炎の中で、何を憶う
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あれから何年経っただろう。
全てを失ってから、必死に生きてきた。
そして漸く、スタート地点に立てたのだ。
そこは雄英高校。
夕暮れのグラウンドには、もう誰もいないはずだった。
生徒達の賑やかな声も消え、校舎の窓明かりだけがぽつぽつと夜の準備を始めている。
それでも、砂を踏みしめる規則正しい足音だけが、途切れず響いていた。
タッ、タッ、タッ、タッ――
名字名前は走っている。
一定の速度、一定の呼吸、乱れのないフォーム。
額から流れた汗が顎先に伝い、ぽたりと落ちる。
足はもう重い。それでも止まらない。
止まる訳には、いかなかった。
「……あと10周。」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
彼女の自主練はいつもこうだ。
やりすぎと言われるほどに、限界の向こう側まで自分を追い込む。
個性の出力調整、瞬発力強化、持久走。
メニューは日毎に違い、全身を鍛え続ける。
授業後は遊ばずに、サボること無く毎日自主練を続けていた。
まるで立ち止まるのが怖いみたいに。
校舎の渡り廊下の影から、その様子を見つめる人物がいる。
「…あの子、また無理してるわね。」
艶のある長い髪を揺らしながら、ミッドナイトは小さく息をつく。
教師として、生徒の努力を止めるつもりはない。
けれど、努力と自分を削る行為は別物だ。
名字名前は優等生と呼ぶのが相応しい。
成績は毎回学年1位でありながら、その人柄の良さからクラスメイトからも教師陣からも人望がある。
現状に満足せず、ひたむきに努力を重ねる彼女は何を考えているのだろう。
名前の走り方は、前を目指しているというより。
何かから逃げ続けているようにも見える。
「真面目で、優秀で、手がかからない子ほど厄介なのよね。」
困ったように微笑みながらも、その目は優しいままだった。
グラウンドでは、名前がふらつきながらも最後の直線に入る。
歯を食いしばり、視線は地面に落ちたまま。
誰にも弱音を吐かない。
誰にも過去を話さない。
いつも笑って、
いつも「大丈夫です」と言って。
そして誰もいないところで、自分を限界まで追い込む。
「……全くもう。」
ミッドナイトはヒールの音を鳴らし、ゆっくりとグラウンドへ歩き出した。
教師としてじゃない。
無理をしている女の子を放っておけない、1人の大人として彼女に声を掛ける。
「名字」
夜の帳が下り始めたグラウンドに、優しい声が落ちる。
名前の足が、ほんの少しだけ止まった。
振り向く前に、いつもの笑顔を作る時間はきっと確保している。
ミッドナイトはそれにもう気付いていた。
その笑顔の奥に、まだ誰も触れていない痛みがあることを。
物語は、そこから静かに動き出す。