寂しいが言えなくて
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世界は変わった
新たなるチャンピオンとして
ゼクロムを従えた英雄として
レシラムの英雄を打ち破った者として
『N』という存在は様々な衝撃を人々に与えた
七賢人‥今は六賢人たちが街という街を渡ってポケモン達の解放を説いてまわり
人々は
次第にポケモンを手放し
ポケモンと人は完全な決別を迎える
大量のモンスターボールの破棄
ポケモンを労働力としていた場所には再び人の手が入り
ポケモン達のいる草むらや洞窟は、プラズマ団によって警備されていた
その流れに比例して、ポケモンを捕まえて売りさばく等の密猟や闇市が展開する
しかし
それもすぐにプラズマ団により摘発され、長くは続かなかった
ポケモンとの別れに納得ができずに抗う者も、結局は城まで辿り着けず、辿り着いてもそこまでとなり、新たな変革に何ら影響を与える事は無かった
人間に酷使されたポケモン達のケア施設の設立
ポケモン達だけの棲む人間不可侵のエリア
たった3ヶ月という短い時間の中で、全ての理想を完成させた
それはゲーチスがいなくなり、純粋にポケモンと世界を憂う者達だけが残ったからかもしれない
Nを恨む者も少なくは無かったが、3ヶ月を迎えた頃には、誰もがその世界を受け入れようとしていた
六賢人達の報告を受けて、僕は黙って頷いた
「長旅ご苦労だったね。各々、部屋に戻って休むといいよ」
恭しく頭を下げて謁見の間を出ていく六賢人達の背中を見送り、僕はため息をついた
王座の背中から吹き込む風が心地いい
修復の際にゼクロムの出入口の為に開けておいた場所
六賢人達が去ったのを見計らってか、翼を鳴らしてゼクロムが帰ってきた
レシラムもゼクロムも、世界の改革が進む中で石に戻る事も無く、ここを離れる事も無かった
「そう、夏の気配が近づいてたのか‥ゼクロムは夏は好きかい?」
聞くとゼクロムは低くうなる
暑いのは嫌いらしい
「僕もだよ」
そうすると、トモダチの為に城の設備を考え直さないといけないな‥なんて思う
イッシュを旅していた頃に連れていたトモダチ達は、実はまだ城にいた
元々ゲーチスが連れてきて城で生活していたから離れ難いだけかもしれないが
全てのポケモンを解放し、自由にする
その自由でポケモン達が生活の場をここに選んだというのであれば、僕はただその生活を脅かさないようにするだけだ
どこから来たのか、ココロモリが謁見の間の隅に巣を作ったりしている
ポケモンを解放したのは勿論レンも同じだ
目覚めた彼女には一度も会ってはいないが、六賢人のリョクシの話だと、持っていた全てのモンスターボールを素直に預け、パソコンのパスワードも素直に教えたそうだ
「ねぇ、ゼクロム‥僕は正しかったのかな…?」
自嘲気味に呟けば、ゼクロムが『何を今更』と鼻を鳴らした
そうだ
今更だ
何が悪くて正しかったのかなんて
解る訳もない
ただあの時、僕たちは各々の信じる未来を賭けて戦い、そして僕は勝った
理想を現実の物とし、傷つき苦しんだトモダチ達は、少しずつその心を癒そうとしている
僕は間違ってなんかいない
「‥N様、レンが会いたいと…」
いつも通り突然現れたダークトリニティが耳元で告げる
「‥分かった。僕が会いに行くよ」
形ばかりで鬱陶しいマントと王冠を王座に投げ置き、階段を下りる
あれから初めて会うレン
レンにはいつでも好きなようにしたらいい、と監視も行動制限もつけていない
なのに彼女はこの3ヶ月、どこにも行こうとしなかった
一時は心を病んだかと心配もしたが、レンの様子を見た誰もが『その心配はない』と言う
では何故?
聞くのは簡単だったが、部屋を訪ねる気にはなれなかった
レンだってあまり僕には会いたくないだろうとも思っていた
しかし今
僕に会いたいという伝言がやってきた
相変わらず予測不能だ
僕の演算を狂わせる
不安と少しの期待が、レンのいる部屋向かう足を弾ませた
あの時見えなかった未来の答え合わせが出来るのだろうか
彼女は部屋の入り口の前で僕を待っていた
僕はその姿を見つけて一瞬躊躇う
しかしレンは違った
僕に気がつくとゆっくりと近づき、僕を真正面から見つめた
「N」
久しぶりに聞いたその声に胸が掻き乱される
「少し‥痩せた?ちゃんと食べてる?」
レンの温かい手が頬に触れて思わず僕は身を強張らせた
「僕に会いたいって聞いたけど」
その手を軽く払って僕はレンから顔を背ける
どうして君は変わらずにいるのだろうか
振り払われた事に躊躇うレンを分かっていて、そうしてしまう自分に自分で呆れる
そして君がこの後、何も無かったように話してくれる事を知っている自分にも
「‥あのね…」
「うん」
「Nのを理想を世界に実現させて‥世界は…ポケモンは、喜んでる?」
「勿論」
例えそうでなかったとしても、それ以外の回答が僕に許される訳もない
「野生に還った子達までは解らないけど、少なくとも人間に傷つけられ、ケアセンターで休んでる子達は喜んでいるよ」
辛かった日々を思い出して夜中に暴れる事も少なくなったとか
傷の治療で触れようとしただけで噛み付くような事は少なくなったと聞く
実際、ケアセンターを出て野生に還る準備をしている子たちもいるくらいだ
そう説明すると、レンは黙って頷いて、それから初めて、困ったように視線を逸らした
「‥どうしたの?」
「…う‥ん…」
聞くと歯切れが悪そうにレンは返事をして
それから意を決したように僕を見た
「N。私、やっぱりポケモンと人間が別れなきゃいけないなんて思えない」
ハッキリと告げる言葉に迷いはない
「目が覚めて、すごく考えたの。Nが作ろうとしてる世界の事、私が守りたかった世界の事…」
「‥うん。それで?」
促すとレンは少しだけ瞳を輝かせて、でも少し恥ずかしそうに笑った
「ポケモンを手放して、改めて気づいたの。ポケモン達は、本当に沢山の物を私に与えてくれたって‥でもそれは、Nがいうように、人間側の一方的な感情なんじゃないかって」
そうだ
一見幸せそうに見えるポケモンだって、人間側の一方的な愛玩道具にされて苦しんでたりする
「だから、Nに会いに行くのが怖かった。‥私が守ろうとした物も、Nに伝えたかった事も、ただの私のエゴで、Nの求める物が正しいんじゃないか‥って…それを突き付けられるのが恐かった」
それに、嫌われたかもしれないって思ってたから
そう彼女は言う
嫌われたかもしれないと思っていたのも
会うのが恐かったのも
それは僕だって同じだ
「‥N、見てほしい物があるの」
レンが僕の手を取る
今度はそれを僕は振り払う気にはなれなかった
レンが滞在する部屋のセンサーが反応してその扉が開く
僕はその先の光景を目にして言葉に詰まった
「レン‥これは…?」
「‥うん…みんな、一度は手放した子たちだよ」
部屋の中はポケモン達で溢れかえっていた
見覚えがある、レンが連れていたポケモン
イッシュ地方固有のポケモン達
「私がこの城から一度も出なかったのは、聞いてると思うんだけど‥」
伺うようにレンが僕を見る
僕は黙ってレンを見て頷いた
ある日窓辺にマメパトがやってきてレンの周りをくるくる飛び回ったそうだ
レンもすぐに自分が連れていたマメパトだと解って手を伸ばしたがすぐに出て行ってしまったらしい
それから連日
飛べるものは窓から
そうでないものは飛べるものに乗せられ
乗れないものは城の中からレンの部屋に訪れるようになった
今では部屋がポケモンで埋め尽くされている
城はポケモンの出入りを制限しないように伝えていた
幸いにもジムバッジを全て揃え、洞窟を抜けない事には人はこれない場所
もしこの城が彼らの新しい住み処になるのであれば、僕らはどことなりへ動けばいいと思っていたからだ
レンの部屋の周辺には余計な人間は近づけないようにしていたから、きっと誰も気づかなかったのだろう
「リョクシさんがね‥皆を連れていく時『元いた場所で野に還す』って言ってた」
それは僕が指示した事だ
いきなり環境を変えられたり、違う縄張りに入れられて彼らが戸惑うのは避けたかったから
もし馴染めない程に縄張りが完成されていた場合は、新しくポケモンだけの為に用意した島で生活させるように、と
「‥勿論、みんながみんな帰って来てくれた訳じゃないよ。私も捕まえてパソコンに預けたままの子だっていたし…」
レンは少し俯いて言う
「でもね、何度『もういいよ。好きなとこに行っていいよ』って行ってもこの子達、出ていかないの」
そうだろうさ
ここにいる子たちはみんなレンが好きだと言っている
「ねぇ、N…これは‥いけない事なのかな‥?」
尋ねながら
それでも答えを知っている顔で、レンは僕に聞いた
「…ぇ‥ぬ…?」
レンの瞳が動揺に揺れる
「何?」
「どうして‥泣いてるの…?」
レンに言われて頬に触れると、何か暖かい物にあたった
これが涙?
僕の記憶の中で、これに触れたのはもう随分と昔のような気がしていた