9.新たな名前

 政府の施設を後にして、加州と今剣と手を繋いでウキウキと本丸へ帰る。思ったよりもあっさりと許可が下りた。もっと言い争うようなことだって想像していたけど、世界は私が思うよりも優しいのかもしれない。

「良かったね、主」

「うん!」

「ぼくたちもうれしいです!」

 にこにこと二振りと顔を見合わせる。さあもうこれで怖いものなんてない、とほっとした時である。

「帰ったらが大変だね」

「え? なにかある?」

 加州の言葉にこくこくと頷くいまつるちゃん。な、なにかあったっけ? 全部うまくいったところだと思ったんだけど。そう困惑していると、今剣がぴょこんと跳ねる。

「あるじさまのおなまえですね!」

「主の新しい名前……何がいいかな……」

 もうすでに加州は考え込んでしまっている。あ、あぁ~! そうか、そうだった。付喪神的にも名前は大事だろうし、これは時間がかかりそう……。でも私も何か候補があるわけでもないしなあ。確かにこれは大変だ。
 帰ってからの騒動を想像して、ちょっぴり苦笑しながら本丸へと帰ったのだった。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「ただいま~~!!」

「! おかえりなさい!」

 玄関の扉を開けて声を上げれば、奥からドタバトと皆が迎えに来てくれる。心配そうに、でも私の表情を見てほっとしたように。私は胸を張って笑顔を作る。

「みとめられたよ! わたしはみんなのあるじ!」

「や……やった-!!」

 私の言葉を聞いたみんなが手を挙げて喜んでくれていた。しかしなんかその手に本とか紙が握られてるのは気のせいだろうか。じっと見つめていると、視線に気が付いた三日月は美しく微笑んで手に持った本を見せてきた。

「では、名を決めねばならないな」

 本のタイトルは「初めての名づけ」。これはあれでは、赤ちゃんのやつでは。というかいつの間に買ったんだ。あ、サニゾン? 届くの早いね。
 とりあえず玄関から中に入っていくと、行く先々に紙と睨めっこしている男士たち。横に散らばる墨で汚れた半紙。墨の香りがしてきて、手を真っ黒にしている刀もいる。

(これ絶対名前のやつだわ。)

 さすがに分かる。いや予想以上に皆がこだわっていて、どうしようとちょっと怖くなった。

「ねえ、主はどんな名前がいい?」

「そうだなあ……まえは『りんどう』だったから……」

 顎に手を付けて、ふむと考え込む。前は花言葉が魅力的だと思ってそれにした。今回はどうしようか。

「今回も花言葉から選ぶかい? 雅でいいと思うよ」

「いや、長生きできるように『子』を入れるのはどうだろう」

「その本、赤子の名づけ用じゃない?」

 ぐるぐると考え込むも、なかなかまとまらない。横からみんながあれはどうだこれはどうだと提案してくれる全部が魅力的だ。

「どうしよう、まよう」

「名前は大事だもんな」

 頭を抱える私を見て、みんながうんうんと頷いている。名前に思うところがある男士が頷いているのを見ると少し複雑な気分だ。長谷部も大きく頷いている。

「でも、みんながかんがえてくれたなまえなら、なんでもうれしいな」

 そう言ってふふ、と笑えば男士たちは再び真剣に名前を考え出す。ああ、幸せだな。一人、そう微笑んだ。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 あれから数時間が経ち──。
 はい、まだ名前は決まりません! いや想像はしてたよ、揉めるだろうなあと。しかしここまで決まらないとは。

「菊の字を入れるのはどうだ?」

「いやここは江の字を」

「それはちょっと」

 自分と関わりのある文字を入れたい欲が滲んでますよ。気持ちは嬉しいんだけどなあ。みんなの要望を聞いていたら寿限無みたいになってしまうし。

「では、玉椿(たまつばき)はどうでしょう」

「おお、縁起がいいな」

 前田君がふわりと微笑んで提案してくれるそれも素敵だし。

「天陽(てんよう)とかもどうだ?」

「それもまた」

 兼さんが考えてくれた名前も捨てがたい。

 ……決まらない!! 困った!! みんなで頭を抱えて名前の候補を書き出していく。いいなと思ったものを集めて、目を通していくと皆の愛が溢れていて。

「……ふふ」

 この時間が、幸せそのもので。一つに絞るのがもったいないくらい。パラパラと紙をめくっていくと、一つの名前に惹かれた。

「瑞葉(みずは)?」

「ああ、ずいようとも読むよ。それもいいよね。成長を願って、って感じが」

 成長を願って……か。今の小さな自分の手をじっと見つめる。ぷにぷにの力のない手。これからこの本丸をしっかりと守っていくために、大きく強く成長したい。これから散ってしまう花よりも、これから伸びていく葉になりたい。

「わたし、このなまえがいいな」

「みずは? ずいよう?」

「ずいようにする!」

 大事に名前の書かれた紙を胸に抱える。達筆な文字で書かれた半紙が、特別なものに見えた。

「おお、父のものを選んでくれたか」

「こがらすまるがかんがえてくれたの?」

「ほほ、如何にも」

「ありがとう! すてきななまえ!」

 偶然にも父(小烏丸)が考えてくれたもののようだ。本当の名づけみたい、嬉しいな。小烏丸は優しく頭を撫でてくれる。お父さんって、こんな感じかな。心があったかくなる。

「へへ……」

 大きな掌に包まれて、ほんの少し、鼻の奥がつんとしたけど、気づかないふりをしてにっこり笑う。

「わたしのなまえは、『ずいよう』!」

 ここから私のもう一つの人生が始まるんだ。
 期待と、ちょっぴりの不安、そして興奮を胸に、本丸のみんなと新たな一歩を踏み出した。


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