皇天馬のファーストキス
キスシーン。
今日の現場でキスシーンの撮影があった。
もちろんキスしたのはオレじゃない。
演劇一筋でやってきたオレは今までキスしたことがない。それどころか恋人と付き合ったことすらない。こんなことバレたら幸にバカにされそうだから絶対黙ってるけど。
現場から帰ったら夏組の稽古だ。
こいつらとの芝居は本当に楽しい。
今日は一成が大学から持ってきたデカいルーレットを使ってシチュエーションとセリフを組み合わせたエチュード練をした。正直最初は意味わかんなかったけど、やってみると案外演技の勉強になったと思う。
稽古の後、カントクと夏組全員で談話室に集まった。
「みんなおつピコ〜!」
「お稽古、お疲れさま〜」
「今日のルーレット、結構よかったんじゃない」
「えっと…ボクも楽しかったです!」
「まあ悪くなかったな」
稽古の振り返りもそこそこに、気づけば三角はキッチンでおにぎりを作っている。
「このさんかくは…!」
一成はインステ更新中。
「500ええな目指しちゃうよん」
幸と椋はそれぞれ部屋から宿題を持ち出してきて始めた。
それを見てオレも明日の小テストを思い出した。仕事が忙しくて、すっかり忘れていた。
今日は紬さんもいないし、なんとか自力でやってやるしかない。…オレならできるはず。
と意気込んで教科書を広げて見たものの、正直さっぱりわからねえとこばかりだ。
…それに今日見たキスシーン。全然頭から離れねえ。キス…って、どんな感じなんだ?…ってオレ何考えてんだ。
教科書のテスト範囲を黙ってじっと見つめていたら、カントクがオレの様子を見にきた。
「天馬くんも宿題?」
「いや、明日小テストがあって…」
「どれどれ…あっ、この範囲なら教えられるかも!」
「はあ?これくらいオレにだってできる」
「そういうわりに、ノート真っ白だね」
「……アンタが教えたいんなら、別に…」
「わかった。みっちりやっちゃおう!」
なぜかカントクは乗り気で、すごく丁寧に教えてくれた。
…カントク。
オレにとって特別な人。
ファーストキスの相手はとっくに決めてるんだ。
カントクのカテキョでだいぶ掴めてきたからサクサク進められるようになってきた。まあ、さすがオレ、だしな。と、そろそろ終えようかというとき。
「天馬くーん」
「おっと…驚かせんなよ」
急に脇腹をつつかれた。
…カントクは最近少し変だ。たまにこうやってちょっかいをかけてくる。からかってんのか知らねえけど、オレは内心気が気じゃない。
そういやこの前のテストでギリギリ補習を免れたってときも…
「お疲れさま!…3人ともなんとか補習は免れたって感じかな?」
「監督先生!俺っちマジでギリギリだったっス〜!でもやったっスよ!」
「うっす。紬さんが教えてくれたから感謝しねえとな」
「だな。まあオレ様はリーダーだし補習受けるわけには…っ、はあっ?!」
「天馬くん、夏組リーダーとして本当に頑張ってるね、えらいえらい」
急に頭を撫でられた。
「あー!天チャンだけズルいっス〜!」
「っと、カントク…なんだよ、急に」
やっぱり変だ。
あの時も太一や十座には触らなかったし、普段も夏組のやつらにスキンシップ…することもない。少なくともオレに対してみたいなことは。
「まあ、意識しすぎなのかもな」
思ったことがつい口をついて出た。
「なに?小テストについてちゃんと意識するのはえらいことじゃない?」
幸いカントクには真意は伝わってない。
「あんまり余裕ぶっこいてると、また痛い目に遭うよ、ポンコツ役者」
「ゆ、幸くん…天馬くんもカントクさんに教えてもらってるし、大丈夫だよきっと」
そんな会話を隣で微笑んで聞いている、カントクの唇につい目がいく。オレはどうしても頭から離れない、今日のキスシーンを思い出していた。…あの二人…ドラマの中では友だちっていう設定だった。でも実は男の方が女のことを好きで、頭を撫でたりとかそんな感じのスキンシップをしているうちに、女の方も男のことを意識して…って。まあそんなベタな展開、現実だとありえねーだろうけどな。
カントクがスキンシップしてくるのだって、どうせ深い意味はないんだろ。…とは言いつつ、これといった距離の詰め方もわからないオレは少し期待もしてた。期待するしかなかった。もしこれが芝居だったら、絶対うまく振り向かせてみせるのに。
「何さっきからぼーっとしてんのさ、ポンコツ役者」
「も、も、もしかして、天馬くんも恋…してるとか?!」
「はあっ?!」
「なになに〜?テンテンの恋バナならオレも入っちゃうよん」
「こいばな〜?それってさんかく〜?」
相変わらず騒がしいやつらだ。
「てかてか、今テンテンが出てるドラマってラブストーリーじゃね?!もしかして、テンテンもそういうシーンやったりすんの?」
「はあっ?!…まあな、オレだってラブシーンくらいできる」
「へえー、今回のドラマ、天馬くんのラブシーンあるんだ」
ニヤニヤしてるカントク。嫌な予感がする。
「どんなことするの?」
「…っ、それは」
「天馬くん…好き」
そう言って突然カントクが横から抱きしめてきた。
「うわあ…少女マンガみたいです…!」
「てかテンテン、ズルくねー?!」
「オレもカントクさん、ぎゅーってする!」
「…ポンコツ役者、顔真っ赤」
オレも好きだ。そんな簡単なセリフが出てこなかった。
「なんてね。大根役者の本領発揮しちゃったかな」
オレが何も言えないうちに、カントクはそう言ってオレから離れ、うーん…と伸びをした。
「みんな、明日も早いし、もうそろそろ寝る時間かな」
「はい!ちょうどボクも幸くんも宿題終わりました!」
「がんばったね、お疲れさま」
ほら、頭を撫でたりなんかしない。
「てんまだけずるい。オレもさんかくあげるから、カントクさんぎゅーってする!」
「三角くん、こんな時間におにぎり食べたら太っちゃうからダメ」
三角とはハグもしない。
「ねえねえカントクちゃん、おやすみのチューは?」
「もう、一成くんまで!」
おやすみのチュー…も、もちろんしない。
「みんな、おやすみ」
それぞれカントクにおやすみ、と告げてオレたちは部屋に戻った。
部屋を消灯してからも、今日のキスシーンがまぶたの裏に浮かんでくる。幸と椋はさておき、一成はキスくらい、したことあるんだろうな…。三角は…あんのか?カントクは…と考えかけてハッとした。カントクは一成よりも年上だ。当然あるだろ、と思うと胸がズキっと痛んだ。
眠れなくて、水を飲みに談話室に向かった。もう深夜なのに電気が点いてる。冬組のやつらでもいるのか?そう思ってドアを開けると、カントクが一人で何か作業をしてた。
「あれ?天馬くん。眠れないの?」
「オ、オレにだって眠れないことくらいある」
「そっか。ねえ、ちょっとこっちきて」
「ん?何か用かよ」
「座って」
また何か企んでんのか?と思ったが、とりあえずソファに腰掛けた。そういやカントクと二人きりになることなんて珍しいな。そう気づいてから、部屋の静けさが妙に気になって急にドキドキしてきた。…オレならこれくらい平気だ。何されたってうまくやってみせる。
「書類整理疲れたー。天馬くん、何か…こう、癒し的なものちょうだい」
「はあ?そんなことのために座らせたのかよ」
「そんなことって。天馬くんを構うの、結構癒されるっていうか、なんかクセになっちゃって。そうだ、たまには天馬くんも私に構ってよ」
そう言うと、カントクはオレにもたれかかってきた。
「そんなに構って欲しいなら、キスシーンの相手でもしてくれよ」
気づいたら言ってしまっていた。今のナシって言おうとした。
「…天馬くん、好き。キス…したい」
俯きがちにカントクが言った。
さすがに予想外の反応にオレとしたことがまた一瞬戸惑った。ふと脳裏に今日見たキスシーンがよぎった。…オレなら、芝居なら、どんなセリフだって言ってみせる。
「お前…先に言うなんてずるいだろ。オレの方がずっと前から好きだった。ほら、顔、あげろよ」
カントクのあごにそっと手を添えて、顔を上げさせる。カントクは抵抗しなかった。そのまま、黙って目を閉じた。
気づいたら、カントクにキスしてた。
オレのファーストキス。
そんな余韻に浸る間もなく、カントクがへへっと笑った。
「天馬くん、もう一回」
「なっ、」
「早く」
言うが早いか今度はカントクに唇を奪われた。
「むぐっ…んん……ぷはっ」
「これ以上は…。ねえ、天馬くんが大人になるまで…私、待っててもいい?」
それって。
まっすぐなカントクの瞳に、オレも素直な言葉が出てきた。これはお互い芝居じゃない。本音だ。
「ああ。さっさと大人になるから、待ってろよな」
今日の現場でキスシーンの撮影があった。
もちろんキスしたのはオレじゃない。
演劇一筋でやってきたオレは今までキスしたことがない。それどころか恋人と付き合ったことすらない。こんなことバレたら幸にバカにされそうだから絶対黙ってるけど。
現場から帰ったら夏組の稽古だ。
こいつらとの芝居は本当に楽しい。
今日は一成が大学から持ってきたデカいルーレットを使ってシチュエーションとセリフを組み合わせたエチュード練をした。正直最初は意味わかんなかったけど、やってみると案外演技の勉強になったと思う。
稽古の後、カントクと夏組全員で談話室に集まった。
「みんなおつピコ〜!」
「お稽古、お疲れさま〜」
「今日のルーレット、結構よかったんじゃない」
「えっと…ボクも楽しかったです!」
「まあ悪くなかったな」
稽古の振り返りもそこそこに、気づけば三角はキッチンでおにぎりを作っている。
「このさんかくは…!」
一成はインステ更新中。
「500ええな目指しちゃうよん」
幸と椋はそれぞれ部屋から宿題を持ち出してきて始めた。
それを見てオレも明日の小テストを思い出した。仕事が忙しくて、すっかり忘れていた。
今日は紬さんもいないし、なんとか自力でやってやるしかない。…オレならできるはず。
と意気込んで教科書を広げて見たものの、正直さっぱりわからねえとこばかりだ。
…それに今日見たキスシーン。全然頭から離れねえ。キス…って、どんな感じなんだ?…ってオレ何考えてんだ。
教科書のテスト範囲を黙ってじっと見つめていたら、カントクがオレの様子を見にきた。
「天馬くんも宿題?」
「いや、明日小テストがあって…」
「どれどれ…あっ、この範囲なら教えられるかも!」
「はあ?これくらいオレにだってできる」
「そういうわりに、ノート真っ白だね」
「……アンタが教えたいんなら、別に…」
「わかった。みっちりやっちゃおう!」
なぜかカントクは乗り気で、すごく丁寧に教えてくれた。
…カントク。
オレにとって特別な人。
ファーストキスの相手はとっくに決めてるんだ。
カントクのカテキョでだいぶ掴めてきたからサクサク進められるようになってきた。まあ、さすがオレ、だしな。と、そろそろ終えようかというとき。
「天馬くーん」
「おっと…驚かせんなよ」
急に脇腹をつつかれた。
…カントクは最近少し変だ。たまにこうやってちょっかいをかけてくる。からかってんのか知らねえけど、オレは内心気が気じゃない。
そういやこの前のテストでギリギリ補習を免れたってときも…
「お疲れさま!…3人ともなんとか補習は免れたって感じかな?」
「監督先生!俺っちマジでギリギリだったっス〜!でもやったっスよ!」
「うっす。紬さんが教えてくれたから感謝しねえとな」
「だな。まあオレ様はリーダーだし補習受けるわけには…っ、はあっ?!」
「天馬くん、夏組リーダーとして本当に頑張ってるね、えらいえらい」
急に頭を撫でられた。
「あー!天チャンだけズルいっス〜!」
「っと、カントク…なんだよ、急に」
やっぱり変だ。
あの時も太一や十座には触らなかったし、普段も夏組のやつらにスキンシップ…することもない。少なくともオレに対してみたいなことは。
「まあ、意識しすぎなのかもな」
思ったことがつい口をついて出た。
「なに?小テストについてちゃんと意識するのはえらいことじゃない?」
幸いカントクには真意は伝わってない。
「あんまり余裕ぶっこいてると、また痛い目に遭うよ、ポンコツ役者」
「ゆ、幸くん…天馬くんもカントクさんに教えてもらってるし、大丈夫だよきっと」
そんな会話を隣で微笑んで聞いている、カントクの唇につい目がいく。オレはどうしても頭から離れない、今日のキスシーンを思い出していた。…あの二人…ドラマの中では友だちっていう設定だった。でも実は男の方が女のことを好きで、頭を撫でたりとかそんな感じのスキンシップをしているうちに、女の方も男のことを意識して…って。まあそんなベタな展開、現実だとありえねーだろうけどな。
カントクがスキンシップしてくるのだって、どうせ深い意味はないんだろ。…とは言いつつ、これといった距離の詰め方もわからないオレは少し期待もしてた。期待するしかなかった。もしこれが芝居だったら、絶対うまく振り向かせてみせるのに。
「何さっきからぼーっとしてんのさ、ポンコツ役者」
「も、も、もしかして、天馬くんも恋…してるとか?!」
「はあっ?!」
「なになに〜?テンテンの恋バナならオレも入っちゃうよん」
「こいばな〜?それってさんかく〜?」
相変わらず騒がしいやつらだ。
「てかてか、今テンテンが出てるドラマってラブストーリーじゃね?!もしかして、テンテンもそういうシーンやったりすんの?」
「はあっ?!…まあな、オレだってラブシーンくらいできる」
「へえー、今回のドラマ、天馬くんのラブシーンあるんだ」
ニヤニヤしてるカントク。嫌な予感がする。
「どんなことするの?」
「…っ、それは」
「天馬くん…好き」
そう言って突然カントクが横から抱きしめてきた。
「うわあ…少女マンガみたいです…!」
「てかテンテン、ズルくねー?!」
「オレもカントクさん、ぎゅーってする!」
「…ポンコツ役者、顔真っ赤」
オレも好きだ。そんな簡単なセリフが出てこなかった。
「なんてね。大根役者の本領発揮しちゃったかな」
オレが何も言えないうちに、カントクはそう言ってオレから離れ、うーん…と伸びをした。
「みんな、明日も早いし、もうそろそろ寝る時間かな」
「はい!ちょうどボクも幸くんも宿題終わりました!」
「がんばったね、お疲れさま」
ほら、頭を撫でたりなんかしない。
「てんまだけずるい。オレもさんかくあげるから、カントクさんぎゅーってする!」
「三角くん、こんな時間におにぎり食べたら太っちゃうからダメ」
三角とはハグもしない。
「ねえねえカントクちゃん、おやすみのチューは?」
「もう、一成くんまで!」
おやすみのチュー…も、もちろんしない。
「みんな、おやすみ」
それぞれカントクにおやすみ、と告げてオレたちは部屋に戻った。
部屋を消灯してからも、今日のキスシーンがまぶたの裏に浮かんでくる。幸と椋はさておき、一成はキスくらい、したことあるんだろうな…。三角は…あんのか?カントクは…と考えかけてハッとした。カントクは一成よりも年上だ。当然あるだろ、と思うと胸がズキっと痛んだ。
眠れなくて、水を飲みに談話室に向かった。もう深夜なのに電気が点いてる。冬組のやつらでもいるのか?そう思ってドアを開けると、カントクが一人で何か作業をしてた。
「あれ?天馬くん。眠れないの?」
「オ、オレにだって眠れないことくらいある」
「そっか。ねえ、ちょっとこっちきて」
「ん?何か用かよ」
「座って」
また何か企んでんのか?と思ったが、とりあえずソファに腰掛けた。そういやカントクと二人きりになることなんて珍しいな。そう気づいてから、部屋の静けさが妙に気になって急にドキドキしてきた。…オレならこれくらい平気だ。何されたってうまくやってみせる。
「書類整理疲れたー。天馬くん、何か…こう、癒し的なものちょうだい」
「はあ?そんなことのために座らせたのかよ」
「そんなことって。天馬くんを構うの、結構癒されるっていうか、なんかクセになっちゃって。そうだ、たまには天馬くんも私に構ってよ」
そう言うと、カントクはオレにもたれかかってきた。
「そんなに構って欲しいなら、キスシーンの相手でもしてくれよ」
気づいたら言ってしまっていた。今のナシって言おうとした。
「…天馬くん、好き。キス…したい」
俯きがちにカントクが言った。
さすがに予想外の反応にオレとしたことがまた一瞬戸惑った。ふと脳裏に今日見たキスシーンがよぎった。…オレなら、芝居なら、どんなセリフだって言ってみせる。
「お前…先に言うなんてずるいだろ。オレの方がずっと前から好きだった。ほら、顔、あげろよ」
カントクのあごにそっと手を添えて、顔を上げさせる。カントクは抵抗しなかった。そのまま、黙って目を閉じた。
気づいたら、カントクにキスしてた。
オレのファーストキス。
そんな余韻に浸る間もなく、カントクがへへっと笑った。
「天馬くん、もう一回」
「なっ、」
「早く」
言うが早いか今度はカントクに唇を奪われた。
「むぐっ…んん……ぷはっ」
「これ以上は…。ねえ、天馬くんが大人になるまで…私、待っててもいい?」
それって。
まっすぐなカントクの瞳に、オレも素直な言葉が出てきた。これはお互い芝居じゃない。本音だ。
「ああ。さっさと大人になるから、待ってろよな」
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