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「落ち着いた?」
「は"い"」
鼻を赤くした人魚は掠れた声で答える。
そうして彼に私達は質問をする。
名前は?
「リエーフです!」
君は人魚?
「ハイ!そう呼ばれるらしいっス!」
いつからここにいるの?
「なんか気づいたら居ました!あ、でもオレが産まれた 時は姉が居ました!」
お姉さんはどこに?
「人間に憧れたらしくて、今はそっちに!」
なんで私を食べようとしたの?
「人間美味しいので!」
うげぇ、ゲデモノ食い。
食べるために殺す方がアンタよりマシでしょ。
ケンマくんが「完璧に怪異だね。それも最近生まれたタイプの」と言った。ずぅんと心が沈む。また私はこの手のヤツに引っかかったのか…。怪異離れしたいものである。
不思議そうにしたリエーフが私達に話しかける。
「ケンマさん、でしたっけ?なんで人間と一緒にいるんですか?オレと同類でしょ?」
「…色々あってね、気に入ってるから側にいるの。だからいくら同類でも、リカを殺そうとするなら殺すよ」
「え、もしかして恋っすか!?」
「恋…」
恋…と呟いて黙り込んだケンマくんを見て一喝する。
「んな訳ないでしょ。自分を殺すって言った人間を面白いと思って生かしてるだけなんだから」
「ケンマさんやばいっすね!」
ケンマくんが顔を顰め、包丁をリエーフに向ける。まぁ確かにこの人魚にやばいと言われたくは無いと思う。
「リエーフ…」
「うわやめてくださいよその銀色の!痛いヤツ!」
リエーフはすっかりこの包丁が怖いのか、私を盾にケンマくんから逃げる。
「はぁ、それにしても浪漫溢れる人魚探しだったのにとんでも無い目に遭った…」
「リカ、もう帰ろ。用事は済んだでしょ」
「え!もう帰っちゃうんですか!?」
リエーフくんがヤダヤダとバシャバシャ骨のヒレで水面を叩く。ヤダと言われてもここに住める訳ないし、私達も帰らなければならない。
「ごめんね、私達帰らなきゃいけないから。たまに来てあげるから、ね?」
「嫌です嫌です!もうちょっと居ましょうよ!」
「リエーフ」
「ケンマさんその銀色のヤツ向けるのやめてください!」
私も怖いのでやめて欲しい。
以前その凶器で殺されかけたので。
「じゃあね、リエーフ」
「嫌だぁ〜〜〜〜!!!」
リエーフの叫ぶ声するが私達は振り返らずに帰る。2人ともびしょ濡れで電車に乗った為、他の電車を乗っている人たちは私達に近寄らない様にしていた。得体の知れないびしょ濡れの男女に関わりたくないのだろう。送ってくとケンマくんに言われ、丁寧に断った。
「びしょ濡れの女1人帰らすほど、俺は人でなしじゃない」
と言われたが正直どの口がという感じである。十分人でなしじゃないか?妥協として、アパートの下までということで折れた。もし私の家に勝手に入って殺そうとしてきたら許さないから、と伝えるとケンマくんは瞬きをした後に「俺を殺すってこと?」と笑って聞いてきた。当たり前だろ!と叫んでアパートに駆け込む。近所迷惑になってしまった。反省しなければ。
服を洗濯機に入れ、お風呂に入る。
今日は随分と濃かったな…と湯船に浸かりながら思い、音楽をかけようとスマホの電源をつける。
ロック画面を見て疑問に思った。はて、私のロック画面は空の写真にして居たはずだ。それがまるで水中のような写真に変化している。
スマホのバグかと思って、まずはロックを解除してから壁画を変えようと指を走らせようとしたその時。
「………ぉ~ぃ」
小さく呼ぶ声が聞こえ、タップしようとした指を止める。外で酔っ払いが叫んでるのか?疑問に思っていると、呼ぶ声が大きくなる。
「……お〜い!」
違う。この部屋の中だ。お風呂特有のエコーがかかったその呼び声は段々と大きくなる。何が起こっているのか分からない私は焦るがどうしようもない。どこから聞こえているのか。
ふとロック画面を見ると、水中の奥に何か影があるのが見える。その影は段々大きくなっていき、こちらに近づいていることが分かり───え?
「やぁっと会えましたーーー!!」
「うわーーーー!?!?」
バシャーーン!と湯船の水が溢れ出し、大きな巨体が私の上に乗る。この銀髪、エメラルドの瞳、そして特徴的な魚の下半身。
「リ、リエーフ!?」
「オレを置いて行くなんて!寂しいじゃないですか!」
「イ"ッ」
巨体がその脚 も使って私にぎゅうぎゅうと巻き付くき、ケガをしていた腕が軋む。待って、ちょ。
「オレ!リカさんを食べようとしたけど、もう食べません!だからオレも連れてってくださいよ!置いていかれるのはヤです!」
「………」
「…やっぱり、ダメ?」
震える私をリエーフが上目遣いで見つめる。
私は深呼吸して彼の首根っこを掴み、洗面所に放り投げた。
「とりあえず出ろ!!」
「水中を媒体にして移動してきた?画面の中の水中も入れるってこと?」
「ハイ!だからたまに人間の生活は見てました!」
なるほど、消える人魚の謎は解けた。
比丘尼 湖に来た投稿者が湖の写真を撮り、リエーフがその写真に移る。そしてその写真を投稿者がSNSでアップロードした後に、人間の生活を見終わったリエーフが比丘尼 湖に戻ったため『消える人魚!』と話題になったという事だ。
「で、なんで追っかけてきたの」
「だって…久しぶりにオレと同じ同類に会えたし…それに話せる人間なんて初めてだし…」
「話す前にアンタが食ってたんじゃないの…?」
しゅん、と落ち込んだリエーフを見て何故か自分が悪いことをしたかの様な気持ちになる。ケンマくんと比べて怪異感は強くないし、素直だし、感情が豊かだ。殺そうとしたの面白い!ってなるアレよりは、話せる人と離れたくないとなる子の方がマシだ。
うーーん、と唸る私をおそるおそるリエーフが見つめる。
「リカさぁん…」
「……はぁ、分かった」
「! 良いんですか!?」
「その代わり、この家にいること」
「えーー!?嫌です着いて行きたいです!」
「………スマホの中でジッとできる?」
「できます!します!やります!」
「約束ね。それが守れるなら一緒に連れて行く」
「わーい!やったー!!」
リエーフが私に抱きつき、頬擦りをしてくる。ひんやりとした彼の体と対照的に、私はカァと赤くなる。見た目だけは麗しい彼に抱きつかれると普通に照れちゃう。
コホン、と咳払いして彼に聞く。
「ちなみに、何か食べたりするの?」
「人間!」
「追い出すよ、それ以外で」
「魚です!」
「人魚なのに…」
これから魚のメニューが食卓に並ぶことになった。
──────────────────
食堂で食券を買って並ぶ。
スマホを弄 るフリをして、今にも出てきそうなリエーフに目で出てくるなと伝える。つけているイヤホンからは、彼のはしゃいでいる声がする。
「リカさん!何食べるんですか!?美味しいなら一口ください!」
「リカさん!人めちゃくちゃいますね!1人くらい食べても良いですか!?」
「リカさん!あれなんですか!?」
「リカさん!」
「リカさん!」
「リカさん!」
やかましい。
スマホをシェイクし、リエーフにお灸を添える。
うわァーー!!とリエーフの悲鳴が聞こえる。
今度比丘尼 湖に行ってコイツを還そう。
そう決意したところで呼ばれたので、食堂のおばちゃんからAランチ定食を受け取る。
座るところを探したが、中々見つからなくて困った。講義が長引いたせいで食堂へ着くのが遅くなってしまった。どうしようかと立ち尽くしていると、後ろから声がかかる。
「おい、座るとこないのか?」
「へ?」
振り返ると後ろの机に座っている明るい短い髪の男性が、私の方を見ている。
「困ってますって顔に書いてるぞ。向かい側空いてるから座りな」
「え、でも…」
「遠慮すんなって。てかお前、手包帯巻いてるじゃん。骨折か?尚更座れよ」
通りがかった彼の友人と思われる男性達が、「よっ夜久かっこいいー!」「抱いて〜!」と通り過ぎる際に野次を飛ばしてくる。それに彼は「うっせ!」返す。
「ほら、せっかくの飯が冷めちまうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
彼の正面に定食を置き、椅子に座らせてもらう。正面の彼はニッと笑い、喋りかけてくる。
「俺は2年の夜久衛輔。お前は?」
「1年の香山リカです。席を譲ってくれて本当にありがとうございます」
「いいよ。気にすんな」
彼── 夜久先輩との会話はとても弾んだ。
どこの学科なのか。出身は。バイトはしてるのか。趣味は何か。優しい彼は私が気まずくならないように、話題を振ってくれて嬉しかった。
「へぇ、経営科!俺と同じじゃん!」
「先輩も?」
「おう、てことはあの教授に当たるのか。こっそりテスト横流ししてやるよ」
「え、いいんですか!」
後輩は助けてやりたいからな、と彼は野菜炒めをかき込みながら言う。この大学に入ってはじめに出会ったのが愉快犯の先輩だったから優しさが身に染みる。
先輩は連絡先交換するか?と聞いてきた後に、あ!急にこういうのはあんまり良くないか!?と慌てだした。
そんな彼に思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですよ、交換しましょう」
「!本当か!?」
「はい。むしろ嬉しいです」
彼とトークアプリのアカウントを交換する。アイコンが猫で可愛い。
「ふふ、この猫ちゃん可愛いですね」
「可愛いだろ。家の近所で見つけた野良猫なんだけど、こいつがやっと最近懐いてくれてな」
彼が猫ちゃんの写真を嬉しそうに見せてくる釣られて嬉しくなってしまう。猫に名前をつけようか悩んでいる話。好きなドラマの話。駅前にできたカフェの話。
───サークルの話。
「オカルトサークル?妙なモンに入ってんな」
「無理矢理入らされたんですけどね…」
「…それ大丈夫か?俺が一緒にやめるの手伝ってやろうか?」
「まぁ他に入りたいサークルないですし、オカルトサークルには高校でお世話になった先輩がいますから」
夜久先輩が心配したような顔でお前がいいならいいけど…、と言う。そんな彼を見て、絶対彼によって恋に落ちた女の子は数多くいるだろうなと思う。初恋量産機って感じの人だ。見た目も整っていて、食堂でもちらちらとこちらを見る女子がいる。黒尾先輩やケンマくんも整った見た目をしているがあれらは印象が悪すぎてそれを帳消しにしてしまう。
性格よし、見た目よし。さらに男前。そりゃ女子が放っておかない訳である。
「お前、なんかとんでもないことに巻き込まれそうで心配になるなぁ…。何かあったら連絡しろよ?」
「ははは…」
否定できない。乾いた笑いが出る。
次の講義が同じと分かった為、一緒に行こうと誘ってきた彼と一緒に講義の部屋へ向かう。部屋へ着くと、彼は彼の名を呼ぶ友人達の元へ向かった。
「またな」
そう言って手を振る彼に、お辞儀をする。私も席に座りふとリエーフが静かなことに気づく。
(リエーフ?)
心の中で呼びかけながら、スマホの画面を見る。リエーフは腹を見せて寝ていた。なんだ、騒ぎ疲れて寝ただけか。講義が始まるのでスマホを鞄の中に入れる。
鞄の中で、2つの緑の瞳が光っている。
「………」
人魚はあの男の異質さに気づいて居た。
上手く擬態している。
普通なら気づかないくらいに。
だが、己の勘がナニカが違うことを訴えていた。
「ケンマさんに相談しようかな…」
彼は水中でポツリと呟いた。
「なんでリエーフがいるの」
「私を睨まないでよ。家に押しかけてきたの」
オカルトサークルへ行くと椅子に座ってゲームをしていたケンマくんが私達を出迎えた。ドアを開けてすぐにケンマくんは包丁を持ち、
「スマホ、出して」
と言った。バレるんだ、と少し感心しながらスマホを彼に渡すとリエーフの悲鳴が聞こえた。
「オレ無害です!何も悪いことしません!」
「こういうこと言うヤツは大抵破るから信じちゃダメだよ」
「でもケンマくんよりは無害だよ」
「………」
リエーフの必死の懇願を聞いているとドアが開いた。彼はピタッと黙り込む。ほら言うこと聞くし…と思いケンマくんを見ると不満そうにハブてていた。自分以外の怪異が己のテリトリーにいるから気に入らないのかもしれない。
「ん?騒がしかったからお前ら以外にいると思ったんだけど、気のせいだったか?」
黒尾先輩が部屋に入ってくる。
「よっ、人魚はどうだった?居たか?」
「それが…」
先輩にカメラを渡し、録画を見てもらう。
先輩は黙ってそれを見ていた。
「…お前らは人魚を見たんだよな?」
「はい、それを動画に撮りました」
「なら人魚は逃げたってコトか」
当たり前だ。人魚は今、私のスマホで息を潜めているので。その録画に映っているわけがないのである。
「検証をしに行ったという記録さえありゃいいよ、お疲れさん」
先輩は私とケンマくんの頭を撫でた。この人はこういうところがあるから憎めない。ケンマくんも満更でもなさそうにそれを享受している。
「それよりお前らが無事で良かったよ」
「?どういうことですか?」
「行方不明者が増えてるって話したろ。この学校でも出たらしい。大学からメールが来てたの気づかなかったか?」
先輩に言われ、私はメールボックスを開く。ケンマくんが私のスマホを覗き込む。この学校に侵入しているケンマくんはメールが届かないから、私のスマホを見るしかないのだろう。リエーフの一件で助けてくれたから、しょうがなく見える様にスマホを寄せてあげる。
確かに大学からメールが来ており、『行方不明者が当大学の生徒で出たこと』『下校の際は早く帰ること』『夜は出歩かないこと』と記載してあった。
「男も行方不明になってるらしいから、研磨 も気をつけろよ。香山は早く帰るんだぞ」
「クロ、重い」
「分かりました」
俺講義あるから行ってくるな、と先輩が部屋を出る。
「あ、私も講義あるから抜けるね」
と、先輩の後を追って部屋を出ようとすると「リカさん」とスマホから声がかかる。
「どうしたのリエーフ」
「オレ、ちょっとでいいんでケンマさんのスマホに居ていいですか?」
「?いいけど」
「ありがとうございます!また戻ってくるんで!」
良くないけど、とケンマくんが言うが既にリエーフは彼のスマホに移動しており「話したいことが!」と聞こえる。めんどくさそうにしたケンマくんがこちらを睨むが私のせいじゃないので手を上げ、部室を後にする。
「で、俺に何の用?」
「…勘なんすけど、実は」
『公衆電話のケンマくん』は『比丘尼 湖の人魚』からの相談を受け、目をスゥッと細めた。
────────────────
あの後リエーフはちゃんと戻り、1週間が経過した。
サークルにもたまに顔を出し、常時入り浸っているケンマくんや大体いる黒尾先輩と近況を報告しあったりする。一度黒尾先輩がいない時に、ケンマくんに「公衆電話のケンマくんとしての活動は休止したの?」と聞いてみると「……さぁ?」と返ってきたのでもしかしたら人知れず何かしているのかもしれない。知らぬが仏だ。聞かないでおこう。
大学を終え家に帰ればリエーフと自分の分のご飯を作る。彼は喜んでご飯を食べる為、食費が嵩む。バイトを始めることを考慮した方がいいのかもしれない。
そういえば、この1週間で夜久先輩と食事をしたり講義を一緒に受けたりすることがたまにあった。席がない時にはまた正面を譲ってくれたり、講義では友達がうるさいからと隣に移動してきたりした。私も彼は嫌ではないし、分からないところがあったら教えてくれたりするので大歓迎である。
「そういえば、この大学の生徒がまた行方不明になったの知ってます?」
「…あぁ、メールが来てたな」
講義が終わり、夜久先輩と荷物を収めながら話をする。
「物騒ですよね。確か2年の…」
「経営科 のヤツだな。明るくていいヤツだったけど…。どこに行ったんだろうな」
形のいい眉毛をへにゃっと下げて彼が悲しそうに言う。この話題は良くなかったかな、と私は反省した。2年なのだから、彼とも関係があったのかもしれない。
「…ごめんなさい」
「え!?いや謝るなよ。今お前に悪いとこ何もなかったろ」
「同じ2年だったんだから先輩もその人と話したことあるかも知れないのに、そんな事も考えず不謹慎だったと思って」
「………」
先輩が暫く黙った後に、こちらを見て頭に手を置いてきた。
「香山は、いいヤツだな」
太陽のような笑顔を向けて、彼が私に言った。
いい人というのは、貴方のような人のことを言うのではないのか?
年上の男性に撫でられるのが、黒尾先輩以外だと初めてなので少し照れてしまってモジモジする。顔が熱いので、赤くなっている筈だ。
赤くなってしまった顔を見られたくなくて顔を俯かせた。だから、私は彼の表情も独り言も聞き取れなかった。
「………欲しいな」
校門まで夜久先輩と一緒に歩く。お互いに一人暮らしをしているため、あのスーパーが安いとかセールが始まるのが何時からだとか、先輩は意外と家庭的だった。ふと校門を見ると、見覚えのある黒髪に毛先が金の男が女子に話しかけられていた。
明らかにケンマくんである。どうしたのだろうか。いつもは部室に入り浸るか、それ以外は何をしているか分からないような男なのに。
「ケンマくんだ…。すみません、先輩。知人が困ってるみたいなんで少し離れますね」
「……」
先輩に声をかけるが反応がないので見上げると、無表情の先輩がケンマくんを見つめていた。こんな、顔をする人だったっけ。怖くなって「……先輩?」と声をかける。するとハッと先輩が正気に戻り「あ、あぁ、行っていいよ。確かに困ってるみたいだしな」と言った。
少し先輩の様子が気になったが、いつもの笑顔に戻ったので小走りでケンマくんに駆け寄る。
「ケンマくん」
「…!リカ」
彼に集っていた女子たちは私が来たことで「なんだぁ、彼女持ちかぁ」と言って散っていった。最悪の勘違いをされたが否定する方が面倒なので黙っておく。
「ありがとう。助かった」
「いいけど、なんでここにいるの?いつもなら部室じゃん」
「今日はリカと帰ろうと思って」
「は?」
耳がおかしくなってしまったのだろうか。
今、一緒に帰ると聞こえた気がしたが。
「説明は後でするから、とりあえず…」
「香山の友達か?」
夜久先輩がこちらに寄ってくる。するとケンマくんがぎゅっと私の手を掴む。びっくりしてケンマくんの顔をまじまじと見つめてしまう。彼はいつもの気だるげな表情は何処にやったのか、目を見開いて夜久先輩を見つめていた。
「初めまして、俺は夜久衛輔。よろしくな」
「…俺はアンタと宜しくするつもりはないよ」
「ちょっと、ケンマくん!ごめんなさい、この人ちょっと人付き合いが下手で」
とんでもないことを言い出すケンマくんに非難の声を上げてしまう。夜久先輩になんてことを言ってくれているんだ。私がお世話になっている人なのに!
「はは、いいよ。そういうやつも居るだろ」
「本当にごめんなさい…ほら、ケンマくんも」
「……」
無言のケンマくんは私を引っ張って校門を抜けた。私は引っ張られながら「え、はぁ!?や、夜久先輩すみません本当!ちゃんと言って聞かせるんで!」と先輩に言葉を残すことしかできなかった。
男は1人、連れて行かれた後輩を手を振りながら見つめて居た。そして後輩が見えなくなったところで、その表情を消して呟く。
「…バレたな」
ケンマくん、と呼ばれた男を思い返す。アイツ もこちら 側だ。あの目は、人でなしの目。
「ま、欲しくなったし。そろそろ動くか」
裏世界 が開かれる。
「ねぇ、なんで先輩にあんな態度取ったの!?」
「…」
黙ったままのケンマくんに引き摺られながら私は彼に聞く。確かに私は怒ってはいる。だが、彼の態度から異常事態が起こっているということも分かるのだ。だから理由を教えて欲しかった。
「あの先輩、人間じゃないよ」
思わず立ち止まる。
「え?そんな訳」
「初めに気づいたのはリエーフ。野生の勘なのかな。俺に相談してきたんだ。『リカさんに近づく男が変な感じする』って」
立ち止まった私の手を握ったままのケンマくんが私の方は向き、言葉を続ける。
「俺も半信半疑だったよ。だけど一度確認してみないと分からないと思って、今日リカを待ち伏せしてた。一緒に校門まで来たら、見定めてやろうと思って。結果は怪異 」
ケンマくんが私の頬に手を添えて目を合わせてくる。
ショックを受けている私に洪水のような情報が押し寄せてくる。
「最近の行方不明者大量発生もアイツのせいだよ。アイツの側でいなくなった学生とか居る筈でしょ?」
今日、話題に出た経営科の2年生も、まさか。
彼がやったのだろうか。あんなにいい人なのに?
「リカ、リカ。聞いて。俺たちは人でなしだよ。笑顔で人間を騙す。息をするように人を殺す。その死体で遊ぶ。信じちゃダメ。俺が言うのもおかしいけど、リカのためだから」
彼の金色の目が私を貫く。
「リカには、俺を殺すまで生きて欲しいから。言うことを聞いて」
「………言うこと聞くって言ったって、どうすれば」
いいの、までケンマくんには言い切れなかった。なんの前触れも、前兆もなく。
私はいつの間にか、くすんだ黄色で構成された空間に1人で突っ立って居た。
「え」
ジーと蛍光灯の音が聞こえる。
どこを見てもくすんだ黄色の壁とカーペットが広がっている。あの一瞬で何が起こったのか。
───ふと、世間を賑わせている行方不明者の増加のことが脳裏をよぎった。
「行方不明って、もしかしてこの部屋に攫われて…」
「うーん。攫われることもあるし、勝手に落っこちてくる事もあるな」
この場で聞きたくなかった声が聞こえた。ケンマくんが勝手に言っているだけで、もしかしたら人間なのかもしれない。心の中では少し希望を抱いていた。
それも、潰えたが。
「夜久、先輩……」
大学で見せてくれたのと同じ笑顔を浮かべる彼がそこに居た。だけどその笑顔が今ではとても恐ろしく感じる。
「裏世界 」
知ってるか?と彼が聞いてくる。泣きそうになりながら、私はやっとのことで首を振る。
「インターネットの都市伝説だよ。現実世界ではたまにバグが起こり、ふとした瞬間に人間は裏世界へ飛ばされるんだ。バグ、って言っても例えば壁の中に吸い込まれた、地面に落っこちた、水に浸かったら違う世界に行った、とかそういうのな。その先にあるのがこの世界 」
彼が私に踏み寄りながら説明する。思わず後退りすると彼はキョトンとし、ニッコリと笑った。
「あぁ、知らないと怖いよな。大丈夫、これから教えてやるから」
分からない。彼が分からない。
「裏世界 には住民がいる。だって、部屋だからな。かく言う俺が、その住民なんだけど」
彼が、手を伸ばしてくる。
指が黒いハリガネ状に変化し、私に伸びてくる。
「ッヒ」
「落っこちてきたやつらは殺してきたよ。誰だって自分の住居に他人が入ってくるのは嫌だろ」
ハリガネの指が、私の頭を撫でる。
大学で撫でてもらった時とは違う、恐怖が私の心を染める。恐ろしくて体が震える。
「でも、お前ならいいかなって」
どうして、私?
私の考えていることが伝わったのか、彼が照れくさそうに言った。
「最初は、可愛いなと思って…。あ、でも見た目だけじゃないぞ!喋ってみて、性格を知って、内面も好きになった」
赤くなる彼と相反して私の顔はどんどん真っ青になっていった。言葉だけなら、まるで恋愛小説のようなセリフだ。それを言っているのが得体の知れない生き物、というのを除けば。
「人間って、大体内面を好きになるんだろ?俺も同じだ。内面を気に入った。俺の話を聞いて笑って、俺の心配をして謝って。そんなお前に惹かれた」
「だから、アイツに盗られないようにここに呼んだんだ」
「…アイツ?」
「嗚呼、あの一緒に居た怪異。アイツも都市伝説の類だろ?分かるよ、同類のことは何となく分かる。殺さないってことは、気に入られてる。そうだろ?だから焦っちゃってな」
黒く冷たいハリガネの手が私の手を握る。
「この世界 で一緒にいよう。案外住めば都だぞ?それに、もし落っこちてきた人間が居たら俺が殺してやるから」
な?と笑う彼に怯えた声しか出せない。
彼が私をゆっくりと抱きしめる。
怖くて、手に力が入らなくなってしまって、鞄がずり落ちる。次の瞬間、夜久先輩の姿が目の前から消えた。彼が居たところには大きな魚の骨が叩きつけられ、地面にはヒビが入っている。先輩は遠くの壁まで吹き飛ばされたようだ。
「リカさん!しっかりしてください!」
「!」
スマホから声がする。私はスマホを拾い上げ、彼から少しでも遠ざかるために走り出す。画面を見ると、エメラルドの瞳が怒ったようにこちらを見つめていた。
「リエーフッ!」
「本当 俺がいなきゃどうなってたんですか!このなんの面白味のないつまんない空間で一生を過ごすことになってましたよ!」
「リエーフ、アンタ最高!大好き!」
「え!えへへ、そんなぁ」
リエーフがデレデレもじもじと体をくねらす。そんなのも束の間。
「◾︎◾︎◾︎!!!!!!」
咆哮が後ろから響く。
振り返るとそこにはあの親しみやすい先輩ではなく、全身が黒いハリガネの化け物が居た。アレが、先輩の本当の姿なのだろうか。走ってソレから逃げ、柱に隠れる。
「どこだ、どこだ、どこだ!!どこに逃げた!!まだ怪異がいただなんて!!◾︎◾︎◾︎◾︎!!大丈夫だぞ、俺がソイツも殺してやるから!!今なら怒らないから、出てこい!!」
「こっっっっわ…」
リエーフが水中に居ても分かるくらい顔を真っ青にしている。私もリエーフが居なかったらこの恐怖に耐えられなかっただろう。しかし、このままだと見つかる。何か打開策が必要だ。
「香山ァ!!!」
咆哮と先輩の声が混ざって耳に届く。
「なんであんなおっかないのに好かれてんですか…!」
「私もよく分かんないよ…!」
小声のリエーフに聞かれ、反論する。
これも運が悪いから?ケンマくんの時とは違うベクトルの恐ろしい状況に涙が出てしまう。
「泣いてる暇があったら何か方法考えないと!」
「考えてるよ!でも止まんないんだもん〜〜…」
「あー!もうちょっと勝手にスマホの中泳ぎますよ!ケンマさんに連絡さえ取れれば…!」
リエーフが画面を動かして、メッセージアプリを開く。だがメッセージアプリは全て文字化けしていた。
「なんですかこれ!?誰にも繋がりません!」
どうすれば、どうすれば。メッセージアプリが繋がらないならどうすれば。
ふと、あの公衆電話を思い出した。
「リエーフ、電話!電話アプリ開いて!」
「え!?あ、はい!」
電話アプリを開き、番号を打ち込む。これは公衆電話の電話帳に書かれていた電話番号。前までは忌々しかったものけど、今では。
「かかって、お願い……」
それは『公衆電話のケンマくん』の電話番号。
かけた者は殺されるあの番号。
一生かけることはないと思って居たが、まさかかける時が来るなんて。
1コール。
「ケンマくん…」
2コール。
「助けて…!」
「見つけた」
柱の横からハリガネの化け物が、私を覗き込んでいた。
「あ、あ……」
スマホが、その手に取り上げられる。リエーフが叫んでいる。
「駄目だろ、こんなもの使っちゃ」
悪い子を叱るような優しさをその声は孕んでいた。
だが彼が手をついた柱に、その手がめり込んでいることから怒りが滲み出ているのが分かる。パラパラと壁から破片が零れ落ちる。
「悪い子は、叱らないとな」
先輩が私にハリガネの手を伸ばす。今度こそ、終わりだと思った。リエーフも、私も。
3コール。
『───もしもし』
スマホから声が響く。
『はぁ、サイアク。俺散々走り回って疲れたんだけど』
初めは公衆電話で聞いた声。
『で、アンタがリカを攫ったの?』
「お前、あの時の」
『この電話にかけてるってことはさ』
今は、部室で聞く声。
「殺されてもいいってことだよね」
最後の声は電話越しではなく、先輩の背後から聞こえた。先輩が振り返り攻撃しようとするが、ケンマくんが動く方が早かった。
ザクリ。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
「痛」
くすんだ黄色の空間から一転して、私達は小さな透明の箱へ落っこちた。ここは、ケンマくんのホームグラウンドとも言えるあの公衆電話だ。スマホから逃げたリエーフと先輩から解放された私、そして先輩をザックリと包丁で切ったケンマくんは公衆電話で重なって居た。
最悪なことに、1番上がリエーフである。
「リエーフ重い、どいて」
「ケンマさん!俺人魚!動けないっス!」
じゃあスマホに入ってとケンマくんが言い、その手があったかという顔をしたリエーフはからのスマホに吸い込まれるように入っていった。
そして、公衆電話内には私とケンマくんの2人きりになる。
「〜〜ケンマくん!!」
「うわ!な、何?」
感極まり彼に抱きつく。
「本当 に、本当 にありがとう!」
「………いいよ。目の前で攫わせた俺にも責任はあるし」
「ケンマくんが居なかったらどうなってたことか…」
彼の手を握って、おでこをくっつける。初めは私のことを殺そうとしてきたこの手に救われた。
「………ありがとう」
本心からの言葉だった。泣きながら彼に想いを伝える。
彼は口を開き、はくはくと何か言おうとしたが言うのをやめて手を握り返してくる。そしてしばらく経ち、私は荷物を全部あの裏世界 に置いてきたことに気づき悲鳴をあげた。
「流石に昨日の今日で登校してこないでしょ…」
「わ、分かんないじゃん」
私とケンマくんは教室で先輩を待って居た。次の講義は先輩も取っているので来るはずである。
「でもいざ会うとなると怖い…!」
「…ねぇ。俺に対しては殺そうとしてきたのに、先輩は殺さないの?」
「先輩は…ケンマくんみたいに殺そうとしてこなかったから…」
自信過剰でなければ、なんか歪んだ愛情を向けられた気がしたので。後はケンマくんほど邪悪じゃなかったからであるがこれは言えない。
ケンマくんには無理を言って着いてきてもらったが、意外にも彼は快諾してくれた。その後に「ちゃんと殺しきれてるか気になるし」と続けたため、そちらが本意だろうなとは思う。先輩が死んでたら私の荷物は全部裏世界 行きなんだけど…。
「おはよう、香山」
後ろから聞こえた声に、私とケンマくんは思いっきり振り返る。2人で教室の入り口を見て居たはずなのに、彼が入ってきたのは分からなかった。
そこには、昨日と変わりのない夜久先輩がにっこり笑って立って居た。
「これ、忘れ物だろ」
「あ、え、あ、ありがとう、ございます?」
アッサリと私の荷物が返されて、少し拍子抜けしてしまう。ケンマくんが金色の目を輝かせながら先輩を睨みつけている。先輩はそれを見ても、何ともないようだった。
「いやまさか、あそこで邪魔が入るなんてな。お前、なんの都市伝説だ?」
「言うわけないでしょ」
「はは、確かにな」
表面上は穏やかに話しているが、どこか冷や冷やとした空気を感じる。黙って睨み合う彼らにたらりと汗が流れる。
「あ、あの、夜久先輩」
「ん?何だ」
ケンマくんに向けていた表情から一変して笑顔を向けてくる彼に言葉を続ける。
「私、裏世界 はいけません…」
「嗚呼、それな。悪かった」
謝罪なんてされると思わなかったから「え」と彼を見る。そこには本当に申し訳なさそうな顔をした先輩が居た。
「急には怖かったよな。俺も焦っちまって、順序間違えたんだ」
彼が、私の手を握る。ケンマくんが「ちょっと!」と怒ったように指を剥がそうとするが離れない。
「俺たち、友達から始めよう!ゆっくり進んで行こうな!」
「やっぱり殺す」
ケンマくんが痺れを切らし、掴み掛かろうとする。
人外特有のこの話の通じなさ、やはり先輩は人でなしだった。先輩の言葉に私は半泣きになりながら「……ひぇ」としか言えなくなってしまった。
その様子をスマホから見て居た人魚 は可哀想に…とただ1人挟まれた女に同情をしていた。
【 Good bye back rooms 】
こんにちは、先輩。
香山リカ
怪異に好かれる体質ではないが、怪異をたらし込むのかもしれない。彼らにとって、普通に接してくれる人間って面白いので。
リエーフというお助けキャラを得たのが分岐点。比丘尼 湖にリエーフ放ってたらback rooms end。先輩とずっと一緒コースだった。
裏世界 から生還した後、リエーフとケンマくんに腕によりをかけてご馳走を奮った。
ケンマくん
この男がいなかったら、リエーフは普通にdeadend、主人公はback rooms endを迎えていた。本作の(ダーク)ヒーロー(ただし人は殺してる)。
主人公が目の前から消えてめちゃくちゃ焦ったし奔走した。電話がかかってくればこっちのもん。公衆電話のケンマくんはかけられれば殺しに行くために何処にでも向かいます♡
殺そうとしてきたのが面白くて生かしていたが、最近なんか本人の心境にも変化が起こってるような起こってないような。リエーフの「恋ですか!?」はちょっと引っかかってるし、主人公に抱きつかれて手を掴まれた時は居心地悪くないしまぁいいか…と許している。
リエーフ
元ネタは八尾比丘尼。
本作のマスコット兼お助けキャラ。
バケモン揃いの中では割と良いやつ。
人間うめぇ!って食ったことあるけど良いやつ。
最近は人間より主人公の作る飯の方がうめぇ!
夜久先輩事件は彼にとっても恐ろしい記憶として残るため、これから夜久先輩に怯え続ける。
夜久衛宮輔
恋はいつでもハリケーン。止まれ。
元ネタはみなさんご存知のback rooms。
あれも都市伝説なのでいけるかな、などと筆者は供述しており。
しまっちゃおうね夜久パイが見たかったの!!見たかったでしょ正直!!この夜久パイを!!怪異パロでしか見れない夜久パイを!!イカれた夜久パイを見れるのはここだけ!!
男前がバケモンになるのが大好き人間が書いたらそりゃこうなる。ハリガネ形態で主人公抱きしめて欲しい。指だけハリガネ形態で主人公撫でて欲しい。
ケンマくんに刺されて「くっそ〜〜!やられたわ!」となったこの男。実はまだ怪我は完治してないので服の下はハリガネ人間である。怪我が完治していなくても主人公に会いたかったし、あわよくばもっかい連れてけないかなと思ってた。
『次は挽き肉。挽き肉』
悲鳴が響く。
列車型のジェットコースターが止まる度に。
廃れた遊園地でその地獄は繰り広げられている。
「はぁ…」
先ほどまで人間を挽肉にしていた男が、己に飛び散った血をタオルで拭きながら舌打ちをする。
「汚い、血生臭い、最悪」
悪態をつきながらも男はマイクを持ち、放送をする。
『次は抉り出し。抉り出し』
悲鳴は止まらない。
次回、『猿夢 』
「は"い"」
鼻を赤くした人魚は掠れた声で答える。
そうして彼に私達は質問をする。
名前は?
「リエーフです!」
君は人魚?
「ハイ!そう呼ばれるらしいっス!」
いつからここにいるの?
「なんか気づいたら居ました!あ、でもオレが
お姉さんはどこに?
「人間に憧れたらしくて、今はそっちに!」
なんで私を食べようとしたの?
「人間美味しいので!」
うげぇ、ゲデモノ食い。
食べるために殺す方がアンタよりマシでしょ。
ケンマくんが「完璧に怪異だね。それも最近生まれたタイプの」と言った。ずぅんと心が沈む。また私はこの手のヤツに引っかかったのか…。怪異離れしたいものである。
不思議そうにしたリエーフが私達に話しかける。
「ケンマさん、でしたっけ?なんで人間と一緒にいるんですか?オレと同類でしょ?」
「…色々あってね、気に入ってるから側にいるの。だからいくら同類でも、リカを殺そうとするなら殺すよ」
「え、もしかして恋っすか!?」
「恋…」
恋…と呟いて黙り込んだケンマくんを見て一喝する。
「んな訳ないでしょ。自分を殺すって言った人間を面白いと思って生かしてるだけなんだから」
「ケンマさんやばいっすね!」
ケンマくんが顔を顰め、包丁をリエーフに向ける。まぁ確かにこの人魚にやばいと言われたくは無いと思う。
「リエーフ…」
「うわやめてくださいよその銀色の!痛いヤツ!」
リエーフはすっかりこの包丁が怖いのか、私を盾にケンマくんから逃げる。
「はぁ、それにしても浪漫溢れる人魚探しだったのにとんでも無い目に遭った…」
「リカ、もう帰ろ。用事は済んだでしょ」
「え!もう帰っちゃうんですか!?」
リエーフくんがヤダヤダとバシャバシャ骨のヒレで水面を叩く。ヤダと言われてもここに住める訳ないし、私達も帰らなければならない。
「ごめんね、私達帰らなきゃいけないから。たまに来てあげるから、ね?」
「嫌です嫌です!もうちょっと居ましょうよ!」
「リエーフ」
「ケンマさんその銀色のヤツ向けるのやめてください!」
私も怖いのでやめて欲しい。
以前その凶器で殺されかけたので。
「じゃあね、リエーフ」
「嫌だぁ〜〜〜〜!!!」
リエーフの叫ぶ声するが私達は振り返らずに帰る。2人ともびしょ濡れで電車に乗った為、他の電車を乗っている人たちは私達に近寄らない様にしていた。得体の知れないびしょ濡れの男女に関わりたくないのだろう。送ってくとケンマくんに言われ、丁寧に断った。
「びしょ濡れの女1人帰らすほど、俺は人でなしじゃない」
と言われたが正直どの口がという感じである。十分人でなしじゃないか?妥協として、アパートの下までということで折れた。もし私の家に勝手に入って殺そうとしてきたら許さないから、と伝えるとケンマくんは瞬きをした後に「俺を殺すってこと?」と笑って聞いてきた。当たり前だろ!と叫んでアパートに駆け込む。近所迷惑になってしまった。反省しなければ。
服を洗濯機に入れ、お風呂に入る。
今日は随分と濃かったな…と湯船に浸かりながら思い、音楽をかけようとスマホの電源をつける。
ロック画面を見て疑問に思った。はて、私のロック画面は空の写真にして居たはずだ。それがまるで水中のような写真に変化している。
スマホのバグかと思って、まずはロックを解除してから壁画を変えようと指を走らせようとしたその時。
「………ぉ~ぃ」
小さく呼ぶ声が聞こえ、タップしようとした指を止める。外で酔っ払いが叫んでるのか?疑問に思っていると、呼ぶ声が大きくなる。
「……お〜い!」
違う。この部屋の中だ。お風呂特有のエコーがかかったその呼び声は段々と大きくなる。何が起こっているのか分からない私は焦るがどうしようもない。どこから聞こえているのか。
ふとロック画面を見ると、水中の奥に何か影があるのが見える。その影は段々大きくなっていき、こちらに近づいていることが分かり───え?
「やぁっと会えましたーーー!!」
「うわーーーー!?!?」
バシャーーン!と湯船の水が溢れ出し、大きな巨体が私の上に乗る。この銀髪、エメラルドの瞳、そして特徴的な魚の下半身。
「リ、リエーフ!?」
「オレを置いて行くなんて!寂しいじゃないですか!」
「イ"ッ」
巨体がその
「オレ!リカさんを食べようとしたけど、もう食べません!だからオレも連れてってくださいよ!置いていかれるのはヤです!」
「………」
「…やっぱり、ダメ?」
震える私をリエーフが上目遣いで見つめる。
私は深呼吸して彼の首根っこを掴み、洗面所に放り投げた。
「とりあえず出ろ!!」
「水中を媒体にして移動してきた?画面の中の水中も入れるってこと?」
「ハイ!だからたまに人間の生活は見てました!」
なるほど、消える人魚の謎は解けた。
「で、なんで追っかけてきたの」
「だって…久しぶりにオレと同じ同類に会えたし…それに話せる人間なんて初めてだし…」
「話す前にアンタが食ってたんじゃないの…?」
しゅん、と落ち込んだリエーフを見て何故か自分が悪いことをしたかの様な気持ちになる。ケンマくんと比べて怪異感は強くないし、素直だし、感情が豊かだ。殺そうとしたの面白い!ってなるアレよりは、話せる人と離れたくないとなる子の方がマシだ。
うーーん、と唸る私をおそるおそるリエーフが見つめる。
「リカさぁん…」
「……はぁ、分かった」
「! 良いんですか!?」
「その代わり、この家にいること」
「えーー!?嫌です着いて行きたいです!」
「………スマホの中でジッとできる?」
「できます!します!やります!」
「約束ね。それが守れるなら一緒に連れて行く」
「わーい!やったー!!」
リエーフが私に抱きつき、頬擦りをしてくる。ひんやりとした彼の体と対照的に、私はカァと赤くなる。見た目だけは麗しい彼に抱きつかれると普通に照れちゃう。
コホン、と咳払いして彼に聞く。
「ちなみに、何か食べたりするの?」
「人間!」
「追い出すよ、それ以外で」
「魚です!」
「人魚なのに…」
これから魚のメニューが食卓に並ぶことになった。
──────────────────
食堂で食券を買って並ぶ。
スマホを
「リカさん!何食べるんですか!?美味しいなら一口ください!」
「リカさん!人めちゃくちゃいますね!1人くらい食べても良いですか!?」
「リカさん!あれなんですか!?」
「リカさん!」
「リカさん!」
「リカさん!」
やかましい。
スマホをシェイクし、リエーフにお灸を添える。
うわァーー!!とリエーフの悲鳴が聞こえる。
今度
そう決意したところで呼ばれたので、食堂のおばちゃんからAランチ定食を受け取る。
座るところを探したが、中々見つからなくて困った。講義が長引いたせいで食堂へ着くのが遅くなってしまった。どうしようかと立ち尽くしていると、後ろから声がかかる。
「おい、座るとこないのか?」
「へ?」
振り返ると後ろの机に座っている明るい短い髪の男性が、私の方を見ている。
「困ってますって顔に書いてるぞ。向かい側空いてるから座りな」
「え、でも…」
「遠慮すんなって。てかお前、手包帯巻いてるじゃん。骨折か?尚更座れよ」
通りがかった彼の友人と思われる男性達が、「よっ夜久かっこいいー!」「抱いて〜!」と通り過ぎる際に野次を飛ばしてくる。それに彼は「うっせ!」返す。
「ほら、せっかくの飯が冷めちまうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
彼の正面に定食を置き、椅子に座らせてもらう。正面の彼はニッと笑い、喋りかけてくる。
「俺は2年の夜久衛輔。お前は?」
「1年の香山リカです。席を譲ってくれて本当にありがとうございます」
「いいよ。気にすんな」
彼── 夜久先輩との会話はとても弾んだ。
どこの学科なのか。出身は。バイトはしてるのか。趣味は何か。優しい彼は私が気まずくならないように、話題を振ってくれて嬉しかった。
「へぇ、経営科!俺と同じじゃん!」
「先輩も?」
「おう、てことはあの教授に当たるのか。こっそりテスト横流ししてやるよ」
「え、いいんですか!」
後輩は助けてやりたいからな、と彼は野菜炒めをかき込みながら言う。この大学に入ってはじめに出会ったのが愉快犯の先輩だったから優しさが身に染みる。
先輩は連絡先交換するか?と聞いてきた後に、あ!急にこういうのはあんまり良くないか!?と慌てだした。
そんな彼に思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですよ、交換しましょう」
「!本当か!?」
「はい。むしろ嬉しいです」
彼とトークアプリのアカウントを交換する。アイコンが猫で可愛い。
「ふふ、この猫ちゃん可愛いですね」
「可愛いだろ。家の近所で見つけた野良猫なんだけど、こいつがやっと最近懐いてくれてな」
彼が猫ちゃんの写真を嬉しそうに見せてくる釣られて嬉しくなってしまう。猫に名前をつけようか悩んでいる話。好きなドラマの話。駅前にできたカフェの話。
───サークルの話。
「オカルトサークル?妙なモンに入ってんな」
「無理矢理入らされたんですけどね…」
「…それ大丈夫か?俺が一緒にやめるの手伝ってやろうか?」
「まぁ他に入りたいサークルないですし、オカルトサークルには高校でお世話になった先輩がいますから」
夜久先輩が心配したような顔でお前がいいならいいけど…、と言う。そんな彼を見て、絶対彼によって恋に落ちた女の子は数多くいるだろうなと思う。初恋量産機って感じの人だ。見た目も整っていて、食堂でもちらちらとこちらを見る女子がいる。黒尾先輩やケンマくんも整った見た目をしているがあれらは印象が悪すぎてそれを帳消しにしてしまう。
性格よし、見た目よし。さらに男前。そりゃ女子が放っておかない訳である。
「お前、なんかとんでもないことに巻き込まれそうで心配になるなぁ…。何かあったら連絡しろよ?」
「ははは…」
否定できない。乾いた笑いが出る。
次の講義が同じと分かった為、一緒に行こうと誘ってきた彼と一緒に講義の部屋へ向かう。部屋へ着くと、彼は彼の名を呼ぶ友人達の元へ向かった。
「またな」
そう言って手を振る彼に、お辞儀をする。私も席に座りふとリエーフが静かなことに気づく。
(リエーフ?)
心の中で呼びかけながら、スマホの画面を見る。リエーフは腹を見せて寝ていた。なんだ、騒ぎ疲れて寝ただけか。講義が始まるのでスマホを鞄の中に入れる。
鞄の中で、2つの緑の瞳が光っている。
「………」
人魚はあの男の異質さに気づいて居た。
上手く擬態している。
普通なら気づかないくらいに。
だが、己の勘がナニカが違うことを訴えていた。
「ケンマさんに相談しようかな…」
彼は水中でポツリと呟いた。
「なんでリエーフがいるの」
「私を睨まないでよ。家に押しかけてきたの」
オカルトサークルへ行くと椅子に座ってゲームをしていたケンマくんが私達を出迎えた。ドアを開けてすぐにケンマくんは包丁を持ち、
「スマホ、出して」
と言った。バレるんだ、と少し感心しながらスマホを彼に渡すとリエーフの悲鳴が聞こえた。
「オレ無害です!何も悪いことしません!」
「こういうこと言うヤツは大抵破るから信じちゃダメだよ」
「でもケンマくんよりは無害だよ」
「………」
リエーフの必死の懇願を聞いているとドアが開いた。彼はピタッと黙り込む。ほら言うこと聞くし…と思いケンマくんを見ると不満そうにハブてていた。自分以外の怪異が己のテリトリーにいるから気に入らないのかもしれない。
「ん?騒がしかったからお前ら以外にいると思ったんだけど、気のせいだったか?」
黒尾先輩が部屋に入ってくる。
「よっ、人魚はどうだった?居たか?」
「それが…」
先輩にカメラを渡し、録画を見てもらう。
先輩は黙ってそれを見ていた。
「…お前らは人魚を見たんだよな?」
「はい、それを動画に撮りました」
「なら人魚は逃げたってコトか」
当たり前だ。人魚は今、私のスマホで息を潜めているので。その録画に映っているわけがないのである。
「検証をしに行ったという記録さえありゃいいよ、お疲れさん」
先輩は私とケンマくんの頭を撫でた。この人はこういうところがあるから憎めない。ケンマくんも満更でもなさそうにそれを享受している。
「それよりお前らが無事で良かったよ」
「?どういうことですか?」
「行方不明者が増えてるって話したろ。この学校でも出たらしい。大学からメールが来てたの気づかなかったか?」
先輩に言われ、私はメールボックスを開く。ケンマくんが私のスマホを覗き込む。この学校に侵入しているケンマくんはメールが届かないから、私のスマホを見るしかないのだろう。リエーフの一件で助けてくれたから、しょうがなく見える様にスマホを寄せてあげる。
確かに大学からメールが来ており、『行方不明者が当大学の生徒で出たこと』『下校の際は早く帰ること』『夜は出歩かないこと』と記載してあった。
「男も行方不明になってるらしいから、
「クロ、重い」
「分かりました」
俺講義あるから行ってくるな、と先輩が部屋を出る。
「あ、私も講義あるから抜けるね」
と、先輩の後を追って部屋を出ようとすると「リカさん」とスマホから声がかかる。
「どうしたのリエーフ」
「オレ、ちょっとでいいんでケンマさんのスマホに居ていいですか?」
「?いいけど」
「ありがとうございます!また戻ってくるんで!」
良くないけど、とケンマくんが言うが既にリエーフは彼のスマホに移動しており「話したいことが!」と聞こえる。めんどくさそうにしたケンマくんがこちらを睨むが私のせいじゃないので手を上げ、部室を後にする。
「で、俺に何の用?」
「…勘なんすけど、実は」
『公衆電話のケンマくん』は『
────────────────
あの後リエーフはちゃんと戻り、1週間が経過した。
サークルにもたまに顔を出し、常時入り浸っているケンマくんや大体いる黒尾先輩と近況を報告しあったりする。一度黒尾先輩がいない時に、ケンマくんに「公衆電話のケンマくんとしての活動は休止したの?」と聞いてみると「……さぁ?」と返ってきたのでもしかしたら人知れず何かしているのかもしれない。知らぬが仏だ。聞かないでおこう。
大学を終え家に帰ればリエーフと自分の分のご飯を作る。彼は喜んでご飯を食べる為、食費が嵩む。バイトを始めることを考慮した方がいいのかもしれない。
そういえば、この1週間で夜久先輩と食事をしたり講義を一緒に受けたりすることがたまにあった。席がない時にはまた正面を譲ってくれたり、講義では友達がうるさいからと隣に移動してきたりした。私も彼は嫌ではないし、分からないところがあったら教えてくれたりするので大歓迎である。
「そういえば、この大学の生徒がまた行方不明になったの知ってます?」
「…あぁ、メールが来てたな」
講義が終わり、夜久先輩と荷物を収めながら話をする。
「物騒ですよね。確か2年の…」
「
形のいい眉毛をへにゃっと下げて彼が悲しそうに言う。この話題は良くなかったかな、と私は反省した。2年なのだから、彼とも関係があったのかもしれない。
「…ごめんなさい」
「え!?いや謝るなよ。今お前に悪いとこ何もなかったろ」
「同じ2年だったんだから先輩もその人と話したことあるかも知れないのに、そんな事も考えず不謹慎だったと思って」
「………」
先輩が暫く黙った後に、こちらを見て頭に手を置いてきた。
「香山は、いいヤツだな」
太陽のような笑顔を向けて、彼が私に言った。
いい人というのは、貴方のような人のことを言うのではないのか?
年上の男性に撫でられるのが、黒尾先輩以外だと初めてなので少し照れてしまってモジモジする。顔が熱いので、赤くなっている筈だ。
赤くなってしまった顔を見られたくなくて顔を俯かせた。だから、私は彼の表情も独り言も聞き取れなかった。
「………欲しいな」
校門まで夜久先輩と一緒に歩く。お互いに一人暮らしをしているため、あのスーパーが安いとかセールが始まるのが何時からだとか、先輩は意外と家庭的だった。ふと校門を見ると、見覚えのある黒髪に毛先が金の男が女子に話しかけられていた。
明らかにケンマくんである。どうしたのだろうか。いつもは部室に入り浸るか、それ以外は何をしているか分からないような男なのに。
「ケンマくんだ…。すみません、先輩。知人が困ってるみたいなんで少し離れますね」
「……」
先輩に声をかけるが反応がないので見上げると、無表情の先輩がケンマくんを見つめていた。こんな、顔をする人だったっけ。怖くなって「……先輩?」と声をかける。するとハッと先輩が正気に戻り「あ、あぁ、行っていいよ。確かに困ってるみたいだしな」と言った。
少し先輩の様子が気になったが、いつもの笑顔に戻ったので小走りでケンマくんに駆け寄る。
「ケンマくん」
「…!リカ」
彼に集っていた女子たちは私が来たことで「なんだぁ、彼女持ちかぁ」と言って散っていった。最悪の勘違いをされたが否定する方が面倒なので黙っておく。
「ありがとう。助かった」
「いいけど、なんでここにいるの?いつもなら部室じゃん」
「今日はリカと帰ろうと思って」
「は?」
耳がおかしくなってしまったのだろうか。
今、一緒に帰ると聞こえた気がしたが。
「説明は後でするから、とりあえず…」
「香山の友達か?」
夜久先輩がこちらに寄ってくる。するとケンマくんがぎゅっと私の手を掴む。びっくりしてケンマくんの顔をまじまじと見つめてしまう。彼はいつもの気だるげな表情は何処にやったのか、目を見開いて夜久先輩を見つめていた。
「初めまして、俺は夜久衛輔。よろしくな」
「…俺はアンタと宜しくするつもりはないよ」
「ちょっと、ケンマくん!ごめんなさい、この人ちょっと人付き合いが下手で」
とんでもないことを言い出すケンマくんに非難の声を上げてしまう。夜久先輩になんてことを言ってくれているんだ。私がお世話になっている人なのに!
「はは、いいよ。そういうやつも居るだろ」
「本当にごめんなさい…ほら、ケンマくんも」
「……」
無言のケンマくんは私を引っ張って校門を抜けた。私は引っ張られながら「え、はぁ!?や、夜久先輩すみません本当!ちゃんと言って聞かせるんで!」と先輩に言葉を残すことしかできなかった。
男は1人、連れて行かれた後輩を手を振りながら見つめて居た。そして後輩が見えなくなったところで、その表情を消して呟く。
「…バレたな」
ケンマくん、と呼ばれた男を思い返す。
「ま、欲しくなったし。そろそろ動くか」
「ねぇ、なんで先輩にあんな態度取ったの!?」
「…」
黙ったままのケンマくんに引き摺られながら私は彼に聞く。確かに私は怒ってはいる。だが、彼の態度から異常事態が起こっているということも分かるのだ。だから理由を教えて欲しかった。
「あの先輩、人間じゃないよ」
思わず立ち止まる。
「え?そんな訳」
「初めに気づいたのはリエーフ。野生の勘なのかな。俺に相談してきたんだ。『リカさんに近づく男が変な感じする』って」
立ち止まった私の手を握ったままのケンマくんが私の方は向き、言葉を続ける。
「俺も半信半疑だったよ。だけど一度確認してみないと分からないと思って、今日リカを待ち伏せしてた。一緒に校門まで来たら、見定めてやろうと思って。結果は
ケンマくんが私の頬に手を添えて目を合わせてくる。
ショックを受けている私に洪水のような情報が押し寄せてくる。
「最近の行方不明者大量発生もアイツのせいだよ。アイツの側でいなくなった学生とか居る筈でしょ?」
今日、話題に出た経営科の2年生も、まさか。
彼がやったのだろうか。あんなにいい人なのに?
「リカ、リカ。聞いて。俺たちは人でなしだよ。笑顔で人間を騙す。息をするように人を殺す。その死体で遊ぶ。信じちゃダメ。俺が言うのもおかしいけど、リカのためだから」
彼の金色の目が私を貫く。
「リカには、俺を殺すまで生きて欲しいから。言うことを聞いて」
「………言うこと聞くって言ったって、どうすれば」
いいの、までケンマくんには言い切れなかった。なんの前触れも、前兆もなく。
私はいつの間にか、くすんだ黄色で構成された空間に1人で突っ立って居た。
「え」
ジーと蛍光灯の音が聞こえる。
どこを見てもくすんだ黄色の壁とカーペットが広がっている。あの一瞬で何が起こったのか。
───ふと、世間を賑わせている行方不明者の増加のことが脳裏をよぎった。
「行方不明って、もしかしてこの部屋に攫われて…」
「うーん。攫われることもあるし、勝手に落っこちてくる事もあるな」
この場で聞きたくなかった声が聞こえた。ケンマくんが勝手に言っているだけで、もしかしたら人間なのかもしれない。心の中では少し希望を抱いていた。
それも、潰えたが。
「夜久、先輩……」
大学で見せてくれたのと同じ笑顔を浮かべる彼がそこに居た。だけどその笑顔が今ではとても恐ろしく感じる。
「
知ってるか?と彼が聞いてくる。泣きそうになりながら、私はやっとのことで首を振る。
「インターネットの都市伝説だよ。現実世界ではたまにバグが起こり、ふとした瞬間に人間は裏世界へ飛ばされるんだ。バグ、って言っても例えば壁の中に吸い込まれた、地面に落っこちた、水に浸かったら違う世界に行った、とかそういうのな。その先にあるのが
彼が私に踏み寄りながら説明する。思わず後退りすると彼はキョトンとし、ニッコリと笑った。
「あぁ、知らないと怖いよな。大丈夫、これから教えてやるから」
分からない。彼が分からない。
「
彼が、手を伸ばしてくる。
指が黒いハリガネ状に変化し、私に伸びてくる。
「ッヒ」
「落っこちてきたやつらは殺してきたよ。誰だって自分の住居に他人が入ってくるのは嫌だろ」
ハリガネの指が、私の頭を撫でる。
大学で撫でてもらった時とは違う、恐怖が私の心を染める。恐ろしくて体が震える。
「でも、お前ならいいかなって」
どうして、私?
私の考えていることが伝わったのか、彼が照れくさそうに言った。
「最初は、可愛いなと思って…。あ、でも見た目だけじゃないぞ!喋ってみて、性格を知って、内面も好きになった」
赤くなる彼と相反して私の顔はどんどん真っ青になっていった。言葉だけなら、まるで恋愛小説のようなセリフだ。それを言っているのが得体の知れない生き物、というのを除けば。
「人間って、大体内面を好きになるんだろ?俺も同じだ。内面を気に入った。俺の話を聞いて笑って、俺の心配をして謝って。そんなお前に惹かれた」
「だから、アイツに盗られないようにここに呼んだんだ」
「…アイツ?」
「嗚呼、あの一緒に居た怪異。アイツも都市伝説の類だろ?分かるよ、同類のことは何となく分かる。殺さないってことは、気に入られてる。そうだろ?だから焦っちゃってな」
黒く冷たいハリガネの手が私の手を握る。
「
な?と笑う彼に怯えた声しか出せない。
彼が私をゆっくりと抱きしめる。
怖くて、手に力が入らなくなってしまって、鞄がずり落ちる。次の瞬間、夜久先輩の姿が目の前から消えた。彼が居たところには大きな魚の骨が叩きつけられ、地面にはヒビが入っている。先輩は遠くの壁まで吹き飛ばされたようだ。
「リカさん!しっかりしてください!」
「!」
スマホから声がする。私はスマホを拾い上げ、彼から少しでも遠ざかるために走り出す。画面を見ると、エメラルドの瞳が怒ったようにこちらを見つめていた。
「リエーフッ!」
「
「リエーフ、アンタ最高!大好き!」
「え!えへへ、そんなぁ」
リエーフがデレデレもじもじと体をくねらす。そんなのも束の間。
「◾︎◾︎◾︎!!!!!!」
咆哮が後ろから響く。
振り返るとそこにはあの親しみやすい先輩ではなく、全身が黒いハリガネの化け物が居た。アレが、先輩の本当の姿なのだろうか。走ってソレから逃げ、柱に隠れる。
「どこだ、どこだ、どこだ!!どこに逃げた!!まだ怪異がいただなんて!!◾︎◾︎◾︎◾︎!!大丈夫だぞ、俺がソイツも殺してやるから!!今なら怒らないから、出てこい!!」
「こっっっっわ…」
リエーフが水中に居ても分かるくらい顔を真っ青にしている。私もリエーフが居なかったらこの恐怖に耐えられなかっただろう。しかし、このままだと見つかる。何か打開策が必要だ。
「香山ァ!!!」
咆哮と先輩の声が混ざって耳に届く。
「なんであんなおっかないのに好かれてんですか…!」
「私もよく分かんないよ…!」
小声のリエーフに聞かれ、反論する。
これも運が悪いから?ケンマくんの時とは違うベクトルの恐ろしい状況に涙が出てしまう。
「泣いてる暇があったら何か方法考えないと!」
「考えてるよ!でも止まんないんだもん〜〜…」
「あー!もうちょっと勝手にスマホの中泳ぎますよ!ケンマさんに連絡さえ取れれば…!」
リエーフが画面を動かして、メッセージアプリを開く。だがメッセージアプリは全て文字化けしていた。
「なんですかこれ!?誰にも繋がりません!」
どうすれば、どうすれば。メッセージアプリが繋がらないならどうすれば。
ふと、あの公衆電話を思い出した。
「リエーフ、電話!電話アプリ開いて!」
「え!?あ、はい!」
電話アプリを開き、番号を打ち込む。これは公衆電話の電話帳に書かれていた電話番号。前までは忌々しかったものけど、今では。
「かかって、お願い……」
それは『公衆電話のケンマくん』の電話番号。
かけた者は殺されるあの番号。
一生かけることはないと思って居たが、まさかかける時が来るなんて。
1コール。
「ケンマくん…」
2コール。
「助けて…!」
「見つけた」
柱の横からハリガネの化け物が、私を覗き込んでいた。
「あ、あ……」
スマホが、その手に取り上げられる。リエーフが叫んでいる。
「駄目だろ、こんなもの使っちゃ」
悪い子を叱るような優しさをその声は孕んでいた。
だが彼が手をついた柱に、その手がめり込んでいることから怒りが滲み出ているのが分かる。パラパラと壁から破片が零れ落ちる。
「悪い子は、叱らないとな」
先輩が私にハリガネの手を伸ばす。今度こそ、終わりだと思った。リエーフも、私も。
3コール。
『───もしもし』
スマホから声が響く。
『はぁ、サイアク。俺散々走り回って疲れたんだけど』
初めは公衆電話で聞いた声。
『で、アンタがリカを攫ったの?』
「お前、あの時の」
『この電話にかけてるってことはさ』
今は、部室で聞く声。
「殺されてもいいってことだよね」
最後の声は電話越しではなく、先輩の背後から聞こえた。先輩が振り返り攻撃しようとするが、ケンマくんが動く方が早かった。
ザクリ。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
「痛」
くすんだ黄色の空間から一転して、私達は小さな透明の箱へ落っこちた。ここは、ケンマくんのホームグラウンドとも言えるあの公衆電話だ。スマホから逃げたリエーフと先輩から解放された私、そして先輩をザックリと包丁で切ったケンマくんは公衆電話で重なって居た。
最悪なことに、1番上がリエーフである。
「リエーフ重い、どいて」
「ケンマさん!俺人魚!動けないっス!」
じゃあスマホに入ってとケンマくんが言い、その手があったかという顔をしたリエーフはからのスマホに吸い込まれるように入っていった。
そして、公衆電話内には私とケンマくんの2人きりになる。
「〜〜ケンマくん!!」
「うわ!な、何?」
感極まり彼に抱きつく。
「
「………いいよ。目の前で攫わせた俺にも責任はあるし」
「ケンマくんが居なかったらどうなってたことか…」
彼の手を握って、おでこをくっつける。初めは私のことを殺そうとしてきたこの手に救われた。
「………ありがとう」
本心からの言葉だった。泣きながら彼に想いを伝える。
彼は口を開き、はくはくと何か言おうとしたが言うのをやめて手を握り返してくる。そしてしばらく経ち、私は荷物を全部あの
「流石に昨日の今日で登校してこないでしょ…」
「わ、分かんないじゃん」
私とケンマくんは教室で先輩を待って居た。次の講義は先輩も取っているので来るはずである。
「でもいざ会うとなると怖い…!」
「…ねぇ。俺に対しては殺そうとしてきたのに、先輩は殺さないの?」
「先輩は…ケンマくんみたいに殺そうとしてこなかったから…」
自信過剰でなければ、なんか歪んだ愛情を向けられた気がしたので。後はケンマくんほど邪悪じゃなかったからであるがこれは言えない。
ケンマくんには無理を言って着いてきてもらったが、意外にも彼は快諾してくれた。その後に「ちゃんと殺しきれてるか気になるし」と続けたため、そちらが本意だろうなとは思う。先輩が死んでたら私の荷物は全部
「おはよう、香山」
後ろから聞こえた声に、私とケンマくんは思いっきり振り返る。2人で教室の入り口を見て居たはずなのに、彼が入ってきたのは分からなかった。
そこには、昨日と変わりのない夜久先輩がにっこり笑って立って居た。
「これ、忘れ物だろ」
「あ、え、あ、ありがとう、ございます?」
アッサリと私の荷物が返されて、少し拍子抜けしてしまう。ケンマくんが金色の目を輝かせながら先輩を睨みつけている。先輩はそれを見ても、何ともないようだった。
「いやまさか、あそこで邪魔が入るなんてな。お前、なんの都市伝説だ?」
「言うわけないでしょ」
「はは、確かにな」
表面上は穏やかに話しているが、どこか冷や冷やとした空気を感じる。黙って睨み合う彼らにたらりと汗が流れる。
「あ、あの、夜久先輩」
「ん?何だ」
ケンマくんに向けていた表情から一変して笑顔を向けてくる彼に言葉を続ける。
「私、
「嗚呼、それな。悪かった」
謝罪なんてされると思わなかったから「え」と彼を見る。そこには本当に申し訳なさそうな顔をした先輩が居た。
「急には怖かったよな。俺も焦っちまって、順序間違えたんだ」
彼が、私の手を握る。ケンマくんが「ちょっと!」と怒ったように指を剥がそうとするが離れない。
「俺たち、友達から始めよう!ゆっくり進んで行こうな!」
「やっぱり殺す」
ケンマくんが痺れを切らし、掴み掛かろうとする。
人外特有のこの話の通じなさ、やはり先輩は人でなしだった。先輩の言葉に私は半泣きになりながら「……ひぇ」としか言えなくなってしまった。
その様子をスマホから見て居た
【
こんにちは、先輩。
怪異に好かれる体質ではないが、怪異をたらし込むのかもしれない。彼らにとって、普通に接してくれる人間って面白いので。
リエーフというお助けキャラを得たのが分岐点。
この男がいなかったら、リエーフは普通にdeadend、主人公はback rooms endを迎えていた。本作の(ダーク)ヒーロー(ただし人は殺してる)。
主人公が目の前から消えてめちゃくちゃ焦ったし奔走した。電話がかかってくればこっちのもん。公衆電話のケンマくんはかけられれば殺しに行くために何処にでも向かいます♡
殺そうとしてきたのが面白くて生かしていたが、最近なんか本人の心境にも変化が起こってるような起こってないような。リエーフの「恋ですか!?」はちょっと引っかかってるし、主人公に抱きつかれて手を掴まれた時は居心地悪くないしまぁいいか…と許している。
元ネタは八尾比丘尼。
本作のマスコット兼お助けキャラ。
バケモン揃いの中では割と良いやつ。
人間うめぇ!って食ったことあるけど良いやつ。
最近は人間より主人公の作る飯の方がうめぇ!
夜久先輩事件は彼にとっても恐ろしい記憶として残るため、これから夜久先輩に怯え続ける。
恋はいつでもハリケーン。止まれ。
元ネタはみなさんご存知のback rooms。
あれも都市伝説なのでいけるかな、などと筆者は供述しており。
しまっちゃおうね夜久パイが見たかったの!!見たかったでしょ正直!!この夜久パイを!!怪異パロでしか見れない夜久パイを!!イカれた夜久パイを見れるのはここだけ!!
男前がバケモンになるのが大好き人間が書いたらそりゃこうなる。ハリガネ形態で主人公抱きしめて欲しい。指だけハリガネ形態で主人公撫でて欲しい。
ケンマくんに刺されて「くっそ〜〜!やられたわ!」となったこの男。実はまだ怪我は完治してないので服の下はハリガネ人間である。怪我が完治していなくても主人公に会いたかったし、あわよくばもっかい連れてけないかなと思ってた。
『次は挽き肉。挽き肉』
悲鳴が響く。
列車型のジェットコースターが止まる度に。
廃れた遊園地でその地獄は繰り広げられている。
「はぁ…」
先ほどまで人間を挽肉にしていた男が、己に飛び散った血をタオルで拭きながら舌打ちをする。
「汚い、血生臭い、最悪」
悪態をつきながらも男はマイクを持ち、放送をする。
『次は抉り出し。抉り出し』
悲鳴は止まらない。
次回、『
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