督が足を運んでくれたことには驚いた。
その長身を見上げた瞬間の自分は完全にプロ野球“ファン”の顔だったのを、今更少し反省していたりもする。
ほんの数日前までただの高校生でしかなく、現時点でも正式な契約はまだ先で、目の前にはありふれた日常生活が続いているだけなので、無理もないのだが。
クラスメイトたちの何度目か分からない質問に適当に答えていると、ふと隣の席が目に付いた。
もう残り少なくなった席替えで隣になったのは、鈴井だった。
渚と冬真の“作戦”で彼女の思惑を阻止して以来、瑛に果敢に話しかけることも、試合を観に来ることもなくなった。
あまりにあからさまなその態度に“女って怖い”などと思ってしまったものだった。
しかし彼女を見ていると、どうも瑛に対する興味を失ったようには思えなかった。
瑛に、というよりは──そのあまりに激しく、重々しすぎる感情の矛先に、といった方が正しいか。
彼女がはるかや、はるかの大学、よく顔を出すジャズ・クラブなどのSNSを気にしているのは、盗み見るつもりがなくても気付いてしまった。
「あのさ…」
クラスメイトたちの話題があっという間にまた別のところへ向かっていったところで、そっと声をかけた。
「まだ、気になんの?その…瑛のこと」
「は…?」
鈴井の険悪な表情も、無理はない。
あまりにもデリカシーのない質問だったことは、自覚している。
「…別に、」
しかし意外にも、鈴井は至って簡潔に答えた。
「納得したいだけ」
それは、瑛が自分ではなくはるかを選ぶことに対してか。
それとも、容姿に恵まれSNSにも多くのファンがいるような自分なのに、ここまで徹底的に拒絶されたことが受け入れられないのか。
「…あいつはさ、アメリカにいる彼女が、いつも買い物する場所とか、お気に入りのカフェとか、全部知ってんだよ」
「何の話…?そりゃ、付き合ってるならそれくらい…」
「あいつらが話せる時間なんて1日に十数分がいいとこだぞ。それなのにマジで野球の話しかしねえの。世間話なんかしてるの見たことねえ」
「…はあ…?」
怪訝な顔で首を傾げる鈴井に、続ける。
「“見てる”んだよ、あいつ。彼女がどこにいるのか、何時に帰ってんのか」
「え…まさか…」
瑛がスマートフォンの画面、地図上に表示されたアイコンをいとおしそうに眺めているのを目撃した時は、さすがの正也も背筋が凍った。
「甲子園の後くらいからだったかな。周りに人がいようが堂々と見てるあたり、ヤバいことやってる自覚ないな」
「…」
「もっと怖いのがさ──彼女も知ってんだよ、それ」
鈴井の表情は動かない。
もはや思考が止まってしまっているのかもしれない。
「そもそもスマホを直接操作しない限り、向こうにも通知がいくらしくて。まあ、そりゃそうだよな」
「あの人は、それを受け入れてるってこと…?」
居場所が見たいと訴えた瑛に、見てもなんにも面白くないと思うけどねえ、なんて笑っていたらしい。
「普通そんなことされたら、後ろめたいことなくても嫌だろ。なのに…驚きもしなかったらしいぞ」
「…でも、なんでそれを…」
「あいつらの世界を理解しようとするだけ無駄ってこと」
件の人物が教室に戻ってきた。
ぱらぱらと数人が話しかけるも、瑛が手短にあしらって会話が終了する。
本人がこれでは、クラスメイトたちの興味がすぐに薄れてしまうのも頷ける。
「悪いことは言わねえ。あいつらに触れるのは、やめとけ」
3年生になったばかりの教室で、彼女に告げたのと同じようで、違う言葉。
瑛がまたすぐに教室を出てどこかへ歩いていくのを、鈴井は呆然と眺めていた。