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それはレモンシャーベットのような

 夢を見た。
 それはとある特異点での記憶とカルデアに来る前の記憶とが入り混じったいかにも都合の良い夢だった。
楽しげな人々をたくさん乗せた日曜日の電車を降り、待ち合わせの場所へ向かう。期待と緊張が入り混じった感情に見舞われながら、自然と足取りは速まった。
 待ち合わせ場所に着くと目当ての人物はすぐに私を見つけ、声をかけてきた。
「やあ、久しぶりだね」
「すみません、お待たせしましたか」
「いや、私もちょうど着いたところだよ」
 そう言うと彼は柔和な笑みを浮かべた。
 ああ、そうだ。私はこの人をずっとずっと恋しく思っていたと思い知る。とある特異点で出会った瞬間、彼の瞳は私の胸を貫いた。どうしようもなく惹かれてしまったのだ。しかし私の願いはいとも容易く裏切られ、彼をカルデアに喚ぶことは叶わなかった。特異点ではあんなにそばにいられたのに、いつでも言葉を交わせたのに。彼を置いてカルデアに戻ってから、自分が思うよりも恋い焦がれていたことを知った。
「山南さん」
 何度も何度も心の中で、あるいは一人きりの時に時折小さく呟くように、繰り返し呼びかけた名前を口にした。
「君、大丈夫かい。どうしてそんなに泣きそうな顔をしているのかな」と山南さんは心配そうに私の表情を窺う。
「お会いできたのが、ただ嬉しくて」
「いつだって私は君の心の中にいたんだろう」
「はい」
「だからこうして会えたんじゃないか」
 山南さんはそう言って今にも泣き出しそうな私の頭をぽんぽんと撫でた。私は精一杯の笑顔を作って「はい」と頷いた。
 二人並んで歩き始めると山南さんは手を絡めてきた。
「今日くらい恋人らしくといこうじゃないか」
 私は山南さんの温かく大きな手をぎゅっと握った。ずっと会いたかった。カルデアでも、他の特異点でも、一緒にいたかった。
 離れていた時間を少しでも埋めたくて、知ってほしくて、そして願わくば喚べるほどの縁を繋げたくて、たくさん話した。カルデアでのサーヴァントたちとの暮らしの様々なこと。山南さんは私の話をほうほう、と興味深そうに聞いていた。だから山南さんも早く来てくださいよ、そう何度も言いかけた。だがそれは叶わない願いだと知っている。楽しげに会話を交わしながらも私は心のどこかでだんだんとこわくなった。山南さんの生前のこと。あの特異点でのこと。何かをきっかけにそれらに触れてしまいそうで、つい私の話ばかりしてしまう。本当はもっと山南さんのことが知りたかった。何が好きなのか、もし叶うとしたら何を願うのか。
「それで、先ほど君が言っていた甘味の名前は何だっただろうか」とふいに、時折表情が陰りがちになってきた私を気遣うように山南さんは尋ねてきた。
「アイスクリームです」
「アイスクリームか。一体どういったものなのか、気になるね」
「甘くて、冷たくて、とても美味しいですよ」
「そうかい、それは一度食べてみたいな」
「じゃあ一緒に食べましょう」
 そう言って近くのアイスクリームショップに向かった。山南さんはショーウインドウの中の色とりどりのフレーバーを見て「これは全てアイスクリームというものなのかい」と驚いたように言った。
「色々な味があるんです。ほら、小豆や抹茶なんかもありますよ」
「ほう、本当だね」
 これは、これは、となるべくわかりやすいように種類を説明する。
「そうだ、君、それじゃあ私に似つかわしいと思うものを見繕ってくれないかい」
 そう言って山南さんはいたずらそうに笑った。私もつられて笑いながら「じゃあ山南さんは私のを選んでください」と言った。
「これはなかなか、自分で言ったことだけれど難しいね」
 幸い私たちの他に客はいなかったので、お互いしばらく悩んでから注文することにした。
「こちらと、こちらを頼みますね。君は?」
「私はこれと、そっちの……はい、そちらをお願いします」
 私たちはショップの前にあるベンチに腰掛けて食べることにした。汗ばむほどではないが、風が快い温かさを運び、屋外でアイスクリームを食べるにはちょうどよかった。スプーンでアイスクリームを掬い、口に運んだ。ほうじ茶の香ばしさが口の中に広がった。
「ほうじ茶ですか」
「ああ。君といるとなんだかほっと落ち着くというかね、温かくくつろいだ気持ちになるんだ」
「こっちは……オレンジですね」
 山南さんは私の瞳をじっと見ながら「もしかしたら味が合わないかと思ったのだけどね、私は君のその橙色の瞳が好きなんだ」と言った。つい目を逸らしてしまう。
「せっかくなのだからまっすぐ私を見てくれたっていいじゃないか」
 そう言ってくつくつと笑った。
「それじゃあ私も食べてみるとしよう。……おっと、なんだい、これは」
「ふふ、中にぱちぱちと弾ける飴のかけらが入っているんです」
「まったく驚いたよ」
 そう言うと一口、もう一口とスプーンを運ぶ。
「これはなかなか癖になりそうだね」
「山南さんを思うとその飴が弾けて口の中を満たしては消えるように、心の中で色々な思いがぱちぱちと弾けてゆくんです」
「まるで私のことで胸の中が満たされては儚く消え、ずっとそれを繰り返すという風じゃないか」
「そう、ですね」
「まったく、照れてしまうようなことを言うんだね、君は」
「山南さんだって私の瞳を褒めるなんて、恥ずかしいです」
 私がそう言うと、山南さんはにこりと笑って「じゃあこちらはどんな味だろうか」とアイスクリームを掬った。
「ふむ、甘酸っぱいなかにほろ苦さがあるね。これは、何か果実の味かい」
「レモンという果物です」
「これはまるで、なんだか初恋のような味がする果実だね」
 そう、私はあなたに初恋をしているのです、それは夢見るように甘く、ときめくように酸っぱく、そして切なくなるようにほろ苦い。そんな気持ちをありったけ告げてしまおう、そう思った刹那にピピピと電子音が鳴り響いた。
「先輩、ミーティングの時間ですよ、起きてください!」
 マシュが部屋のドアを開けて私に声をかけてきた。私は半ば寝ぼけたまま急いで支度を始めた。
「……結局、言えなかったな」と小さく呟く。
 心から伝えたいこと。好きだとか、ここに来てほしいだとか、そしてずっと一緒にいてほしいだとか。頭では自分の夢の中で伝えたところで意味なんてないと解っている。それでも山南さんに告げたかった。特異点ではあんな別れ方をしたのだから、せめて夢の中でくらい。
 どうしたってぽろぽろとこぼれ落ちる涙を拭い、そうして私はまた世界を、人類史を救うための一歩を踏み出すしかなかった。
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