序章
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――『いつか』じゃなくて『いま』、『いま』やらないといけないと思ったんだよ。だから……。
微睡の中で思い出す。
それは、海に出る一週間前の彼からの言葉だった。
初めて海賊とまともにやり合った後、彼はずっと考えていた。
私も同じように考えていて、海に出る提案を彼に持ちかけようとも考えていた。
断られたら私一人でも海に出よう。恩人達が本当はやりたかったこと、否、やり遂げたいと思っていた事を勝手にでもやり遂げよう。
そんな考えが強かった。後は……『楽しい』という事をもっと彼と味わいたかった。生きているのだから、生きているなりに。
「進路はどうなってる?」
「あ!キャプテン!!」
「って、コイツ……またここで寝てるのか。」
寝るか寝まいかの狭間にいるので、彼の声や航海士の声も何となくでも聞こえてくる。
潜水艦であるハートの海賊団の船。その操縦席はメーターの音が心地よくて眠気を誘う。
緊急時以外では、操縦席の周囲にある席には人が少なくなる。だから、伸び伸びと体を丸くして横になれる。
「ミヅキ、寝るなら自分の部屋で寝ろ。」
彼の声が聞こえる。
船に乗る前のあの頃よりも低くなった声。キンキンと脳まで轟く高音じゃないから、それすらも私の眠気を誘うしかない。
「やだ……私はここを根城にすんだ……。」
「そのセリフ、何度目だ。」
「たくさん……。」
呆れた溜息が聞こえる。聞こえる様にわざとだろう。
本格的に眠る為、良い位置を身動ぎしながら探す。良い位置に収まり、再度眠りに入ろうとした時、船が大きく揺れた。
横に大きく揺れる。
船の中に入れていた物が壁にぶつかっていく大きな音が聞こえ、寝ている余裕などないと告げてくる。
私も私で座席から振り落とされる。
が、床に激突する前にクッションが私を支える。
「ありがとう。ツバクラメ。」
クッションは綿ではない。水が塊となって出来上がったものだ。貫通する事も、濡れる事もない。フワフワと弾力がある。
床へ着地すると、水で出来たクッションは大きさを手のひらサイズまで縮小させ、ツバメの形をとる。
ツバメとなった水の塊は水笛の様な鳴き声を奏でる。
「キャプテン!敵襲だ!」
「はあ!?嘘だろ!」
ツバメと戯れていると、慌てた様子の見知った顔が操縦席へと駆けてきた。ペンギンと書かれた帽子を被った青年と、スケレット帽を被った青年だ。
彼らの言葉に航海士や操舵手が驚きの声を上げる中、船長である彼はニヤリと笑みを浮かべていた。
敵の攻撃は雨の様だ。船の揺れは納まる事を知らない。まるで、私たちの船がどんな船であるのか理解している。
海の中を進む船。それに当てようと海中へ砲撃が向かっている。
そもそも、海の中にいるっていうのに何で解っているんだろうか?誰かが自分たちの姿を見ていたのだろうか?それとも、情報が漏れたから?
「ミヅキ。」
「何?」
「行ってこい。」
「え……え!?私!!?」
彼の言葉に彼を二度見する。
別に他の船員 で事足りると思うんだけど。皆、スペシャリストなんだから。
そんな不満が顔に滲み出てしまう。はっきりと言えば、面倒臭い。
私の不満げな顔など気にも止めず、彼は話を進める。
「幾らペンギンやシャチがお前の様に水中戦が得意でも、陸地が近くにもねぇ場所じゃあ、お前が有利だろ。」
「え、今、そんな場所にいるの!?」
「それと、こんな所で寝ようとした罰。」
「この野郎……!!」
これはやるしかない。
ここでやらなければ、安眠など出来やしない。それに、陸地が近くにない場所だと私たちも上手くは起動できない。
そもそも、船に備わっている砲撃で船を落とせたら、こんなに慌てる必要もない。
「分かった。ツバクラメは半分残してくよ。」
「船を一度浮上させる!ミヅキが海の中へと出たら、すぐに扉を閉めろ。」
「アイアイ!キャプテン!!」
慣れた手つきで行われた指示に、私以外の船員全員が頷く。
私に関しては、特に明確な指示がない。という事は、好きに暴れろというアバウトな指示だ。
酷い話だ。好きに暴れたら、海軍にバレちゃうのに。
ツバクラメを手のひらに乗せ、息を吹きかける。一つのツバメが二つへと分かれる。
手の平で二つのツバメが踊る。その内の一つをプルプルと震えながら背伸びをし、彼の頭へと乗せた。
「お前!頭の上に乗せんな!」
「チッバレたか……。」
「バレるわ!!」
とっとと準備しろ!!彼の得物である大太刀の柄で頭を叩かれ、私は渋々出入口へと向かう。
船内では、強襲に対抗している船員たちの忙しそうな姿が目に入る。
「ミヅキ?海に出るの?」
「気を付けて来いよ!!」
「うーん。気を付ける。」
まだ眠たさの残る間延びした私の声に反応し、ツバメは私の周りを飛ぶ。声を掛けてくれる船員に器用に手――翼を振っていた。
船が浮上していく。そんな感覚が私を襲う。
ひと際大きな揺れを感じた時、船は海面に上がっていた。
扉が開く。私は扉を急いで駆け、海の中へと飛び込んだ。
――――
黄色い船が突然、水面に浮かび上がってくる。
攻撃を仕掛けた船では、満足そうに笑い声が聞こえてくる。
「本当に、ハートの海賊団が潜っていたとはな!」
「船長のトラファルガー・ローの首を取れば、俺も賞金首!!」
「はあ!?首を取るのは俺だ!!」
言い争いながらも男達の攻撃の嵐は止まない。
寧ろ、黄色の船から飛び出してきた一つの影に船上では馬鹿にしたような笑いで溢れかえっていた。
更に、海の中へと落ちて行った事により、笑い声は大きくなる。
「なにを血迷ってんだ!?ハートの海賊団。」
「まさか、俺たちに恐れをなして囮でも投げたか?」
「ハートの海賊団も名前だけだな!!」
ケタケタと笑いながら、攻撃は止まない。砲撃の雨は黄色の船を狙う。
黄色の船――ハートの海賊団の船は、砲弾を全て回避していく。そして、海の中へと潜って行く。
その傍らで一つの影が顔を出す。潜水する船とは反対に、その影は水面を掴み、海面に立ち上がった。
「うん?なんだ、あれ。」
「何が?」
「いや、海の上に何かが立ってんだよ。」
「はあ?海の上に?お前の目がイカれたんじゃねえの?」
「じゃあ、お前も見てみろよ!」
望遠鏡を持った男は傍にいる男へ望遠鏡を渡す。渡された望遠鏡に目を当て、指を指された方向へ望遠鏡を向ける。
小さな枠の中で人影が動く。
白いパーカーを羽織り、白いサルエルパンツを着た人間。望遠レンズの拡大数が限界の為、詳細は見えない。
だが、そんな白い人間は確かに海の上に立っているのだ。
「嘘だろ……!!?」
「な!本当だろ!!
「もしかして、悪魔の実の能力者か!?それか、魚人か……。」
「はあ!?だとしたら、何で海の中に落ちたのに動けるんだよ!!能力者は漏れなく、全員がカナヅチになるんだろ!能力使えなくなって!!!」
「そんな事、俺が知る訳じゃねえだろ!!」
「じゃあ、魚人だな!」
「いや、魚人はあくまで海の中で速く泳ぐ事が出来る人間もどきだろ!あれは……完全に人間だよ!魚人じゃねえ!」
望遠鏡越しの白い人間は、何かを手にする。
白い人間よりも丈のある大きな鎌だ。
「おまえ、お頭に伝えて来い!!この人間……やべえぞ!」
狙撃手たちは異変を察知し、海面に立つ白い人間に装備されている砲門を向ける。
異様なモノは解らないからこそ恐怖に変わる。理解が出来ないモノほど、怖いと思うのは人間の心理だ。その先に『楽しい』という感情がある。
狙撃手の一人が声を上げる。号令に合わせて砲門から砲撃が開始される。
先程までの無差別な攻撃ではない。黄色の船を炙り出す為の攻撃ではない。
明確な殺意を持った攻撃だ。
砲撃はしっかりと白い人間を襲った。軌道は逸れる事無く、真っ直ぐに人間に向かう。
男達はこれで殺せると確信していた。だが、その自信は絶望に変わる。
「嘘だろ……全部、斬られた……。」
白い人間に向けられた弾は、全て切り伏せられた。自身を優に超える大鎌を巧みに操り、大きな弾を両断していく。
「怯むな!!撃て!!!」
砲弾は絶えず襲ってくる。その全てをゴーグル越しに捉え、丁寧に切っていく。
白い人間はほくそ笑む。
この男達は、たった砲撃が上手いだけで鼻高々だったのだろう。それで今までの航路を渡れたのだろう。航路を進む中、邪魔になる物を全て壊しながら。
「誠に運が良い事で。」
一歩、また一歩と水面を踏み締めながら船へと近づく。
船は推進力に機動力、動かす為の力が良くなければ、すぐには発進する事は叶わない。止まっているのであれば尚の事。
かの人間の目先では異様な光景に心臓を握られたのか、慌てて逃げようとする哀れな奇襲者たちが映る。
「私の姿を見たんだから、逃がす訳がない。」
フードを深く被った白い人間は、大鎌を持ち直す。そして、大鎌を下から上に向かって海面ごと払う様になで斬った。
海は割れる事無く、水の刃として船を襲う。
威力は壮大だ。砲門を大量に乗せている程の船だ。大きさは何処の海賊にも負けない大きさだ。
だが、そんな船は水の刃で両断された。更に、追い打ちをかけるかの様に二つ、三つと刃が飛んでくる。
その刃の全てが船に当たり、船を大まかに切り刻んでいく。
衝撃に船上の人間は海に投げ出されていく。もう船の面影はなく、見るも無惨な光景が広がっていた。
海賊団の旗があったマストは折れ、乗せられていた荷物は全て海の中。軽いものは浮いているが、質量がしっかりとした物は沈んでいるだろう。
この船には能力者はいなかった。全員が船の残骸に身を寄せあい、捕まってなんとか海に流されないようにしがみついている。
「俺たちの船がぁ!!」
「よ、よくも!!!」
「頼む!!助けてくれ!!!」
不意打ちが得意だった者達の末路。
戦意を失っていない者もいれば、戦意を削がれて命乞いをする者もいる。
彼女 は海の上を歩く。一歩一歩、海の中に落ちた男たちに近づく。
船があった場所へ着くと、一際目立つ帽子を被った人間を見つける。それがこの船の船長だろう。
フードを被り、顔がはっきりとは見えない人間を睨みつけている。この男は戦意を失ってない側の人間だ。
「まだ、終わってないぞ!!」
「何処が終わってないんですか?海の中に落ちているのに。自分たちの足が無くなったのに。」
彼女は首を傾げる。終わっていないのであれば、何をするのだろうか。何が出来るのだろうか、こんな現状で。
純粋な疑問だった。
海賊が海軍に助けを求めるなど、海賊としての誇りが無さすぎる。海軍に逆らって賊をやっているのだ。どの口が言う、と一蹴りされる。
はったりとしか聞こえない言葉だ。
「命までは奪いませんよ。私の船長も命を奪うのは嫌っているし。」
「じゃ、じゃあ!」
「かと言って、助けませんよ。海賊ですもん。殺るのであれば、殺られる覚悟を持ってくださいよ。」
彼女はニヤリと口角を上げる。
「海が、貴方方の命を救ってくれたら良いですね。」
大鎌を背に回し、彼女は恭しく一礼をする。
彼女の手に持っていた大鎌は溶けだし、新たに形を作り始める。
──一匹のツバメだ。
元気に踊り始めるツバメに、男たちは奇妙なものを見たと釘付けになる。
この人間の能力が分からない。能力者である筈なのに、能力者としての当たり前がない。
得体の知れない恐怖が奇襲を仕掛けた者達に襲いかかってくる。
理解が追いつかない男達に追い打ちをかける様に、低く唸るツバメの鳴き声が聞こえる。
目の前の海に立つ人間のツバメでは無い。もっと大きく、地の底で震える様な鳴き声。
段々と、自分たちの周りの水面が攻め上がってくる。
海の中から浮かび上がってきたのは、自分達が潰そうとしていた黄色の潜水艦だった。
「おい、終わったか?」
「終わったよ。」
「なら、早く戻れ。すぐに潜水する。」
「あいあい、キャプテン。」
船から出てきたのは、手配書で良く見た顔だった。白に黒の斑模様の帽子に、黄色のパーカー。目の下には隈がある。
死の外科医──トラファルガー・ロー。
噂では、彼以外に能力者が存在しない。それがハートの海賊団だ。
だが、ここに船を一隻、1人で簡単に潰した船員がいる。
否、もう一つ、この海賊団には噂があった。
──ハートの海賊団には、もう一人の能力者がいる。
きっと、その能力者がこの人間だ。
滅多に見る事がなく、見た者は存在しない。だから噂でしか耳にしない。確かな情報が、船長であるトラファルガー・ロー以外に掴めない。
「し、死神……!」
誰が言い始めたのか知らない。そもそも噂でしか耳にしない。
不確かな情報が明確になって、目の前にいる。
──海域の死神。
ハートの海賊団を襲うと、たまに大鎌を持った船員が海に現れる。
命は取らないが、命が奪われる状況には置かされる。それが、噂でしか聞いた事がないハートの海賊団のもう一人の能力者の2つ名だ。
これは、ハートの海賊団がシャボンディ諸島に着く数日前の話である。
微睡の中で思い出す。
それは、海に出る一週間前の彼からの言葉だった。
初めて海賊とまともにやり合った後、彼はずっと考えていた。
私も同じように考えていて、海に出る提案を彼に持ちかけようとも考えていた。
断られたら私一人でも海に出よう。恩人達が本当はやりたかったこと、否、やり遂げたいと思っていた事を勝手にでもやり遂げよう。
そんな考えが強かった。後は……『楽しい』という事をもっと彼と味わいたかった。生きているのだから、生きているなりに。
「進路はどうなってる?」
「あ!キャプテン!!」
「って、コイツ……またここで寝てるのか。」
寝るか寝まいかの狭間にいるので、彼の声や航海士の声も何となくでも聞こえてくる。
潜水艦であるハートの海賊団の船。その操縦席はメーターの音が心地よくて眠気を誘う。
緊急時以外では、操縦席の周囲にある席には人が少なくなる。だから、伸び伸びと体を丸くして横になれる。
「ミヅキ、寝るなら自分の部屋で寝ろ。」
彼の声が聞こえる。
船に乗る前のあの頃よりも低くなった声。キンキンと脳まで轟く高音じゃないから、それすらも私の眠気を誘うしかない。
「やだ……私はここを根城にすんだ……。」
「そのセリフ、何度目だ。」
「たくさん……。」
呆れた溜息が聞こえる。聞こえる様にわざとだろう。
本格的に眠る為、良い位置を身動ぎしながら探す。良い位置に収まり、再度眠りに入ろうとした時、船が大きく揺れた。
横に大きく揺れる。
船の中に入れていた物が壁にぶつかっていく大きな音が聞こえ、寝ている余裕などないと告げてくる。
私も私で座席から振り落とされる。
が、床に激突する前にクッションが私を支える。
「ありがとう。ツバクラメ。」
クッションは綿ではない。水が塊となって出来上がったものだ。貫通する事も、濡れる事もない。フワフワと弾力がある。
床へ着地すると、水で出来たクッションは大きさを手のひらサイズまで縮小させ、ツバメの形をとる。
ツバメとなった水の塊は水笛の様な鳴き声を奏でる。
「キャプテン!敵襲だ!」
「はあ!?嘘だろ!」
ツバメと戯れていると、慌てた様子の見知った顔が操縦席へと駆けてきた。ペンギンと書かれた帽子を被った青年と、スケレット帽を被った青年だ。
彼らの言葉に航海士や操舵手が驚きの声を上げる中、船長である彼はニヤリと笑みを浮かべていた。
敵の攻撃は雨の様だ。船の揺れは納まる事を知らない。まるで、私たちの船がどんな船であるのか理解している。
海の中を進む船。それに当てようと海中へ砲撃が向かっている。
そもそも、海の中にいるっていうのに何で解っているんだろうか?誰かが自分たちの姿を見ていたのだろうか?それとも、情報が漏れたから?
「ミヅキ。」
「何?」
「行ってこい。」
「え……え!?私!!?」
彼の言葉に彼を二度見する。
別に他の
そんな不満が顔に滲み出てしまう。はっきりと言えば、面倒臭い。
私の不満げな顔など気にも止めず、彼は話を進める。
「幾らペンギンやシャチがお前の様に水中戦が得意でも、陸地が近くにもねぇ場所じゃあ、お前が有利だろ。」
「え、今、そんな場所にいるの!?」
「それと、こんな所で寝ようとした罰。」
「この野郎……!!」
これはやるしかない。
ここでやらなければ、安眠など出来やしない。それに、陸地が近くにない場所だと私たちも上手くは起動できない。
そもそも、船に備わっている砲撃で船を落とせたら、こんなに慌てる必要もない。
「分かった。ツバクラメは半分残してくよ。」
「船を一度浮上させる!ミヅキが海の中へと出たら、すぐに扉を閉めろ。」
「アイアイ!キャプテン!!」
慣れた手つきで行われた指示に、私以外の船員全員が頷く。
私に関しては、特に明確な指示がない。という事は、好きに暴れろというアバウトな指示だ。
酷い話だ。好きに暴れたら、海軍にバレちゃうのに。
ツバクラメを手のひらに乗せ、息を吹きかける。一つのツバメが二つへと分かれる。
手の平で二つのツバメが踊る。その内の一つをプルプルと震えながら背伸びをし、彼の頭へと乗せた。
「お前!頭の上に乗せんな!」
「チッバレたか……。」
「バレるわ!!」
とっとと準備しろ!!彼の得物である大太刀の柄で頭を叩かれ、私は渋々出入口へと向かう。
船内では、強襲に対抗している船員たちの忙しそうな姿が目に入る。
「ミヅキ?海に出るの?」
「気を付けて来いよ!!」
「うーん。気を付ける。」
まだ眠たさの残る間延びした私の声に反応し、ツバメは私の周りを飛ぶ。声を掛けてくれる船員に器用に手――翼を振っていた。
船が浮上していく。そんな感覚が私を襲う。
ひと際大きな揺れを感じた時、船は海面に上がっていた。
扉が開く。私は扉を急いで駆け、海の中へと飛び込んだ。
――――
黄色い船が突然、水面に浮かび上がってくる。
攻撃を仕掛けた船では、満足そうに笑い声が聞こえてくる。
「本当に、ハートの海賊団が潜っていたとはな!」
「船長のトラファルガー・ローの首を取れば、俺も賞金首!!」
「はあ!?首を取るのは俺だ!!」
言い争いながらも男達の攻撃の嵐は止まない。
寧ろ、黄色の船から飛び出してきた一つの影に船上では馬鹿にしたような笑いで溢れかえっていた。
更に、海の中へと落ちて行った事により、笑い声は大きくなる。
「なにを血迷ってんだ!?ハートの海賊団。」
「まさか、俺たちに恐れをなして囮でも投げたか?」
「ハートの海賊団も名前だけだな!!」
ケタケタと笑いながら、攻撃は止まない。砲撃の雨は黄色の船を狙う。
黄色の船――ハートの海賊団の船は、砲弾を全て回避していく。そして、海の中へと潜って行く。
その傍らで一つの影が顔を出す。潜水する船とは反対に、その影は水面を掴み、海面に立ち上がった。
「うん?なんだ、あれ。」
「何が?」
「いや、海の上に何かが立ってんだよ。」
「はあ?海の上に?お前の目がイカれたんじゃねえの?」
「じゃあ、お前も見てみろよ!」
望遠鏡を持った男は傍にいる男へ望遠鏡を渡す。渡された望遠鏡に目を当て、指を指された方向へ望遠鏡を向ける。
小さな枠の中で人影が動く。
白いパーカーを羽織り、白いサルエルパンツを着た人間。望遠レンズの拡大数が限界の為、詳細は見えない。
だが、そんな白い人間は確かに海の上に立っているのだ。
「嘘だろ……!!?」
「な!本当だろ!!
「もしかして、悪魔の実の能力者か!?それか、魚人か……。」
「はあ!?だとしたら、何で海の中に落ちたのに動けるんだよ!!能力者は漏れなく、全員がカナヅチになるんだろ!能力使えなくなって!!!」
「そんな事、俺が知る訳じゃねえだろ!!」
「じゃあ、魚人だな!」
「いや、魚人はあくまで海の中で速く泳ぐ事が出来る人間もどきだろ!あれは……完全に人間だよ!魚人じゃねえ!」
望遠鏡越しの白い人間は、何かを手にする。
白い人間よりも丈のある大きな鎌だ。
「おまえ、お頭に伝えて来い!!この人間……やべえぞ!」
狙撃手たちは異変を察知し、海面に立つ白い人間に装備されている砲門を向ける。
異様なモノは解らないからこそ恐怖に変わる。理解が出来ないモノほど、怖いと思うのは人間の心理だ。その先に『楽しい』という感情がある。
狙撃手の一人が声を上げる。号令に合わせて砲門から砲撃が開始される。
先程までの無差別な攻撃ではない。黄色の船を炙り出す為の攻撃ではない。
明確な殺意を持った攻撃だ。
砲撃はしっかりと白い人間を襲った。軌道は逸れる事無く、真っ直ぐに人間に向かう。
男達はこれで殺せると確信していた。だが、その自信は絶望に変わる。
「嘘だろ……全部、斬られた……。」
白い人間に向けられた弾は、全て切り伏せられた。自身を優に超える大鎌を巧みに操り、大きな弾を両断していく。
「怯むな!!撃て!!!」
砲弾は絶えず襲ってくる。その全てをゴーグル越しに捉え、丁寧に切っていく。
白い人間はほくそ笑む。
この男達は、たった砲撃が上手いだけで鼻高々だったのだろう。それで今までの航路を渡れたのだろう。航路を進む中、邪魔になる物を全て壊しながら。
「誠に運が良い事で。」
一歩、また一歩と水面を踏み締めながら船へと近づく。
船は推進力に機動力、動かす為の力が良くなければ、すぐには発進する事は叶わない。止まっているのであれば尚の事。
かの人間の目先では異様な光景に心臓を握られたのか、慌てて逃げようとする哀れな奇襲者たちが映る。
「私の姿を見たんだから、逃がす訳がない。」
フードを深く被った白い人間は、大鎌を持ち直す。そして、大鎌を下から上に向かって海面ごと払う様になで斬った。
海は割れる事無く、水の刃として船を襲う。
威力は壮大だ。砲門を大量に乗せている程の船だ。大きさは何処の海賊にも負けない大きさだ。
だが、そんな船は水の刃で両断された。更に、追い打ちをかけるかの様に二つ、三つと刃が飛んでくる。
その刃の全てが船に当たり、船を大まかに切り刻んでいく。
衝撃に船上の人間は海に投げ出されていく。もう船の面影はなく、見るも無惨な光景が広がっていた。
海賊団の旗があったマストは折れ、乗せられていた荷物は全て海の中。軽いものは浮いているが、質量がしっかりとした物は沈んでいるだろう。
この船には能力者はいなかった。全員が船の残骸に身を寄せあい、捕まってなんとか海に流されないようにしがみついている。
「俺たちの船がぁ!!」
「よ、よくも!!!」
「頼む!!助けてくれ!!!」
不意打ちが得意だった者達の末路。
戦意を失っていない者もいれば、戦意を削がれて命乞いをする者もいる。
船があった場所へ着くと、一際目立つ帽子を被った人間を見つける。それがこの船の船長だろう。
フードを被り、顔がはっきりとは見えない人間を睨みつけている。この男は戦意を失ってない側の人間だ。
「まだ、終わってないぞ!!」
「何処が終わってないんですか?海の中に落ちているのに。自分たちの足が無くなったのに。」
彼女は首を傾げる。終わっていないのであれば、何をするのだろうか。何が出来るのだろうか、こんな現状で。
純粋な疑問だった。
海賊が海軍に助けを求めるなど、海賊としての誇りが無さすぎる。海軍に逆らって賊をやっているのだ。どの口が言う、と一蹴りされる。
はったりとしか聞こえない言葉だ。
「命までは奪いませんよ。私の船長も命を奪うのは嫌っているし。」
「じゃ、じゃあ!」
「かと言って、助けませんよ。海賊ですもん。殺るのであれば、殺られる覚悟を持ってくださいよ。」
彼女はニヤリと口角を上げる。
「海が、貴方方の命を救ってくれたら良いですね。」
大鎌を背に回し、彼女は恭しく一礼をする。
彼女の手に持っていた大鎌は溶けだし、新たに形を作り始める。
──一匹のツバメだ。
元気に踊り始めるツバメに、男たちは奇妙なものを見たと釘付けになる。
この人間の能力が分からない。能力者である筈なのに、能力者としての当たり前がない。
得体の知れない恐怖が奇襲を仕掛けた者達に襲いかかってくる。
理解が追いつかない男達に追い打ちをかける様に、低く唸るツバメの鳴き声が聞こえる。
目の前の海に立つ人間のツバメでは無い。もっと大きく、地の底で震える様な鳴き声。
段々と、自分たちの周りの水面が攻め上がってくる。
海の中から浮かび上がってきたのは、自分達が潰そうとしていた黄色の潜水艦だった。
「おい、終わったか?」
「終わったよ。」
「なら、早く戻れ。すぐに潜水する。」
「あいあい、キャプテン。」
船から出てきたのは、手配書で良く見た顔だった。白に黒の斑模様の帽子に、黄色のパーカー。目の下には隈がある。
死の外科医──トラファルガー・ロー。
噂では、彼以外に能力者が存在しない。それがハートの海賊団だ。
だが、ここに船を一隻、1人で簡単に潰した船員がいる。
否、もう一つ、この海賊団には噂があった。
──ハートの海賊団には、もう一人の能力者がいる。
きっと、その能力者がこの人間だ。
滅多に見る事がなく、見た者は存在しない。だから噂でしか耳にしない。確かな情報が、船長であるトラファルガー・ロー以外に掴めない。
「し、死神……!」
誰が言い始めたのか知らない。そもそも噂でしか耳にしない。
不確かな情報が明確になって、目の前にいる。
──海域の死神。
ハートの海賊団を襲うと、たまに大鎌を持った船員が海に現れる。
命は取らないが、命が奪われる状況には置かされる。それが、噂でしか聞いた事がないハートの海賊団のもう一人の能力者の2つ名だ。
これは、ハートの海賊団がシャボンディ諸島に着く数日前の話である。
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