02.どんぐりの秋、またたきの冬
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
———……そのあと。
ルーク先輩はわたしの手をぐいと引き、腰を抱くようにして、風の速さで寮内へ入り、
香りさえも残らないほどの勢いで階段を駆け上がり、ボールルームに飛び込んだ。
怖いのは、そうやって連れ歩かれたとき、足が地面に触れなかったことだ。
人間って、人間を持ち上げながら あんな高速に動けるものなんだ……。
いや。
もしかして、ルーク先輩、実はめちゃくちゃムキムキなのでは……?
そんなふうにくだらないことを考えているうちに、到着したボールルーム。
そのど真ん中でわたしに向き直ったルーク先輩は、満面に微笑んで、わたしの両手を取った。
「左手は私の肩に。」
「あ、あの」
「ん? どうかしたかい?」
「何かほかに、するべきことはありますか?」
「音楽をよく聴くこと。
あとは、そうだね。
難しいことは何も考えず、私のことだけを考えて。」
「はっ、はい……!」
優しげな瞳がわたしの目を覗き込み、思わず目をそらす。
彼の手がわたしの肩甲骨のあたりに回った。
少し緊張する。
いや、嘘。めちゃくちゃ緊張する。
周りの生徒は、飛び込んで来たわたしたちにかなり注目した。
そりゃそうだ。
このバースデーダンスパーティーの主催者が、「あの」オンボロ寮の監督生を抱えて来たのだ。
わたしが彼らの立場だったらすごく驚くし、二度見したあとに追いガン見しちゃう。
みんなに見られているのが分かって、硬くなってしまったわたしに、ルーク先輩は明るく優しい声で、話しかけた。
「この曲は、ポムフィオーレ寮では定番のものなんだ。
うちで開かれるダンスパーティーの最後を飾るのは、何十年も前からずっと、毎回この曲なんだよ。」
「そうなんですか?
わたし、あんまり学園のことを知らないんですが、ほんとうに歴史ある伝統校なんですね!」
「フフ」
「ど、どうしました?」
「キミは、そうやって明るく笑っているのが良い。
素敵だ。」
「 え 」
「フフフ。 ほら、聴いてごらん、良い曲だろう。
歓談も楽しいが、あまり喋っていては時間が無くなってしまう。
さあ、踊ろうか!」
8人もの主役たちを押し退け、わたしたちはボールルームの真ん中で踊った。
ルーク先輩はほんとうにすごかった。
わたしは
彼にエスコートされた途端、体が勝手に踊り始めるのだ。
気が付けばボールルームで踊っている学生のそのほとんどをポムフィオーレ寮生が占めており、他寮の生徒は彼らを囲むように脇に退いて、我々を見守るだけになっていた。
その群衆の中にエース、デュース、グリムの姿を見つけて、急に顔が熱くなる。
デュースはわたしを見つけてほっと安心したような顔を、
エースは呆れたような、あきらめたような笑顔で、
そしてグリムはさっき買ったらしいアイスを舐めながら、音楽に合わせて体を揺らしていた。
……。
かわいいな あの猫……。
そんなことを考えていると、ルーク先輩はわたしをくるりと1回転させてゆるく抱きしめ、低い声で囁いた。
「よそ見だなんて、いけない子だ。」
つ、付き合ってもない初対面の女の子にそんなこと言っちゃう貴方のほうが、よっぽどいけない人ですよ!!
……とはさすがに言えず。
でも、表情に出てしまったらしい。
ルーク先輩は フフ、とまた笑い、再びわたしをくるりと回した。
———…… そうして夜は更け ……———
———……曲が終わり、拍手が起きる。
色々なことが同時に起こりすぎて 脳の整理が追い付かない。
ルーク先輩に女だとバレた。
バレた上に、なんか……
踊らされた。
すごくうまくエスコートされてしまった……。
わたしが頭の上に大量のハテナを浮かべている間にも、バースデーパーティーの式次第は進行し続ける。
本日の主役たちと、ポムフィオーレ寮の寮長が挨拶をし、ぱらぱらと拍手が起きた。
そうしてパーティーは終わりを迎え、人々はばらばらと帰り始めた。
「ユウくん。」
隣から ルーク先輩の低い声がして、ふっと我に返る。
ばっと先輩を見上げると、くすっと笑われた。
な、なんで!?
「大丈夫、誰にも言わないよ。」
「ほ、ほんとですか!!」
「ああ!」
口は固いから安心しておくれ、と言うルーク先輩に、ふと疑問が沸き上がった。
どこまで知っているんだろう。
中級変身薬まで使っているのに、どうしてバレたんだろう。
他には 誰にバレているんだろう……。
そんなことを考えていると、不安が表情に現れてしまったらしい。
彼は うつむき気味に物思いに耽るわたしの肩を叩いて、明るく優しい声で言った。
「私は狩人でね。全校生徒の身体情報はある程度知っているのだよ。」
怖いなこの人。
わたしの反応には構わず、ルーク先輩はそのまま話を続ける。
「加えて 私は鼻が良くてね。最初に気付いたのはキミから漂う中級変身薬の匂いだった。
私よりも鼻の効く生徒は多くないが、獣人の生徒には気を付けたほうが良いかもしれないね。
私はキミの事情もざっくりとは知っている。
とはいえ、キミを危険に晒すつもりはないよ。
むしろ なにか助けてほしいことがあれば、いくらか手を貸そう。」
私は "美" を守り 助けたいのでね、と添え、ウインクを贈られる。
ま、まじか……。
身を守るための変身薬が、身を滅ぼす原因にもなるとは……。
コロンでもふるべきかな……。
兎にも角にも、助けてくれるとのことだったので、安堵する。
良かった。
味方が出来たというのは非常に心強い。
これを機にいつメンの二人にも話をしておくべきかもしれない。
ありがとうございます、と頭を下げると、ルーク先輩は大げさに笑う。
片付けがあるから、と言い残して爽快に去っていく先輩の背を見送る。
すると背後から パタパタという足音が聞こえてきた。
「——……ユウ!」
「心配したんだぞ!!」
「なんで副寮長と踊ってたんだゾ?」
「ごめん、なんか休憩してたら拉致されたんだ」
「拉致……?」
「大丈夫なのか……?」
「うん、大丈夫。良い人だったよ!」
「良い人は他人を拉致したりしないんだゾ……。」
「パーティーもお開きになったし、明日は一時間目からバルガス先生の飛行術だから、もう帰るか。」
「一時間目から飛行術!?!? 嫌なんだゾ~~!!!」
「めんどくせぇ~~。」
「ほら、早く帰ってお風呂入るよグリム。」
ぐちぐちと暗い雰囲気をまとうグリムの背を押しながらボールルームを出ようとして、ふと振り返る。
片付けの始まったボールルームの奥のほう、ハンターグリーンの瞳と目が合った。
……。
目が合ったのに何もしないのも……。
おやすみなさい、と口を動かすと、彼は片手を挙げた。
なんだか、すごく非日常な一日だった。
悪い人じゃなさそうなひとが味方になってくれたのはうれしい。
まあでも、学年も違うし、会うことはもうないかもしれないなあ。
~END~