一章
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「ハリーが心配なの。」
あれだけの仕事をさせておきながら、第一声はそれだった。労りの言葉も、感謝の言葉も、クィレイルの生死すら伝えられなかった。
が、日常茶飯事なので、まずは今彼女の頭の大半を占めていることについて聞いてからでなければ聞く耳を持たないことを知っていた。
「手紙を出したのに、ぜんっぜん返事が来ないの。ハリーは郵便を使っても叔父さんや叔母さんに邪魔されるって言ってたし、どうしたら連絡がつくかな?」
話を遮りたいのを堪えて、我慢強く聞き続ける。質問の内容は言い方を変えてはいるが同じもので、せめて答えさせて欲しいと、いつもそう思う。
一段落したのを見計らって、答えを知っている身としては歯がゆく思うが、ハリーが親戚の手によって軟禁状態にあると示唆…しても気付かなかったので、予測ですがと前置きをしてからハリーが軟禁状態にあることを告げた。
正義感が強いので、ハリーを助けに行くと言って聞かなくなるのは予想通りだった。
止めてくれるって思うじゃん。ハリーの家の前で空飛ぶ車inウィーズリーを見て、私はそう思った。
どうしてこういう時に限って、あの陰陽師は止めないのか。私が世界の摂理に反した人命のつなぎ止め方したの知ってるよね、知っててやってるよね。ようやく霊界から出れるようになったばかりなの、知っててやってるんだよね。
やっと霊界から出られるようになって、呼び出されて、久々の仕事で飛行機に乗って地下鉄を乗り継いで炎天下の中歩かされるとは、私を回復させるつもりがないんだと思う。
何というか、流石だ。夏休み中は休んで備えれば、なんとか来学期までには護衛くらいならつとまるくらい回復するだろうという見込みを全て踏み潰してくれた。
赤毛さんたちとは最初から合流するつもりだったらしく、空飛ぶ車に手を振っている。もちろん、私は全く説明を受けていない。
巧みな運転で降下してきた車から、赤毛が三人顔を出した。親しげに挨拶を交わす、私はそれを横で見守る。知らない人に挨拶できない人種なもので。
「久しぶり、ユイ!元気だった?」
「ロン!フレッドにジョージも!元気だったよ、そっちはどう?」
「こっちは、ロニー坊やがユイに会いたくてうずうずしてたくらいだよ、我らが姫。」
「言うなよ、馬鹿!」
ぽんぽんと弾む会話は、聞いていて気分がいい。双子に姫と呼ばれているのを聞いて、ああうちの子夢主だなあと感慨深かった。
「おっと、そちらのお嬢さんは?」
「というか、なんでペストマスク?」
思わず強く手に爪を食い込ませながら、何も言わず深くお辞儀をした。職務上、私は何も言えないのが非常に心苦しい。
自己紹介をしたいが、私が彼らのお姫様を守るのには、私が守っていることを知らない方が都合がいい。
「この子は、私の友達で…えっと、は、恥ずかしがり屋さんだからペストマスクしてるの!仲良くしてね!」
恥ずかしがり屋さん、らしい。三人とも嘘なのは感づいているだろうが、やむにやまれぬ事情があるのだろうと、探るのは止めてくれた。ユイはちゃんと信頼されているみたいだな、となぜか私が少し嬉しくなる。
だがやはり私が正体不明の不審者であることは変わりなく、声をかけるのを誰もが躊躇っている何とも言えない空気の中、ハリーの荷物を運ぶのを手伝ってからどさくさに紛れて霊界に戻った。
いつか機会があれば、自己紹介くらいはしたいものだ。あの双子、可愛い顔をしていたし。
だがそのためにも、それより先に完全回復を目指さなくてはならない。立っているのもしんどいくらいの私が更に緊張したら、自己紹介なんてできっこない。
そう思っていたのだが、巻き込まれ体質なユイは私を休ませてくれない。
何と言っても、今年はトム・リドルの日記の年。ジニーと同じグリフィンドール生のユイは、四六時中日記の近くにいる。お陰様で私は警戒を解けず、却って大幅に作業効率が落ちてすらいる始末だ。
そんな私の隙を突いて日記がユイと接触し、不思議な魅力に惹きつけられて恋に落ち、「ユイは僕のものだ。」とでも言われ、そのままユイはジニー・ウィーズリーと一緒に部屋に攫われでもして。
普通にあり得そうで笑える、と思ったが唇はピクリと引きつっただけだった。
そして、私が休めない要因がもうひとつ。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞。ギルデロイ・ロックハートだ。
当然だが、陰陽師もストーキングは危害と判断する。つまり、私が出る必要がある。
そう、奴はユイにご執心なのだ。
何でもユイ、最初の授業でやったテストの問題(ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?ギルデロイ・ロックハートの密かな待望は何?など。)に嫌気がさし、つい素直に書いてしまったらしい。興味がないです、と。
それで目をつけられているのだろうとユイは言っているが、あいつは単純に可愛い子が自分に惚れていないのが気に入らないだけだろう。いや、本気の可能性もなくはないが、あの性格は無理だ。主に親馬鹿な陰陽師が。
ユイはロックハートにつけ回されており、腐っても教師であるロックハートはユイの時間割のチェックを絶やさない。証拠はないが、教室の移動の度に出くわすのはもう確定と見ていいだろう。
今の所はユイと同じ黒髪の私が囮になることで何とかやっているが、あの親馬鹿から正当防衛の許可が下りるのもそう遠くはないと思われる。
私としては、早く殴らせて欲しい。囮になるのも今の私にとっては簡単ではないのを、いい加減わかって欲しいものだ。
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「ハリー、ああ、そんな、¨助けて¨!」
またか、と思いながらもおとなしく呼び出される。特大の倦怠感と、インフルエンザの時のような悪寒と関節痛に、目の前がぐるぐる回るような頭のふわつきが体の中を渦巻く。
いい加減こんな状態から脱したいのに、ロックハートか、ロックハートだろうなぁ。輝く白い歯が嫌いになりそうなほどチャーミングなスマイルのあいつなんだろうなぁ。
それは当たっていたが、同時に素晴らしいことだった。
ハリー・ポッターに杖を向けるロックハート、降りしきる雨、変な方向へ折れ曲がっているハリー・ポッターの腕、「止めて!」というユイの叫び声、クィディッチ会場にて。
咄嗟のことに頭は止まっていたが、殴っていいやつだ、というのだけはわかった。
三発ほど殴って――もちろん顔面だ――動かなくなった、つまり止まった(物理)のを確認してからこれまでにないほどの上機嫌で霊界へ舞い戻った。
生きているからいいよね、生きるって素晴らしいもの。
なのでまさか、これであのスマイルともおさらばだとは、思いもせずに。
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バチンとい平手打ちのような音がして、押し負けた障壁から伝った衝撃に目を細めた。
なんか変だなぁと思って下を向けば、だいぶざっくりといっていた。
見てしまったら最後、痛みだとわかってしまったら最後だが、その脳が焼けるような痛みも、揺らぐ意識を保つという面ではとても優秀だ。
傷が内臓まで届いているのか、唇を伝ったものは唾液にしてはあまりに粘り気がない。
ぬらりと不快な感覚がする唇を歪め、歯を剥き出す。笑っているのか何なのか自分でも判断がつかないが、こうでもしないとやっていられなかった。
未来を知っているからといって、何でもできる訳ではない。むしろ、未来を知っているからこそできない事も多い。
例えば今なんかがそれで、トム・リドルの日記が危険な物なのを知っていたから、私がここまで弱体化していると言える。
消耗した体力、すり減った精神、朦朧とする意識。ユイとジニー・ウィーズリーが巻き添えを食らわないようにするので精一杯で、バジリスクと戦うハリー・ポッターを助けることすら危うい。
視界が回って、床に頬をビンタされる。まばたきを含めもう二度と閉じない気概で、目を開く。それからようやく、私が倒れていることに気がついた。
些細なことだと切り捨てて、磨耗した神経を尖らせる。それでも、バジリスクが飛ばした瓦礫の破片を防ぐだけで、腕が折れる感覚がした。
ひひ、と悲鳴のような笑い声のような音が喉からこぼれた。震える力さえ残っていない寒気が、体の芯から隅から私に襲いかかる。
剣が、バジリスクの口蓋を突き刺していた。視界がぐしゃぐしゃになって、脳味噌が溶け出すような感覚だった。
断末魔を上げて消えるトム・リドルの日記。
そう、これは日記。ただの情報で、記憶媒体。
だったらどんなによかったか。
これは分霊箱。魂を持った、意志を持った、消えるのを怖がるトム・リドル。
止めて、止めて欲しい。止めて下さい。もう、それはヴォルデモートとの繋がりはないから、だから。
消えるのは怖い。自分がなくなるのは怖い。だから、私はこうして世界を跨いででも生きている。死が大いなる冒険だと思えない。
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「ねえ、マートルちゃん。」
「…何よ。」
「何してんだろうね。」
腹から血を流して、口から血を吐いて、腕の骨を折って。そこまでしたのに。
今だけはまだ難しいことを考えたくなくて、ポリジュース薬の匂いが残るトイレの空気を肺に押し込めた。
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