エピローグ

あるところに、穏やかな気性の優しい王様と、王様の分まで贅沢をしてしまう王妃様の国がありました。

二人はいつまでも子宝に恵まれず、やっとの思いで子を授かったのは庶出で身分の低い側妃でした。
生まれた子は女児でしたが、長らく望まれてきた子は、親のみならず国民皆に愛されます。
たくさんの愛情を受け何不自由なく過ごした姫は、それはそれは我儘に育ちました。





姫に物心がついた頃、ようやく王妃様は子を授かりました。
姫より後に生まれ、姫より高貴な血を持つその子は、国を継ぐのに必要な条件を兼ね備えた男の子でした。
王子が生まれたことにより、それまで愛されてきた姫は誰にも愛されなくなりました。

それからしばらく経ち、姫の元に一匹のカラスが現れました。
禍々しい雰囲気を纏ったその鳥は、姫を見てこう言います。

「あなたに愛を与えましょう」

幼い姫は答えました。

「またお父様やお母様が私を見てくれるのね!」

姫がカラスの元へ近づけば、その姿は闇に飲まれてしまいました。





姫が目を覚ますと、そこには角の生えた不思議な男がいました。
男は魔を統べる者だと名乗ります。
常に彼を取り巻く霧や禍々しい角は、人間と何も変わらぬ風貌の中で異彩を放っています。

姫は常に男の側にいました。
魔の国に伝わる伝承を面白おかしく語るその姿は、姫の心をあたため、いつからか与えられなくなったものを思い出させるようでした。

そんな日々も長くは続きません。

ある日、姫の元に男が現れませんでした。
彼はどこかとさまよう姫は、城中を巡り、最後にその部屋を訪れます。
男が嫌う王の間です。

その部屋には霧がかかり、花のような甘い香りが立ち込めていました。

「バーネット王国が使者、あなたをお迎えにあがりました」

その青年は、魔王退治に選ばれた勇者なのだと名乗ります。

姫が魔王はどこかと問えば、勇者の指の先にある玉座の下に、見慣れたマントが落ちていました。

姫が泣き崩れると、勇者は人好きのする笑みを浮かべてこう言いました。

「脅威だった魔王は去った。もう恐れる必要はない。安心してくれ」

姫の思いは、出会ったばかりの人間に伝わることはありませんでした。





国に戻った勇者は、それはそれは歓迎されました。

魔王を退治した勇者と、それに救われた姫。
二人の婚姻は結ばれるのは、お伽噺のように当然の流れでした。

姫は両親に言いました。

「私が愛しているのは魔王様なの」

魔王に拐われショックでおかしくなってしまったのでしょう。
そんな姫が癒えてからでも遅くはないと、婚姻まで引き伸ばされることになりました。





しばらくの時が経ち、幼かった姫はすっかり大人になりました。
しかし、勇者がいくら手を差し伸べようとも、姫はその手を取りません。

姫に愛情を満足に注ぐことができなかった王様は思いました。
彼女は素直に愛情を表すことができない子に育ってしまったのだと。

そうとわかったとき、国の英雄である勇者と姫の婚姻はようやく結ばれるのでした。




姫と勇者が結ばれた夜、悲劇が起きました。
姫の母親である側妃が何者かに襲われてしまったのです。

国の英雄である勇者と婚姻を結んだ姫。
その親である側妃が襲われたとなれば、王城は大騒ぎになります。
皆が側妃に付きっきりで、しばらくの間他の些事は全て投げられることとなったのです。




側妃が回復したその頃、ようやく城が見渡されるようになりました。

姫の姿が消えているのです。

また魔王に拐われてしまったのでしょうか。
勇者が側に居ながらなんということを。
勇者は魔王を倒せていなかったのかと、日に日に不満が積もります。
勇者はもう一度魔王を討伐しにいくと言いますが、許されることはありませんでした。




いくら時が経っても姫は見つからず、勇者は罪人として処刑されました。




「なあ姫、本当にこれで良かったのか?」

「あなたのいない世界など、私には要らないですもの」

おしまい。

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