15話 名のない祝福

 本丸の運営も軌道に乗り、少しの時間が過ぎた頃。とある封筒が瑞葉のもとに届いた。

「けんこうしんだん?」

 瑞葉がこてりと首を傾げれば、こんのすけがこくこくと頷く。

「はい、審神者様のお身体を調べたいと政府から」

「ねえ、それってただの診断でいいんだよね」

 加州がじろりとこんのすけを睨む。こんのすけはちょっと首をすくめて、しっぽを下げた。

「表向きはただの診察ですが、生まれ変わりという審神者様のお身体に政府が興味を持っているのも確かで……」

「じゃあ却下! 何されるか分かったものじゃないじゃん!」

「うう……」

 こんのすけは加州の言葉に耳を伏せる。瑞葉はうーん、と口の中で呟いてぐるんと頭を回した。健康診断かあ、懐かしいなあ。

「わたしはいってもいいよ」

「なんで!? 怪しくない!?」

「けんこうなことがわかるだけでもうれしいし」

「あ……」

 加州は瑞葉の言葉に眉を下げた。瑞葉の過去の境遇を想えば仕方のないことかも知れなかった。加州はむむ、と口を尖らせてこんのすけに指を突き付ける。

「護衛は絶対に付けるから!」

「それはもちろんですぅ」

 こんのすけは日程調整をすると言って、耳を伏せたままトボトボと歩いていく。板挟みなのも大変だよなあ。

「『ずいよう』はけんこうだといいなあ」

 期待半分、心配半分の笑みを浮かべる審神者を見て、加州はただ瑞葉の健康を祈るしかなかった。


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「はい、お口あーんしてください」

「あーん」

 健康診断当日。瑞葉は護衛に薬研を連れて、政府の施設に赴いていた。医学の知識があるということで護衛に選ばれた薬研は、しかし見知らぬ検査器具に警戒を怠らずに瑞葉の横から離れない。そんな薬研に検査の説明を挟みながら、瑞葉の検査は続けられた。

「次は血を取りますね、ちくっとしますよ~」

「はーい」

 瑞葉は採血なんて慣れたもの、と首を左右に揺らしてその首をそっと抑えられた。じっと座っているとちくっと痛みが走る。少しして採血が終わると可愛らしいテープが腕に貼られた。

「かわいい」

「いぬっころだな」

 中身は成人もそこそこなのだが、扱いが幼子へのそれで瑞葉もちょっと頬が緩む。特殊な対象ということで扱いも特殊なのかもしれない。

「検査結果はすぐ出るので、待合室でお待ちください」

「分かった」

 そう答えた薬研に手を引かれて、トコトコと歩いていく背中を検査員がじっと見つめていた。

 薬研に買ってもらったリンゴジュースを飲みながら、心の奥底にある不安を隠すように明るく振る舞う瑞葉。そこに検査員からの声がかかって、瑞葉はびくりと肩を揺らした。

「大将、大丈夫だ」

「……うん」

 ほんの少し呼吸が浅い瑞葉の背をさすり、薬研が先導して歩いていく。扉の前で立ち止まり、深呼吸をして、扉に手をかけた。

「瑞葉様、どうぞこちらに」

「……はい」

 検査員の机の上には何枚もの書類が並べられている。検査員は瑞葉を見て、ごくりと喉を鳴らした。

「瑞葉様の検査結果なのですが」

「……」

 薬研とふたり、固唾をのんで結果を待つ。検査員が一呼吸するだけの時間だったのに、何秒もの時間に思えた。

「健康には全く問題ありません」

「わあ……!」

「良かったな! 大将!」

 聞きたかった言葉に瑞葉の頬が上がる。薬研と手を握って椅子の上で軽く跳ねた。しかし、検査員の様子が何かおかしい。何度も何度も資料を覗き込み、付箋の貼ってある場所が皺になっている。

「……?」

「ええと、それからなんですが……」

 検査員は視線を泳がせて、瑞葉を見、それから薬研を見た。

「瑞葉様のお身体は刀剣男士様のそれに近いです」

「……え」

 瑞葉は薬研と顔を見合わせる。どういうことだ。否定の言葉も肯定の言葉も出てこず、ただ検査員の言葉の続きを待つ。

「霊力の数値がこちらです。通常ですと、高くてもこのくらいの数値が……」

 検査員が示したのは、通常と桁の違う霊力の値。瑞葉は自分の手を見つめて、軽く指を動かした。何も問題なく動く身体、一体何が違うというのだろう。

「ここからは推論も含まれることをご了承ください」

 瑞葉は頷くほかない。黙って言葉の続きを促した。

「瑞葉さまは、何かの眷属のような状態なのではないかと」

「……どういうことだ」

 ゆっくりと口を開いた薬研に、検査員が眉間に皺を寄せて続けた。

「霊力の値が人間離れしている現象はありえないわけではありません。神嫁など、神の眷属になった場合でも同様です」

 検査員は書類を何枚か重ねて机の端に避けた。

「しかし瑞葉様の霊力はどの男士の霊力とも一致しない。また別の神のものと思われます。……例えば、生まれ変わりに関与した神だとか」

「……!」

「じゃあわたしは……?」

 自分はいったい何なのか。人間以外の何か。それでも健康に害はない? 瑞葉は視線を泳がせて、縋るように薬研を見上げた。薬研は瑞葉の震える手を握り、しっかりと頷く。

「大将が何者だろうが、大将であることに変わりはない。大丈夫だ」

「……うん」

 薬研の手をしっかりと握り返し、瑞葉は大きく息を吸う。

「けんこうにはもんだいないんですよね? なにかきをつけることとかは?」

「それですが……」

 検査員は一度口を噤むと、小さなその瑞葉の全身を見る。

「……今のまま、お身体が成長しない可能性が高いです」

「え……」

「神嫁になった方も、老いることなく同じ姿のままです。そのことを考えると……」

 瑞葉はいつの間にか乾いてしまった瞳に気が付いて何度か瞬きを繰り返す。言われたことを反芻する。

「せいちょうしない……」

「あくまで可能性ではありますが……」

「……」

 瑞葉はしばらく声が出せなかった。

 言われてみれば、思い当たる節はあった。いつまでも伸びない髪、変わらぬ背丈。ああ、私はずっとこのままなんだ。涙を流すわけでもない、笑うわけでもない。ただ、瑞葉は頷いた。

「……わかりました」

「大将……」



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 本丸への帰り道は覚えていない。気が付いたら瑞葉は本丸の玄関に立っていた。何も言わず、ただ手を握ってくれていた薬研が、顔を覗き込む。

「俺っちから皆に話すか?」

「ううん、わたしが、いう」

 小さい声だけれどしっかりと答えた瑞葉に、薬研はそっと頭に手をのせた。

「主おかえり!! どうだった!!」

 玄関が開いたことに気が付いた男士たちがわらわらと押し寄せてくる。出迎えてくれた皆に笑顔を見せながら、瑞葉は口を開いた。

「……みんなに、はなしがあるの!」

 そんな瑞葉を見て、男士は息をのんで、それから拳を握った。

 広間に集まった男士たちの前で、瑞葉は大きく深呼吸を繰り返す。指先が冷たい、どきどきと鼓動がうるさい。でも、自分の口から告げたかった。

「あのね、けんこうにはもんだいないって! ただ……」

 瑞葉の言葉に表情を明るくした男士たちだったが、続く沈黙に固唾をのむ。

「わたし、このまませいちょうしないかもって」

「? それは、どういう……」

 ざわざわと困惑が広がる広間のみんなに、瑞葉は笑顔で告げて見せる。

「なにかのけんぞくかもしれないって、だから、おいないって」

「え……」

「それって……」

 瑞葉は目を閉じた。一体どんな反応が返ってくるのか。何を皆は思うのか。ぎゅうと瞼を固く閉じた瑞葉の耳に、一斉に聞こえてきたのは。

「え!? ずっと主と一緒ってこと!?」

「そうだよね! ずっと一緒だ!」

「健康だったなら良かった~!」

 歓喜の声。それ一色だった。ぱちくりと目を開けた瑞葉の視界に飛び込んできたのは、安堵の表情を浮かべる男士たち。えと、あれ?

「え、えと」

「え、他に何かあった!?」

「あとはなにも……」

「良かった~!!」

 ざわざわと盛り上がる広間は、祝いの宴を開く方向で話がまとまっている。瑞葉はおずおずと言葉を探す。

「あの、いいの? こんな……ふつうじゃ、ないのに……」

「何言ってるの主!」

 飛び込んできたのは加州だ。ぎゅうと瑞葉に抱き着いて、すりと頬を寄せる。

「主が健康なだけでも嬉しいのに、ずっと一緒にいられるんだよ? それ以上のことなんてある?」

「……うん……うん……!!」

 瑞葉の視界がじわじわと歪んでいく。熱くなった瞳から流れる涙も、人間のそれとは違うのかもしれない。それでも。

「みんなだいすき!」

 瑞葉は心からの笑みで、愛を叫んだ。


 こんのすけは盛り上がる広間をそっと遠目に見ていた。ナニかの眷属であるということが判明した審神者は、今は幸せそうに笑っている。
(良かったですね。〇〇様。)
 こんのすけが呼んだ名は、竜胆でも、瑞葉でもない、人の子の名だ。ずっと、ずっと前から瑞葉のことを知っていた。
(今世では、どうか心穏やかに。)
 こんのすけは瞼を閉じて、その場から姿を消す。
 こんのすけの中の魂が、歓喜に震えていた。

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