3.夢じゃない、かもしれない

 ぐしぐしと目をこすっていると、ひょいと抱きかかえられた。

「そんなにこすったら目が腫れちゃいますよ」

「そうそう。……ほんとにちいせえな」

「兼さんも抱っこする?」

「嫌がらねえか?」

 堀川くんと兼さんだ。堀川くんに抱っこされていたのを兼さんに交代される。おっかなびっくり抱っこされてほんの少し居心地が悪いけど、私の中身は赤ちゃんじゃないので我慢できる。
 ……できると思ったが、体に心が引っ張られるのがむずむずする。もぞもぞと体勢を直して、兼さんに向き直った。
 ん? 兼さんの美しい肌に傷が!
 よくよく見ると頬に切り傷のようなものがあった。こういうの、痛いんだよね。
 私の視線に気づいたのか、兼さんが自分の頬をつつく。

「ああ、これか? 前に手合わせでしくったんだよ、手入れもできねえしなあ」

 手入れができない? どういうことだろう。
 そういえば、と周りをきょろきょろと見渡す。本丸には、審神者がいて、刀剣男士がいるはずなのに、審神者らしき姿が見当たらない。
 お出かけ中かな? 研修で長期でいないとか、そういうこともあるよね。にしても設定が凝ってるなあ。
 夢、なんだよね?

 一抹の不安を感じながら、兼さんの傷を凝視する。

「なんだ? 手入れでもしてくれんのか? なんてな」

「もう兼さんったら、そんな小さい子に」

 本当に私に手入れ、できたらいいのになあ。そんな話をしていると、横から大きな影。

「その子、手入れできるんじゃないかな」

「えっ」

「まじか」

「たぶん、だけれど」

 石切丸がにこにこ笑いながら私の手を取る。

「……うん。霊力もあるし、質もいい。それに……いや、今はいいか」

 なんと! 私にも霊力が! それって、兼さんの傷を直してあげられるってことだよね?

「つってもこんなちいせえのに……」

「まあ、主になれと言うわけじゃない。可能というだけだよ」

「主、なあ……」

 ここの主さんはどうしたんだろう。なんとなく不穏な空気を感じながら、また瞼が重くなるのを感じた。

「おや、おねむのようだね」

「おー。国広ー、悪い、布団用意してくれ」

「はーい」

 色々と聞きたいことはあったのに、瞼は今にも閉じてしまいそうで。

「おやすみ」

 優しい声に導かれるように、眠りに落ちていったのだった。

(和泉守)
 急に現れた、小さな子ども。おっかなびっくり腕に抱えると、オレの頬の傷が気になるようだった。つつかねえでくれよ、なんて一瞬考えたが随分大人しく腕の中に収まっている。……なんだ、可愛いじゃねえか。
 ぷにぷにの餅みてえな頬をつついて話をしていれば、目がとろんとしてきやがった。このまま寝るのか? 国広に布団の用意をしてもらって、部屋まで運ぶ。ぷうぷうと寝息を立てる小さな命は、とても温かい。
 人の子って、こんな感じなんだな。
 霊力もあるらしいが……。とりあえず、今はゆっくり眠ってもらおう。


******


 ぱちっと目が覚めた。今度の天井は和風である。まだこの夢は覚めないようだ。少しずつこれは本当に夢なのだろうかという疑問が膨らんでくる。でも、夢じゃないとしたらこれはなんなんだ。
 とりあえず誰かが寝かせてくれたのであろう、布団からもぞもぞと這い出る。ぽて、とその場に座ってみたが、部屋に一人なのが心細い。誰かに会えないか部屋を出て歩き回ることにした。重い襖をなんとかこじ開けて、廊下に出る。きょろきょろとあたりを見回していると、どこからか良い匂いがしてくるので、引き寄せられるようにそちらに向かった。
 どんどん近づくのはお出汁の香りだろう。とってもお腹が空く。すんすんと鼻を鳴らしながら歩いていくと、台所らしき場所に着いた。

「おや、起きたのかい? 危ないからこっちに来てはいけないよ」

 割烹着を着た歌仙さんが手を止めて私の手を取る。近くにあった椅子に座らせられて、「ここでいい子にできるかい?」と聞かれたのでしっかり頷く。なんていったって中身は赤ちゃんじゃないので。
 ゆらゆらと揺れながらご飯が出来上がるのを待ちながら、じっと自分の手を見て、ふと思う。これは、夢じゃないのかもしれない。私、あのまま死んでしまったのかも。それで今、別の人生を歩んでいるのかも。そんなこと、あるのかな。でも、だとしたら。
 だとしたら……?

「わたし、ひとり……?」

 前の世界にも、家族なんて特別な存在はいなかった。でも仲良くしてくれる看護師さんとか、病院で仲良くなった友達だっていた。それが一人、好きなゲームの世界とは言え、たった一人で紛れ込んで。

「う、うぅ……」

 この世界にひとりぼっちで寂しくて、ぽろぽろと涙がこぼれた。さみしい、さみしい。あったかい家族が欲しい。そう零しながらぺそぺそと泣いていると、グイっと体を持ち上げられた。

「大丈夫、僕たちがいますよ!」

「ぐしゅ……」

 毛利だった。予想に反し、小さい子に暴走しそうなイメージだった彼は、慈愛のこもった瞳でこちらを見る。

「小さい子に勝る宝なし、大切にします」

「うっ、ふぅ……!」

 べそべそと涙を流す私を、毛利は優しく抱きしめてくれる。このまま、家族に、なってくれないかな。でもだめだよね、きっとこの男士たちにも主さんがいて。私のものじゃない。優しさが苦しくて、でも縋るしかなくて、ぎゅうと抱き着いて思い切り泣いた。

(毛利)
 散歩から帰ってきたら、小さな子がいました。夢?
 なんだか本丸が騒がしいと思ったら、部屋に寝ている子供がいるだとか。最速かつ静かに部屋まで行って覗くと、ぐっすりと眠る小さな子。こんなところにどうして? 親は? 色んな疑問が湧きました。でもそれ以上に、この小さな命が愛おしくて。どうか、健やかに日々を過ごして欲しい。そう願いながら、寝顔を見つめ続けました。
 少し目を離した隙に、起きてどこかに行ったよう。慌てて探しに行くと、厨の横で目をこすっている。さびしい、さびしいと漏らす姿が痛々しい。
 大丈夫! 僕たちがいます!
 大切にしますよ、安心して、小さな子。

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