白恋中編
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――――――
試合終了後、唯南達は餅を食べていた。何故食べているのかは、特に理由はない。あるとすれば、動いた事による空腹感を満たす為。
砂糖と黄粉を混ぜたものを掛けた黄粉餅を食べていた唯南は、瞳子の言葉を思い返していた。
(私が誤解している……か……。)
誤解も何も無い。誤解を何かしているとは唯南は思っても考えてもいない。
そもそも、唯南は何を誤解しているのだろうか?それを唯南本人は気付いていない。解っていない。
気付かなければ、意味がない。どんな事に対して唯南が誤解をしているのかというのを。
「た、大変です!!」
パソコンを開き、何かしらのエイリア学園の情報を得ようとしていた春奈はとある動画を見つける。クリックをし、拡大をするとエイリア学園の宇宙人が瓦礫の上に立っている映像であった。
次の学校への破壊予告。瞬時に理解した春奈は、それを全員に向けてみせるのであった。丁度タイミング良く、外へと出ていた円堂と染岡も帰って来た。
考えていた事も忘れ、唯南は出来る限り映像が見れる位置まで近づいた。
全員が注目したと確認した春奈は再生ボタンを押す。
【白恋中の者たちよ。お前達は我がエイリア学園に選ばれた。サッカーに応じよ!】
緑色の髪の毛の少年が黒色のボールを抱え、立っている。彼等がエイリア学園という宇宙人なのであろう。
だが、唯南は画面に映る宇宙人の姿と声に首を傾げた。
(エイリア学園……の宇宙人だよね?何処かで見た事があるんだよな……何処かで。)
凄く身近で、会った事が絶対にある。声も似た声を何処かで聞いた事があり、知っているのかもしれない声であった。
(そもそも、エイリア学園って言う名前を――、)
「あ!」
エイリア学園とサッカーをしなければ学校は破壊する。拒否権は一切ない。エイリア学園のリーダーの言葉に重苦しい空気が漂う中、何とも間抜けな声が静かになった空間に響く。
負ければ学校は破壊される。緊張感が張り詰めた空気である事を唯南も解っているが、それ以上に大事な事を今、思い出したのである。
雷門が打倒しようとしている敵の正体についてを。否、正体の可能性を。
「唯南?」
「ごめん……家に帰らなくちゃ……。」
(確かめなくちゃいけない!)
お餅を入れていた皿を机に置いて、唯南は部屋から走って出ていく。慌てた様子で走って行った幼馴染みに吹雪は呼びかけるが、既に彼女の姿は廊下にすらも無かった。
息を切らして玄関を開ける。
「た、ただいま!!!」
「おかえり、唯南ーーってどうしたの!?そんなに慌てて!!?」
リビングで横になり、夕方のニュースを見ている母親は慌てた様子で二階を駆け上がっていく娘に声を掛ける。階段を上る足音が煩かったのだ。
階段の折り返し時点で、リビングの出入り口から顔を出す母親に切羽詰まった顔を見せる。
「今、めっちゃ急いでるの!!!」
「なんで?」
「思い出したんだよ!エイリア学園について!!」
「エイリア学園って……。」
娘の言葉に頭に疑問符をつける。エイリア学園は、良くテレビで報道されている事から存在はサッカーをやらない母親でも知っている。
母親が疑問に思う事はそこではない。娘がエイリア学園についての何かを知っている事についてだ。
(違う!何処だっけ!?)
唯南は自宅の二階の自身の部屋に入ってすぐに、机の周辺を漁り始める。汚い机の上や部屋が更に汚く荒れていく。
目的の物が見つからない。その焦りやすぐにでも瞳子に話さなければいけない使命感に近い様な義務感の様なものが慌てる唯南の気持ちを更に助長させる。
「唯南、今日は部活じゃなかったの?」
「部活で、さっきぐらいに終わった!」
「意外と早かったのね。」
「今日は急なお客さんが来てねーー、あった!!!!!」
積み上がっていた教科書のタワーを退けると、目的の物は机から床へとひらひら落ちる。一枚の手紙、その宛名には唯南の名前に唯南の家の住所が書かれたものであった。
差出人は不明。何処にも書かれていない。封筒の中の便箋にすら唯南の名前以外は書かれていない摩訶不思議に思っていた手紙があったのだ。
「それって……。」
「ほら、1、2週間前に来た差出人不明の手紙!これを瞳子姉さんに見せなきゃ……。」
「瞳子に?どうして?」
「姉さんが今、北海道に来てるんだ!急なお客様って言うのが、サッカーの全国大会で日本一になった学校があるじゃん?」
「雷門中ね。」
「今、監督さんが変わって、瞳子姉さんが監督さんやってるんだよ!」
唯南と同じ様に初めて知った母親も目を見開いて驚く。
「今、雷門中は、世間を賑わせているエイリア学園を打倒する為に最強のチームを作る為に仲間集めをしてるんだって。それで、士郎の噂を聞いて、仲間になって貰えないかスカウトしに来たんだって。」
「瞳子が士郎君を?」
「うん。士郎は雷門中の旅に同行するって言ってた。」
「そう。」
「で、私も誘われたんだけど……、」
「え!?」
「って、それはまだいいんだよ!」
今、重要な事を言われた気が母親はしたが、娘は特に何も言って来なかったので母親はこれ以上は追及はしなかった。
唯南は母親が驚いている事を余所に、封が切られた封筒から手紙を取り出し、開く。確認の為に一度開けていた為、すぐに見返す事が出来た。
便箋には無機質な機械のでうたれた文字。誰が書いたのか、分かる手掛かりがない。
それでも手紙の内容は関係があると示していた。
《氷室唯南
エイリア学園に参加をしろ。
そうすれば、欲しいものが手に入る。大事なものを守る事が出来る。
参加を拒否すれば、強制的に従わさせてもらう。どんな手を使用しても。》
隠す気もなく、手紙にはエイリア学園という文字が書かれていた。
唯南に対しての脅しに近い手紙。誰が、どうして、何のために唯南に向けて出したのか、送って来た差出人にしか分からない。
唯一分かるとすれば、不気味であった事位だ。
「その変な手紙、捨てなかったの?気持ち悪い!!って騒いでいた癖に。」
「捨てようと思ってたら、忘れてた!」
「忘れてたって……はあ、本当に片付けなさいよ!?」
「わかってるって!そう言えばさ、白恋中がエイリア学園に選ばれちゃった。」
「え?選ばれたって、」
「負けたら破壊確実な奴。」
娘の言葉に連日ニュースで流れる全国の学校の無残な姿を母親も思い出す。学校を破壊できるのであるという事は、それ程までに大きな力を持っている事。
簡単に怪我も出来れば、最悪の場合命に関わる可能性も大きい。
母親はそこまで頭の中で繋がると、心配を滲ませた声で娘に問う。
「唯南も参加するの?」
「ううん。私は弱いから!戦う雷門の人達も、瞳子姉さんにも士郎にも迷惑を掛ける。……でも、学校を守る為に参加したい。」
「そう……。」
「その話は今は別の所に投げるけど、初めてエイリアの宇宙人って奴を映像越しだけど見たんだ。そうしたら、何処かで見た事があってさ。」
だから、手紙の存在を思い出した。
もし、エイリア学園というのが唯南が考えているものだとしたら、瞳子が監督として雷門と一緒にいる事に説明がつく。逆に、瞳子が監督として同行している事がエイリアの正体なのではないだろうか。
だとすれば、この手紙は瞳子にも関係がある。
これに気付けるのは瞳子の従姉妹であるからなのが大きい。
「母さん!また学校に行ってくる!!」
「は!?ちょっと!唯南!」
待ちなさい!!!母親の声をバックで聞き、唯南は息を切らしながら学校へと走った。
再び戻って来た白恋中では部活終了の時間になったからか、サッカー部の部員は姿が無く、帰ったのだと解る。雷門中はエイリア学園との戦いが終わるまで、使われていない白恋中の教室を使う事が決まった。その為、まだ教室にいる。
「あれ……姉さんがいない……。」
「唯南!何処行ってたの!?」
「ねえ、瞳子ねえ――瞳子監督さん、何処に行きました?!」
「さあ、俺達にも分からない。」
「まだ、校舎の中じゃないか?」
「有難うございます!」
「唯南!」
「士郎は先に帰っててよ!私、用があり過ぎて時間が掛かるから!!」
瞳子の所在を訊き、探す為に再び走りだそうとする唯南をまだ帰っていなかった、唯南の帰りを待っていた吹雪は呼び止める。廊下に出る前に唯南は振り返り、吹雪に笑いかける。
そのまま駆けて行く唯南を掴もうとしていた腕が行き場の失う。
背中を見送る吹雪の顔は何処か悲しげで、悲壮感を漂わせていた。
――――――
唯南は瞳子の姿をようやく見つけた。
見つけるまで、その位走ったのだろうか。心臓が横腹が悲鳴を上げ、肺は酸素を多く取り込もうと肩で息をする。
廊下を走ってはいけません。良く怒られる事であるが、今は見逃して欲しい。
(急がなければ。急いで話さなければ!)
見つけた窓ガラスの向こうでは、瞳子は携帯で誰かと会話している様であった。息を整える為に、話しているのを邪魔しない様にゆっくりと近づいていく。
一歩一歩距離が縮まるごとに会話の内容もなんとなく、唯南の耳に入って来る。
「はい。無事に吹雪士郎をメンバー入りさせる事が出来ました。」
どうやら誰かに報告をしているらしい。瞳子の口から吹雪の名前が出る。
音を立てない様に近づいていたが、夕日に照らされた事によって伸びた唯南の影が瞳子へと被った事により、自分以外の人間がこの場にいる事に瞳子は気が付いた。姿を認識した瞬間、肩を揺らして唯南の存在に驚きを見せる。
「また何か進展があれば報告をします。はい。お願いします。」
失礼します。その言葉を最後に、瞳子は通話を切る。
「唯南。」
「ごめん……電話しているとは思わなくて。」
「良いのよ。」
携帯をポケットにしまいながら、瞳子は唯南に近づく。
「それで?何か私に用かしら。」
「姉さん。」
「何?」
「エイリア学園って本当は人間の集まりじゃないの?」
唯南の言葉に目をこれ以上に見開く。その反応は図星と答えている様で、納得してしまう。
焦りを含ませた声で唯南に問う。
「な、何でそう思うのかしら?」
「エイリア学園が色んな学校を襲い始めた位の時期かな?それよりもちょっと後位に、私の元にこんな手紙が来たんだよ。」
大慌てで探した例の手紙を瞳子に渡す。再度言うが封はすでに開いている為、瞳子は容易に中身を見る事が出来る。
中を覗けば手紙が入っている事発見すると中身を取り出し、書かれた内容を目で追う。全部読み終わると、瞳子の綺麗な顔に深い皺が眉間に寄る。
「これは……。」
「差出人は不明。気味が悪くて、思い当たる節も無かったから捨てようと思ってたんだけど忘れちゃってずっと部屋に埋まってた。姉さんが士郎宛てに説明した内容でエイリア学園の名前を何処かで見たのを思い出して、白恋中への襲撃予告の映像で思い出した。」
「……。」
「ねえ、瞳子姉さん。瞳子姉さんが雷門の監督さんをやってるって言われた時、可笑しいって思っちゃったんだ。失礼な事だとは重々承知だけど。だって、姉さんが監督をするのであれば、彼等 の監督をするだろうってずっと思ってた。でも、姉さんは雷門で監督をやってる。エイリア学園という者たちを打倒する為に仲間を集める旅に出てる!……彼等 が関わってるって事だよね?」
そうだ。接点が何処かであったのかもしれないが、それにしては唯南にとっては不自然すぎた。ずっと違和感を覚えていた。
(姉さんが理由もなしに名前だけしか知らない学校の監督を務めたりしない。)
幾ら日本一になりました!という学校であったとしても。
もし、務めるのであれば、誰かを救いたくて奮起しようとしている雷門中の監督を請け負ったのかもしれない。現状、彼女の立場では手を出せる状態ではないから。
雷門中イレブンに感銘を受けたからという訳でもない。雷門側に理由が存在しないのであれば、あるとすればエイリア側にある。
円堂曰く、瞳子が雷門の監督として赴任したのはエイリア学園に雷門中を破壊された直ぐ後であった。
ねえ!何も反応をせず、答えず、只、唯南が渡した手紙に目を向けている。そうであったのが、やっと瞳子の口が開いたのだ。
「……あの人は、自分の姪にまでこんな手紙を送ったの?」
「姉さん?」
小さく呟き、手紙から顔を上げた瞳子の顔は苦しそうであった。悲痛を表した表情。普段は何を考えているのか分からない、もしくは悟られない様に無表情を貫いていたそれが崩れた。
今にも泣きそうで、辛そうで、唯南は下から顔を覗き込む。
「唯南……貴方の言う通り、エイリア学園は人間よ。宇宙人じゃない、私達と同じ人間。地球人。」
「え……。」
「まだ、円堂君達にも言ってない。言えないのよ!だって、言える訳ないじゃない!自分が弟や妹の様に思っている子達が!こんなテロ行為をーー犯罪行為をしているって!!」
「瞳子姉さん……。」
(やっぱり、彼等 なんだ。)
怒りからか廊下の壁を拳を作った手で叩く。行き場のない怒りは唯南にも感じ取れるほどであった。
「あの人は、いつから唯南のサッカー能力が高い事に気付いてたのかしら?」
「私は……、」
サッカーの能力なんて高くない。否定の言葉を続けたかったのが、飲み込むしかなかった。悲しさをにじませた瞳子の青色の瞳は怒りで満たされている。
「唯南、この手紙には返信はしていないのよね?」
「う、うん。」
「良い?絶対にエイリア学園にーーあの人の元に行っちゃだめ。あの人の元に行ったら、貴方も!犯罪の棒を担ぐ事になる!貴方からもサッカーを奪う事になる!!」
絶対にそんな事をさせない!言い方は荒々しくなるが、手紙を折るのは丁寧に、優しく唯南と返す。
「だから!私は守りたいの!ここで貴方と会ったのは、偶然だったのかもしれない。でも、この偶然を無視してしまえば私はもっと後悔する事になる!ただでさえ、あの子達をサッカーを出来なくさせる未来へ進ませない様に守る事が出来なかった挙句、実の従姉妹のサッカーさえも守れないなんて……私が許せないの。」
ねえ、唯南。瞳子は優しく唯南に語り掛ける。
「本当は貴方を巻き込みたくなかった。知らないままで、守られていて欲しかった。でも、周りは貴方を巻き込もうとしてる。実際にあの人は貴方に犯罪者の棒を担ぐ一人となれ、と手紙まで寄越している事実を今知ったわ。不幸中の幸いに貴方はまだエイリア学園の宇宙人 になってない。」
「それは……手紙が不気味だったから。」
「本当に唯南らしいわ。……これ以上、あの子達に犯罪を重ねて欲しくない!だから私は雷門の監督になった。監督となって、一日でも早くあの人と皆を解放してあげたい!その為に旅をしてる。ねえ唯南、私達と一緒に来てくれないかしら?貴方をエイリア学園に引き込まれない様に。」
――――――
瞳子は白恋中との練習試合で初めて唯南のプレーを見た。否、何回も見てきたはずだが、中学生になった彼女のプレーは今回が初めてであった。
雷門の前監督である響木の情報通りに、吹雪士郎の実力は予想以上の満足がいくものであった。この実力であれば、彼等の行動も抑え、対処する事が出来る。
あの人の暴走も止める事が出来る。そう確信をするほどに。
だが、予想を超える出来事はすぐ傍に存在していたようで、暴走をし始める吹雪を抑える為に行動を起こした唯南のプレーに表情は変えずに舌を巻いた。
ブロックする事も突破する事も出来なかった雷門中よりも、唯南の方が吹雪のプレーに付いて行けていたのだ。
ボールを吹雪から奪い、ドリブルでかわす。結果的にボールを奪われるが、シュートへの反応は吹雪の次に高い。雷門のメンバーではまだ能力が足りていないが、彼等以上に唯南の能力が現時点で雷門よりもある。それでも吹雪には劣るが、それは瞳子にとっては驚きであった。
(これを、あの人は知っているのであろうか?もし、知らないのであれば今の内に――。)
キャラバンに入って貰う様にしよう。そうすれば、あの人 の道具にならない様に阻止が出来る。
(あの人は一度決めた事はどんな手を使ってでもやり遂げようとする。例え、可愛がっている姪っ子であろうと道具にする。)
身近で見ていたから分かる事。分かるから阻止をしたいのだ。守りたかったものを守れず、戦うしかない今の現状に後悔をしているから。
だが、あの人は瞳子が唯南の力を知る前から知っていた。仲間に引き入れようと手紙まで送って来た。
(守らなければ。あの子達を守れなかった分、唯南は守らなくては。)
決意を新たにした瞳子は手を固く握り、拳を再度作る。手に強く力が入り、掌に爪が食い込むそうである。
「ねえ、さっきから言っている”あの人”って誰の事?いまいちピンとこないんだけど。」
さっきから気になっていた事を唯南は口にした。瞳子に関係があり、尚且つ自分にも関係がある。そして、彼等にも関係がある。重要なキーワードを瞳子は言っていたのだが、それは唯南が聞こえない程の小さな呟きであった為、聞こえていないのだ。
分かりそうで分からないその正体を、知っておきたかった。何の力も無いと誤解している唯南を引き入れようとしている正体を。
「――――。」
「――え……。」
静かに告げられた今回の騒動の正体に、唯南は腰を抜かしそうになった。確かに彼女と接点があり、瞳子とも勿論の事接点があった。いや、無ければ可笑しいのだ。
夕日は二人の女性を照らしながら、西へと沈んでいく。
――――――
翌日。早速、雷門中のメンバーは打倒エイリア学園として、白恋中のグランドで練習を行う事になった。
吹雪も参加するので、新たな雷門中のユニフォームを貰い、吹雪は着用した。普段から身に付けている白いマフラーはそのまま身に付け、背番号9番の文字が大きく映る。
白恋のメンバーも円堂達も、吹雪の雷門のユニフォーム姿を似合うと褒める。
吹雪は目を配るが、本当に褒めて欲しい人の姿がそこに無い事に眉を下げる。
(唯南、まだ来ていないのかな……?)
練習が始める時間だというのに、グランドには唯南の姿が無かった。と言っても、唯南はキャラバンに参加するとは言っていない。
白恋中サッカー部は合同で部活が行われる様に調節が入り、そこは監督により自由参加となっていた。だから、唯南がいなくとも自由であるのだから強制ではない。居なくとも可笑しくはなかった。
残念と思う自分がいる。反射的に首に巻かれたマフラーを触る。
いつから唯南を大切な人であると感じ始めたのだろうか。唯南は大切な存在であると、それが吹雪にとっては当たり前であった。
昨日は、唯南が瞳子との会話が終わるまで吹雪は待っていた。
『おかえり、唯南。』
『え、あ、うん。って、先に帰ってて言ったのに……。』
『唯南を置いて先に帰れないよ。』
(唯南を置いてなんて出来ない。だって、彼女は大切なんだから。)
戻って来た彼女の顔は疲弊し、無理やりに笑顔を作っているようであった。それを吹雪は一目見て見抜いた。
何かあったのかもしれない。その何か、は吹雪は知る事は出来ないし唯南は語る事もない。心配ではあるが、唯南は隠し通すであろう。
吹雪は何も聞けずに帰路に立った。
家へと入る際に、唯南は「また明日!」と手を振っていた。いつもの様に。だから今日もいる筈なんだ。
件の瞳子もフィールドに姿を現し、本格的に練習を始める所であった。
「す、すみません!遅れました!!」
この声は待ち望んでいた声。吹雪はこの場にいる誰よりも早く、その声の主に気付き、振り向いた。
「唯南!」
「うへぇ~つ、疲れた!」
白恋のジャージを着て、息を切らす幼馴染みの姿がそこにあった。ニヘラと笑う彼女に吹雪は近づく。
吹雪以外は誰も近づかない。だが、瞳子は近づいてきた。
「開始に遅れているわよ。」
「すみません!色々あり過ぎて、眠れなくて……気がついたら練習時間でした!!」
「はあ……良いでしょう。貴方も練習に入りなさい唯南。」
「はい!」
(え?)
唯南と瞳子の会話に吹雪は傾げる。それは彼に限った事ではなく、その場にいる雷門、白恋中の全員が頭に疑問符を付けた。
瞳子との会話を終えた唯南は吹雪へと笑いかける。
「雷門のユニフォーム似合ってるじゃん!カッコいい!」
「あ、ありがとう。」
「まあ、私もなんだけどね。」
「え?」
悪戯っ子の様な笑みが唯南の顔に浮かぶ。彼女の手はジャージのファスナーに伸び、首元まで上がっていたファスナーを下ろす。
白恋のジャージの下には白恋のユニフォームである白色のものでは無く、黄色の雷門の文字が書かれた雷門のユニフォームであった。白恋の下に雷門のユニフォーム。それが吹雪にも周りにも大きなどよめきを誕生させた。
「唯南……?」
「今回だけ、今回だけ!雷門中のメンバーとして参加させて貰える様に瞳子姉さんーーいいや、瞳子監督に掛け合ったんだ!」
「一緒に戦ってくれるのか?!」
「私の力が何処まで届くのか分からないし、弱いと思うけど……でも、自分の学校が壊されるのは嫌だし。……士郎とサッカーしたいし。キャラバンへの参加はまだ保留にしてあるけど、学校の破壊を掛けた試合は参加しても良いですか?」
「唯南……。」
「良いもなにも!俺、お前とサッカー出来るのすっげー嬉しい!!」
円堂は唯南の参加を快く承諾してくれた。円堂が認めるのであれば、他も誰もが反対はしない。瞳子が承諾したのも大きい。
「という訳で、宜しくね!士郎!!皆さん!」
「うん!」
「よろしくな!氷室!!」
もっと彼女とサッカーをしたい。参加すると決めたが、何処かで暫くの間、唯南とサッカーが出来なくなることが寂しいと思っていた。
小さな頃から一緒にサッカーをし、中学生になった今でも続いてる。それが当たり前であったから。この当り前が一時の間でもなくなるのは、もの淋しさがあった。
それに唯南は自分の力を卑下するが、強い。吹雪と一緒にサッカーをしていたからこそなのかこの中では吹雪の次に強さを持っている。そんな唯南が参加をするのであれば、心強い戦力となる。
「唯南!」
「うん?」
「雷門のユニフォーム、凄く似合ってるよ。」
吹雪は柔らかい笑顔を見せ褒めると、唯南は恥ずかしそうに顔を赤らませ、はにかんだ。この姿が何よりも愛おしくて、もう少しだけ一緒に隣でいられる事を嬉しく思う。
唯南は白恋中のジャージを脱ぎ、雷門のメンバーへと入っていった。
試合終了後、唯南達は餅を食べていた。何故食べているのかは、特に理由はない。あるとすれば、動いた事による空腹感を満たす為。
砂糖と黄粉を混ぜたものを掛けた黄粉餅を食べていた唯南は、瞳子の言葉を思い返していた。
(私が誤解している……か……。)
誤解も何も無い。誤解を何かしているとは唯南は思っても考えてもいない。
そもそも、唯南は何を誤解しているのだろうか?それを唯南本人は気付いていない。解っていない。
気付かなければ、意味がない。どんな事に対して唯南が誤解をしているのかというのを。
「た、大変です!!」
パソコンを開き、何かしらのエイリア学園の情報を得ようとしていた春奈はとある動画を見つける。クリックをし、拡大をするとエイリア学園の宇宙人が瓦礫の上に立っている映像であった。
次の学校への破壊予告。瞬時に理解した春奈は、それを全員に向けてみせるのであった。丁度タイミング良く、外へと出ていた円堂と染岡も帰って来た。
考えていた事も忘れ、唯南は出来る限り映像が見れる位置まで近づいた。
全員が注目したと確認した春奈は再生ボタンを押す。
【白恋中の者たちよ。お前達は我がエイリア学園に選ばれた。サッカーに応じよ!】
緑色の髪の毛の少年が黒色のボールを抱え、立っている。彼等がエイリア学園という宇宙人なのであろう。
だが、唯南は画面に映る宇宙人の姿と声に首を傾げた。
(エイリア学園……の宇宙人だよね?何処かで見た事があるんだよな……何処かで。)
凄く身近で、会った事が絶対にある。声も似た声を何処かで聞いた事があり、知っているのかもしれない声であった。
(そもそも、エイリア学園って言う名前を――、)
「あ!」
エイリア学園とサッカーをしなければ学校は破壊する。拒否権は一切ない。エイリア学園のリーダーの言葉に重苦しい空気が漂う中、何とも間抜けな声が静かになった空間に響く。
負ければ学校は破壊される。緊張感が張り詰めた空気である事を唯南も解っているが、それ以上に大事な事を今、思い出したのである。
雷門が打倒しようとしている敵の正体についてを。否、正体の可能性を。
「唯南?」
「ごめん……家に帰らなくちゃ……。」
(確かめなくちゃいけない!)
お餅を入れていた皿を机に置いて、唯南は部屋から走って出ていく。慌てた様子で走って行った幼馴染みに吹雪は呼びかけるが、既に彼女の姿は廊下にすらも無かった。
息を切らして玄関を開ける。
「た、ただいま!!!」
「おかえり、唯南ーーってどうしたの!?そんなに慌てて!!?」
リビングで横になり、夕方のニュースを見ている母親は慌てた様子で二階を駆け上がっていく娘に声を掛ける。階段を上る足音が煩かったのだ。
階段の折り返し時点で、リビングの出入り口から顔を出す母親に切羽詰まった顔を見せる。
「今、めっちゃ急いでるの!!!」
「なんで?」
「思い出したんだよ!エイリア学園について!!」
「エイリア学園って……。」
娘の言葉に頭に疑問符をつける。エイリア学園は、良くテレビで報道されている事から存在はサッカーをやらない母親でも知っている。
母親が疑問に思う事はそこではない。娘がエイリア学園についての何かを知っている事についてだ。
(違う!何処だっけ!?)
唯南は自宅の二階の自身の部屋に入ってすぐに、机の周辺を漁り始める。汚い机の上や部屋が更に汚く荒れていく。
目的の物が見つからない。その焦りやすぐにでも瞳子に話さなければいけない使命感に近い様な義務感の様なものが慌てる唯南の気持ちを更に助長させる。
「唯南、今日は部活じゃなかったの?」
「部活で、さっきぐらいに終わった!」
「意外と早かったのね。」
「今日は急なお客さんが来てねーー、あった!!!!!」
積み上がっていた教科書のタワーを退けると、目的の物は机から床へとひらひら落ちる。一枚の手紙、その宛名には唯南の名前に唯南の家の住所が書かれたものであった。
差出人は不明。何処にも書かれていない。封筒の中の便箋にすら唯南の名前以外は書かれていない摩訶不思議に思っていた手紙があったのだ。
「それって……。」
「ほら、1、2週間前に来た差出人不明の手紙!これを瞳子姉さんに見せなきゃ……。」
「瞳子に?どうして?」
「姉さんが今、北海道に来てるんだ!急なお客様って言うのが、サッカーの全国大会で日本一になった学校があるじゃん?」
「雷門中ね。」
「今、監督さんが変わって、瞳子姉さんが監督さんやってるんだよ!」
唯南と同じ様に初めて知った母親も目を見開いて驚く。
「今、雷門中は、世間を賑わせているエイリア学園を打倒する為に最強のチームを作る為に仲間集めをしてるんだって。それで、士郎の噂を聞いて、仲間になって貰えないかスカウトしに来たんだって。」
「瞳子が士郎君を?」
「うん。士郎は雷門中の旅に同行するって言ってた。」
「そう。」
「で、私も誘われたんだけど……、」
「え!?」
「って、それはまだいいんだよ!」
今、重要な事を言われた気が母親はしたが、娘は特に何も言って来なかったので母親はこれ以上は追及はしなかった。
唯南は母親が驚いている事を余所に、封が切られた封筒から手紙を取り出し、開く。確認の為に一度開けていた為、すぐに見返す事が出来た。
便箋には無機質な機械のでうたれた文字。誰が書いたのか、分かる手掛かりがない。
それでも手紙の内容は関係があると示していた。
《氷室唯南
エイリア学園に参加をしろ。
そうすれば、欲しいものが手に入る。大事なものを守る事が出来る。
参加を拒否すれば、強制的に従わさせてもらう。どんな手を使用しても。》
隠す気もなく、手紙にはエイリア学園という文字が書かれていた。
唯南に対しての脅しに近い手紙。誰が、どうして、何のために唯南に向けて出したのか、送って来た差出人にしか分からない。
唯一分かるとすれば、不気味であった事位だ。
「その変な手紙、捨てなかったの?気持ち悪い!!って騒いでいた癖に。」
「捨てようと思ってたら、忘れてた!」
「忘れてたって……はあ、本当に片付けなさいよ!?」
「わかってるって!そう言えばさ、白恋中がエイリア学園に選ばれちゃった。」
「え?選ばれたって、」
「負けたら破壊確実な奴。」
娘の言葉に連日ニュースで流れる全国の学校の無残な姿を母親も思い出す。学校を破壊できるのであるという事は、それ程までに大きな力を持っている事。
簡単に怪我も出来れば、最悪の場合命に関わる可能性も大きい。
母親はそこまで頭の中で繋がると、心配を滲ませた声で娘に問う。
「唯南も参加するの?」
「ううん。私は弱いから!戦う雷門の人達も、瞳子姉さんにも士郎にも迷惑を掛ける。……でも、学校を守る為に参加したい。」
「そう……。」
「その話は今は別の所に投げるけど、初めてエイリアの宇宙人って奴を映像越しだけど見たんだ。そうしたら、何処かで見た事があってさ。」
だから、手紙の存在を思い出した。
もし、エイリア学園というのが唯南が考えているものだとしたら、瞳子が監督として雷門と一緒にいる事に説明がつく。逆に、瞳子が監督として同行している事がエイリアの正体なのではないだろうか。
だとすれば、この手紙は瞳子にも関係がある。
これに気付けるのは瞳子の従姉妹であるからなのが大きい。
「母さん!また学校に行ってくる!!」
「は!?ちょっと!唯南!」
待ちなさい!!!母親の声をバックで聞き、唯南は息を切らしながら学校へと走った。
再び戻って来た白恋中では部活終了の時間になったからか、サッカー部の部員は姿が無く、帰ったのだと解る。雷門中はエイリア学園との戦いが終わるまで、使われていない白恋中の教室を使う事が決まった。その為、まだ教室にいる。
「あれ……姉さんがいない……。」
「唯南!何処行ってたの!?」
「ねえ、瞳子ねえ――瞳子監督さん、何処に行きました?!」
「さあ、俺達にも分からない。」
「まだ、校舎の中じゃないか?」
「有難うございます!」
「唯南!」
「士郎は先に帰っててよ!私、用があり過ぎて時間が掛かるから!!」
瞳子の所在を訊き、探す為に再び走りだそうとする唯南をまだ帰っていなかった、唯南の帰りを待っていた吹雪は呼び止める。廊下に出る前に唯南は振り返り、吹雪に笑いかける。
そのまま駆けて行く唯南を掴もうとしていた腕が行き場の失う。
背中を見送る吹雪の顔は何処か悲しげで、悲壮感を漂わせていた。
――――――
唯南は瞳子の姿をようやく見つけた。
見つけるまで、その位走ったのだろうか。心臓が横腹が悲鳴を上げ、肺は酸素を多く取り込もうと肩で息をする。
廊下を走ってはいけません。良く怒られる事であるが、今は見逃して欲しい。
(急がなければ。急いで話さなければ!)
見つけた窓ガラスの向こうでは、瞳子は携帯で誰かと会話している様であった。息を整える為に、話しているのを邪魔しない様にゆっくりと近づいていく。
一歩一歩距離が縮まるごとに会話の内容もなんとなく、唯南の耳に入って来る。
「はい。無事に吹雪士郎をメンバー入りさせる事が出来ました。」
どうやら誰かに報告をしているらしい。瞳子の口から吹雪の名前が出る。
音を立てない様に近づいていたが、夕日に照らされた事によって伸びた唯南の影が瞳子へと被った事により、自分以外の人間がこの場にいる事に瞳子は気が付いた。姿を認識した瞬間、肩を揺らして唯南の存在に驚きを見せる。
「また何か進展があれば報告をします。はい。お願いします。」
失礼します。その言葉を最後に、瞳子は通話を切る。
「唯南。」
「ごめん……電話しているとは思わなくて。」
「良いのよ。」
携帯をポケットにしまいながら、瞳子は唯南に近づく。
「それで?何か私に用かしら。」
「姉さん。」
「何?」
「エイリア学園って本当は人間の集まりじゃないの?」
唯南の言葉に目をこれ以上に見開く。その反応は図星と答えている様で、納得してしまう。
焦りを含ませた声で唯南に問う。
「な、何でそう思うのかしら?」
「エイリア学園が色んな学校を襲い始めた位の時期かな?それよりもちょっと後位に、私の元にこんな手紙が来たんだよ。」
大慌てで探した例の手紙を瞳子に渡す。再度言うが封はすでに開いている為、瞳子は容易に中身を見る事が出来る。
中を覗けば手紙が入っている事発見すると中身を取り出し、書かれた内容を目で追う。全部読み終わると、瞳子の綺麗な顔に深い皺が眉間に寄る。
「これは……。」
「差出人は不明。気味が悪くて、思い当たる節も無かったから捨てようと思ってたんだけど忘れちゃってずっと部屋に埋まってた。姉さんが士郎宛てに説明した内容でエイリア学園の名前を何処かで見たのを思い出して、白恋中への襲撃予告の映像で思い出した。」
「……。」
「ねえ、瞳子姉さん。瞳子姉さんが雷門の監督さんをやってるって言われた時、可笑しいって思っちゃったんだ。失礼な事だとは重々承知だけど。だって、姉さんが監督をするのであれば、
そうだ。接点が何処かであったのかもしれないが、それにしては唯南にとっては不自然すぎた。ずっと違和感を覚えていた。
(姉さんが理由もなしに名前だけしか知らない学校の監督を務めたりしない。)
幾ら日本一になりました!という学校であったとしても。
もし、務めるのであれば、誰かを救いたくて奮起しようとしている雷門中の監督を請け負ったのかもしれない。現状、彼女の立場では手を出せる状態ではないから。
雷門中イレブンに感銘を受けたからという訳でもない。雷門側に理由が存在しないのであれば、あるとすればエイリア側にある。
円堂曰く、瞳子が雷門の監督として赴任したのはエイリア学園に雷門中を破壊された直ぐ後であった。
ねえ!何も反応をせず、答えず、只、唯南が渡した手紙に目を向けている。そうであったのが、やっと瞳子の口が開いたのだ。
「……あの人は、自分の姪にまでこんな手紙を送ったの?」
「姉さん?」
小さく呟き、手紙から顔を上げた瞳子の顔は苦しそうであった。悲痛を表した表情。普段は何を考えているのか分からない、もしくは悟られない様に無表情を貫いていたそれが崩れた。
今にも泣きそうで、辛そうで、唯南は下から顔を覗き込む。
「唯南……貴方の言う通り、エイリア学園は人間よ。宇宙人じゃない、私達と同じ人間。地球人。」
「え……。」
「まだ、円堂君達にも言ってない。言えないのよ!だって、言える訳ないじゃない!自分が弟や妹の様に思っている子達が!こんなテロ行為をーー犯罪行為をしているって!!」
「瞳子姉さん……。」
(やっぱり、
怒りからか廊下の壁を拳を作った手で叩く。行き場のない怒りは唯南にも感じ取れるほどであった。
「あの人は、いつから唯南のサッカー能力が高い事に気付いてたのかしら?」
「私は……、」
サッカーの能力なんて高くない。否定の言葉を続けたかったのが、飲み込むしかなかった。悲しさをにじませた瞳子の青色の瞳は怒りで満たされている。
「唯南、この手紙には返信はしていないのよね?」
「う、うん。」
「良い?絶対にエイリア学園にーーあの人の元に行っちゃだめ。あの人の元に行ったら、貴方も!犯罪の棒を担ぐ事になる!貴方からもサッカーを奪う事になる!!」
絶対にそんな事をさせない!言い方は荒々しくなるが、手紙を折るのは丁寧に、優しく唯南と返す。
「だから!私は守りたいの!ここで貴方と会ったのは、偶然だったのかもしれない。でも、この偶然を無視してしまえば私はもっと後悔する事になる!ただでさえ、あの子達をサッカーを出来なくさせる未来へ進ませない様に守る事が出来なかった挙句、実の従姉妹のサッカーさえも守れないなんて……私が許せないの。」
ねえ、唯南。瞳子は優しく唯南に語り掛ける。
「本当は貴方を巻き込みたくなかった。知らないままで、守られていて欲しかった。でも、周りは貴方を巻き込もうとしてる。実際にあの人は貴方に犯罪者の棒を担ぐ一人となれ、と手紙まで寄越している事実を今知ったわ。不幸中の幸いに貴方はまだエイリア学園の
「それは……手紙が不気味だったから。」
「本当に唯南らしいわ。……これ以上、あの子達に犯罪を重ねて欲しくない!だから私は雷門の監督になった。監督となって、一日でも早くあの人と皆を解放してあげたい!その為に旅をしてる。ねえ唯南、私達と一緒に来てくれないかしら?貴方をエイリア学園に引き込まれない様に。」
――――――
瞳子は白恋中との練習試合で初めて唯南のプレーを見た。否、何回も見てきたはずだが、中学生になった彼女のプレーは今回が初めてであった。
雷門の前監督である響木の情報通りに、吹雪士郎の実力は予想以上の満足がいくものであった。この実力であれば、彼等の行動も抑え、対処する事が出来る。
あの人の暴走も止める事が出来る。そう確信をするほどに。
だが、予想を超える出来事はすぐ傍に存在していたようで、暴走をし始める吹雪を抑える為に行動を起こした唯南のプレーに表情は変えずに舌を巻いた。
ブロックする事も突破する事も出来なかった雷門中よりも、唯南の方が吹雪のプレーに付いて行けていたのだ。
ボールを吹雪から奪い、ドリブルでかわす。結果的にボールを奪われるが、シュートへの反応は吹雪の次に高い。雷門のメンバーではまだ能力が足りていないが、彼等以上に唯南の能力が現時点で雷門よりもある。それでも吹雪には劣るが、それは瞳子にとっては驚きであった。
(これを、あの人は知っているのであろうか?もし、知らないのであれば今の内に――。)
キャラバンに入って貰う様にしよう。そうすれば、
(あの人は一度決めた事はどんな手を使ってでもやり遂げようとする。例え、可愛がっている姪っ子であろうと道具にする。)
身近で見ていたから分かる事。分かるから阻止をしたいのだ。守りたかったものを守れず、戦うしかない今の現状に後悔をしているから。
だが、あの人は瞳子が唯南の力を知る前から知っていた。仲間に引き入れようと手紙まで送って来た。
(守らなければ。あの子達を守れなかった分、唯南は守らなくては。)
決意を新たにした瞳子は手を固く握り、拳を再度作る。手に強く力が入り、掌に爪が食い込むそうである。
「ねえ、さっきから言っている”あの人”って誰の事?いまいちピンとこないんだけど。」
さっきから気になっていた事を唯南は口にした。瞳子に関係があり、尚且つ自分にも関係がある。そして、彼等にも関係がある。重要なキーワードを瞳子は言っていたのだが、それは唯南が聞こえない程の小さな呟きであった為、聞こえていないのだ。
分かりそうで分からないその正体を、知っておきたかった。何の力も無いと誤解している唯南を引き入れようとしている正体を。
「――――。」
「――え……。」
静かに告げられた今回の騒動の正体に、唯南は腰を抜かしそうになった。確かに彼女と接点があり、瞳子とも勿論の事接点があった。いや、無ければ可笑しいのだ。
夕日は二人の女性を照らしながら、西へと沈んでいく。
――――――
翌日。早速、雷門中のメンバーは打倒エイリア学園として、白恋中のグランドで練習を行う事になった。
吹雪も参加するので、新たな雷門中のユニフォームを貰い、吹雪は着用した。普段から身に付けている白いマフラーはそのまま身に付け、背番号9番の文字が大きく映る。
白恋のメンバーも円堂達も、吹雪の雷門のユニフォーム姿を似合うと褒める。
吹雪は目を配るが、本当に褒めて欲しい人の姿がそこに無い事に眉を下げる。
(唯南、まだ来ていないのかな……?)
練習が始める時間だというのに、グランドには唯南の姿が無かった。と言っても、唯南はキャラバンに参加するとは言っていない。
白恋中サッカー部は合同で部活が行われる様に調節が入り、そこは監督により自由参加となっていた。だから、唯南がいなくとも自由であるのだから強制ではない。居なくとも可笑しくはなかった。
残念と思う自分がいる。反射的に首に巻かれたマフラーを触る。
いつから唯南を大切な人であると感じ始めたのだろうか。唯南は大切な存在であると、それが吹雪にとっては当たり前であった。
昨日は、唯南が瞳子との会話が終わるまで吹雪は待っていた。
『おかえり、唯南。』
『え、あ、うん。って、先に帰ってて言ったのに……。』
『唯南を置いて先に帰れないよ。』
(唯南を置いてなんて出来ない。だって、彼女は大切なんだから。)
戻って来た彼女の顔は疲弊し、無理やりに笑顔を作っているようであった。それを吹雪は一目見て見抜いた。
何かあったのかもしれない。その何か、は吹雪は知る事は出来ないし唯南は語る事もない。心配ではあるが、唯南は隠し通すであろう。
吹雪は何も聞けずに帰路に立った。
家へと入る際に、唯南は「また明日!」と手を振っていた。いつもの様に。だから今日もいる筈なんだ。
件の瞳子もフィールドに姿を現し、本格的に練習を始める所であった。
「す、すみません!遅れました!!」
この声は待ち望んでいた声。吹雪はこの場にいる誰よりも早く、その声の主に気付き、振り向いた。
「唯南!」
「うへぇ~つ、疲れた!」
白恋のジャージを着て、息を切らす幼馴染みの姿がそこにあった。ニヘラと笑う彼女に吹雪は近づく。
吹雪以外は誰も近づかない。だが、瞳子は近づいてきた。
「開始に遅れているわよ。」
「すみません!色々あり過ぎて、眠れなくて……気がついたら練習時間でした!!」
「はあ……良いでしょう。貴方も練習に入りなさい唯南。」
「はい!」
(え?)
唯南と瞳子の会話に吹雪は傾げる。それは彼に限った事ではなく、その場にいる雷門、白恋中の全員が頭に疑問符を付けた。
瞳子との会話を終えた唯南は吹雪へと笑いかける。
「雷門のユニフォーム似合ってるじゃん!カッコいい!」
「あ、ありがとう。」
「まあ、私もなんだけどね。」
「え?」
悪戯っ子の様な笑みが唯南の顔に浮かぶ。彼女の手はジャージのファスナーに伸び、首元まで上がっていたファスナーを下ろす。
白恋のジャージの下には白恋のユニフォームである白色のものでは無く、黄色の雷門の文字が書かれた雷門のユニフォームであった。白恋の下に雷門のユニフォーム。それが吹雪にも周りにも大きなどよめきを誕生させた。
「唯南……?」
「今回だけ、今回だけ!雷門中のメンバーとして参加させて貰える様に瞳子姉さんーーいいや、瞳子監督に掛け合ったんだ!」
「一緒に戦ってくれるのか?!」
「私の力が何処まで届くのか分からないし、弱いと思うけど……でも、自分の学校が壊されるのは嫌だし。……士郎とサッカーしたいし。キャラバンへの参加はまだ保留にしてあるけど、学校の破壊を掛けた試合は参加しても良いですか?」
「唯南……。」
「良いもなにも!俺、お前とサッカー出来るのすっげー嬉しい!!」
円堂は唯南の参加を快く承諾してくれた。円堂が認めるのであれば、他も誰もが反対はしない。瞳子が承諾したのも大きい。
「という訳で、宜しくね!士郎!!皆さん!」
「うん!」
「よろしくな!氷室!!」
もっと彼女とサッカーをしたい。参加すると決めたが、何処かで暫くの間、唯南とサッカーが出来なくなることが寂しいと思っていた。
小さな頃から一緒にサッカーをし、中学生になった今でも続いてる。それが当たり前であったから。この当り前が一時の間でもなくなるのは、もの淋しさがあった。
それに唯南は自分の力を卑下するが、強い。吹雪と一緒にサッカーをしていたからこそなのかこの中では吹雪の次に強さを持っている。そんな唯南が参加をするのであれば、心強い戦力となる。
「唯南!」
「うん?」
「雷門のユニフォーム、凄く似合ってるよ。」
吹雪は柔らかい笑顔を見せ褒めると、唯南は恥ずかしそうに顔を赤らませ、はにかんだ。この姿が何よりも愛おしくて、もう少しだけ一緒に隣でいられる事を嬉しく思う。
唯南は白恋中のジャージを脱ぎ、雷門のメンバーへと入っていった。