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白昼夢に微睡んで

きっと、私でなくとも良かったのだろう。

常に私を囲うように側にいた大量の侍女は、弟が生まれると同時に姿を消した。"赤ん坊を育てるには人手が必要だからしばらく我慢してくれ"とは母の言葉だったか。
今ならわかる。唯一無二の王位継承者から無価値の穀潰しに成り果てた私を、国全体が見捨てたのだ。
なんの後ろ楯もない側妃腹の王女など娶りたいと思う国内貴族は居ない。国力の差が歴然な小国に嫁ぐのが関の山だった私に媚を売ろうとなんの見返りもないのだから、身の回りの面倒を見てくれるだけありがたかった。

今でも覚えている。誰に声をかけようと相手にされず、不貞腐れて自室で本を読んでいたのだ。ああ、さすがに作品については記憶していない。甘い恋愛も果敢な冒険も、もう覚え続けている価値はなかった。
[麗しい姫君よ、どうしてそんなにも退屈そうなのです]
黒い羽が日の光を浴びて紫に輝く綺麗なカラスだった。見たことのない不思議な色に、話しかけてくる動物という奇妙さに、幼い私は強く心を惹かれた。
「勝手に私の部屋に入ってくるだなんて無礼じゃない。ねえ、なぜあなたは喋れているの?」
カラスはその体を使って丁寧にお辞儀をした。小さな体が見たことのない形へ器用に曲がるのが面白くて、虫の居どころが悪くて物語に入り込めなかった私はすぐに機嫌を直した。
[これは失礼、私は然るお方に仕えているものです。ただの動物が話しているのも、そのお方の恩師ゆえ]
羽を顔を辺りに持っていって何をしているのかと疑問だったが、あれはきっとモノクルの位置を直すつもりだったのだろう。カラスの体で眼鏡などかけるはずもなく、ただ余計な動作をするだけに至ったが。
「へえ、動物が喋れるようになるだなんて素敵ね!その人はどんな人なの?」
[人等では御座いませぬ。ですが、きっとその空虚な心を満たして差し上げます]
普段は坊っちゃまと呼びその地位を認めていないかのように振る舞っているが、彼が人として扱われた際の彼は主人を侮辱された者の態度に違いなかった。
「私のどこが空っぽだって言うの!そんなこと、…」
弟がある程度成長すれば皆が私の元へ戻ってくる。そう信じ込んでいたし、目をそらして気づかぬふりをしていたのだろう。
傷口に塩を塗り込まれたかのようにじくじくと心が傷んで、無礼者だと罵るはずが強い否定をできずにいた。
[私めについてきてくだされば、再び愛が手に入ることでしょう]
「侍女たちも、お母様も、…お父様も、また私を見てくれるの?」
正妃が長男を生んだことで、しがない側妃である母親はその立場をより危うくした。唯一の王位継承者であった私が無価値と成り果てたように。
そんな母親を守るため、国王である父はその仲を見せつけるかのように親睦を深めていた。子の私を蔑ろにして。
母親の地位が確立されれば庇護対象となる私の地位も確立される。母親が庇護する意思を見せていれば、の話だが。
母は女としては魅力的だが親としては未熟すぎたのだろう。寵愛をその身に受けようと、自分が誰かを愛することができなかった。
いや、わかっている。母なりに愛情を持ってはいると。しかし、それを示すだけの表現力も権力も持ち合わせてはいないしそれを不足と感じるだけの知性もなかっただけの話だ。

艶やかな羽に導かれて辿り着いたのは、魔力を持たぬ私ですら感じ取れるほど禍々しい障気をまとう、古めかしく堅牢な城だった。
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