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白昼夢に微睡んで

差し出された羽に触れれば濃紫の霧が体を包み込み、気がつくと禍々しいオーラを放つ城の前へと辿り着く。
人語を話すカラスなどという突飛な現象に心を踊らせていると、いつの間にかカラスは人型へと姿を変えていた。
「じいや、どこに行って……」
驚く間もなく中から扉を開けて出てきたのは、豪奢な城にはそぐわぬ陰鬱な雰囲気を纏う情けない男性だった。
自らを隠すように曲げた猫背に大きなマントをかけ、長く伸びた前髪はかろうじて瞳が見える程度に整えられている。
汚れているわけでも不快な臭いがするわけでもないが、綺麗なものに囲まれて過ごしてきた私は、自らの外見を整えようとすらしていないであろうその姿に酷く嫌悪感を抱いた。
突如知らぬ場所へ転移したことも羽を器用に使っていたカラスが人へ変身したことすらもどうでもいいほどに、目の前の不快な人物に注意が向けられる。
「あんなのがあんたのご主人様なわけ?ずいぶんと汚ならしい…」
主人と思われる人物を口汚く罵ったにも関わらず、カラスだった老人はニコニコと微笑み続けていた。
「はぁ…何連れてきたんだよ」
「坊っちゃまに発破をかけようと思いましてな。人間界の手頃な大国から姫を」
「戻してこい」
迷い込んだ小動物のような扱いに腹が立つ。連れてきたのはこのカラス老人だというのに。
「戻せるものなら戻してみたら?私、ここに住んでやるって決めたから」
目の前の男を避けるように扉へ向かった。扉を開けようとしてそっと手をかけた瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。
自分の今までいた世界とは何かが違うのだと、触れた感触から本能が悟っていた。
だからといって引き返すなどプライドが許せなくて、何よりも未知のものに対する興味が恐怖を勝って。
惹かれるがままに手を押せば、なんてことはない普通の城がそこにあった。
「なーんだ、うちとそんなに変わらないじゃな…」
足を踏み出した瞬間、腰が抜けてその場にヘタレ込んでしまった。
扉の外から覗いたときにはなんの変哲もない大きなだけの城に見えていたのに、入った今は自分がここにいてはいけないと強く思う。
ここから出なくては。でも、もう私の居場所はどこにも…
「はぁ…わかったよ。ほら」
ふと体が軽くなる。
なんの気なしに後ろを振り返れば、相変わらず陰気な男とニコニコ微笑む老人がそこにいた。
そう、あの彼にも結界を張る程度の仕事はしていたんだなと、今ならわかる。当時はただ恐怖が薄れたのが嬉しくて、自分が許されたように感じていたけど。
「それで、ここはどこなの?」
「魔神城です。この方はその主。人間には魔王だと思われているんでしたかな」
「え!あの人間を何度も滅ぼした魔王なの?」
「そう言われております」
「……」
あのときのなんとも言い表せない絶妙な顔、また見ることができたらいいのに。
死んでしまった人の顔を見たいだなんて、殺す原因を作った人間が何をおこがましいことを。
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