1.目が覚めたら、ちいさくなってた

 いつかみんなに会いたい。
 確かにそう思ってはいたけど、これはちょっと予想外だな。
 目の前で慌てふためく男士たち。ドタバタと走り回る彼らを見上げながら、私は思わず笑ってしまった。
 
 ▽▽▽▽▽▽▽▽
 
 体が重い、息が苦しい。
 いつもの不快感と共に目覚めると、すっかり見慣れた病室の天井が見えた。首だけゆっくり動かせば、同じようにベッドに横たわる同室の患者さん。今横にいるのは誰だったかな。この前入れ替わったような気もする。視線を天井に戻し、そっと息を吐いた。ずっとこうしていると、気分もすっかり滅入ってしまう。せめていつもの日課をこなすために、だるい腕をなんとか持ち上げてスマホの画面をつけた。

「刀剣乱舞」

 画面に映る文字を指でゆっくりなぞる。これは私が唯一続けられているゲーム。のんびりできて、誰かと競うことがないのがいい。そして私だけの本丸、私だけの刀剣男士。これが大好きで。私だけの持ち物なんて、これまで持ったことなかったから。
 大事で、愛おしいそれがデータであるだなんて、そんなこと百も承知だけど。それでも私にとっては何よりも大切だった。審神者名にも、健康になれるように花言葉から「竜胆」なんて名をつけて。
「本丸」のボタンをタップして、いざみんなに会いに行こうとした時である。
「ぐっ、うっ!」
 急に胸が苦しくなって、呼吸が止まる。手から離れたスマホが床に落ちて、大きな音を立てた。急に苦しみだした私を見て、同室の人が呼んだのだろう看護師さんが走ってくる。
 嫌、嫌!
 私はまだ死にたくない、やりたいことだってたくさんある。外を思い切り走って、美味しいものを食べて、それから。
 床に落ちたスマホに向かって手を伸ばした。どうあがいても届かないのに。
 まだ、みんなと一緒にいたかった。
 
 そこで私の意識は無くなった。
 
 _
 __
 
 それからどれだけの時間が経ったのだろう。
 不快感も、頭痛も寒気もない、久しぶりの感覚。
 瞼を閉じたまま、体の軽さに驚く。いつぶりだろうか、こんなにも調子がいいのは。あのまま死んでしまうのかと思ったけど、持ち直したのか。そうしてそのままそっと目を開けば、視界に入るのは知らない景色。
 
 え?
 
 木でできた簡素な建物。どうやら小屋の中にいるようだ。荷物も家具も何もない小屋の中、きょろ、と周りを見渡しても他に誰もいない。唯一見えるのは、祭壇だろうか。高い場所にあってそれ以上は分からない。
 代わりに一つ、目立つものが置いてある。真っ赤で鮮やかなりんごだ。それがただ一つぽつんと置かれていた。
「りんご?」
 そう呟いた瞬間、喉から出たのは幼く高い声。ぱっと自分の口に反射的に手を当てる。私の声はこんな声じゃない。恐る恐る「あ、あー」と声を出すと、聞き間違いなんかではなく幼い子供の声がした。子供になった夢? にしてもあまりにも鮮明だ。
 気になることはたくさんあるのに、なぜかこのりんごが気になって仕方がない。そっと目の前のりんごを手に持つ。ずっしりと重くて、両手で持つのがやっとである。りんごってこんなに大きかったかな。無性に美味しそうなそれ。現実だと好きにご飯も食べられない。夢の中でくらい、好きに食べたっていいんじゃない? 私は衝動のままに口を開いた。
 
 シャク
 
 いい音を立ててりんごを齧る。口に広がる爽やかな甘さにうっとりとした。皮も美味しく食べられる、いいりんごだ。なんだかとても気分が良くて、もう一口、もう一口と齧っていく。なんていい夢なんだろう。これまで頑張った私に、ちょっとしたご褒美ってところだろうか。
 ふわふわとした心地で夢中になってりんごを齧る。いつもはすぐお腹がいっぱいになるのに、あっという間にりんごを食べつくしてしまった。口元の汁を手で拭って、最後の一口を口にする。もぐもぐと飲み込んで、芯だけになったそれを手で持て余した。
 いつになったら夢から覚めるんだろう。りんごを食べ切って落ち着いた頭でそう思う。夢の中で夢と分かるようなことが今までになかったから、いまいちよく分からない。
 まあ、いいか。
 こんなに体が軽いんだもの。もう少しこのままでいたい気持ちもある。
 
 開き直ってこの夢を楽しむことにした私は、自分の体を眺めてみた。
 ……。
「ようちえんじってかんじ……?」
 なんだか舌もうまく回らない。明らかに短い手足、凹凸の無い体。おてては短くもちもちである。少なくともやせ細っていた私の体ではなかった。髪は肩くらいまである黒髪。艶のある髪で羨ましい。服はどうやって着るのかも分からない、和服だ。着物であっているのだろうか。
 くるくると自分の体を見ていたが、これ以上は鏡もないので分からない。観察をそこまでにして、小屋の外も見てみることにする。
「よいしょ」
 少し重い扉をなんとか開けて、外を覗いてみる。開いた隙間から心地いい風が入り込んで、草の香りがした。強い光が差し込み、世界が開ける。
「わあ……!」
 見渡すと草木が生い茂り、木々の隙間から日が差している。さわさわと揺れる葉の音が気持ちいい。地面にはふかふかした土があって、おそるおそる一歩踏み出した。
「……!」
 もう止まれなかった。憧れの外。遠くにある空も、頬を撫でる風も、踏みしめた大地も。すべてが愛おしくて。短い手足をぱたぱたと振り回して好きなだけ走り回った。呼吸も苦しくない、好きなだけ走れる。なんて幸せなんだろう!
「はあ、はあ」
 ほんのり汗をかくまで走り回って、たどり着いた草原でごろんと横になった。
 本当になんていい夢なんだ。夢から覚めたくないと思うほどに幸せだった。走り回ったせいか、ゆっくりと眠気が近づいてくる。とろとろと瞼が重くなって、抗えない。
 これで眠ったら、現実に戻っちゃうのかな。
 また、この夢が見れたらいいなあ。
 深く呼吸をすると、青くてほんのり甘い香りがする。これが、外。そよそよと頬を撫でる風を感じながら、意識は沈んでいった。
 
 _
 __
 
「……! ……!」
 なんだか大きな声が聞こえる。なんだろう、病室でこんな声を出したら怒られちゃうよ。ほんの少しの肌寒さを覚えながら、うーんと寝返りを打つ。
 そうしていたらぽんぽんと肩を叩かれて、仕方なしに起きようと目をこする。
 あれ? なんだかまだ体が軽い。
「おきてくださーい!」
「えっ」
 今剣!? 今剣だ!! まだ夢の中!?
 突然の刀剣男士の登場に慌てていると、今剣がこてんと首を傾げた。
「よかった、きこえるみたいですね。どうしてこんなところに、こんなにちいさなにんげんが?」
「え、えと……」
 どうしよう、なんて答えたらいいか分かんない。でも今剣に会えたことが嬉しくて、にへらと笑う。
「あえてうれしい」
「え?」
 今剣がその真っ赤な目をぱちくりとさせる。
 どうせ夢なら何を言ってもいいだろう、と舌っ足らずな口を開く。
「あえるなんておもってなかった。わたしね、ちがうところからきたの。ほんとうはうごけないんだけど、いまはこんなにげんきなんだ」
「……」
「もどりたくないなあ……」
 いつかは夢から覚めるんだろうけど、少しでも長くここにいたい。もしかして他の刀剣男士にも会えるのかな、会えたら嬉しいなあ。
 すると無言だった今剣がしゃがんで目線を合わせてくれる。
「おとうさんとおかあさんは?」
「えと、いない」
 なんて言ったって夢の中だから、この身一つである。まあ現実でも両親はいないんだけど。
「おうちは?」
「おうち……とおく……? はしってきたからわかんない」
 走れることに夢中になって、道とかなんにも考えずに走ってきてしまった。家というかただの小屋だったけど。
「……」
「どうしたの?」
 今剣がまた無言になってしまったので、心配になって顔を覗き込む。すると今剣は眉を下げて悲しげな顔をしていた。
 そして気合を入れるように立ち上がると、私に向かって手を伸ばす。
「よし、ぼくといっしょにいきましょう!」
「いっしょ?」
「そう、いっしょにおうちにかえるんです!」
 私はぱああと顔を明るくして、迷うことなくその手を掴んだ。その手は私の手よりも大きくて、温かい。
「うん!」
「よーし、それじゃあしゅっぱーつ!」
「おー!」
 なんて幸せ、お願いだからまだここにいさせて。
 誰とも分からぬ神にそっと祈った。
 
 
(今剣視点)
 
 きょうもあるじさまはかえってこない。
 もうあきらめているかたなもおおいくらい、ながいじかんがたった。
 しゅつじんもできなくて、ひまだったぼくは、ほんまるのそとにあそびにきていた。
 なにかおもしろいことがないかな。
 そうおもってあるきまわっていたら、ひとのこがおちていた。
 いきてる?
 ぼくのことがみえるのかわからないけど、こえをかけてみる。するとぼくのことがみえるようだった。
 おやもいない、いえもわからないおさないひとのこ。
 うごけなかった? いえからはしって?
 もしかして、とじこめられていたいえからにげてきた……?
 
 なんてこと。
 
 こどもはまもるべきたから。
 ぼくがまもってあげます!
 いっしょにほんまるにかえりましょう!
 
 
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