トラファルガー・ローと雪の町の少女
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北の海にあるスワロー島。
この島は四分の三が雪が降り続けるような雪国だ。今日も雪が降る中、シノは町外れの一軒の家へ向かっていた。生まれ育った島とはいえど、寒いものは寒い。身を縮めて小走りで進んでいく。ようやく見えてきた見慣れた家をノックした。
「なんじゃシノ、また来たのか」
ガチャリと扉が開き出迎えてくれた白髪の老人。サンバイザーにアロハシャツにサンダル。いつ見ても季節感が間違ってるこの老人はヴォルフという、ここで一人で暮らしている老人だ。
「おじいちゃん、お父さんとお母さんまだ帰ってこない……」
おじいちゃんと呼んではいるが、血のつながりはない。元々両親は仕事で家を空けることが多かったので、一人でフラフラしていた時に出会い、それから勝手にこの家の家事手伝いをして暇を潰していただけの関係だが、大人らしく構うわけでもなく、かと言って無下にするわけでもないその距離感に、勝手に懐いていた。
両親がいなくなったのはちょうど1週間前のことだった。近くの街に駐在していた海兵だった両親は、隣島のミニオン島で何かがあったらしく、海軍からの要請で出かけて行った。翌朝起きても戻っておらず、町の駐在のラッドに尋ねても情報が入ってこないため、もしかしたらとヴォルフにも尋ねたが、その時点では何も知らない様子だった。
「そうか……残念だがうちに来ても何の報せも無いぞ」
「うん……お昼ご飯の準備手伝わせて」
何かしてないと不安になる。町のみんなは心配して良くしてくれるが、それもなんだか苦しい。ヴォルフも心配はしてくれているのだろうが、余計なことを言わずに置いてくれる分、少し気が楽なのだ。
勝手知ったる家のキッチンに入り、固まった。この家は常に一人のはず、だった。目つきの悪い黒髪の少年がそこに立っていた。白いファーの温かそうな帽子を被っており、ヴォルフの恰好と比べると幾分か島に合っている。
彼と目が合い、どきりとした。同じくらいの歳だろうか。生まれ育った町では出会ったことのない顔だ。
「あの、こんにちは……?」
「……誰だこいつ」
「そいつは近所のガキじゃよ、たまに買い出しや家の手伝いをする代わりに居着いてる。お前と一緒じゃろ」
「一緒じゃねェよ、帰る家あるんだろ」
ヴォルフのざっくりとした説明で何となく彼の状況を察した。一週間前の時点では居なかったことを考えると、ここ数日でこの家に住み込むこととなったのであろう。ヴォルフが置いているということは悪い人では無いのは確かだ。であれば警戒する必要はない。
「私、シノ」
「こいつは、トラファルガー・ロー。ちょっと目つきは悪いが、悪いやつじゃない。ローと呼べ」
「おい、何勝手に紹介してんだよ!?」
「よろしくね、ロー」
ローの言葉は完全に無視をして、勝手に手を差し出す。根が真面目なのだろう。不服そうでは合ったが、一応握手には応えてくれた。それだけで何だか嬉しくなり、にっこりと笑った。久しぶりに笑ったかもしれない。小さな島ではなかなか新しい出会いもなく、特に歳の近い友人もいなかったので、新鮮だ。
「ローはいくつなの?」
「13」
「え、年上!?」
同じくらいの身長だったので、てっきり同い年だと思っていた。意外とお兄さんだったらしい。が、今更敬称をつけるのも恥ずかしいので、そのままでいくことにする。ローの方も大して気にしていないのか。自分の方が年上だと最初からわかっていたのか。特に何も返してこなかった。
ヴォルフの家の冷蔵庫を勝手に開けて材料を確認した。ヴォルフの癖なのか、相変わらずいろいろな残り物がちょっとずつ残っている。これを使って自分でも作れるものとなると大分限られてしまう。
「おじいちゃん、そろそろ食べ物買いに行かないとなくなっちゃうよー」
「わかっとる!!」
「残ってるの全部使っちゃうよー」
「何作るつもりだ」
ほいほいと佃煮やらしらすやら梅干しやら煮物やら、残りものたちを取り出す。何でこんな中途半端な残し方をするのか。煮物に至っては、これだけ残しても困るだろうという量だ。
「おにぎり!!……くらいしか作れない」
包丁や火を使うのは両親の目の届く範囲でと言われており、まだ挑戦できていない。過保護な両親の優しさなので、わざわざ反抗するほどの事でもなく従っていた。眉をひそめてこちらを見ているところを見ると、おにぎりはお気に召さなかったのだろうか。他に出来るものがあるだろうかと慌てて冷蔵庫を再度あさっていると、ローが炊飯器をパカっと開ける。
「……おにぎり作るんだろ、早くやるぞ!」
どうやら手伝ってくれるらしい。後からヴォルフに聞いた話だと、梅干しが苦手らしい。おにぎりが嫌だったわけではないようで安心した。
二人揃って炊飯器の中身を覗き込む。既に炊けているということは元からおにぎりの予定だったのかもしれない。ほかほかのご飯に悪戦苦闘しながら黙々と三角形を作っていく。多めに作っておけばおやつにもなるので、あるだけ握ってしまってもいいかもしれない。
「いつも何してるの?」
「……」
何回かローに関する質問をしたが何も返って来なかった。ヴォルフと違い、シノの事はまだ警戒しているようだ。つい先ほど会ったばかりの人間なのでまぁ当然かもしれない。シノとしても特に気を害することもなく、おにぎりを大量生産していく。勝手にしゃべっていても、別に嫌な顔をされるわけでも邪魔者扱いされる訳でも、――ましてや同情した顔をされるわけでもないので、悪い気はしない。
「お前ら全部握ったんか!夕飯と明日の朝の分も炊いたのに!」
「あ、ごめん」
「こりゃ夕飯もおにぎりだな」
どんと全てのおにぎりを並べたら圧巻であった。いつの間にかおやつどころの騒ぎではない数になっていたが、ヴォルフも大して気にしていなさそうだったので良いだろう。
「シノ、お前今日は吹雪くようだから夕方までに帰れよ」
「えー、私も泊っていきたーい」
「住み込みのガキは一人で十分じゃわい!!」
ぶーと口をとがらせるが、二人とも完全にスルーだった。両親や町の人だってシノがここに泊まった所で何も言わないだろうが、一応世間体というやつを気にしているのかもしれない。シノは作ったおにぎりをちまちまと食べる。ローが作ったものはシノが作ったものより少し大きいためすぐにわかる。どちらも形は若干いびつだが。
「ローはこの後何するの?」
「剣の修行」
「何それカッコいい!私もやりたい!」
「勝手にやれ」
キラキラと目を輝かせて懇願するシノ。ばっさりと切り捨てられるも、嬉々としてついていく。朝降っていた雪はいつの間にかやんでいたようだ。夜は吹雪くと言っていたから、やんでいるのは今だけなのかもしれない。
ローが竹刀を構えて素振りをする。ヴォルフに貰ったのか私物なのか。剣術には微塵も詳しくないシノから見ても、ちゃんとした太刀筋に見えた。どう見ても最近始めたものではないだろう。シノには竹刀もないし、そもそも見様見真似で振った所でモノになる気もしないので、今日はただひらすら見学することにした。ローも完全に空気扱いなのか、何も言ってこなかったので良いことにする。
どれだけ眺めていただろうか。コートを着ていても体が冷えてきた。ずっと外に出ていた顔は真っ赤だろう。
「……お前、見てるだけで楽しいのか」
「え、うん。素振りなんて見たことなかったし。なんか綺麗だし」
「はぁ!?」
スッと振り下ろされる所作、振り上げる所作、一つ一つが綺麗で見ていて飽きなかった。寒さにも一切震えない、真剣な眼差しも綺麗だ。後者は言ったら怒られそうだったので言わないこととする。
「意味わかんねェやつだな」
「なんでだろうねェ」
「つーかそろそろ帰らないと怒られるぞ」
「んー、もうちょっとだけ」
いつの間にかまた雪が降りだしている。まだひどくなる様子は無いので大丈夫だろう。またしばらく静かに彼の素振りを眺めていた。
気づけば少し風も強くなってきて、さすがに帰らなければ本当に町までたどり着けなくなりそうだった。名残惜しいが、この天候ではローもこれ以上続けられないだろう。立ち上がって、コートと帽子に積もってしまった雪をバサバサとはたく。その様子に気づいたのかローが手を止めてこちらを見た。
「さすがにそろそろ帰るね、おじいちゃんにも言っといて」
「わかった」
「あのさ、ロー。明日もまた見てて良い?」
彼の剣の修行を見たいのもそうだが、今日半日見ていて気付いたのだ。ここはもうヴォルフ一人の家ではなく、ローの家でもある。その空間に長々とお邪魔するのだから、ローにも許可を取っておきたい。
「好きにしろ」
そんな気持ちを知ってか知らずか、さらっと答えが返ってきた。ローから見ても害がない人間だと認定されたのかもしれない。途端に嬉しくなってぱぁと笑顔になる。
「ありがとう!!じゃあまた明日ね!!」
「おう」
そう言って大きく手を振って町の方へ駆けて行く。久しぶりに心が温かい。ずっと座っていて体は冷え切っているはずなのに、不思議と全く寒くなかった。町までは走り続けるには子供にはあまりに長い距離だが、今なら走ってたどり着けそうな、そんな気がした。
***
Side Law
日の出と共に目を覚まし、身支度をする。今日の朝食当番はヴォルフの為、いつもよりは少し遅れて部屋を出た。テーブルの上には既におにぎりと焼き魚が並んでいる。昨日山ほど作ったおにぎりも残り少なくなった。育ち盛りの男なのでしょうがない。特に米は美味しいから仕方がない、と自分に言い訳をする。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
食事は二人揃ってから始めることになっている。二人でいただきますと手を合わせて食べ始めた。小さいほうのおにぎりは梅干しの可能性があるので、大きいほうだけを選んで食べる。それに気づいていたのか、ヴォルフは小さいほうに手を伸ばしていた。今日は何をするか、ヴォルフの予定を聞いて、自分の予定を立てる。ヴォルフは食料が減ってきているので今日は町に出るようだ。ローが来たせいで食料の減りも早いのかもしれない。若干申し訳ないが、ヴォルフ曰く、十分手伝いをしているので、ギブ&テイクはちゃんと成り立っているらしい。ローの予定としては、ヴォルフが町に出ている間に、家事をこなし、昼食の時間まで部屋で本を読むことにした。ヴォルフが材料を買ってこないと昼食の準備もままならない。午後はまた畑の手伝いをして、剣の修行をして。そこまで考えて、昨日の少女のことを思い出す。
「今日もあいつ来るのか」
「どうだろうな、毎日来るわけではないからな」
そうか、と少し残念に思った自分がいることに驚いた。当たり前のように今日も来るものだと思っていたからかもしれない。彼女には自分の家がある。そちらにも楽しいことはいろいろあるだろう。そういえば彼女には兄弟はいるのだろうか。今度来た時に聞いてみるか、と考えてやはりローの中では彼女が来る前提で進んでいることに気づき、慌てて頭を振った。
結論から言うと、彼女は来なかった。いない方が当たり前だというのに、素振り中に彼女がいなかったことが気になって集中できなかった。結局彼女の行動はただの気まぐれだったのだろう。普段見慣れない新鮮なものだったからずっと居たのだ。何ならもう自分のこと等忘れているかもしれない。
「あいつ、来なかったな」
「……そうじゃな」
そんなことを考えながらも未練たらしくヴォルフに呟いた。夕食のホワイトシチューが冷えた体をしんから温める。畑で取れた大きな野菜がごろごろと入っていて食べ応えがある。よく考えたら、昨日あれだけ寒い中、ずっと外にいたのだから風邪を引いたのかもしれない。最後の方は鼻水を垂らしていたような気もする。一周回ってどうでもよくなってきた。そのうちまた来るだろうくらいに考え始める。
そんなことよりヴォルフの反応が少しおかしい。いつもだったら適当に会話を続けてくるが、何か考えているのかそのまま黙ってしまった。
「ヴォルフ、なんか知ってんのか」
「……いや」
よく考えたらヴォルフは今日、町へ行っていたのだ。何か知っていてもおかしくはない。だが、彼は何も話さなかった。ローに言える程の話は持っていないのか。何か隠しているのか。どちらにしてもわざわざ詮索するほどのことではないため、こちらからも何も言わなかった。
何があったのか、それを知ったのは割とすぐで、翌日の朝の出来事であった。
その日は少し早く目が覚めたので、家を出てあたりを散歩していた。体力作りにもなるだろうと軽く走っていた時に、子供が倒れているのが見えた。近づいてみると、一昨日会った少女だった。何故こんなところで倒れているのか。軽く雪が積もっているが、埋もれている程ではないので、倒れたのは割とつい先ほどのことだろう。
「おい、大丈夫か!?」
返事はない。幸い意識はあるようだが、喋る程の元気がないのか。ちゃんと服は着こんでいるが、唯一素肌がむき出しの顔は真っ赤になっている。もう少し放置していたら命に係わっていたかもしれない。ローは急いで彼女を担いで、家に駆けこむ。
「ガラクタ屋!」
「朝っぱらからなんじゃ……ってシノ!?何があった!?」
「近くで倒れてたんだ!!」
とにかく濡れたコートを脱がせ、全身を毛布にくるむ。意識はあるので温かいものを飲ませて体内から温めれば大丈夫だろう。
「お湯を沸かしてくるからじいさん傍にいてやってくれ!」
「おう、頼んだ!」
そう言って離れようとした時だった。彼女が弱弱しく、ヴォルフの腕を掴んだ。真っ赤な顔でボロボロと大きな涙をこぼす。
「おじいちゃん……お父さんとお母さん、死んじゃった……」
「!!!!」
「…………」
それはローにとっては衝撃の話だった。だが、ヴォルフの冷静な様子を見る限り、彼は知っていたのかもしれない。昨日黙り込んでいたのはこれのせいだったのか。彼女が嗚咽を漏らして泣いている間、ヴォルフは何も言わなかった。
「朝飯がまだじゃろ、食べていけ」
彼女に少し冷ましたお湯を飲ませ落ち着いてきた頃、ヴォルフがぽつりとつぶやいた。キッチンに準備されていた朝食をテーブルへ並べる。少し冷めてしまったが食べられないことはない。白米とみそ汁と肉と野菜の炒め物。三人分並べては見たが、彼女をまだ動かすわけにはいかない。ソファのサイドに寄りかかり上半身だけ少し起こさせ、彼女の分だけ温め直したみそ汁を手渡した。
ローが椅子に座り直し、手を合わせていただきます、と唱えると、彼女も小さな声でちゃんと言っていた。しばらくうつむいて手を付けなかったが、二人とも何も言わなかった。そのうちさすがにお腹がすいてきたのか、そっとみそ汁をゆっくりと口へ運んだ。
「……美味しい」
「そうか……」
「美味しい……お味噌汁……」
そう言いながら、またボロボロと大粒の涙を流した。
自分の時もそうだっただろうか。ローは自分の家族が死んだ時のことをぼんやりと思い出した。3年前の出来事だったが、その後が怒涛の日々だったため、かなり遠い昔のように感じる。むしろつい先日の別れの方がフラッシュバックする。油断すると涙腺が緩みそうになるので、慌てて白米をかきこみ気を紛らわせた。
その後、ローは食べ終わった食器を片付けた。彼女はみそ汁を全て飲み干したようだ。それ以外はまだ食べられないだろう。後でお腹がすくかもしれないので、一応冷蔵庫にそのまましまっておくことにする。
ひと段落ついて、体調も戻って来ただろう頃、ようやく彼女が話し出した。昨日来なかったのは、海軍が家に来ていたらしい。両親が亡くなったことを伝えられ、言われるがままにいろいろな手続きをしていたようだ。遺体は返って来ず、後日仮の墓を作るらしい。昨日はそれでいっぱいいっぱいで何も出来ず、今朝ようやく実感して、感情がぐしゃぐしゃのまま走ってこの家へ向かっている最中に倒れたようだ。
「こいつの両親は海兵でな、よく家を留守にしてそのたびにうちに来てたんじゃ」
昨日一睡も出来なかったのだろう。話し終えて疲れたのか、ソファで寝てしまった。寒さで奪われた体力を回復するためにも眠れるのであれば眠った方が良い。
「先週、隣のミニオン島で海賊同士の抗争があったらしくてな、それに巻き込まれて死んだらしい」
「え?」
ヴォルフの言葉に血の気が引く。つまり、自分と同じタイミングであの島にいたということか。表向きには抗争となっているのかもしれないが、あれはほぼドンキホーテファミリーによる一方的なコラソンとローの捜索だった。ドンキホーテファミリーの誰かにやられたのは確実だ。もしコラソンとローがあの島に行っていなければ。いや、どちらにしても海軍との取引の前にドフラミンゴが強奪することになり、近くにいた彼女の両親はやられていたかもしれない。それに、あそこに行っていなければ、ロー自身が確実に死んでいた。
ローは部屋から本を持ってきて、眠る彼女の横に座った。ヴォルフも今日ばかりは手伝いの依頼を何もしてこなかった。彼女のそばにいてやれと言うことなのだろう。
彼女は何か悪夢を見ているのか、時折うなされていた。その度に、昔妹にしてやっていたように、そっと手を握ってやると、そのうち静かになった。それを何回か繰り返して、数時間がたった頃、彼女はようやく目を覚ました。薄らと瞳が開く。まだ寝ぼけているのか、天井をずっと見つめていた。
「あ、ロー……おはよう」
「もう昼過ぎだけどな」
昼の時間は随分前に過ぎておやつの時間くらいだったが、彼女も寝ていたし、ヴォルフも戻ってこないし、今日は昼飯無しでもいいかもしれないと考えていたところだった。
「……昨日来れなくてごめんね」
「別に、好きにしろって言ったしな」
「でも本当は来たかったんだよ」
本当はまた見たかったんだ。とぽつりと呟く。起きて最初に話すのがそれなのか。勝手にした約束を破ったことがよほどショックだったらしい。見ているだけで何が楽しいのかは分からないが、彼女には何か思うところがあったのだろう。しばらくしーんとした時間が続く。ローは黙々と本を読み続けた。
「本当はね、もう帰ってこないんじゃないかって、わかってたんだ」
「そうか」
ぽつりぽつりと話し始める彼女の話を素直に聞く。主語はないが、恐らく両親の話だろう。一週間何の音沙汰もなく帰ってこなかったのだ、彼女なりに察していてもおかしくはない。
「一昨日、ローの素振り稽古見てたら、気が紛れて、他のこと全部忘れられて、ずっと綺麗だなって気持ちでいっぱいだったんだ」
「……そうか」
あの時点で、彼女の心は既にぐちゃぐちゃだったのかもしれない。国が一つ崩壊するのも、両親が死ぬのも、心が壊れかけることに大きいも小さいも無い。あの日のローと同じ気持ちを経験したのだ。枯れるほど泣いて、今は気持ちを整理しているのだろう。ただ一つ、あの時の自分と違うとしたら、ローには誰もいなかったが、彼女には今、ローとヴォルフがいる。今、彼女を少しは助けることができる。
「……お前も、ここに住むか?」
「……いいの?」
「良いだろ別に。文句なんて言わせねェ」
「そっか」
当然ヴォルフに許可なんてとっていないが、あの人の性格なら反対はしないだろう。なんだかんだいって甘いのだから。昔から知ってる彼女のことなら余計、受け入れるだろう。もちろんローもだ。心のどこかで罪悪感を感じているのもあるが、それよりも、自分の修行する姿を綺麗だと、ずっと見ていたいと言われたことは、思いの外心地よかった。もう少し彼女を知りたい、そう思った。
「また修行見てても良い?」
「…………体調が戻ったらな」
そういうと、彼女は嬉しそうに笑った。
こうして、新しい住人が一人、増えた。
end.
この島は四分の三が雪が降り続けるような雪国だ。今日も雪が降る中、シノは町外れの一軒の家へ向かっていた。生まれ育った島とはいえど、寒いものは寒い。身を縮めて小走りで進んでいく。ようやく見えてきた見慣れた家をノックした。
「なんじゃシノ、また来たのか」
ガチャリと扉が開き出迎えてくれた白髪の老人。サンバイザーにアロハシャツにサンダル。いつ見ても季節感が間違ってるこの老人はヴォルフという、ここで一人で暮らしている老人だ。
「おじいちゃん、お父さんとお母さんまだ帰ってこない……」
おじいちゃんと呼んではいるが、血のつながりはない。元々両親は仕事で家を空けることが多かったので、一人でフラフラしていた時に出会い、それから勝手にこの家の家事手伝いをして暇を潰していただけの関係だが、大人らしく構うわけでもなく、かと言って無下にするわけでもないその距離感に、勝手に懐いていた。
両親がいなくなったのはちょうど1週間前のことだった。近くの街に駐在していた海兵だった両親は、隣島のミニオン島で何かがあったらしく、海軍からの要請で出かけて行った。翌朝起きても戻っておらず、町の駐在のラッドに尋ねても情報が入ってこないため、もしかしたらとヴォルフにも尋ねたが、その時点では何も知らない様子だった。
「そうか……残念だがうちに来ても何の報せも無いぞ」
「うん……お昼ご飯の準備手伝わせて」
何かしてないと不安になる。町のみんなは心配して良くしてくれるが、それもなんだか苦しい。ヴォルフも心配はしてくれているのだろうが、余計なことを言わずに置いてくれる分、少し気が楽なのだ。
勝手知ったる家のキッチンに入り、固まった。この家は常に一人のはず、だった。目つきの悪い黒髪の少年がそこに立っていた。白いファーの温かそうな帽子を被っており、ヴォルフの恰好と比べると幾分か島に合っている。
彼と目が合い、どきりとした。同じくらいの歳だろうか。生まれ育った町では出会ったことのない顔だ。
「あの、こんにちは……?」
「……誰だこいつ」
「そいつは近所のガキじゃよ、たまに買い出しや家の手伝いをする代わりに居着いてる。お前と一緒じゃろ」
「一緒じゃねェよ、帰る家あるんだろ」
ヴォルフのざっくりとした説明で何となく彼の状況を察した。一週間前の時点では居なかったことを考えると、ここ数日でこの家に住み込むこととなったのであろう。ヴォルフが置いているということは悪い人では無いのは確かだ。であれば警戒する必要はない。
「私、シノ」
「こいつは、トラファルガー・ロー。ちょっと目つきは悪いが、悪いやつじゃない。ローと呼べ」
「おい、何勝手に紹介してんだよ!?」
「よろしくね、ロー」
ローの言葉は完全に無視をして、勝手に手を差し出す。根が真面目なのだろう。不服そうでは合ったが、一応握手には応えてくれた。それだけで何だか嬉しくなり、にっこりと笑った。久しぶりに笑ったかもしれない。小さな島ではなかなか新しい出会いもなく、特に歳の近い友人もいなかったので、新鮮だ。
「ローはいくつなの?」
「13」
「え、年上!?」
同じくらいの身長だったので、てっきり同い年だと思っていた。意外とお兄さんだったらしい。が、今更敬称をつけるのも恥ずかしいので、そのままでいくことにする。ローの方も大して気にしていないのか。自分の方が年上だと最初からわかっていたのか。特に何も返してこなかった。
ヴォルフの家の冷蔵庫を勝手に開けて材料を確認した。ヴォルフの癖なのか、相変わらずいろいろな残り物がちょっとずつ残っている。これを使って自分でも作れるものとなると大分限られてしまう。
「おじいちゃん、そろそろ食べ物買いに行かないとなくなっちゃうよー」
「わかっとる!!」
「残ってるの全部使っちゃうよー」
「何作るつもりだ」
ほいほいと佃煮やらしらすやら梅干しやら煮物やら、残りものたちを取り出す。何でこんな中途半端な残し方をするのか。煮物に至っては、これだけ残しても困るだろうという量だ。
「おにぎり!!……くらいしか作れない」
包丁や火を使うのは両親の目の届く範囲でと言われており、まだ挑戦できていない。過保護な両親の優しさなので、わざわざ反抗するほどの事でもなく従っていた。眉をひそめてこちらを見ているところを見ると、おにぎりはお気に召さなかったのだろうか。他に出来るものがあるだろうかと慌てて冷蔵庫を再度あさっていると、ローが炊飯器をパカっと開ける。
「……おにぎり作るんだろ、早くやるぞ!」
どうやら手伝ってくれるらしい。後からヴォルフに聞いた話だと、梅干しが苦手らしい。おにぎりが嫌だったわけではないようで安心した。
二人揃って炊飯器の中身を覗き込む。既に炊けているということは元からおにぎりの予定だったのかもしれない。ほかほかのご飯に悪戦苦闘しながら黙々と三角形を作っていく。多めに作っておけばおやつにもなるので、あるだけ握ってしまってもいいかもしれない。
「いつも何してるの?」
「……」
何回かローに関する質問をしたが何も返って来なかった。ヴォルフと違い、シノの事はまだ警戒しているようだ。つい先ほど会ったばかりの人間なのでまぁ当然かもしれない。シノとしても特に気を害することもなく、おにぎりを大量生産していく。勝手にしゃべっていても、別に嫌な顔をされるわけでも邪魔者扱いされる訳でも、――ましてや同情した顔をされるわけでもないので、悪い気はしない。
「お前ら全部握ったんか!夕飯と明日の朝の分も炊いたのに!」
「あ、ごめん」
「こりゃ夕飯もおにぎりだな」
どんと全てのおにぎりを並べたら圧巻であった。いつの間にかおやつどころの騒ぎではない数になっていたが、ヴォルフも大して気にしていなさそうだったので良いだろう。
「シノ、お前今日は吹雪くようだから夕方までに帰れよ」
「えー、私も泊っていきたーい」
「住み込みのガキは一人で十分じゃわい!!」
ぶーと口をとがらせるが、二人とも完全にスルーだった。両親や町の人だってシノがここに泊まった所で何も言わないだろうが、一応世間体というやつを気にしているのかもしれない。シノは作ったおにぎりをちまちまと食べる。ローが作ったものはシノが作ったものより少し大きいためすぐにわかる。どちらも形は若干いびつだが。
「ローはこの後何するの?」
「剣の修行」
「何それカッコいい!私もやりたい!」
「勝手にやれ」
キラキラと目を輝かせて懇願するシノ。ばっさりと切り捨てられるも、嬉々としてついていく。朝降っていた雪はいつの間にかやんでいたようだ。夜は吹雪くと言っていたから、やんでいるのは今だけなのかもしれない。
ローが竹刀を構えて素振りをする。ヴォルフに貰ったのか私物なのか。剣術には微塵も詳しくないシノから見ても、ちゃんとした太刀筋に見えた。どう見ても最近始めたものではないだろう。シノには竹刀もないし、そもそも見様見真似で振った所でモノになる気もしないので、今日はただひらすら見学することにした。ローも完全に空気扱いなのか、何も言ってこなかったので良いことにする。
どれだけ眺めていただろうか。コートを着ていても体が冷えてきた。ずっと外に出ていた顔は真っ赤だろう。
「……お前、見てるだけで楽しいのか」
「え、うん。素振りなんて見たことなかったし。なんか綺麗だし」
「はぁ!?」
スッと振り下ろされる所作、振り上げる所作、一つ一つが綺麗で見ていて飽きなかった。寒さにも一切震えない、真剣な眼差しも綺麗だ。後者は言ったら怒られそうだったので言わないこととする。
「意味わかんねェやつだな」
「なんでだろうねェ」
「つーかそろそろ帰らないと怒られるぞ」
「んー、もうちょっとだけ」
いつの間にかまた雪が降りだしている。まだひどくなる様子は無いので大丈夫だろう。またしばらく静かに彼の素振りを眺めていた。
気づけば少し風も強くなってきて、さすがに帰らなければ本当に町までたどり着けなくなりそうだった。名残惜しいが、この天候ではローもこれ以上続けられないだろう。立ち上がって、コートと帽子に積もってしまった雪をバサバサとはたく。その様子に気づいたのかローが手を止めてこちらを見た。
「さすがにそろそろ帰るね、おじいちゃんにも言っといて」
「わかった」
「あのさ、ロー。明日もまた見てて良い?」
彼の剣の修行を見たいのもそうだが、今日半日見ていて気付いたのだ。ここはもうヴォルフ一人の家ではなく、ローの家でもある。その空間に長々とお邪魔するのだから、ローにも許可を取っておきたい。
「好きにしろ」
そんな気持ちを知ってか知らずか、さらっと答えが返ってきた。ローから見ても害がない人間だと認定されたのかもしれない。途端に嬉しくなってぱぁと笑顔になる。
「ありがとう!!じゃあまた明日ね!!」
「おう」
そう言って大きく手を振って町の方へ駆けて行く。久しぶりに心が温かい。ずっと座っていて体は冷え切っているはずなのに、不思議と全く寒くなかった。町までは走り続けるには子供にはあまりに長い距離だが、今なら走ってたどり着けそうな、そんな気がした。
***
Side Law
日の出と共に目を覚まし、身支度をする。今日の朝食当番はヴォルフの為、いつもよりは少し遅れて部屋を出た。テーブルの上には既におにぎりと焼き魚が並んでいる。昨日山ほど作ったおにぎりも残り少なくなった。育ち盛りの男なのでしょうがない。特に米は美味しいから仕方がない、と自分に言い訳をする。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
食事は二人揃ってから始めることになっている。二人でいただきますと手を合わせて食べ始めた。小さいほうのおにぎりは梅干しの可能性があるので、大きいほうだけを選んで食べる。それに気づいていたのか、ヴォルフは小さいほうに手を伸ばしていた。今日は何をするか、ヴォルフの予定を聞いて、自分の予定を立てる。ヴォルフは食料が減ってきているので今日は町に出るようだ。ローが来たせいで食料の減りも早いのかもしれない。若干申し訳ないが、ヴォルフ曰く、十分手伝いをしているので、ギブ&テイクはちゃんと成り立っているらしい。ローの予定としては、ヴォルフが町に出ている間に、家事をこなし、昼食の時間まで部屋で本を読むことにした。ヴォルフが材料を買ってこないと昼食の準備もままならない。午後はまた畑の手伝いをして、剣の修行をして。そこまで考えて、昨日の少女のことを思い出す。
「今日もあいつ来るのか」
「どうだろうな、毎日来るわけではないからな」
そうか、と少し残念に思った自分がいることに驚いた。当たり前のように今日も来るものだと思っていたからかもしれない。彼女には自分の家がある。そちらにも楽しいことはいろいろあるだろう。そういえば彼女には兄弟はいるのだろうか。今度来た時に聞いてみるか、と考えてやはりローの中では彼女が来る前提で進んでいることに気づき、慌てて頭を振った。
結論から言うと、彼女は来なかった。いない方が当たり前だというのに、素振り中に彼女がいなかったことが気になって集中できなかった。結局彼女の行動はただの気まぐれだったのだろう。普段見慣れない新鮮なものだったからずっと居たのだ。何ならもう自分のこと等忘れているかもしれない。
「あいつ、来なかったな」
「……そうじゃな」
そんなことを考えながらも未練たらしくヴォルフに呟いた。夕食のホワイトシチューが冷えた体をしんから温める。畑で取れた大きな野菜がごろごろと入っていて食べ応えがある。よく考えたら、昨日あれだけ寒い中、ずっと外にいたのだから風邪を引いたのかもしれない。最後の方は鼻水を垂らしていたような気もする。一周回ってどうでもよくなってきた。そのうちまた来るだろうくらいに考え始める。
そんなことよりヴォルフの反応が少しおかしい。いつもだったら適当に会話を続けてくるが、何か考えているのかそのまま黙ってしまった。
「ヴォルフ、なんか知ってんのか」
「……いや」
よく考えたらヴォルフは今日、町へ行っていたのだ。何か知っていてもおかしくはない。だが、彼は何も話さなかった。ローに言える程の話は持っていないのか。何か隠しているのか。どちらにしてもわざわざ詮索するほどのことではないため、こちらからも何も言わなかった。
何があったのか、それを知ったのは割とすぐで、翌日の朝の出来事であった。
その日は少し早く目が覚めたので、家を出てあたりを散歩していた。体力作りにもなるだろうと軽く走っていた時に、子供が倒れているのが見えた。近づいてみると、一昨日会った少女だった。何故こんなところで倒れているのか。軽く雪が積もっているが、埋もれている程ではないので、倒れたのは割とつい先ほどのことだろう。
「おい、大丈夫か!?」
返事はない。幸い意識はあるようだが、喋る程の元気がないのか。ちゃんと服は着こんでいるが、唯一素肌がむき出しの顔は真っ赤になっている。もう少し放置していたら命に係わっていたかもしれない。ローは急いで彼女を担いで、家に駆けこむ。
「ガラクタ屋!」
「朝っぱらからなんじゃ……ってシノ!?何があった!?」
「近くで倒れてたんだ!!」
とにかく濡れたコートを脱がせ、全身を毛布にくるむ。意識はあるので温かいものを飲ませて体内から温めれば大丈夫だろう。
「お湯を沸かしてくるからじいさん傍にいてやってくれ!」
「おう、頼んだ!」
そう言って離れようとした時だった。彼女が弱弱しく、ヴォルフの腕を掴んだ。真っ赤な顔でボロボロと大きな涙をこぼす。
「おじいちゃん……お父さんとお母さん、死んじゃった……」
「!!!!」
「…………」
それはローにとっては衝撃の話だった。だが、ヴォルフの冷静な様子を見る限り、彼は知っていたのかもしれない。昨日黙り込んでいたのはこれのせいだったのか。彼女が嗚咽を漏らして泣いている間、ヴォルフは何も言わなかった。
「朝飯がまだじゃろ、食べていけ」
彼女に少し冷ましたお湯を飲ませ落ち着いてきた頃、ヴォルフがぽつりとつぶやいた。キッチンに準備されていた朝食をテーブルへ並べる。少し冷めてしまったが食べられないことはない。白米とみそ汁と肉と野菜の炒め物。三人分並べては見たが、彼女をまだ動かすわけにはいかない。ソファのサイドに寄りかかり上半身だけ少し起こさせ、彼女の分だけ温め直したみそ汁を手渡した。
ローが椅子に座り直し、手を合わせていただきます、と唱えると、彼女も小さな声でちゃんと言っていた。しばらくうつむいて手を付けなかったが、二人とも何も言わなかった。そのうちさすがにお腹がすいてきたのか、そっとみそ汁をゆっくりと口へ運んだ。
「……美味しい」
「そうか……」
「美味しい……お味噌汁……」
そう言いながら、またボロボロと大粒の涙を流した。
自分の時もそうだっただろうか。ローは自分の家族が死んだ時のことをぼんやりと思い出した。3年前の出来事だったが、その後が怒涛の日々だったため、かなり遠い昔のように感じる。むしろつい先日の別れの方がフラッシュバックする。油断すると涙腺が緩みそうになるので、慌てて白米をかきこみ気を紛らわせた。
その後、ローは食べ終わった食器を片付けた。彼女はみそ汁を全て飲み干したようだ。それ以外はまだ食べられないだろう。後でお腹がすくかもしれないので、一応冷蔵庫にそのまましまっておくことにする。
ひと段落ついて、体調も戻って来ただろう頃、ようやく彼女が話し出した。昨日来なかったのは、海軍が家に来ていたらしい。両親が亡くなったことを伝えられ、言われるがままにいろいろな手続きをしていたようだ。遺体は返って来ず、後日仮の墓を作るらしい。昨日はそれでいっぱいいっぱいで何も出来ず、今朝ようやく実感して、感情がぐしゃぐしゃのまま走ってこの家へ向かっている最中に倒れたようだ。
「こいつの両親は海兵でな、よく家を留守にしてそのたびにうちに来てたんじゃ」
昨日一睡も出来なかったのだろう。話し終えて疲れたのか、ソファで寝てしまった。寒さで奪われた体力を回復するためにも眠れるのであれば眠った方が良い。
「先週、隣のミニオン島で海賊同士の抗争があったらしくてな、それに巻き込まれて死んだらしい」
「え?」
ヴォルフの言葉に血の気が引く。つまり、自分と同じタイミングであの島にいたということか。表向きには抗争となっているのかもしれないが、あれはほぼドンキホーテファミリーによる一方的なコラソンとローの捜索だった。ドンキホーテファミリーの誰かにやられたのは確実だ。もしコラソンとローがあの島に行っていなければ。いや、どちらにしても海軍との取引の前にドフラミンゴが強奪することになり、近くにいた彼女の両親はやられていたかもしれない。それに、あそこに行っていなければ、ロー自身が確実に死んでいた。
ローは部屋から本を持ってきて、眠る彼女の横に座った。ヴォルフも今日ばかりは手伝いの依頼を何もしてこなかった。彼女のそばにいてやれと言うことなのだろう。
彼女は何か悪夢を見ているのか、時折うなされていた。その度に、昔妹にしてやっていたように、そっと手を握ってやると、そのうち静かになった。それを何回か繰り返して、数時間がたった頃、彼女はようやく目を覚ました。薄らと瞳が開く。まだ寝ぼけているのか、天井をずっと見つめていた。
「あ、ロー……おはよう」
「もう昼過ぎだけどな」
昼の時間は随分前に過ぎておやつの時間くらいだったが、彼女も寝ていたし、ヴォルフも戻ってこないし、今日は昼飯無しでもいいかもしれないと考えていたところだった。
「……昨日来れなくてごめんね」
「別に、好きにしろって言ったしな」
「でも本当は来たかったんだよ」
本当はまた見たかったんだ。とぽつりと呟く。起きて最初に話すのがそれなのか。勝手にした約束を破ったことがよほどショックだったらしい。見ているだけで何が楽しいのかは分からないが、彼女には何か思うところがあったのだろう。しばらくしーんとした時間が続く。ローは黙々と本を読み続けた。
「本当はね、もう帰ってこないんじゃないかって、わかってたんだ」
「そうか」
ぽつりぽつりと話し始める彼女の話を素直に聞く。主語はないが、恐らく両親の話だろう。一週間何の音沙汰もなく帰ってこなかったのだ、彼女なりに察していてもおかしくはない。
「一昨日、ローの素振り稽古見てたら、気が紛れて、他のこと全部忘れられて、ずっと綺麗だなって気持ちでいっぱいだったんだ」
「……そうか」
あの時点で、彼女の心は既にぐちゃぐちゃだったのかもしれない。国が一つ崩壊するのも、両親が死ぬのも、心が壊れかけることに大きいも小さいも無い。あの日のローと同じ気持ちを経験したのだ。枯れるほど泣いて、今は気持ちを整理しているのだろう。ただ一つ、あの時の自分と違うとしたら、ローには誰もいなかったが、彼女には今、ローとヴォルフがいる。今、彼女を少しは助けることができる。
「……お前も、ここに住むか?」
「……いいの?」
「良いだろ別に。文句なんて言わせねェ」
「そっか」
当然ヴォルフに許可なんてとっていないが、あの人の性格なら反対はしないだろう。なんだかんだいって甘いのだから。昔から知ってる彼女のことなら余計、受け入れるだろう。もちろんローもだ。心のどこかで罪悪感を感じているのもあるが、それよりも、自分の修行する姿を綺麗だと、ずっと見ていたいと言われたことは、思いの外心地よかった。もう少し彼女を知りたい、そう思った。
「また修行見てても良い?」
「…………体調が戻ったらな」
そういうと、彼女は嬉しそうに笑った。
こうして、新しい住人が一人、増えた。
end.
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