炎の中で、何を憶う
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放課後の訓練場。
使用申請が通った区画のランプだけが点灯している。
空気が震えた。
バチィッ!!!
雷鳴にも似た衝撃音が、閉鎖区画の壁に反響する。
名前の掌から放たれた電撃は、一直線に標的へ走り、分厚い耐久プレートを貫いて背後の吸収装置を作動させた。
警告ランプが一瞬赤く光り、すぐに緑へ戻る。
「…しまった、ちょっとやりすぎた。」
荒い呼吸。
けれど目は冷静で、次の計算に入っている。
足元には細かく走る放電の名残。
髪の先が僅かに浮き 、静電気を帯びて揺れる。
彼女の意識は完全に訓練に没入していた。
距離や角度、反動、再充電までのタイムラグ。
頭の中で数値を弾きながら、すぐ次の一撃の体勢に入る。
名前は気付けなかった。
入口の影で足を止めた、ひとりの大人に。
ミッドナイトは何も言わず、その光景を見ていた。
バチッ!! バチバチッ!!
連続放出。
しかも出力の波がほとんどブレない。
(…この子、本当に1年生なの?)
教師として多くの生徒を見てきたミッドナイト。
プロヒーローとも何度も共闘している。
それでも分かる。
今、目の前で行われているのは――
学生の自主練のレベルじゃない。
10射は撃ったであろう。
名前の足元が少しふらつく。
だが、無理やり踏み込んで姿勢を立て直した。
「まだ、大丈夫。」
小さな呟き。
その瞬間、
「――やめなさい。」
静かだけれど、はっきりした声が飛ぶ。
名前の肩が跳ねた。
振り向いた瞬間に集中が途切れ、手元の電流が霧散する。
「…ッ!せ、先生。」
入口に立つミッドナイトと目が合い、名前は完全に“生徒の顔”に戻った。
「いつからそこに?」
「最初の一発目からよ。」
「えぇ、?」
思わず額を押さえる名前。
ミッドナイトはゆっくり歩み寄り、破壊された耐久プレートを見る。
焦げ跡、貫通痕、吸収装置の処理ログ表示。
「出力、制限値ギリギリね。」
「…はい。」
誤魔化さない。
「自主練で出す数値じゃないわ。」
怒っているわけじゃない。
けれど、声は何時もより低い。
「すみません。」
名前は視線を落とし、小さく肩をすくめる。
「でも、ちゃんと制御はできてます。個性の暴走もしません。反動のリカバリー計算も」
「それでも、」
ミッドナイトが名前の言葉を遮る。
「あなたの体は、まだ成長途中なの。」
ミッドナイトは名前の手をそっと取る。
指先がほんの少し震えている。
「出力を扱えることと、耐えられることは別よ。」
名前はミッドナイトの表情を見て、目を見開いた。
それからいつもの笑顔を作ろうとしたが、叶わなかった。
「…見られたくなかったなぁ。」
ぽつりと本音が漏れる。
ミッドナイトは気付かないふりをせず、でも深くも踏み込まず続ける。
「貴女の個性は凄いと思ったわよ。教師として誇らしいくらいにね。」
そのあと、少しだけ目を細める。
「だからこそ、限界に近い生徒を止めるのは教師の仕事なのよ。」
静かな間。
名前は観念したように息を吐く。
「…今日は、ここまでにします。」
「明日もよ。」
「えぇ…?」
「返事は?」
小さく笑って、名前は姿勢を正す。
「…はい、ミッドナイト先生。」
さっきまで雷を操っていた手が、今は素直に力を抜いている。
その変化に、ミッドナイトはほっと息をついた。
才能は本物。努力も本物。
だからこそこの子には、無事に強くなってほしいと心から思うのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数日後の放課後。
教室内はテスト前という事もあり、机に向かっている者が多かった。
「名字さん、ここ教えてほしいんだけど…。」
「名前、この計算どうしてこうなるの?」
「レポートの構成ってこれで合ってる?」
名前の席の周りには、自然と人だかりができていた。
「うん、それはね。」
困った顔ひとつせず、ノートを覗き込み、丁寧に説明する。
「ここは公式を当てはめる前に、条件を整理したほうが早いよ。」
「この文章、結論を先に書くと読みやすくなるかも。」
声は穏やかで、相手のペースに合わせるのも上手い。
教え方が上手いのは、理解が深い証拠であった。
「助かったわ、ありがとう!」
感謝の声に、名前はいつもの笑顔で手を振る。
ミッドナイトは腕を組み、その様子を静かに、窓越しに教室の中を眺めていた。
(…頼られてるわねぇ。)
勉強もトップクラス。
人当たりも良くて、頼られれば断らない。
問題なんて、どこにもなさそうに見える名前。
けれど、ミッドナイトには分かっていた。
(だから休めないのよね、貴女は。)
訓練を控えている今、名前は空いた時間を全て勉強に使っている。
体を酷使できない代わりに、頭を休ませなかった。
彼女は、自分自身を甘やかす事が出来ない。
教室の中で、また一人が席を立つ。
「名前、本当に助かるよ!」
「ううん。また困ったら言ってね。」
軽い返事。明るい声。
その笑顔の奥にほんの僅かな疲労が混じっているのを、ミッドナイトは見逃さない。
「自分はどうなのよ。」
ぽつりとこぼれる独り言。
ヒーローとしては美徳。
でも一人の少女としては、少し危うい。
名前は次のノートを引き寄せ、また身を乗り出す。
「あぁ、この問題はね。」
その背中は頼もしくて、誇らしくて――
同時に、どこか張りつめている。
ミッドナイトの表情が、わずかに曇る。
助けを求められない子。
助ける側に回ることで、自分の弱さから目を逸らす子。
(貴女が誰かを支えるのは素敵だけど、貴女自身が誰かに支えられる練習もしなきゃだめなのよ。)
チャイムが鳴り、教室に夕方の光が差し込む。
輪の中心にいる名前と、
少し離れた廊下から見守るミッドナイト。
その距離は近いのに、最近は少し近付けたと思っていたのに、今はやけに遠く感じた。