炎の中で、何を憶う
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約束の時間、職員室前の廊下。
窓の外はすっかり夜で、廊下の照明だけが静かに床を照らしている。
名前は壁にもたれ、腕時計にちらりと視線を落とした。
(先生、まだかな。)
コツ、コツ、とヒールの音が近づいてくる。
顔を上げた名前は一瞬、言葉を失った。
「…え?」
そこにいたのは、いつものヒーロースーツ姿ではない、落ち着いた色合いの私服に身を包んだミッドナイト。
髪は後ろで束ねられ、眼鏡を掛けて柔らかい雰囲気がいつもよりずっと近い距離に感じられる。
「遅くなっちゃってごめんごめん!」
両手を前で合わせるその仕草に、名前の思考が数秒止まった。
「い、いえ全然。その…」
珍しく歯切れが悪い。
ミッドナイトはくすっと笑う。
「なに、その反応?」
名前は一度目を逸らし、深呼吸してから言い直す。
「先生、私服凄く素敵ですね。ヒーロースーツの時は、目のやり場に困るんですけど。今のほうが、その……ずるいくらい綺麗です。」
言ったあとで、少しだけ頬が熱くなる。
けれど目は逸らさなかった。
ミッドナイトはぱちりと瞬きをして、それから肩を揺らして笑った。
「ずるい、は初めて言われたわ!」
「だって不意打ちですもん。心の準備してなかったです。」
「準備してたらどうなるの?」
「たぶん今みたいに固まりませんよ〜。」
さらっと返す名前に、ミッドナイトは感心したように目を細める。
「貴女、本当に将来有望ね。いろんな意味で。」
「褒め言葉として受け取っておきますね!」
そう言ってにしし、と笑う名前の表情は明るい。
けれどその奥にある疲労も、無理も、ちゃんと見える。
だからミッドナイトは、いつもより少しだけ優しい声で言った。
「ほら、行きましょ。今日は頑張りすぎた子にご褒美なんだから。」
「え、何ですかそれ?」
「内緒♡」
並んで歩き出す二人の影が、廊下の床に長く伸びる。
名前は少しだけ照れくさそうに笑いながら、でもどこか安心したような顔で隣を歩いていた。
誰かと並んで帰る夜が、こんなにあたたかいものだと。
彼女はまだ、知らないふりをしている。
夜の校門を出て、並んで歩く帰り道。
街灯の明かりが、二人の影をゆっくりと揺らしていた。
「今日は特別に、先生からのご褒美を考えてるの。」
ミッドナイトが軽い調子で言う。
「え、ほんとですか!」
目を輝かして喜ぶ名前。
「ええ。頑張りすぎ注意報が出てる優等生には、栄養補給が必要です。」
「…注意報なんて出てたんですか、私。」
「もうとびきり最大の警報レベルのやつよ。」
名前は小さく笑う。
その笑顔を見てから、ミッドナイトは続けた。
「だからね、ご両親の許可が取れたら、夕飯ご馳走するわ。スマホで連絡取れる?」
あくまで自然に。
生徒を気遣う教師として、ごく普通の提案のつもりだった。
けれど。
名前の足が、ほんのわずかに止まる。
表情は変わらない。
変わらないように、きちんと保たれている。
「……あー、」
視線が少しだけ夜空へ逃げた。
「許可、ですか。」
「ええ。急に遅くなったら心配するでしょう?」
やわらかい声。
名前は一拍だけ黙って、それからいつもの調子に戻る。
「大丈夫です。心配される事、ないので。」
軽い言い方だった。
冗談みたいに聞こえるくらい、さらっと。
ミッドナイトはすぐに返事ができなかった。
「…ご両親は?」
聞き方を間違えないように、そっと。
名前は前を向いたまま答える。
「いません。だいぶ前に。」
声は穏やかで、感情の凹凸がほとんどない。
まるで事実だけを読み上げるみたいに。
「今は施設の離れに1人で住んでて。雄英、学費も生活も手厚いので助かるんですよ〜。」
にこり、と笑う。
誇らしげですらある言い方。
同情も、気遣いも、必要ないと先回りして遮る笑顔。
その作り方が上手すぎて、胸が痛む。
「だから先生、気にしないでください。私外食とか、全然自由の身なので。」
冗談めかして肩をすくめる。
ミッドナイトは少しだけ立ち止まり、名前を見る。
この子はきっと、何度もこうやって説明してきたのだろう。
大丈夫です。
慣れてます。
問題ありません。
そんな言葉を口にする度に、自分の痛みを処理済みの箱にしまっているのだろう。
「……そう。」
短い言葉に、いろんな感情を込めて。
それから、いつもの調子に少しだけ明るさを足してミッドナイトは言った。
「じゃあ遠慮なくご馳走できるわね。
育ち盛りの高校生!ちゃんとお腹いっぱい食べなさいよ!」
名前は目を丸くして、それからふっと笑った。
「名目がパワーアップしてません?」
「教師は理由付けが上手いのよ」
また並んで歩き出す。
さっきより少しだけ距離が近いことに、名前は気付いていないふりをしていた。
そしてミッドナイトは決めていた。
この子が「大丈夫」と言う度に、その奥にある本当の声を、ちゃんと拾える大人でいようと。