一章
your name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そっすね、はぁい、へえぇ、なるほどぉ。
あまり数のない適当な相づちを並べて、できる限りのあんまり話したくないですアピールをしてみる。容赦なく無視されていく。
私が悪いのだろうか、やっぱりアピールが下手とか。私はあまり人と会話をしないし、元からコミュ力もないし。
いやあ、でもやっぱこれぱ、この子が空気読めないだけな…いや、ううん。
暇を持て余した午後3時、私の分のおやつはないのに目の前でおやつを頬張られている。
話を聞かされるのはまあ、いい。私は話すタイプじゃないので。
話がそんなに面白くないのも、許そう。私だって面白い話ができる訳ではない。
同じ話を聞かされたことがあるのも、許容範囲内だ。誰に何話したとか完璧に覚えていられないもの。
おやつがないのも、許したくはないが仕方がない。ないものはない。
でも、だからといって、目の前でおやつを頬張るのは、如何なものか。せめてさ、分けるくらいの気遣いはないのか?…ないのか。
妖怪もお菓子を食べるという発想がない、それはもはや人権侵害にも等しいのではないだろうか。人ではないが。
私は妖怪である。物の怪、あやかし、悪鬼。言い方は様々だが、人ならざるものという括りの中に入る。
それらは大抵の場合人に害を及ぼし、それは私も例外ではない。少なくとも、そういったやり方の方が生きる上で効率がいいことは間違いない。
つまり、私の意思は介在しない。二酸化炭素が地球温暖化に影響しているのがわかっていても、呼吸しなければならないのと何ら変わりはない。
だが、全ての人が呼吸をするたびにそんなことを思っている訳ではない。
そして、それと同じように、物の怪たちも生きていくのが人に害を及ぼしていると知ってはいれど、あまりどうにかしようとは思わないし、どうにかできるようなことでもない。
私を従えている陰陽師にとっては、私がどんなに効率が悪くても人を害するつもりがないことなどは関係ない。
私は物の怪で、それが変わらない限りあの陰陽師にとっては私が人畜無害になることなど有り得ない。私がこうして従えられていない限りは。
なのでこうして、かの陰陽師の愛娘の話し相手にならなくてはならない訳だ。
そして、眼前でお菓子を食べられなければならない訳だ。
例え私が物の怪になる前は人間だったとしても、私は物の怪なのだから。例え話が事実でも、それは私が自由になる理由にはならない。
あの陰陽師がそう考えるのがわからないほど、鈍くはないつもりだ。向こうはどうだか知らないが。
知らないが、私が人間だったことを知れば深く考えすぎてしまうのは知っている。
だからどうした、と思えないほどに人だった頃の名残を残しているうちは、耐えていてもいいと思っている。
そう、例えさせられる仕事が陰陽師の愛娘の子守りでも、その子がすごく察しが悪くて私の苦手なタイプでも。
「それで、その次に行ったのが、オリバンダーの店っていう杖のお店で。」
陰陽師見習いのその子が来月からホグワーツ魔法魔術学校というだいぶ聞き覚えのある学校に通うことになっても、その子の学校での護衛を任されても、耐えていいと…いいと、思って…っ!
「それで、その杖を握ったら、握った途端、これだっ!て思って、振ったら何とね、桜の花びらがぶわあああああって!」
いいと…思って、いる。
ふっと、悪く言えば諦めたような、良く言えば余計な力の抜けた笑みが零れた。
「桜の木の杖、ですよね。」
息継ぎに開いた間を狙い打って、話の腰を折らないように相づちを打つ。
この子にはこんなことはできないが、この子はこんなことはできなくていい。
弱者が人の顔色をうかがって、神経をすり減らして使うようなものは、彼女には必要ない。
「呼んでください、力になります。」
そう言った。
確かにそう言ったが。
「危険な時に限って呼び出さずに雑用だけさせるのは、何かのこだわりなんすかね?はあぁーマートルちゃぁーん。」
ため息混じりに愚痴を零して、マートルちゃんの撫でを受け入れる。
ホグワーツの生徒でない以上、他の生徒に見つかる訳にいかない。それをわかっているのかいないのか―――恐らくいないのだろうが―――、あの子は私にニコラス・フラメルを調べる手伝いをさせる。
それにうってつけなのが、このマートルちゃんのいる女子トイレだ。
調べるも何も、私はニコラス・フラメルが誰なのか知っている。無事主人公たちと共に事件に巻き込まれていらっしゃるようで何よりっすね、ハハッ(裏声)。
…キレたい。だいぶ。
ネビルを庇っておできができる薬を被って、箒から落下するネビルを助けて代わりに怪我をして、主人公たちとトロールに立ち向かって!
お前は、夢小説の、夢主か!そう声を大にして言いたい!
巻き込まれ体質でも、困っている人を放っておけない性格でも、私がいなければあの陰陽師からホグワーツへの入学許可が下りそうになかったとしても。
ただのモブだろうと信じてやまなかった。そんなものは、無惨にも裏切られたが。
まさかそんなこんな、ああもありがちな夢小説的展開になるだなんて思わないじゃないか。私は便利なオリジナルサポートキャラクターか。
アドバイスを受けたい訳ではないので、そういったことは胸の内にしまい込む。
そして、偉大なる夢主さまに押しつけられた本の山に手を伸ばした。
▼△▼△▽△▼△▼△▽△▼△▼
一応は私もあの陰陽師から愛娘の護衛を仰せつかっている訳で、雑用ばかりにかまかけてはいられない。
ここ最近ずっと、彼女の近くに強い霊力――魔力の反応がある。
仕事だ。そう気を引き締め向かったが、私を出迎えたのは見覚えのあるものだった。
みぞのかがみ。鏡、望み。望みを写す鏡。
賢者の石を保管するための道具で、ダンブルドアの自信作らしい。危険なものではないが、危険が迫っていることは十分にわかってしまって少し落ち込む。
とりあえず報告だけでも、と部屋を後にしようとして振り返った。
鏡には、何も写っていない。埃を被った床だけが見える。床は扉と窓から差し込む光に照らされている。
何も不可解な点などない、問題ない。
気付けば急ぎ足から駆け足になっていて、気付く前に逃げ出した。
私すら写っていなかった、なんてことに。
▼△▼△▽△▼△▼△▽△▼△▼
「っだあぁかぁらぁ、もう!」
思ったよりも小さく、うわごとのように、伝わらない苛立ちの言葉が口から飛び出した。
目の前には、腕がもぎ取られ皮膚は焼けただれ、ひどい姿になった男。
記憶からの予測が正しければ、この人は恐らく…クィリナス・クィレイルなのだろう。
はぁ。そう勢いよく息を吐き出してから、作業に取りかかる。BGMは、クィリナス・クィレイルに声をかけ続けるすすり泣き混じりのあの子の声。
正しくないことをするので、正しく世界が回るようにするのまでが役目。
怪我を治すのがいくら容易でも、その結果この男が人を殺すのであればそれは人殺しと何ら変わりはない。傲慢でもいい、私は未来を知っている。そして、その未来を含めたこの世界を愛する一人だ。
それと同時に、このウォルデモートを前にしても私を呼ばないどうしようもない子を愛する一人だ。
実際の所、怪我を治すのは容易でもなんでもない。
この男にはウォルデモートがかけた呪いも残っている上、愛とは時に呪いをも越える攻撃性を秘める。
脂汗が滲み、全回復は無理であることを早々に悟る。腕は諦めてもらっても、まだ足りない。命を買う対価は、重い、思い。
ヴォルデモートと会ってからの記憶を、全て。そうでもしないと、少しでも掠ったら芋づる式に全て思い出してご破算になってしまうし、関係のない記憶を洗い出す時間もない。
儚い銀色の霞みに重力など関係ないのに、指先がみっともなく震えた。人の記憶を、吸い出している。人の、魂を。
予想通り呪いが薄まったのがわかって、ようやく息を吐き出した。こうしないと生かせられないようにできていたのでは、なんて馬鹿の考えることだって考えてしまうくらいには、安心した。
それから先は集中力との戦いで、ダンブルドアにかけられた声も聞こえていなかった。
いくつかの薬品を取ってくるように指示したのが誰だったのかも覚えていない。なんとか山を越えさせて気が緩んだら、一気に疲れが押し寄せてきたのだけ覚えている。
気絶するように眠らないうちに、意識を遠のかせながら霊界に引っ込んだ。
1/2ページ