プレジャータウン訪問
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ヴォルフの家での6人の共同生活が始まってから、あっという間に二カ月が経とうとしていた。なんやかんやとシャチもペンギンもここでの生活にすぐに慣れていった。両親と暮らしていた頃とはだいぶ勝手は違うが、これはこれで楽しい生活を送れているような気がする。食事も掃除も洗濯も、全て自分達で当番制でやるため、生活力は前と比べれば順調に上がっている気がする。いつか、一人で暮らす日が来ても何とかなるだろうか。
「ヴォルフ最近忙しそうだけど平気かな?」
「問題ねェよ。あいつはお前らよりも健康的だ」
ヴォルフは最近、研究に加えて町にもしょっちゅう出かけている。元々は一週間に一度程度だったが、ここ一カ月はよく出かけており、帰ってくるのも遅い。年齢を考えると心配になるところだが、定期的に検診をしているロー曰く、健康そのものだそうだ。ヴォルフが元気なのは知っているが、長生きをして欲しいので、無理だけはしてほしくない。
「おじいちゃん、昔から元気だからね」
「まぁ元気ならそれで良いんだけどさ」
そんな会話をしながら、各々好きなことをする。ベポは航海術の本を読み勉強を、ローは医学書を読み漁っている。シャチとペンギンは今は武器の手入れをしている。生きていくためにもっと強くなりたいようで、ローに教えてもらいながら日々鍛錬に勤しんでいる。ちなみに、ローは嫌な顔をするが、シノも混ぜてもらっている。平和な町ではあるが、今後の人生で何があるかわからないので、念のため鍛錬を積むに越したことはない。
そんな生活を送っていたある日の晩、夕食を食べながらヴォルフが突然重大な話をし始めた。
「明日、全員でプレジャータウンに行くぞ」
シノ以外の4人の表情が固まったのが分かった。今までずっとこの家と森で生活していたが、ついに町に行く日が来たようだ。
「前に約束したのを覚えているな。町で働いてもらうって話だったはずじゃ。そろそろ約束を守ってもらおう」
シャチとペンギンが来た時にした約束だ。全員認識はしているはずだが、どうしても抵抗があるようだ。少なくともシャチとペンギンにとっては、叔父たちの家がある時点で恐ろしい場所だろう。偶然でも叔父たちに出くわしてしまう可能性もある。べポも見た目で拒絶されることを恐れているのかもしれない。ローに関しては……正直わからない。訳ありだということは認識しているが、あまり語りたい話ではないだろうと触れてこなかったので、シノはローの過去を何も知らない。
「ワシはもう寝る。シノ、お前もちょっと来い」
「え!?うん……」
ちらりと俯いているロー達を見る。誰も顔を上げなかった。何か声をかけたいとは思いつつも、ヴォルフがわざわざ呼ぶということはこの件で何か話があるのだろう。テーブルについたままの彼らを見ながら、シノはヴォルフについて彼の部屋へ向かった。
「おじいちゃん、みんなになんか言ってあげなくて良かったの?」
「ワシやお前が何を言ったってあいつらの不安は拭えんじゃろ」
ヴォルフの言っていることはもっともだ。ヴォルフもシノも元々あの町の住人であり、そこで育った人間だ。そんな人間が何を言っても、心のどこかで、自分達とは違うと思うに違いない。シノはあの町の住人の事をよく知っているので、正直何の心配もしていない。だが、あの4人は何かに不安や恐怖を抱いているように見えた。ヴォルフの言う通り、シノが解決できる話ではないのだろう。
「それで、お前はどうする」
「働くよ。私もずっとここにいるわけにもいかないでしょ」
どういう形かはわからないが、きっといつか彼らはここを巣立っていく。そのために生きていくための一歩として、ヴォルフは彼らを町に行かせようとしているのだろう。そうなった時、自分がどんな選択をするのかはわからないが、どんな選択でも出来るように、やれることはやっておきたい。ローに無理やり鍛えてもらっているのもその一環だ。
「……そうか。お前がそう決めたなら止めはせんよ」
「うん、ありがとう、おじいちゃん」
おやすみ、と挨拶をして部屋へ戻る。既に皆自分たちの布団の中に入っていた。眠れているかはわからない。ただ、出来るだけ静かにシノも自分の布団にもぐった。
翌朝、シノが起きると既にみんな部屋にはいなかった。随分早起きだったようだ。急いで降りていくと、食卓に目玉焼きと白米が並んでいた。シノ待ちだったようで、一言ごめんと添えて椅子に座り、全員で朝食をとる。いただきますの挨拶以降は、ほとんど誰も喋らなかった。この空気でペラペラと喋るほどの度胸はシノにはない。
「時間じゃ、出発するぞ」
ヴォルフの言葉に、全員で彼の発明品であるバギーに乗り込んだ。前にヴォルフとロー。後ろに4人。昔は子供の足の速度で歩いて2時間くらいかけていたが、バギーでは10分程度で着いた。町とヴォルフの家は実はこんなに近かったのか。
「シノ、元々ここ住んでたんだよな」
「うん」
「その……どうなんだ?」
町の入り口に立った時に、シャチがおそるおそる聞いてきた。昨日からずっと聞きたかったのだろう。しかし、ヴォルフの言う通り、シノがなにか言ったところで、彼らの不安が拭えるとは思えない。何と答えるべきか。シノは出来る限り頭を絞って考えた。
「私が育った町だよ?」
それがシノに言える精いっぱいだった。笑顔で自信満々にそう伝えると、4人は少し驚いた表情を浮かべていた。
「ほら、行くぞ」
ヴォルフの言葉に、ヴォルフの後をぞろぞろとついて行く。シノは不安そうなべポの手をとり、二人で並んで歩く。シノにとっても実に四カ月ぶりと久しぶりだ。何も変わらない、活気の溢れる町。商店街を歩いているとそこらじゅうで店の人が声出しをしている。
ヴォルフが歩くとだいたい声を掛けられる。相変わらず慕われているようだ。だからこそ、シノも懐いていたのだが。
「あらあら、後ろに連れてる子たち、ヴォルフさんのお孫さん?」
「あほう!単なる居候じゃ!」
「あらそうなの。可愛い子たちじゃない、サービスでリンゴあげちゃう」
「ほう、そういうことなら、ありがたくもらっておこう」
にこにことリンゴを人数分くれる果物屋さん。シノも顔見知りだったので、お礼を言って手を振った。握った時は緊張で強く握られていたべポの手が、だいぶ緩んでいる。きょろきょろそわそわしながらも興味深そうに周りを見ている様子は少し可愛い。
「この町は、十七年前に海賊のせいで一度滅びかけてな。そのあとから、誰もが喜べる町を、誰もが優しくあれる町をって決めたんじゃ。この町を訪れる者たちを出来るだけ暖かく迎え入れる。それがこの町の精神なんじゃ」
「……じいさん、あんたこうなるのが分かってたのか」
「当たり前じゃ。けどな、ワシらが説明したところでお前たちは納得できんじゃろ。他人の優しさなんてのはな、直接触れなければ意味のないものなんじゃ」
目をぱちぱちと瞬かせるロー達。昨日からずっと緊張しっぱなしだったろうから、かなり気が楽になったことだろう。
その後、今回の目的である仕事探しに向けて、駐在所へ寄り、労働の許可を取りに行った。保護者ヴォルフのサインの下に順番に自分たちの名前を書く。シノもみんなと同じように、一番下に名前を書かせてもらった。
ヴォルフが駐在のラッドと何やら会話をしているうちに、どこを回るかみんなで作戦会議をする。
「俺、美容院あれば美容院がいいな。前から美容師の仕事憧れてたんだよ!」
「俺はレストランのウェイターの仕事とかかなぁ。接客できるわからんけど」
「俺!ショベルカーとか使ってみたい!!」
今朝までの様子が嘘のように盛り上がる3人。不安はある中、それぞれやりたいことはある程度考えていたようだ。何となくその仕事をしている彼らが想像してシノも楽しくなってきた。思わず笑っていると、ローに話しかけられた。
「シノ、お前どこで働くんだ?」
「診療所」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「こないだシャチとペンギンの手術手伝ってた時に、もっと知識があればちゃんと手伝えたのになって思って。お医者さんは無理だけど、看護師の勉強はちゃんとしたいと思って」
ローの影響を受けていないといえば完全に嘘になる。ローに出会わなければ、もっと別の仕事を選んでいただろう。だが、あの時、何も出来ない自分が許せなかった。だから、今自分がやりたいことと考えたら、その選択肢しかなかった。我ながら単純だ。
「あ、でもローが一緒の所嫌だったら、別のとこ考えるよ」
「ダメだとは言ってないだろ。……お前が決めたならそれでいい」
少し照れ臭そうだったがローの許可が下りたので同じ診療所で働かせてもらうことになった。
結果、べポは工事現場、ペンギンはレストランのウェイター、シャチは美容院の雑用に決まった。皆予定通り、元々興味のあった仕事につけたようだ。働けることが楽しみなのか、3人共楽しそうにどんな仕事をするのかと語り合っている。
「最後に寄らねばならん場所がある。行くぞ、ガキども」
そう言ってヴォルフが連れてきたのは、町一番の豪邸の前だ。何故ここに来たのかは、ペンギンとシャチの真っ青な表情を見れば明らかだった。シノも一度彼ら二人をここで見たことがあるので知っている。シャチの叔父の家だ。
「どういうことだよ、なんで俺たちをこんなところに連れてくるんだよ!」
「無理やりとは言えお前らは悪事の片棒を担がされた。放っておいたら町の人間たちもそれに気づくかもしれない。だからこそケジメをつけておく必要があるんじゃよ」
「でも、おれたち、話す自信ねぇよ……」
泣き出しそうなのを必死でこらえるシャチとペンギン。震えているのがわかる。この家は、彼らのトラウマそのものなのだろう。ヴォルフはそんな二人の肩を抱いた。
「大丈夫じゃ、ここからはワシら大人の仕事じゃ」
ヴォルフは"大人"を強調してそう言った。
玄関のドアを叩くと、メイドが出てきた。シノもこの町に住んでいたが、ここの住人とは一切かかわったことはない。一体どんな人物なのかもさっぱりわからない。メイドがヴォルフと会話し、一度中へ戻ると、今度は金色のスーツに宝石をじゃらじゃらつけた趣味の悪そうな男が出てきた。
「おお~ペンギンとシャチじゃねぇか。急にガキどもがいなくなるから、こっちとしても困ってたんだ」
少し会話を聞いていただけで、いけ好かない人間だと思った。完全にヴォルフのことも見下している。親戚で話し合って、この人に預けられることになったと聞いたが、親戚たちも親戚たちだ。何故こんな男に預けようと思ったのか。他の親戚たちの事も許せない。べポも同じように嫌な気持ちになったのか、横にいたシノの手をぎゅうと握って眉をひそめていた。
「……あんたにこいつらを引き渡すわけにはいかんな」
「あん?あぁ、いくら払えばいい?50万ベリーか?100万ベリーか?便利な道具を運んできてもらったんだ、報酬は弾んでやるよ」
「道具じゃと……?お前たちがこいつらに悪事を働かせていたのは事実か?」
「おめぇら話したのか!?ふざけた真似しやがって……!!」
ヴォルフの言葉に、怒って拳を振り上げた男。しかしその拳はあっさりとヴォルフに受け止められた。強いのは知っていたが、こんな余裕で受け止められるようなレベルだったのか。
「そうやって、何度もこの子たちを殴ってきたのか…!?」
「ああそうさ!何が悪い!両親の死んだみじめなガキどもに住む場所を与えてやったんだ!ごみのようなやつらを立派な道具にしてやる!!良い事じゃねぇか!」
シノは唖然とした。世の中にはこんな大人もいたのか。プレジャータウンにこんな人間がいたのは驚きだが、基本的には本当にいい人ばかりの町だ。そんな町で育ってきたシノにとっては、大人は子供を守ってくれるのが当たり前だった。しかし、ペンギンとシャチにとってはそうではなかったのだ。何も聞いていないがローもそうだったのかもしれない。町に来るのを恐れていたのは、大人全般を恐れていたのだ。何故気づけなかったのか。シノは自分がいかに恵まれていたのかを悟った。
「ふざけんな!!そいつらはおれの大切な子分だ!てめぇみたいなゲスが道具なんて呼ぶんじゃねェ!」
「ローさん……」
男の言葉に抑えきれなくなったのだろう。ローが叫んだ。シノもべポも何も言えないが、気持ちは一緒だ。泣きそうなシャチとペンギンの前に庇うように立ち、睨みつける。
「俺がこいつらを引き取って家も寝床も食事も与えてやったんだ!ネズミの餌みたいなもんでもクズには十分だろ!!」
「このっ……!」
「もういい、喋るな」
「!?」
男の言葉に殴りかかろうとしたローよりも先に、ヴォルフの拳が男の腹を殴った。一発で男は失神し、その場に倒れこんだ。その様を見ても、この男に何の同情の余地もない。むしろすっきりしたくらいだ。
「シャチ!ペンギン!お前らは道具なんぞではない!くずなんかではない!いらない存在何かではないんじゃ!お前らは大切な同居人じゃ!こんな男のセリフでお前らが傷つく必要は微塵もない!!」
ヴォルフの言葉はなんて暖かいのか。シャチとペンギンの泣きじゃくる声があたりに響く。立ち尽くしてそれを見守るローに近寄り、シノとべポはローを挟むように立った。今は"大人"であるヴォルフに任せた方が良いだろう。
騒ぎを聞きつけ走ってきた駐在のラッドに、ヴォルフが状況説明をする。彼らについて、ずっと悪い噂は有り、ラッド達も何とかしようとしていたが、が証拠がなく取り締まることが出来なかったようだ。ヴォルフがここ最近町に通い詰めていたのは、その証拠を集めるためだったらしい。皆が安心できる環境を作るため、全て準備を整えておいてくれたのだ。ヴォルフの仕事はここまでだ。
ラッドが呼んだのかどんどん集まってきた他の駐在たちによりすぐに家宅捜索が行われ、シャチの叔父と叔母は逮捕された。
いろいろな犯罪を行っていたようで、ドラッグの売買や子供を誘拐して売り飛ばす計画まで立てていたらしい。プレジャータウンに住んでいたシノとしては他人事ではなくゾッとした。もし町から外れたヴォルフの家に住み着いていなければ、両親のいないシノなど、後処理の面倒の無い、良いターゲットだっただろう。あの日、家に置いてくれたヴォルフとローに感謝しなければならない。
「「ヴォルフ!!」」
「おう、小僧共。嫌なものを見せて悪かったな。でももうお前たちを怖がらせる人間はどこにもおらんよ」
ヴォルフは、駆け寄ってきたシャチとペンギンにそう言うと、二人の頭に手を乗せ頭を撫でた。シャチとペンギンはヴォルフに抱き着いて大声で泣いていた。ようやく安心して頼れる大人に出会えたのだ。両親が亡くなってから半年以上、ずっと不安を抱えて生きてきただろう。今日のこの出来事に、どれだけホッとしただろうか。シノも泣きそうになり、唇を噛んで耐えた。自分はそんな地獄を知らない。そんな自分が泣くのは彼らに失礼な気がした。
「お前の言ったとおりだったな」
「え?」
「ここは、確かに"お前が育った町"だなってことだ」
町の入り口でシノが言ったことだ。二人を抱きしめるヴォルフやそれを見守っているラッド達駐在を見て、ローがそう言った。
「シノは真っ直ぐで裏表ないもんな!俺、シノのそういうところ好きだ!さっきもありがとな!」
町の中でずっと手を繋いでいたことを言っているのだろう。ベポがにこにこと笑いかけてきた。横でローも笑っている。頑張って我慢していた涙が溢れそうだ。思わず、ローとベポに抱きついた。
「私もみんなのこと大好きだよ!!!」
「なんでお前が泣くんだよー!?」
そうは言いながらも二人とも笑って受け止めてくれた。両親とは全く違う。けれど彼らも確かに大切な存在である。
こうして、4人の初めてのプレジャータウン訪問は幕を下ろした。これからは、ほぼ毎日のように通うことになるが、今日の朝のような重たい空気はもうない。今日という一日でシノと彼らの世界が確かに広がったのだった。
end
「ヴォルフ最近忙しそうだけど平気かな?」
「問題ねェよ。あいつはお前らよりも健康的だ」
ヴォルフは最近、研究に加えて町にもしょっちゅう出かけている。元々は一週間に一度程度だったが、ここ一カ月はよく出かけており、帰ってくるのも遅い。年齢を考えると心配になるところだが、定期的に検診をしているロー曰く、健康そのものだそうだ。ヴォルフが元気なのは知っているが、長生きをして欲しいので、無理だけはしてほしくない。
「おじいちゃん、昔から元気だからね」
「まぁ元気ならそれで良いんだけどさ」
そんな会話をしながら、各々好きなことをする。ベポは航海術の本を読み勉強を、ローは医学書を読み漁っている。シャチとペンギンは今は武器の手入れをしている。生きていくためにもっと強くなりたいようで、ローに教えてもらいながら日々鍛錬に勤しんでいる。ちなみに、ローは嫌な顔をするが、シノも混ぜてもらっている。平和な町ではあるが、今後の人生で何があるかわからないので、念のため鍛錬を積むに越したことはない。
そんな生活を送っていたある日の晩、夕食を食べながらヴォルフが突然重大な話をし始めた。
「明日、全員でプレジャータウンに行くぞ」
シノ以外の4人の表情が固まったのが分かった。今までずっとこの家と森で生活していたが、ついに町に行く日が来たようだ。
「前に約束したのを覚えているな。町で働いてもらうって話だったはずじゃ。そろそろ約束を守ってもらおう」
シャチとペンギンが来た時にした約束だ。全員認識はしているはずだが、どうしても抵抗があるようだ。少なくともシャチとペンギンにとっては、叔父たちの家がある時点で恐ろしい場所だろう。偶然でも叔父たちに出くわしてしまう可能性もある。べポも見た目で拒絶されることを恐れているのかもしれない。ローに関しては……正直わからない。訳ありだということは認識しているが、あまり語りたい話ではないだろうと触れてこなかったので、シノはローの過去を何も知らない。
「ワシはもう寝る。シノ、お前もちょっと来い」
「え!?うん……」
ちらりと俯いているロー達を見る。誰も顔を上げなかった。何か声をかけたいとは思いつつも、ヴォルフがわざわざ呼ぶということはこの件で何か話があるのだろう。テーブルについたままの彼らを見ながら、シノはヴォルフについて彼の部屋へ向かった。
「おじいちゃん、みんなになんか言ってあげなくて良かったの?」
「ワシやお前が何を言ったってあいつらの不安は拭えんじゃろ」
ヴォルフの言っていることはもっともだ。ヴォルフもシノも元々あの町の住人であり、そこで育った人間だ。そんな人間が何を言っても、心のどこかで、自分達とは違うと思うに違いない。シノはあの町の住人の事をよく知っているので、正直何の心配もしていない。だが、あの4人は何かに不安や恐怖を抱いているように見えた。ヴォルフの言う通り、シノが解決できる話ではないのだろう。
「それで、お前はどうする」
「働くよ。私もずっとここにいるわけにもいかないでしょ」
どういう形かはわからないが、きっといつか彼らはここを巣立っていく。そのために生きていくための一歩として、ヴォルフは彼らを町に行かせようとしているのだろう。そうなった時、自分がどんな選択をするのかはわからないが、どんな選択でも出来るように、やれることはやっておきたい。ローに無理やり鍛えてもらっているのもその一環だ。
「……そうか。お前がそう決めたなら止めはせんよ」
「うん、ありがとう、おじいちゃん」
おやすみ、と挨拶をして部屋へ戻る。既に皆自分たちの布団の中に入っていた。眠れているかはわからない。ただ、出来るだけ静かにシノも自分の布団にもぐった。
翌朝、シノが起きると既にみんな部屋にはいなかった。随分早起きだったようだ。急いで降りていくと、食卓に目玉焼きと白米が並んでいた。シノ待ちだったようで、一言ごめんと添えて椅子に座り、全員で朝食をとる。いただきますの挨拶以降は、ほとんど誰も喋らなかった。この空気でペラペラと喋るほどの度胸はシノにはない。
「時間じゃ、出発するぞ」
ヴォルフの言葉に、全員で彼の発明品であるバギーに乗り込んだ。前にヴォルフとロー。後ろに4人。昔は子供の足の速度で歩いて2時間くらいかけていたが、バギーでは10分程度で着いた。町とヴォルフの家は実はこんなに近かったのか。
「シノ、元々ここ住んでたんだよな」
「うん」
「その……どうなんだ?」
町の入り口に立った時に、シャチがおそるおそる聞いてきた。昨日からずっと聞きたかったのだろう。しかし、ヴォルフの言う通り、シノがなにか言ったところで、彼らの不安が拭えるとは思えない。何と答えるべきか。シノは出来る限り頭を絞って考えた。
「私が育った町だよ?」
それがシノに言える精いっぱいだった。笑顔で自信満々にそう伝えると、4人は少し驚いた表情を浮かべていた。
「ほら、行くぞ」
ヴォルフの言葉に、ヴォルフの後をぞろぞろとついて行く。シノは不安そうなべポの手をとり、二人で並んで歩く。シノにとっても実に四カ月ぶりと久しぶりだ。何も変わらない、活気の溢れる町。商店街を歩いているとそこらじゅうで店の人が声出しをしている。
ヴォルフが歩くとだいたい声を掛けられる。相変わらず慕われているようだ。だからこそ、シノも懐いていたのだが。
「あらあら、後ろに連れてる子たち、ヴォルフさんのお孫さん?」
「あほう!単なる居候じゃ!」
「あらそうなの。可愛い子たちじゃない、サービスでリンゴあげちゃう」
「ほう、そういうことなら、ありがたくもらっておこう」
にこにことリンゴを人数分くれる果物屋さん。シノも顔見知りだったので、お礼を言って手を振った。握った時は緊張で強く握られていたべポの手が、だいぶ緩んでいる。きょろきょろそわそわしながらも興味深そうに周りを見ている様子は少し可愛い。
「この町は、十七年前に海賊のせいで一度滅びかけてな。そのあとから、誰もが喜べる町を、誰もが優しくあれる町をって決めたんじゃ。この町を訪れる者たちを出来るだけ暖かく迎え入れる。それがこの町の精神なんじゃ」
「……じいさん、あんたこうなるのが分かってたのか」
「当たり前じゃ。けどな、ワシらが説明したところでお前たちは納得できんじゃろ。他人の優しさなんてのはな、直接触れなければ意味のないものなんじゃ」
目をぱちぱちと瞬かせるロー達。昨日からずっと緊張しっぱなしだったろうから、かなり気が楽になったことだろう。
その後、今回の目的である仕事探しに向けて、駐在所へ寄り、労働の許可を取りに行った。保護者ヴォルフのサインの下に順番に自分たちの名前を書く。シノもみんなと同じように、一番下に名前を書かせてもらった。
ヴォルフが駐在のラッドと何やら会話をしているうちに、どこを回るかみんなで作戦会議をする。
「俺、美容院あれば美容院がいいな。前から美容師の仕事憧れてたんだよ!」
「俺はレストランのウェイターの仕事とかかなぁ。接客できるわからんけど」
「俺!ショベルカーとか使ってみたい!!」
今朝までの様子が嘘のように盛り上がる3人。不安はある中、それぞれやりたいことはある程度考えていたようだ。何となくその仕事をしている彼らが想像してシノも楽しくなってきた。思わず笑っていると、ローに話しかけられた。
「シノ、お前どこで働くんだ?」
「診療所」
「はぁ!?なんでだよ!?」
「こないだシャチとペンギンの手術手伝ってた時に、もっと知識があればちゃんと手伝えたのになって思って。お医者さんは無理だけど、看護師の勉強はちゃんとしたいと思って」
ローの影響を受けていないといえば完全に嘘になる。ローに出会わなければ、もっと別の仕事を選んでいただろう。だが、あの時、何も出来ない自分が許せなかった。だから、今自分がやりたいことと考えたら、その選択肢しかなかった。我ながら単純だ。
「あ、でもローが一緒の所嫌だったら、別のとこ考えるよ」
「ダメだとは言ってないだろ。……お前が決めたならそれでいい」
少し照れ臭そうだったがローの許可が下りたので同じ診療所で働かせてもらうことになった。
結果、べポは工事現場、ペンギンはレストランのウェイター、シャチは美容院の雑用に決まった。皆予定通り、元々興味のあった仕事につけたようだ。働けることが楽しみなのか、3人共楽しそうにどんな仕事をするのかと語り合っている。
「最後に寄らねばならん場所がある。行くぞ、ガキども」
そう言ってヴォルフが連れてきたのは、町一番の豪邸の前だ。何故ここに来たのかは、ペンギンとシャチの真っ青な表情を見れば明らかだった。シノも一度彼ら二人をここで見たことがあるので知っている。シャチの叔父の家だ。
「どういうことだよ、なんで俺たちをこんなところに連れてくるんだよ!」
「無理やりとは言えお前らは悪事の片棒を担がされた。放っておいたら町の人間たちもそれに気づくかもしれない。だからこそケジメをつけておく必要があるんじゃよ」
「でも、おれたち、話す自信ねぇよ……」
泣き出しそうなのを必死でこらえるシャチとペンギン。震えているのがわかる。この家は、彼らのトラウマそのものなのだろう。ヴォルフはそんな二人の肩を抱いた。
「大丈夫じゃ、ここからはワシら大人の仕事じゃ」
ヴォルフは"大人"を強調してそう言った。
玄関のドアを叩くと、メイドが出てきた。シノもこの町に住んでいたが、ここの住人とは一切かかわったことはない。一体どんな人物なのかもさっぱりわからない。メイドがヴォルフと会話し、一度中へ戻ると、今度は金色のスーツに宝石をじゃらじゃらつけた趣味の悪そうな男が出てきた。
「おお~ペンギンとシャチじゃねぇか。急にガキどもがいなくなるから、こっちとしても困ってたんだ」
少し会話を聞いていただけで、いけ好かない人間だと思った。完全にヴォルフのことも見下している。親戚で話し合って、この人に預けられることになったと聞いたが、親戚たちも親戚たちだ。何故こんな男に預けようと思ったのか。他の親戚たちの事も許せない。べポも同じように嫌な気持ちになったのか、横にいたシノの手をぎゅうと握って眉をひそめていた。
「……あんたにこいつらを引き渡すわけにはいかんな」
「あん?あぁ、いくら払えばいい?50万ベリーか?100万ベリーか?便利な道具を運んできてもらったんだ、報酬は弾んでやるよ」
「道具じゃと……?お前たちがこいつらに悪事を働かせていたのは事実か?」
「おめぇら話したのか!?ふざけた真似しやがって……!!」
ヴォルフの言葉に、怒って拳を振り上げた男。しかしその拳はあっさりとヴォルフに受け止められた。強いのは知っていたが、こんな余裕で受け止められるようなレベルだったのか。
「そうやって、何度もこの子たちを殴ってきたのか…!?」
「ああそうさ!何が悪い!両親の死んだみじめなガキどもに住む場所を与えてやったんだ!ごみのようなやつらを立派な道具にしてやる!!良い事じゃねぇか!」
シノは唖然とした。世の中にはこんな大人もいたのか。プレジャータウンにこんな人間がいたのは驚きだが、基本的には本当にいい人ばかりの町だ。そんな町で育ってきたシノにとっては、大人は子供を守ってくれるのが当たり前だった。しかし、ペンギンとシャチにとってはそうではなかったのだ。何も聞いていないがローもそうだったのかもしれない。町に来るのを恐れていたのは、大人全般を恐れていたのだ。何故気づけなかったのか。シノは自分がいかに恵まれていたのかを悟った。
「ふざけんな!!そいつらはおれの大切な子分だ!てめぇみたいなゲスが道具なんて呼ぶんじゃねェ!」
「ローさん……」
男の言葉に抑えきれなくなったのだろう。ローが叫んだ。シノもべポも何も言えないが、気持ちは一緒だ。泣きそうなシャチとペンギンの前に庇うように立ち、睨みつける。
「俺がこいつらを引き取って家も寝床も食事も与えてやったんだ!ネズミの餌みたいなもんでもクズには十分だろ!!」
「このっ……!」
「もういい、喋るな」
「!?」
男の言葉に殴りかかろうとしたローよりも先に、ヴォルフの拳が男の腹を殴った。一発で男は失神し、その場に倒れこんだ。その様を見ても、この男に何の同情の余地もない。むしろすっきりしたくらいだ。
「シャチ!ペンギン!お前らは道具なんぞではない!くずなんかではない!いらない存在何かではないんじゃ!お前らは大切な同居人じゃ!こんな男のセリフでお前らが傷つく必要は微塵もない!!」
ヴォルフの言葉はなんて暖かいのか。シャチとペンギンの泣きじゃくる声があたりに響く。立ち尽くしてそれを見守るローに近寄り、シノとべポはローを挟むように立った。今は"大人"であるヴォルフに任せた方が良いだろう。
騒ぎを聞きつけ走ってきた駐在のラッドに、ヴォルフが状況説明をする。彼らについて、ずっと悪い噂は有り、ラッド達も何とかしようとしていたが、が証拠がなく取り締まることが出来なかったようだ。ヴォルフがここ最近町に通い詰めていたのは、その証拠を集めるためだったらしい。皆が安心できる環境を作るため、全て準備を整えておいてくれたのだ。ヴォルフの仕事はここまでだ。
ラッドが呼んだのかどんどん集まってきた他の駐在たちによりすぐに家宅捜索が行われ、シャチの叔父と叔母は逮捕された。
いろいろな犯罪を行っていたようで、ドラッグの売買や子供を誘拐して売り飛ばす計画まで立てていたらしい。プレジャータウンに住んでいたシノとしては他人事ではなくゾッとした。もし町から外れたヴォルフの家に住み着いていなければ、両親のいないシノなど、後処理の面倒の無い、良いターゲットだっただろう。あの日、家に置いてくれたヴォルフとローに感謝しなければならない。
「「ヴォルフ!!」」
「おう、小僧共。嫌なものを見せて悪かったな。でももうお前たちを怖がらせる人間はどこにもおらんよ」
ヴォルフは、駆け寄ってきたシャチとペンギンにそう言うと、二人の頭に手を乗せ頭を撫でた。シャチとペンギンはヴォルフに抱き着いて大声で泣いていた。ようやく安心して頼れる大人に出会えたのだ。両親が亡くなってから半年以上、ずっと不安を抱えて生きてきただろう。今日のこの出来事に、どれだけホッとしただろうか。シノも泣きそうになり、唇を噛んで耐えた。自分はそんな地獄を知らない。そんな自分が泣くのは彼らに失礼な気がした。
「お前の言ったとおりだったな」
「え?」
「ここは、確かに"お前が育った町"だなってことだ」
町の入り口でシノが言ったことだ。二人を抱きしめるヴォルフやそれを見守っているラッド達駐在を見て、ローがそう言った。
「シノは真っ直ぐで裏表ないもんな!俺、シノのそういうところ好きだ!さっきもありがとな!」
町の中でずっと手を繋いでいたことを言っているのだろう。ベポがにこにこと笑いかけてきた。横でローも笑っている。頑張って我慢していた涙が溢れそうだ。思わず、ローとベポに抱きついた。
「私もみんなのこと大好きだよ!!!」
「なんでお前が泣くんだよー!?」
そうは言いながらも二人とも笑って受け止めてくれた。両親とは全く違う。けれど彼らも確かに大切な存在である。
こうして、4人の初めてのプレジャータウン訪問は幕を下ろした。これからは、ほぼ毎日のように通うことになるが、今日の朝のような重たい空気はもうない。今日という一日でシノと彼らの世界が確かに広がったのだった。
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