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「レン、おはよう」
朝家を出たらチェレンがいた
チャンピオンリーグ挑戦に向けて、ポケモンだけでなく自分も鍛えたいから、とあれからランニングを日課にしてるらしい
「今日もどこかに行くのかい?」
「うん、まぁ‥…観覧車、乗りたくて」
自転車を用意して跨がると、チェレンは小さくため息をついた
「どうしたのチェレン?」
「‥いや、何でもないよ…気をつけて」
「うん。ありがとう」
再び走り出したチェレンの背中にお礼を言って、1番道路へ向かう
自転車で風をきれば、もう夏の匂いがして
彼と出会った春は、もう随分遠いんだと知った
のんびり走らせたものだから、ライモンシティに着いたのは昼過ぎ
親子連れやカップルで賑わう遊園地に足を踏み入れれば
イッシュ1番の高さを誇る観覧車が目に入った
プラズマ団を追いかけたあの時、Nに言われるまま観覧車に乗って
そして
初めてNがただのトレーナーでない事を知った
あの時の事を思い出すと胸がツキンと痛む
胸に溜まった大きなモヤモヤを吐き出したくて大きくため息をつけば、少し楽になったような気がする
それから自転車を脇に止めて、観覧車へと向かう
観覧車が2人以外では乗れない事をこれほど恨めしく思った事はない
予想外に軟弱な、自称エリートトレーナーが、勝負をすれば観覧車に付き合ってくれるとの事だったので、遠慮なくその鼻っ柱を叩き折って付き合ってもらうも
観覧車の中では更に情けなさを醸し出して、以前いたダンサーの子がいたら良かったのに、と心の中でため息をついた
観覧車に乗りたかったのは、ただ景色を眺めたかったからじゃない
ここ数日、あちこちに出かけてるのは、あれ以来ずっと心に穴が空いているから
白黒ハッキリつければ、考えを改めてくれるんじゃないか
そんな風に考えていた
せめて
話し合う余地があると思ってた
自分が高所恐怖症だという事を内緒にしておいて欲しいと念を押すエリートトレーナーに苦笑しながらお礼を言って自転車を取りに戻る
日はもう西に傾き始めていた
「今日も収穫なし…か‥」
高いところから見れば、彼が見つかるんじゃないかと思って
わざわざ空を飛ばなかったのは、行き交う人の中に紛れてるんじゃないかと思ったから
毎日こうしてNと出会った場所を探して
帰る頃には日が暮れて
きっとチェレンは知ってる
毎日Nを探しに出る事
馬鹿だ、って思ってるのかな
オレンジになりつつある空を見ながらぼんやりと考える
今日は真っすぐ帰らない方がいいな、なんて思いながら、砂塵舞う砂地をヒウンシティに向けて歩いた
ヒウンシティの船着き場
カップルばかりで多少居心地が悪い空間のベンチに座って空を見上げれば、オレンジ色した太陽が、海に沈もうとしていた
「‥Nも太陽と同じように…もう見えなくなるのかな‥」
Nはプラズマ団の王様だった
彼は太陽だった
その太陽を沈めたのは私だ
そう気づいてまたどうしようもない気分になってしまう
「‥帰ろう…」
陽が沈むのは早くて、気がつくと海辺にいたカップル達も消えてしまっていた
ベンチの後ろに置いた自転車に向かったその時
波止場の先
潮風に吹かれる若草色の髪
沈んだ夕陽の残り火が照らす彼の姿
Nだ
どうして
まさか
いつから
頭の中はぐしゃぐしゃなのに、目だけは彼から1ミリも反らせなくて
早く話し掛けなきゃと思うのに
足も喉もマヒしてしまったみたいに動かない
夕陽を見つめていたであろう彼はゆっくりと海から目を逸らすと、街に戻るのかこちらへと向きを変えた
俯いたまま
ゆっくりと歩きはじめるN
私には
気づいていない
「…ぇ‥」
やっと動いた唇が彼を呼ぼうとして
情けないくらいに震えた声が喉を鳴らす
「っ‥N!」
めいいっぱい叫んで
通り過ぎてしまった彼を呼び止める
驚いたように振り返った彼は、その瞳に私を写すと更に目を見開いた
「レン‥」
そのままNが帽子の鍔を下げて視線を逸らしたのを見て、喜びは一瞬にして落胆に変わる
「どうしてこんな所で‥」
Nの言葉が胸に刺さる
「‥…会いたくなかったのに‥」
小さな声がハッキリと耳に届く
Nはそのまま顔をあげなかった
「ぁ…‥ごめ…なさい‥」
探してたのは私だけだった
気にしていたのは私だけ
逢いたいなんて
ただの私の独りよがり
「っ‥ごめんね…呼び止めて」
声が震えて
視界が歪む
自転車に手を伸ばそうとした手が、そのハンドルを掴み損ねて空をきった
「っ…」
早く帰ろう
別れた時、少し解りあえた気がしたのは私だけだった
彼を沈めたのは私
彼の理想を壊したのも私
譲れなかったのはお互い同じだったとしても
全てを奪ったのは‥
「‥どうして泣いてるの?」
Nの声が近づく
Nの少し冷たい指が目尻に溜まった涙を拭った
少し顔をあげれば、Nの瞳とぶつかる
「レン?」
「ゎ‥私‥…」
「ん?」
Nが小さく首を傾げる
翡翠の瞳が戸惑いの色を写してるのを見て、更に涙が溢れた
「…あなたを探してっ‥でも…ごめんなさい」
自分でも意味不明だと思った
Nが苦笑いするのを見て、もう目を開けてはいられなかった
「どうして謝るの?レン、会えて嬉しいよ」
子供をあやすような声色でNは言う
「‥会いたく…なかった、って」
言うとNは『あぁ‥』と小さく呻いて顔を背けた
「レン、誤解だよ。まだ僕は僕がどうするべきかを見つけてない‥見つけるまでは君に会うべきじゃないと思って」
だから
『まだ』会いたくなかったんだ
そう言って、Nは再び私の涙を拭った
嫌われた訳じゃないと知って、心が落ち着きを取り戻す
「ホント‥?」
「うん」
会ってみて
どうして探していたのか
どうして
心に穴が空いたような気がしていたのか気づく
「‥でも、どうして僕を探して…?」
再び首を傾げたNに問われ、顔が熱くなる
俯いた私を追って、少し屈んだNが顔を覗き込む
「‥さ…‥」
「さ?」
Nはますます理解できない、というように小首を傾げる
私は意を決した
「寂しくて」
「ぇ‥?」
Nの瞳が動揺して揺れる
「寂しかったの‥いつもあなたから来てくれてたから」
『さよなら』を言われて
プラズマ団の影も無くなって
いつもの日常に戻った時
「Nに逢いたいって」
いてもたってもいられなくて
どうしてそう思ったかなんて考えもしなかった
「N、私あなたが好き」
驚いた顔をしていたNが、ハッとしたように身体を起こすと、口に手を当てて何かを呟いた
そんなNの反応を見て、私も何を口走ったのか気づく
「レン‥それ、本当に?」
聞かれて恥ずかしさだけが込み上げて一度だけ頷いた
「‥嬉しいよ、レン」
突然抱きしめられて
Nの声がすごく近くで聞こえる
「レン」
Nの鼓動が聞こえる
頭一つ分背が高いNだから、調度耳の位置に彼の胸が当たる
「僕も本当は君に逢いたくてしかたなかった」
今まで聞いた事もない優しい音
「レン、スキだよ」
優しい声で囁かれて、何かが切れたみたいにまた涙が溢れた
「‥もう、会えないかと思ったら…凄く、寂しかった」
「うん」
「あれから毎日探してた」
もっと近くに感じたくて
自分でもどうしてこんなにNを求めるのか解らなくて
でも彼の腕の中は凄く居心地が良くて
ギュッと抱きしめ返すとNの鼓動が少し早くなった
「…N‥?」
顔を上げると、Nが小さく笑って、その表情にまたドキリとさせられる
「レン、今度は僕から会いに行くから」
ゆっくりとNの顔が近づいて来る
戸惑っているとNが少し苦笑い
「‥目、閉じて」
「‥ぁ…」
言われるままに慌てて目を閉じれば、Nの唇が重なったのを感じた
それから頬
最後に目尻の涙を唇で拭われて
驚いて目を開けたら、Nは優しく笑っていた
「僕はもう王様じゃない」
考えを見透かされたみたいでドキッとする
「高い所からじゃなくて、低い所で‥地面に足をつけて君を見るよ、レン」
だから
と付け加えてNは体を離す
「もう少し、待ってて。必ずレンに会いに行く。もう寂しいなんて言わせないから」
また会えなくなるのは解っていたのに
不思議ともう寂しくはなかった
心の穴も、綺麗に塞がった気がした
「待っててくれる?僕を」
「待ってるよ」
Nはまた優しく笑って、ギュッと抱きしめてくれる
「ありがとう、レン」
家の近くまで送ってくれるというNの申し出を断って、ヒウンシティで私たちは別れた
Nがヒウンシティで海を見ていたのも、たまたまだった、らしい
空から見る夕陽も格別だが、下から見る夕陽はどんなだろうと思ったそうだ
1番道路の半ばあたりで、チェレンの姿を見つける
自転車のライトでこちらに気づいたチェレンが軽く手を上げて合図した
「どうしたの?チェレン」
「君の帰りが遅いから、君のママが探してきてくれって」
ライブキャスターを見ると、ママからの着信が数件入っていた
どうやら気づかなかったらしい
「…Nには会えたのかい」
言われて『やっぱりチェレンには見透かされてたんだ』と心の中で苦笑い
「うん‥低いところにいたよ」
「低いところ…?」
訝しがるチェレンに頷き返し、自転車を降りる
「帰ろ、チェレン」
自転車を押して進めば、チェレンもすぐに横に並んで追いついてきて
「‥じゃあそろそろ、僕にも付き合ってもらおうかな…ポケモンリーグに行く前に、僕と勝負してもらうよ?君がいない間、色々対策を考えたからね」
眼鏡の奥で楽しげに笑ってチェレンは言った
1番道路はもう夏直前
若草色の葉が海風に揺られてサワサワと鳴る
彼が次に現れる頃には、ここが何色になるのだろうか
その時私は
どんな風に彼を迎えるのだろうか
会えない事を悲しいと思う気持ちはもうなくなっていた
ただ
その時が来るのを待ち遠しいと思う気持ちがあるのを感じていた
END
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【あとがき】
ちょこちょこ分けて書いてたら、だらだら長くなってしまいましたorz
Nを探しに行って、Nをハグする話にしようと思ってたら
Nを探しに行って、Nにハグしてキスされる話になってしまいました(笑)
チェレンはまた横恋慕的な位置で
2010/10/5