男と女
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「あれ、キャプテン、ご飯きた?」
それはシノが料理当番だった日の出来事。
だいたい皆夜ご飯を終えて、片付けに取り掛かっていた。当番の時はバタバタと食事を準備して片付けもまとめてやってしまうため、自分用のは取り分けてあるのだが、もう一食分多い。よく考えてみると、ローを見かけなかった気がする。
「いや、来てねェな」
「ちなみに昼飯も食ってないな、キャプテン」
何か調べ物をしているのか読み物をしているのかわからないが、ずっと部屋にこもっているらしい。基本的には昔からの習慣もそうだが、潜水艇での生活ということもあり、時間感覚が狂わないよう、食事は時間を決めて皆で摂るようにしていた。ただし、たまに集中し過ぎている時や気になることがある時、ローは部屋にこもって出てこなくなる。最初こそかなり心配していたが、慣れてくるとそう言う日なんだなと、あまり口を出すのもやめてしまった。
「じゃあ部屋に持ってってあげるか」
保温していた釜を覗き、残りのご飯の量を確認する。良い感じにおにぎりが出来そうだ。手慣れた手つきで自分の分とローの分をいくつか作り、皿に乗せる。
「ほい、コーヒー淹れといた」
「シャチありがとー」
一つはブラック、一つはミルクたっぷりのカフェラテ。おにぎりとコーヒーが合うのかはさて置いて、トレーにおにぎりの皿とコーヒー2点、おしぼりを乗せた。これだけあれば十分だろう。
「あと片付けといてやるからそれ持ってったら部屋戻っていいぞ」
「ありがとー助かるー」
「その代わり、ちゃんと食べるの確認しろよ。あの人油断するとマジで食べねェから」
長時間の手術をこなすだけあって、集中力が尋常じゃない。そのせいで、黙って夜食を置いても気づかず朝を迎えていることも何回かあった。頭も使っているはずなので、ちゃんとカロリーを補充してもらわないと、倒れられても困る。
「りょーかい。最悪、口突っ込んでくるよ」
「おー。怒られても知らねェけどな」
じゃあ行ってきますと言い残し、部屋を飛び出す。集中して忘れているだろうが、お腹は空いているはずだ。早く届けてあげなければ。コーヒーをこぼさないよう、早歩きでローの部屋へ向かう。
ローの部屋の扉に、コンコンとノックをする。返事はない。が、勝手に開けて部屋へ入った。
「キャプテン、失礼しまーす」
入ると何かを見ながらひたすら書き物をしているローの姿があった。何をしているのかはわからないが、忙しそうだ。少しだけ書類を寄せて、トレーを置く場所を確保する。細かい文字がびっしりで、読みものが苦手なシノとしては少し見ただけでめまいがした。普段から難しい本を読みふけっているローにはこれくらい当たり前なのだろう。
「おにぎり、横置いとくね。あとコーヒー、熱いから気をつけて」
「………あぁ、悪い」
「いえいえ」
こちらは全く見ないが、ちゃんと反応があったので問題ないだろう。チラリと見た顔は疲れが溜まっているように見える。いつもある目の下の隈がいつもより濃い。シノ自身もなんやかんや忙しくて気付かなかったが、もしやこれは数日引きこもっている可能性がある。そういえば最近見かけてなかったような気もする。
ひょいと皿の上のおにぎりを一つ取り、勝手にローのベッドの上に腰掛ける。シャチに言われた通り、おにぎりをちゃんと食べるところまで見守らなければならない。シノがベッドに勝手に座ったことに気づいてはいるだろうが何も言われないので、部屋に居ても良いのだろう。
シノはゆっくりとおにぎりを食べ進める。適当に梅干し以外の具を突っ込んだが、これは焼き鮭だったらしい。シノが一つ食べ終わった頃に、ようやくローの手がおにぎりに伸びた。目線は文字から全く離さない。そんなに一心不乱に何をやっているのか。昔から集中して何かをしているローを見ているのは好きだったので、ただただ見守る。
初めて会った日もこうして座ってローを眺めていた。一体何年片思いを続けているのか。恐らく会った頃から好きだったと考えると10年超えの片思い。なんやかんやで今の関係も居心地は良いのでこれはこれで良いのだが。果たしてあと何年片思いを続けることになるやら。
そんなことを考えていたらだんだん眠くなってきた。先述した通り、シノ自身も忙しかったこともあり、徐々に瞼が閉じていく。ローは、おにぎりをちゃんと食べ切るだろうか。
***
気付いたら完全に寝てしまっていた。勝手にローのベッドで寝てしまったようだ。ローはおにぎりを食べ終わっただろうか、また徹夜をしようとしているのだろうか。シノはゆっくり重たい瞼を開けた。
「!?」
声が出そうになるのを何とか抑えた。目の前にローがいる。どうやら眠っているらしい。大きな目を見開いて凝視する。熟睡して気が抜けている彼の姿を間近で見たのは何年ぶりだろうか。静かな寝息が首元にかかり、くすぐったい。
驚きからの、感動、そして一気に血の気が引いた。疲れているローのベッドを勝手に使って寝てしまうとは。チラリと机の方を見ると、おにぎりは完食されているように見える。お腹も満たされ、死にかけの意識で寝ようとしたらシノがいて、疲れた思考回路では、退かすのも面倒くさくてそのまま寝たのだろう。お疲れのローにこんな窮屈な思いをさせてしまうなんて。後で文句を言われるだろうか。
早く、ローを起こさないように、迅速に抜け出さなければ。よく見ると一枚のタオルケットが二人にかけられている。まずはこれをゆっくり動かそう。体をよじりタオルケットの外に出ようとして、またしても衝撃の事実に気づく。
――――手首を掴まれている。
あまりの動揺に今の今まで気付かなかった。万事休す、だ。この状況で起こさずに抜け出す術等誰が持ち合わせていようか。今こそローの能力が必要だ。大好きな相手と同じベッドで眠るという幸せな状況のはずなのに、何故追い詰められた気持ちになっているのか。情けない限りだ。
「最近ずっと、触るの躊躇してたくせに」
少し前までは当たり前のように腕を引かれたり頭を撫でられていたが、ここ最近、特に新世界に入ってからそういった接触が減った。寂しいが、何か思う所があるのだろうと放置していたというのに、まさかこんなにがっつり掴まれるとは。
「……子供の頃みたい」
それこそ10年以上前の事を思い出す。今の潜水艇よりも狭い家で一緒に暮らしていた頃。ベポやシャチやペンギンもみんな一緒の部屋で寝ていたっけか。ローは基本ベッドを使っていたが、たまに一緒に雑魚寝状態で寝ていた。その時もたまに気付くと手首を握られていた。妹がいたとらしいので、その名残だったのかもしれない。
「そんな掴んでなくてもどこにも行かないよ」
そうは言ったところで離される気配も起きる気配もない。これはもういっそ諦めるという選択肢もあるか。ようやく寝たであろうローを起こすのも悪いし、彼のせいにして甘んじて一緒に寝てしまおう。なんだか感情が忙し過ぎて一周回って疲れてしまった。今日を逃したらもう一緒に寝る機会は一生ないかもしれない。シノは必死にこの状況を正当化した。いろいろ考えて疲れてきたのか、また睡魔が来た。このまま寝てしまおう。
シノは、そっと目を閉じで、意識を手放した。
***
あれから何時間経っただろうか。ぼんやりと意識が戻ってきた。随分とよく寝た気がする。恐らく既に朝を迎えたのだろう。今何時だろうかと考えながら、横向きで寝ていた体を仰向けに動かし寝返りを打つ。
「起きたか?」
「んー……………………ん?」
カッと目を開き、顔だけ横を向き直す。ローと目が合った。デジャブ……いや、先ほどはしっかりとローの目は閉じられていた。またしても寝起き早々血の気が引く。
「あ、これは、その、ごめんなんだけど、とりあえず……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
ふぁと大きな欠伸をするロー。彼もよく眠れただろうか。気持ち目の下のくまが薄くなったような気のせいのような。起きていたのに起こさないようにそばにいてくれたのかと少し感動する。
「まぁ、なんだ。……とりあえず手離せ」
「え?あれ?逆になってる!?」
確かに先ほどはローがシノの手首を掴んでいた。しかし今はシノがローの手を握っている。パッと手を離し、飛び起きてベッドに座り土下座をした。
「疲れてるキャプテンのベッド使っちゃってごめんなさい!」
「……俺も退かせば良かったのにそのままにした、悪ぃ」
「キャプテンが謝るところじゃないでしょー!どんだけ良い人なの!?」
ある意味逆ギレ気味に文句を言う。どう考えても勝手に寝落ちしたシノが悪い。それなのに、何故ローが謝るのか。ローはまだ眠いのか、じーっとこちらを見て、口を一文字に結んでいる。
「……どう考えても良いやつではないだろ」
「いや、良い人だよ!私はおかげでよく眠れたし、キャプテンを堪能出来たし大満足だよ!?」
「それはお互い様だろ」
あまりに真顔で返してくるので、一瞬何を言っているのか分からなかった。何も言わずにこてんと首をかしげる。ローは何を言っているのか。
「考えてみろ。俺はお前が手を離さなくても抜けられる」
「確かに」
先ほどローの能力が恋しくて仕方なかった。シャンブルズを使えば、無理やり手を剥がして起こさずとも抜け出せる。つまり、ローは起きていたにも関わらずそれをせずに、シノが起きるまで待っていたということだ。それだけだったら、クルーを暖かく見守ってくれた優しいキャプテン、という話なのだが、先ほどの発言を考えると、それだけではないようだ。
「つまり、キャプテンも私を堪能したと?」
「正直今もしてる」
「でもキャプテン、私に欲情しないって」
「あほか、ガキの頃の話だろそれ」
今いくつだよお前。と言われ、13歳のお子様の頃のやり取りを思い出す。あれから10年が経ち、もうすぐ23歳になる。立派な大人の女性だ。つまりようやく、女として見てもらえる土台に乗ったということか。まさかの事態に、急に嬉しくなってニヤける顔を両手で隠した。
「んふふ、嬉しいなぁ」
「そこは普通照れるか恥ずかしがる所だろ」
「でもキャプテンのお役に立てたなら良かった、またいつでも添い寝するよ!」
「いや、今後俺の部屋には入るな」
「なんで!?」
せっかく進展するチャンスだと思ったのに。良い雰囲気だと思ったのに、突然の方向転換に嘆くシノ。ローのデレは一瞬で終わってしまったのか。
「まず、男の部屋に普通に入るな」
「キャプテンの部屋しか入らないよ」
「あと、男の前でそんな格好で寝るな」
「キャプテン……とベポ達の前くらいだよ」
「あいつらの前でもやめろ」
そうか。ローが欲情する可能性があるならあの二人も……するとは微塵も思えない。正直、ローに関してもまだ、いささか信じ難いと思っている。だが最近触るのを躊躇してたのもそういうことだったと思えば納得できる。
「わかった。けどベポと昼寝はしたい」
「……ベポは許可する」
ベポの恋愛対象がメス熊だと認識しているからの許可か。自分もベポのお腹を枕にしているからそれを禁じられる辛さを知っているからか。
「あとは、あいつらの言うことはちゃんと聞けよ」
「??うん」
「知らない町で一人で行動するな」
「何の話??」
「それから」
気付けば話がどんどん逸れてきた気がする。ローが急に過保護モードを発動した。先ほどようやく女として見られたかと思いきや、今は完全に妹扱いな気がしてきた。
「絶対に怪我をするな」
ずっと寝転んでいたローが体を起こした。真剣な眼差しで言われ、思わず黙って頷いた。昔に比べれば怪我をすることは減ったのはローもわかっているだろう。それなのに、今更急にどうしたというのか。
「ねぇ、ローどうしたの?」
「……」
返答はなかった。ローは立ち上がるとひょいとシノを横抱きにする。急に視界が高くなり、彼の書類だらけの机の上の皿がちゃんと空になっている事を確認できた。シノ用にと思っていたカフェラテまでなくなっている。自分の分と合わせて二杯も飲んでおいてあれだけ爆睡したのか。
「俺が許可するまで、この部屋は立ち入り禁止だ」
ほいと、部屋の外に放り出される。能力で出されなかっただけ彼の優しさを感じた。
「わかりましたー……」
許可が出たらまた勝手に入って良いのか。どうしたら許可が出るのか。彼の個室には違いないので、ダメと言われたら大人しく引き下がるしかない。せっかくチャンスだと思ったのだが。
「あと、このあと全員集合かけとけ、話がある」
「アイアーイ、次の行き先決まったの?」
「……あぁ、決まった」
引きこもっていたのはそれを決めていたようだ。またしばらく忙しい日々が続きそうだ。今日の幸せを噛み締めて一仕事頑張らなければ。先ほどの話を思い出し、にやけそうになる顔を引き締める。
「じゃあ食堂に全員集めてくから準備できたら来てね」
「…………あぁ、」
そう言ってローの部屋を後にし、潜水艇内を走り回る。まさかこの後、予想外の話をされるとも知らずに。
end
それはシノが料理当番だった日の出来事。
だいたい皆夜ご飯を終えて、片付けに取り掛かっていた。当番の時はバタバタと食事を準備して片付けもまとめてやってしまうため、自分用のは取り分けてあるのだが、もう一食分多い。よく考えてみると、ローを見かけなかった気がする。
「いや、来てねェな」
「ちなみに昼飯も食ってないな、キャプテン」
何か調べ物をしているのか読み物をしているのかわからないが、ずっと部屋にこもっているらしい。基本的には昔からの習慣もそうだが、潜水艇での生活ということもあり、時間感覚が狂わないよう、食事は時間を決めて皆で摂るようにしていた。ただし、たまに集中し過ぎている時や気になることがある時、ローは部屋にこもって出てこなくなる。最初こそかなり心配していたが、慣れてくるとそう言う日なんだなと、あまり口を出すのもやめてしまった。
「じゃあ部屋に持ってってあげるか」
保温していた釜を覗き、残りのご飯の量を確認する。良い感じにおにぎりが出来そうだ。手慣れた手つきで自分の分とローの分をいくつか作り、皿に乗せる。
「ほい、コーヒー淹れといた」
「シャチありがとー」
一つはブラック、一つはミルクたっぷりのカフェラテ。おにぎりとコーヒーが合うのかはさて置いて、トレーにおにぎりの皿とコーヒー2点、おしぼりを乗せた。これだけあれば十分だろう。
「あと片付けといてやるからそれ持ってったら部屋戻っていいぞ」
「ありがとー助かるー」
「その代わり、ちゃんと食べるの確認しろよ。あの人油断するとマジで食べねェから」
長時間の手術をこなすだけあって、集中力が尋常じゃない。そのせいで、黙って夜食を置いても気づかず朝を迎えていることも何回かあった。頭も使っているはずなので、ちゃんとカロリーを補充してもらわないと、倒れられても困る。
「りょーかい。最悪、口突っ込んでくるよ」
「おー。怒られても知らねェけどな」
じゃあ行ってきますと言い残し、部屋を飛び出す。集中して忘れているだろうが、お腹は空いているはずだ。早く届けてあげなければ。コーヒーをこぼさないよう、早歩きでローの部屋へ向かう。
ローの部屋の扉に、コンコンとノックをする。返事はない。が、勝手に開けて部屋へ入った。
「キャプテン、失礼しまーす」
入ると何かを見ながらひたすら書き物をしているローの姿があった。何をしているのかはわからないが、忙しそうだ。少しだけ書類を寄せて、トレーを置く場所を確保する。細かい文字がびっしりで、読みものが苦手なシノとしては少し見ただけでめまいがした。普段から難しい本を読みふけっているローにはこれくらい当たり前なのだろう。
「おにぎり、横置いとくね。あとコーヒー、熱いから気をつけて」
「………あぁ、悪い」
「いえいえ」
こちらは全く見ないが、ちゃんと反応があったので問題ないだろう。チラリと見た顔は疲れが溜まっているように見える。いつもある目の下の隈がいつもより濃い。シノ自身もなんやかんや忙しくて気付かなかったが、もしやこれは数日引きこもっている可能性がある。そういえば最近見かけてなかったような気もする。
ひょいと皿の上のおにぎりを一つ取り、勝手にローのベッドの上に腰掛ける。シャチに言われた通り、おにぎりをちゃんと食べるところまで見守らなければならない。シノがベッドに勝手に座ったことに気づいてはいるだろうが何も言われないので、部屋に居ても良いのだろう。
シノはゆっくりとおにぎりを食べ進める。適当に梅干し以外の具を突っ込んだが、これは焼き鮭だったらしい。シノが一つ食べ終わった頃に、ようやくローの手がおにぎりに伸びた。目線は文字から全く離さない。そんなに一心不乱に何をやっているのか。昔から集中して何かをしているローを見ているのは好きだったので、ただただ見守る。
初めて会った日もこうして座ってローを眺めていた。一体何年片思いを続けているのか。恐らく会った頃から好きだったと考えると10年超えの片思い。なんやかんやで今の関係も居心地は良いのでこれはこれで良いのだが。果たしてあと何年片思いを続けることになるやら。
そんなことを考えていたらだんだん眠くなってきた。先述した通り、シノ自身も忙しかったこともあり、徐々に瞼が閉じていく。ローは、おにぎりをちゃんと食べ切るだろうか。
***
気付いたら完全に寝てしまっていた。勝手にローのベッドで寝てしまったようだ。ローはおにぎりを食べ終わっただろうか、また徹夜をしようとしているのだろうか。シノはゆっくり重たい瞼を開けた。
「!?」
声が出そうになるのを何とか抑えた。目の前にローがいる。どうやら眠っているらしい。大きな目を見開いて凝視する。熟睡して気が抜けている彼の姿を間近で見たのは何年ぶりだろうか。静かな寝息が首元にかかり、くすぐったい。
驚きからの、感動、そして一気に血の気が引いた。疲れているローのベッドを勝手に使って寝てしまうとは。チラリと机の方を見ると、おにぎりは完食されているように見える。お腹も満たされ、死にかけの意識で寝ようとしたらシノがいて、疲れた思考回路では、退かすのも面倒くさくてそのまま寝たのだろう。お疲れのローにこんな窮屈な思いをさせてしまうなんて。後で文句を言われるだろうか。
早く、ローを起こさないように、迅速に抜け出さなければ。よく見ると一枚のタオルケットが二人にかけられている。まずはこれをゆっくり動かそう。体をよじりタオルケットの外に出ようとして、またしても衝撃の事実に気づく。
――――手首を掴まれている。
あまりの動揺に今の今まで気付かなかった。万事休す、だ。この状況で起こさずに抜け出す術等誰が持ち合わせていようか。今こそローの能力が必要だ。大好きな相手と同じベッドで眠るという幸せな状況のはずなのに、何故追い詰められた気持ちになっているのか。情けない限りだ。
「最近ずっと、触るの躊躇してたくせに」
少し前までは当たり前のように腕を引かれたり頭を撫でられていたが、ここ最近、特に新世界に入ってからそういった接触が減った。寂しいが、何か思う所があるのだろうと放置していたというのに、まさかこんなにがっつり掴まれるとは。
「……子供の頃みたい」
それこそ10年以上前の事を思い出す。今の潜水艇よりも狭い家で一緒に暮らしていた頃。ベポやシャチやペンギンもみんな一緒の部屋で寝ていたっけか。ローは基本ベッドを使っていたが、たまに一緒に雑魚寝状態で寝ていた。その時もたまに気付くと手首を握られていた。妹がいたとらしいので、その名残だったのかもしれない。
「そんな掴んでなくてもどこにも行かないよ」
そうは言ったところで離される気配も起きる気配もない。これはもういっそ諦めるという選択肢もあるか。ようやく寝たであろうローを起こすのも悪いし、彼のせいにして甘んじて一緒に寝てしまおう。なんだか感情が忙し過ぎて一周回って疲れてしまった。今日を逃したらもう一緒に寝る機会は一生ないかもしれない。シノは必死にこの状況を正当化した。いろいろ考えて疲れてきたのか、また睡魔が来た。このまま寝てしまおう。
シノは、そっと目を閉じで、意識を手放した。
***
あれから何時間経っただろうか。ぼんやりと意識が戻ってきた。随分とよく寝た気がする。恐らく既に朝を迎えたのだろう。今何時だろうかと考えながら、横向きで寝ていた体を仰向けに動かし寝返りを打つ。
「起きたか?」
「んー……………………ん?」
カッと目を開き、顔だけ横を向き直す。ローと目が合った。デジャブ……いや、先ほどはしっかりとローの目は閉じられていた。またしても寝起き早々血の気が引く。
「あ、これは、その、ごめんなんだけど、とりあえず……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
ふぁと大きな欠伸をするロー。彼もよく眠れただろうか。気持ち目の下のくまが薄くなったような気のせいのような。起きていたのに起こさないようにそばにいてくれたのかと少し感動する。
「まぁ、なんだ。……とりあえず手離せ」
「え?あれ?逆になってる!?」
確かに先ほどはローがシノの手首を掴んでいた。しかし今はシノがローの手を握っている。パッと手を離し、飛び起きてベッドに座り土下座をした。
「疲れてるキャプテンのベッド使っちゃってごめんなさい!」
「……俺も退かせば良かったのにそのままにした、悪ぃ」
「キャプテンが謝るところじゃないでしょー!どんだけ良い人なの!?」
ある意味逆ギレ気味に文句を言う。どう考えても勝手に寝落ちしたシノが悪い。それなのに、何故ローが謝るのか。ローはまだ眠いのか、じーっとこちらを見て、口を一文字に結んでいる。
「……どう考えても良いやつではないだろ」
「いや、良い人だよ!私はおかげでよく眠れたし、キャプテンを堪能出来たし大満足だよ!?」
「それはお互い様だろ」
あまりに真顔で返してくるので、一瞬何を言っているのか分からなかった。何も言わずにこてんと首をかしげる。ローは何を言っているのか。
「考えてみろ。俺はお前が手を離さなくても抜けられる」
「確かに」
先ほどローの能力が恋しくて仕方なかった。シャンブルズを使えば、無理やり手を剥がして起こさずとも抜け出せる。つまり、ローは起きていたにも関わらずそれをせずに、シノが起きるまで待っていたということだ。それだけだったら、クルーを暖かく見守ってくれた優しいキャプテン、という話なのだが、先ほどの発言を考えると、それだけではないようだ。
「つまり、キャプテンも私を堪能したと?」
「正直今もしてる」
「でもキャプテン、私に欲情しないって」
「あほか、ガキの頃の話だろそれ」
今いくつだよお前。と言われ、13歳のお子様の頃のやり取りを思い出す。あれから10年が経ち、もうすぐ23歳になる。立派な大人の女性だ。つまりようやく、女として見てもらえる土台に乗ったということか。まさかの事態に、急に嬉しくなってニヤける顔を両手で隠した。
「んふふ、嬉しいなぁ」
「そこは普通照れるか恥ずかしがる所だろ」
「でもキャプテンのお役に立てたなら良かった、またいつでも添い寝するよ!」
「いや、今後俺の部屋には入るな」
「なんで!?」
せっかく進展するチャンスだと思ったのに。良い雰囲気だと思ったのに、突然の方向転換に嘆くシノ。ローのデレは一瞬で終わってしまったのか。
「まず、男の部屋に普通に入るな」
「キャプテンの部屋しか入らないよ」
「あと、男の前でそんな格好で寝るな」
「キャプテン……とベポ達の前くらいだよ」
「あいつらの前でもやめろ」
そうか。ローが欲情する可能性があるならあの二人も……するとは微塵も思えない。正直、ローに関してもまだ、いささか信じ難いと思っている。だが最近触るのを躊躇してたのもそういうことだったと思えば納得できる。
「わかった。けどベポと昼寝はしたい」
「……ベポは許可する」
ベポの恋愛対象がメス熊だと認識しているからの許可か。自分もベポのお腹を枕にしているからそれを禁じられる辛さを知っているからか。
「あとは、あいつらの言うことはちゃんと聞けよ」
「??うん」
「知らない町で一人で行動するな」
「何の話??」
「それから」
気付けば話がどんどん逸れてきた気がする。ローが急に過保護モードを発動した。先ほどようやく女として見られたかと思いきや、今は完全に妹扱いな気がしてきた。
「絶対に怪我をするな」
ずっと寝転んでいたローが体を起こした。真剣な眼差しで言われ、思わず黙って頷いた。昔に比べれば怪我をすることは減ったのはローもわかっているだろう。それなのに、今更急にどうしたというのか。
「ねぇ、ローどうしたの?」
「……」
返答はなかった。ローは立ち上がるとひょいとシノを横抱きにする。急に視界が高くなり、彼の書類だらけの机の上の皿がちゃんと空になっている事を確認できた。シノ用にと思っていたカフェラテまでなくなっている。自分の分と合わせて二杯も飲んでおいてあれだけ爆睡したのか。
「俺が許可するまで、この部屋は立ち入り禁止だ」
ほいと、部屋の外に放り出される。能力で出されなかっただけ彼の優しさを感じた。
「わかりましたー……」
許可が出たらまた勝手に入って良いのか。どうしたら許可が出るのか。彼の個室には違いないので、ダメと言われたら大人しく引き下がるしかない。せっかくチャンスだと思ったのだが。
「あと、このあと全員集合かけとけ、話がある」
「アイアーイ、次の行き先決まったの?」
「……あぁ、決まった」
引きこもっていたのはそれを決めていたようだ。またしばらく忙しい日々が続きそうだ。今日の幸せを噛み締めて一仕事頑張らなければ。先ほどの話を思い出し、にやけそうになる顔を引き締める。
「じゃあ食堂に全員集めてくから準備できたら来てね」
「…………あぁ、」
そう言ってローの部屋を後にし、潜水艇内を走り回る。まさかこの後、予想外の話をされるとも知らずに。
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