短編集
御名前
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雨、降る、静か、冷たい、……寂しい。
ゆっくりと本を閉じた。
どうしてこうも感情は揺さぶられるのだろうか。
何故、雨が涙に見えるのだろうか。
快晴だと何か良い一日が過ごせそうな気がして、雨が降ると今日は大人しく過ごそうと思うのだろうか。
…………分からない。
少し冷めかけた珈琲を喉に流し込んだ。
ここは本を読む事がコンセプトのカフェで、時間が許す限りお店でゆっくりと本を読むのが私の趣味だ。
マスターからも満席になることは無いし、好きなだけ居ていいよと許可をもらっているので、それも理由の一つで。
雨の日は特にお客さんはいないので、ゆっくり過ごすことが出来る。……だから雨は好き。
ゆっくりと立ち上がり本を戻す。
まだ見た事の無い本を手に取りページをめくる。
「いらっしゃい。おひとり様でございますか?」
「……ああ。……いつもの子は今日は来てるのか?」
「いらっしゃいますけど……トラブルは……。」
静かな空間に男の人とマスターの声が……。
客は私しか居ない。いつもの……に当てはまるのは私で間違いなさそうだ。
隠れる訳にもいかず、凝視する事も出来ず、震える手を落ち着かせるために珈琲を口にした。
目の前で立ち止まっている様だったので、観念した。
「あんたで間違いなさそうだな。」
ゆっくりと顔をあげると、灰色混じりの短髪の背の高い男の人だった。
右手に持っているのは……ハンカチ……私のだ。
…………………………。
「……もしかして、あの時の方ですか?」
――――――――――――――――――
ちょうど角を曲がった所で、目の前でボコボコにされて行く人達を見ていたらその内の1人が私に向かって来た。
「見てんじゃねーよ。」
「ご、ごめんなさいっ。」
凄い剣幕に恐怖を感じ私はしゃがみ込むと、直ぐにドサッと倒れる音がした。
「巻き込むつもりは無かったんだ。怪我はしてねぇか?」
「っっっ、大丈夫です。……あ、貴方っ血が出てます。これ、差し上げます。」
バックから慌ててハンカチを差し出し、そのまま走って逃げた……のが1週間前。
――――――――――――――――――――
短く頷くと、彼は右手に持っていたハンカチを差し出した。
「これを……。」
「ご丁寧に……どうも。」
恐る恐る手を伸ばすと、指先が一瞬だけ触れた。
よく分からない感情に慌てて手を引く。
「……お怪我は大丈夫でしたか?」
「いや……あれは返り……いや、大丈夫だった。」
「……桐生さん、で合ってます?あの時そう呼ばれていたので。」
「ああ……。すまねえな、怖い思いをさせてしまって。」
「いえ……被害には合ってませんので。」
「……そうか。」
窓の外では、相変わらず雨が降っている。
マスターが心配そうにお盆に珈琲を2杯持って来た。
「田中さん、いつも来てくれてありがとうね。何かあったら呼んでいいですからね。」
「お構いなく、こちらこそいつもありがとうございます。」
マスターは普段声掛けなんかして来ないが、多分トラブルだった場合直ぐに合図をって事だと思う。
「そちらの男性のお客さんから珈琲とクッキーを田中さんにと。冷えた珈琲は下げても良いかな?」
静かな店内で、珈琲の湯気がゆっくりと揺れた。
「隣いいか?」
「ええ。……あ、珈琲ありがとうございます。」
「いや、いい。……よくここには来るのか?」
ソファーの隣に桐生さんが座り、温かさと低く落ち着いた声が心地良い。
「はい。本を読むのが好きで。……でも私がここにいるってよく分かりましたね。」
「……少し探した。……ハンカチを返そうと思ってな。」
「……律儀なんですね、男性にしては。」
「律儀か?借りたもん返すのは普通だと思うけどな。」
「失言でしたね。でもありがとうございます。」
「いい。……邪魔したな。」
それだけ言って、珈琲を飲み干した。
……帰る?……もう会えない気がする。
「…………あの、……また、会えたらいいですね。……雨の日はここに居ます……。」
「ああ、……またな。」
桐生さんは立ち上がるとそのまま行ってしまった。
空っぽのカップを見るとさっきのは夢でない現実で……。ゆっくりとカップに口を付けた。
甘いクッキーと一緒に。
(終)
