白恋中編
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日本一の学校との練習試合が始まる。練習試合と言う名の吹雪の力を知る為の試合。
雷門の面々は吹雪がDF にいる事に驚きを隠せないでいた。全員が全員、吹雪がFW であると疑っていなかったからだ。
「ねえ、士郎。雷門の人達、士郎がDFにいるの驚いてるよ。」
「そうだね。でも、そもそもボクはDFでもあるんだし。」
変わらずサッカーをするだけだよ。唯南に向けてではないが、吹雪は口角を上げて雷門のFWにいる一人の少年に視線を向けた。
吹雪の噂を知っている人が、吹雪自身がDFにいる事に対して困惑の表情を浮かべている事に対して面白いと思っていないと言えば嘘になる。だが、ご愁傷様と手を合わせて合掌をしたくはなる。
試合開始のホイッスルが鳴り、雷門ボールから始まる。
鬼道有人から染岡へボールが渡り、染岡がドリブルで上がってくる。染岡の進行を止めようとブロックしに白恋のメンバーが行くが、染岡の強面な顔なのか苛立ちが隠しきれていない威圧感なのか、止まる事が出来ずに怯えて進行を許してしまう。
染岡はそのままボールへと進むが、ゴール前には吹雪がいる。
強引にディフェンスを突破していく染岡の姿に、満足そうな笑みを吹雪は浮かべる。
「そういう強引なプレイ、嫌いじゃないよ。」
グラウンドを氷の上にいるかのように滑り、スケートで行う様なジャンプを披露する。
「アイスグランド!」
華麗に着地をすれば、足が着いた地面から氷柱が幾つも出来上がり、染岡の所まで迫ると染岡を氷で閉じ込めた。ボールは染岡から離れ、吹雪が胸でトラップして奪った。
(本当に綺麗だよね……士郎の技って。)
いつ見ても綺麗な吹雪の必殺技に唯南は試合中である事も忘れ見とれ、感嘆の溜息をもらす。これがサッカーではなく、スケートであったらどんな点数を付けられるのであろう。
ボールは吹雪から前衛へ。だが、完全にパスが通る前に風丸に奪われてしまう。
奪い返そうと唯南は目を光らせてボールを持つ風丸の元へと走ったが、ボールは再び染岡へと通ってしまった。
「ああ……ボール行っちゃった……。まあ、士郎がいるから大丈夫か。」
「そんな事言っていて良いのか?」
「え?」
「染岡も凄いFWだ。侮っていれば、幾ら吹雪の能力が凄いからと言ってゴールは奪われるぞ。」
風丸の言葉に目を丸くしたが、唯南は目を弓なりに細めて風丸に言った。
「ご親切な忠告有難うございます。でも、士郎は強いから。ぞわぞわと鳥肌が立つ様に。」
(そして、私じゃ隣に立てないんだと思い知らされる。)
染岡が自身の必殺技であるドラゴンクラッシュを発動させてゴールを狙ったが、そのシュートは簡単に吹雪の足でっトラップされてしまった。
涼しい顔をしてボールの上に足を置く吹雪が目に入る。認められない相手にシュートまでも止められた染岡は奪い返そうと吹雪の足元に置かれたボール目掛けてスライディングをするが、突如として雪を孕んだ突風が吹き荒れる。
「出番だよ。」
いつも身に付けている白いマフラーに手を伸ばすと、吹雪の口角がニヤリと上がる。
吹雪を取り囲む様に吹く風により、詳細が全く見えないでいるが、吹雪がDFからFWの吹雪へと変わったと直感が囁いた。背筋がゾクゾクと何とも言えない鳥肌が巡ってくる。
(来る……。『彼』が来る。)
これは好奇心から来るものだろうか?それとも興奮か。唯南の心臓がそれ程まで走ってはいない筈なのに、拍動を強めていく。
心拍数の上昇。故に体中が熱くなってくる。
『彼』が現れるたびに心臓が痛くなる。それが唯南にとってのお決まりとなり、並んで胃が痛くなる事もお決まりになっていた。
突風は染岡を吹き飛ばし、徐々に晴れていく。
荒れた風の中心にいる筈の吹雪の瞳は、銀色から照りつける太陽な橙色へと変わっている。髪型も雰囲気もさっきまでの柔らかなものが一変した。
「この程度かよ!甘っちょろい奴等だ。」
尚且つ、口調までもが荒々しい物へと変化している。
つい先ほどまでの雰囲気と真逆となった現在の吹雪に、雷門のメンバーは困惑した表情を見せる。フィールドにいる選手達だけでない、フィールド外にいる瞳子以外のマネージャーも動揺を隠せないでいた。
意気揚々とバンバン点を取ると宣言した吹雪は、ドリブルで上がっていく。
(ここから士郎のワンマンショーだよ……。)
目に見えてしまった未来に思いを馳せ、唯南は溜息を吐いた。
だが、相手は日本一の学校。幾らメンバーが決勝の時とは違ったとしても、大方は同じである。
もしかしたら、拮抗する形の試合になるのかもしれない。そんな期待も何処かであった。
唯南の心配を他所に、吹雪は猛スピードで上がっていく。一ノ瀬一哉とショルダーチャージでせめぎ合うが、吹雪の方が強いのか一ノ瀬をねじ伏せ速さを変化させずに進んで行く。
いつの間にか唯南から雷門のゴールへと戻っていた風丸と鬼道がスライディングで止めに入るが、これも力づくで突破していく。
どれだけディフェンス陣が頑張ろうが、吹雪を止める事が出来ない。まさに吹雪 だ。
吹雪はあっという間に円堂が守るゴール前まで進行する。そして、ボールを蹴り上げた。
「吹き荒れろ!エターナルブリザード!!!」
ボールは大きな氷を纏い、吹雪のボレーシュートによりゴールへと襲い掛かる。
遠くから吹雪が必殺技を使っているのを見て、唯南は胸が苦しくなった。これは苦々しいからではない、憧れのものを見た際に感じる高揚感から来る苦しさ。一言で言えば、かっこよすぎるという苦しさ。
ドクンッと心臓が大きく跳ねる。
氷塊のボールは円堂が必殺技で止めようと善処されるが、ボールの冷気 が勝ったのか円堂の必殺技”ゴッドハンド”の大きな黄色の手が凍って砕けた。
ボールはゴールに吸い込まれるが如く、ネットに突き刺さった。
(ああ、やっぱりカッコいいわ。幾ら頑張っても届かない強さだよな……。)
何度見ても思い知らされる自分との差。幼い頃に吹雪と出会ってからずっと胸の中にある尊敬と憧れ、自分自身に対しての劣等感。
中学生になってからは余りの強さに呆れてしまってはいるが、なおも変わらない。
「いいかよく聞け。オレがエースストライカー、吹雪士郎だ!!」
声高々に、吹雪は宣言する。
(なんだろうね……オレ様って奴だよね……。)
他にも要因があるが、唯南の胃痛の原因の一つがこれである。
自信がある事は大変良い事ではあるが、それがFWの吹雪に至っては過剰に分泌される。これを素でやっている事が恐ろしい。いや、挑発の一つとしてなのかもしれない。
先刻まで幼馴染みに見惚れていた唯南は、吹雪の言葉で一瞬にして現実に戻って来る。そして、何度目かの溜息を吐いたのだ。
再び試合が再開をするのかと思えば、瞳子の終了の声を持って練習試合は終わりとなった。瞳子にとって、十分に吹雪の実力を判断できる材料が揃えたのであろう。
「ああ?もう終わりかよ。」
「士郎の実力が見たかったのが今回の試合の目的だから。ほら、いい加減戻れ!」
不満の声を漏らす吹雪をいつもの吹雪へと戻る様に催促する。
唯南のその声さえも不満であるのか、吹雪の橙色の瞳が座る。その様子に顔が引き攣るのが分かる。
「不満なのは分かっているから!」
「……。!唯南避けろ!!!」
「えー―、」
吹雪の声に反応するよりも速く、吹雪に体を押される。それによって尻餅をつき、痛みを覚えたが衝撃で瞑った瞳を開けると吹雪はボールを蹴り上げる光景が目の前にあった。
状況の理解に追いつかない。
蹴り上がったボールは吹雪と染岡が蹴り合う形となっていた。
不満があったのは吹雪だけではなかった。吹雪の事を認められない染岡も不満があり、吹雪に向ってボールを蹴ったのだ。
だが、ボールは吹雪ではなく、彼と一緒にいた唯南へと向かった。吹雪が気付かなければ、唯南は染岡の蹴った強烈なボールの餌食となっていただろう。
「な、何が起こってるんだ???」
ボールでのクロスカウンターは吹雪に軍配が上がった。
染岡の行動が吹雪の不満足に火を点けた。抑えが効かなくなった吹雪は不満を解消すべく、雷門ゴールへと駆けて行く。
「その程度か。話にもならねぇ。……しかも、唯南まで襲いやがって。」
やっと状況が呑み込めてきた唯南は、今現在の状況が危ないことだらけである事を理解した。
どうして危ないのか。この吹雪は好戦的だ。故に挑発をする事も多ければ、挑発に乗る事も多い。
今までは挑発に乗ったとしても、相手を傷つける所まで行く事は無い。それでも唯南は挑発に乗る今の吹雪を見るたびに、いつ相手を傷つけてしまうか怖くてしょうがない。
(ヤバいって!これは本当にヤバいって!!!)
必殺技の体勢に入る吹雪を止める為に、唯南は立ち上がったその勢いで走る。
ボールが氷塊に包まれる前に、ボールを奪うしかない。ボールが蹴り上がる前に、唯南は低い体勢をとり、その体勢から回し蹴りを行った。
スパイクが地面と擦っていく。砂埃が生まれるのと同時に、スパイクと地面が擦り合わさっていく所から氷の壁が作られる。
「フローズンプランダー!!!!」
氷壁は吹雪を包み、氷に閉じ込められる。ボールは見事唯南の元へと奪う事に成功した。
「唯南!?テメェ……!」
「何やってるんだよ!?終わりだって言ってるじゃん!!助けてくれた事は有難いけど、挑発に乗るな!アホ!!」
「上等じゃねぇか!お前が相手をしてくれんだろ!!」
「げッ!」
唯南の必殺技により氷に閉じ込められてた吹雪は解放されたのち、シュートの前に止めに入った唯南に対して嬉々とした笑顔でボールを奪おうとし始める。
ボールを取られてしまえば、また吹雪はシュートを蹴るであろう。そんな恐怖と、迫りくる自身よりも何倍もサッカーの技術も力もある吹雪への恐怖で必死にドリブルで逃げる。
「待て!唯南!!」
「待てって言って、待つ馬鹿が何処にいるんだよ!!!もう、試合も終わりだってば!!!」
結局追い付かれる形となり、足元での攻防戦と移り変わる。
ボールをフィールド外に出してしまえば、終われる筈。と考えるが、とてもボールをフィールドの外に出せそうな余裕がどこにもない。吹雪にボールを取られない様にするだけで手いっぱいである。
「瞳子姉さんを困らせないであげてよ!!」
「瞳子姉さん?」
「あれ?言ってなかったっけ?雷門の監督の瞳子監督は私の従姉妹のお姉ちゃん!だから、困らせたくないんだよ!!士郎の事も、良い奴だって思ってもらいたいし!!!」
(何よりも、吹雪に誰かを傷つけて欲しくないし。問題を起こしてサッカーが出来なくなって欲しくないんだよ!!)
絶叫を上げながら、とられまいとボールをキープするがいつかは取られてしまうもので。ボールは唯南から吹雪へと移ってしまった。
「ぎゃあああああ!!!しまった!」
「ハッ!オレの勝ちだな!唯南。」
「あ、ちょ、だから終わりだって言ってるだろ!?ガキか!!!」
試合や挑発の件を何処かに投げ、雷門も白恋も関係なく、そこにはただの幼馴染み同士のボールの奪い合いが開催されるのであった。
――――――
何でこうなったのか、雷門の誰にも分らない。勿論、白恋の誰も解らない。いや、白恋に至ってはいつもの事だと笑っている。
初めは染岡が蹴ったボールであった。それが染岡対吹雪となり、現在は同じチームメイト同士であろう吹雪対唯南になっていた。
「これ、誰も止めに行かなくて良いのか?」
「大丈夫だよ!すぐに終わるから。」
「止めるにしても、僕達じゃあの二人の間には入れっこないし。」
円堂が白恋の部員に聞くが、止めるにも止めれない状況に呆れを含んだ声で返答する。
円堂達の会話を聞いていた鬼道は納得するしかなかった。
先程まで、直に吹雪の凄さを実感し目の当たりにした。驚異的なフィジカルとシュート力、必殺技を簡単に止めてしまうディフェンス力を持ち合わせた吹雪士郎という人間を。
だからこそ、目の前で軽やかに攻防を続けている唯南に唖然とするしか無かったのだ。ただ、逐一叫ぶ唯南と対照的な笑顔である吹雪という状況であるが。
白恋サッカー部は凄い と言われて称賛され、噂される人間は吹雪だけではないのだろうかと大体のメンバーは思った。それに吹雪を目当てに訪れてもいるからこそである。
吹雪が凄い事は理解した。だが、白恋にはまだ凄い奴が残っていたのだ。
鬼道は必殺技でのシュートを蹴ろうとした吹雪を寸前で止めた唯南を思い出す。
フローズンプランダ―というのはきっと、技の名前であろう。幾ら後ろからのブロックであれ、あの突進力を持った吹雪からボールを奪う事は、奪う事が出来なかった鬼道からすれば興味がそそられるものであった。
それに一瞬だけ見る事が出来た唯南の鋭い目つきも。今の吹雪に追いかけられている恐怖で揺れている瞳とは違う、真剣な得物を狙う瞳。
印象がガラリと変わる予感がした。
「音無さん、唯南――氷室さんの映像撮ってもらえる?」
「え?わ、分かりました!」
ベンチでは吹雪のプレイの録画が終わった直後であった。瞳子にとって吹雪士郎の能力の高さは予想以上のものであったが、更に予想以上の収穫が目の前にあったのだ。
(本当は巻き込むつもりは無かったのだけれど……。)
ここで会ってしまったのも何かの縁であり、唯南と会った事がこれからの旅によくも悪くも影響が出るのかもしれない。それは一緒に旅に出なければ分からない。
瞳子はある決心をする。そして、覚悟は作られた。
――――――
何度、ボールは唯南と吹雪の間を行き来したのだろう。
長きにわたる攻防戦は、吹雪のエターナルブリザードが炸裂してしまった事で終わりを迎えた。
「エターナルブリザード。」
静かに告げられる技名。それに対して恐怖を滲ませる顔となった唯南。
(あ、やべぇ……。)
ボールはフィールドの外へとは出す事も出来ず、出させてくれやしなかった。その結果がこれである。
誰もいない状態でシュートを蹴るのであれば良いのだが、生憎唯南の後ろは雷門ゴールであり、ディフェンス陣と円堂がまだフィールドにいる。
吹雪の事だ、全力で蹴ってくる筈であるのは長年一緒にいる勘が告げる。だから叫ぶのだ。
「ゴールから出て!!アイツ、本気で来るから!!!」
獣に対する扱いであるが、まさに獣に対する扱いをしなければやっていられない。何と言っても、相手は熊とやり合える中学生であるのだから。
試合としてのシュートも本気であるが、それとはまた違う。冷静さを欠いた興奮状態のシュート。吹雪は不敵な笑みを浮かべて楽しそうにしているのだ。
意地があるのかどうなのか唯南には分からないが、円堂や財前塔子、壁山塀吾郎は退く事を止めなかった。逃げはしなかった。
(三人から逸らすしかないじゃん!!!)
唯南は迫りくる超剛速球の氷塊を相手に顔を引き攣らせた。自分一人であれば、シュートを食らわない様に逃げれば良いだけだ。だが、今はそんな事をすれば吹雪のシュートの餌食になるのは円堂達である。
息を飲んで覚悟を決める。
唯南の瞳が鋭くなる。同時に足は強く踏み込まれ、足元から氷の丘が出現する。
「ケイムデフレクト!」
氷の壁にボールは当たり、そのボールに合わせる様に唯南も軌道を変化させる為に自身の足を加える。だが、予想通りに微動だにしない氷の塊に唯南の顔は歪んでいく。
やっとの思いで軌道を変える事に成功し、唯南は力尽きた状態で座り込む。息が切れて、肩で息をする間で体力が消耗された。
「疲労感たっぷりな所ワリィけど。」
あれ。悪戯な笑みを浮かべた吹雪は、指を指して唯南に見る様に促す。
(君の所為で結構疲れたんだぞ!私は!!って――、)
疲れたという事を隠さずに現した顔で指が向けられた方向に顔を向ける。視界に入った光景と、自分が全然ボールの軌道を変えられていない事に絶叫を上げた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!そこの人達、マジで逃げて!!!」
(やってしまった!やってしまった!!!)
血の気が引くとはこの事だと身をもって知った気がする。疲労感は何処かへ行き、あるのは真っ青になった顔だけ。
クマ殺しの異名を持ち、実際に熊と生身で戦えるある種の化け物である少年が放つシュートだ。そう簡単に軌道を変える事は出来るものでは無い。
「ああああああ!!!」
「お前、強くなったよな。俺のシュートの軌道をずらせる様になったぽいけど、ズレた先が雷門ゴールだし。」
「嘘だろ!?」
軌道を変える事は実は成功していた事実と、変更先のボールの行き先はまだ雷門ゴール圏内である二重の驚きが唯南を襲う。そして、更に叫んだ。
円堂達は逃げる事をせず立ち向う。
少しでも威力を下げる事が出来れば、という考えからか塔子と壁山はそれぞれの必殺技で吹雪のシュートを止めようとするが全く衰える事が無い威力は必殺技を突き破り、円堂に襲い掛かる。二人は見事に突き飛ばされてしまった。
円堂とはというと、試合中の時とは違う別の必殺技で対処しようとするがボールに触る前に、それは大きく上に逸れてしまった。ゴールよりも遥か上を通って。
「チッ……唯南とアイツ等の所為で逸れたか。」
「ははっ、良かったあああああ!!!」
「良くねぇ!!」
未だ納得がいかなそうな面持ちであるが、吹雪は座り込む唯南に向けて手を差し出した。何の戸惑いも無く、唯南はその手を取る。
塔子と壁山は円堂達の支えにより、立ち上がっていた。雷門にとっては新たなエイリア学園の対策が出来たらしい。
瞳子が再度手を叩き、練習試合の終わりを告げる。
唯南の隣にいる吹雪の様子も落ち着き、いつもの吹雪へと雰囲気を改めた。目の色も橙色から銀色へと色を変え、釣り目が垂れ目に戻る。
「ごめん、唯南。怪我はない?」
「大丈夫だよ。怖かっただけだから。」
「それ、大丈夫じゃないと思う。」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる吹雪に、同じ様に苦笑いを浮かべる唯南。大丈夫じゃない状態に思わずツッコミを入れる。
そんな彼女等の元に円堂は駆け寄り、興奮した様子で話しかける。
「すごいぜ!吹雪!!あんなビリッビリ来るシュート、俺感動した!それに氷室も!氷室はディフェンスが得意なんだな!!吹雪からボールを奪うなんて!」
「ど、どうも。」
「ボクもだよ。ボクのシュートに触れる事が出来たのは、唯南以外ではキミが初めてさ。」
「私は触れたくなかった!!!」
触れざるを負えなかったともいう。本当は逃げたかったが、逃げてしまう事もそれはそれで嫌であったのが本音だ。
「吹雪!俺、お前と一緒にサッカーやりたい!」
円堂は自身の思いの丈を吹雪にぶつけた。吹雪も同じであったのか、「ボクも。」とにこやかに答える。
これで吹雪は北海道を離れる事が決定した。本人も行くと決めた以上、誰も反対する事は出来ない。
(寂しくなるな……。)
どの位の旅になるのか唯南は解らない。勿論、それは唯南だけでなく、旅をする円堂達でさえも解らない。
唯南の心は何処かぽっかりと穴が開いた様だった。だが、吹雪の実力では雷門のメンバーと一緒にサッカーをする事が合うのかもしれない。個人としてではなく、団体としてのサッカーに変わるのかもしれない。
実力不足であるのは知っている。理解している。だからこそ、吹雪を満足にサッカーを楽しんでもらう事が出来ていないのではないかと唯南は思っているのだ。ずっと前から。
円堂達であればその欲求を満たす事が叶う確率が高い。
(もっと、サッカーが上手ければな……。)
円堂と吹雪の会話を聞きつつ、唯南は自傷じみた笑みが零れる。だが、その顔は一瞬にして驚きに変わる。
「吹雪だけじゃない、氷室とも!俺、もっと氷室とサッカーがしたい!してみたい!!」
「え……?」
円堂ははにかんだ太陽みたいな笑顔を唯南に見せた。呆気に囚われる唯南に吹雪は微笑んだ。
「彼もわかる人なんだね。」
「分かる人?」
「ううん。なんでもない!で、彼はこう言ってるけど唯南はどうする?」
「私?!私は……。」
(急に言われてもわからない。目的は士郎であって私ではないのに、何で私なのか……分からない。)
答えを出せずにいれば、フィールド外にいた瞳子が吹雪と唯南の前に歩み寄ってくる。
「吹雪くん。正式にイナズマキャラバンの参加を要請するわ。一緒に戦ってくれるわね?」
「うん。いいですよ!」
吹雪は頷き、二つ返事で瞳子の要請を承諾する。
ここに新たな雷門のストライカーが誕生した。またこれだけでなく、瞳子は唯南に呼びかける。
「唯南、本当は貴方を巻き込みたくは無かったのだけど……。」
「巻き込みたくなかった?」
「いえ、こちらの話よ。……期限は私達が北海道を出発するまで、それまでにイナズマキャラバンに同行するか否かを考えてくれないかしら?」
「え?」
「叔父さんや叔母さんの説得は私がする。勿論、吹雪君のご両親についても。だから、考えてくれないかしら?唯南の力も必要なの。確かにFW の力が必要よ。でも、その分のDFの力だって必要なの。唯南には十分その力がある。」
「私の力?……私はそんなに強くも上手くもない。士郎よりも、誰よりも。」
「貴方は誤解してるわ。それを私が北海道にいる間に証明してみせる。」
唯南は真剣な目で訴えかけてくる瞳子に、思わず視線を逸らす。だが、肯定も否定もする事はしなかった。
雷門vs白恋の練習試合は色々な事が起こり、試合とは言いにくい形で終える事となった。
雷門の面々は吹雪が
「ねえ、士郎。雷門の人達、士郎がDFにいるの驚いてるよ。」
「そうだね。でも、そもそもボクはDFでもあるんだし。」
変わらずサッカーをするだけだよ。唯南に向けてではないが、吹雪は口角を上げて雷門のFWにいる一人の少年に視線を向けた。
吹雪の噂を知っている人が、吹雪自身がDFにいる事に対して困惑の表情を浮かべている事に対して面白いと思っていないと言えば嘘になる。だが、ご愁傷様と手を合わせて合掌をしたくはなる。
試合開始のホイッスルが鳴り、雷門ボールから始まる。
鬼道有人から染岡へボールが渡り、染岡がドリブルで上がってくる。染岡の進行を止めようとブロックしに白恋のメンバーが行くが、染岡の強面な顔なのか苛立ちが隠しきれていない威圧感なのか、止まる事が出来ずに怯えて進行を許してしまう。
染岡はそのままボールへと進むが、ゴール前には吹雪がいる。
強引にディフェンスを突破していく染岡の姿に、満足そうな笑みを吹雪は浮かべる。
「そういう強引なプレイ、嫌いじゃないよ。」
グラウンドを氷の上にいるかのように滑り、スケートで行う様なジャンプを披露する。
「アイスグランド!」
華麗に着地をすれば、足が着いた地面から氷柱が幾つも出来上がり、染岡の所まで迫ると染岡を氷で閉じ込めた。ボールは染岡から離れ、吹雪が胸でトラップして奪った。
(本当に綺麗だよね……士郎の技って。)
いつ見ても綺麗な吹雪の必殺技に唯南は試合中である事も忘れ見とれ、感嘆の溜息をもらす。これがサッカーではなく、スケートであったらどんな点数を付けられるのであろう。
ボールは吹雪から前衛へ。だが、完全にパスが通る前に風丸に奪われてしまう。
奪い返そうと唯南は目を光らせてボールを持つ風丸の元へと走ったが、ボールは再び染岡へと通ってしまった。
「ああ……ボール行っちゃった……。まあ、士郎がいるから大丈夫か。」
「そんな事言っていて良いのか?」
「え?」
「染岡も凄いFWだ。侮っていれば、幾ら吹雪の能力が凄いからと言ってゴールは奪われるぞ。」
風丸の言葉に目を丸くしたが、唯南は目を弓なりに細めて風丸に言った。
「ご親切な忠告有難うございます。でも、士郎は強いから。ぞわぞわと鳥肌が立つ様に。」
(そして、私じゃ隣に立てないんだと思い知らされる。)
染岡が自身の必殺技であるドラゴンクラッシュを発動させてゴールを狙ったが、そのシュートは簡単に吹雪の足でっトラップされてしまった。
涼しい顔をしてボールの上に足を置く吹雪が目に入る。認められない相手にシュートまでも止められた染岡は奪い返そうと吹雪の足元に置かれたボール目掛けてスライディングをするが、突如として雪を孕んだ突風が吹き荒れる。
「出番だよ。」
いつも身に付けている白いマフラーに手を伸ばすと、吹雪の口角がニヤリと上がる。
吹雪を取り囲む様に吹く風により、詳細が全く見えないでいるが、吹雪がDFからFWの吹雪へと変わったと直感が囁いた。背筋がゾクゾクと何とも言えない鳥肌が巡ってくる。
(来る……。『彼』が来る。)
これは好奇心から来るものだろうか?それとも興奮か。唯南の心臓がそれ程まで走ってはいない筈なのに、拍動を強めていく。
心拍数の上昇。故に体中が熱くなってくる。
『彼』が現れるたびに心臓が痛くなる。それが唯南にとってのお決まりとなり、並んで胃が痛くなる事もお決まりになっていた。
突風は染岡を吹き飛ばし、徐々に晴れていく。
荒れた風の中心にいる筈の吹雪の瞳は、銀色から照りつける太陽な橙色へと変わっている。髪型も雰囲気もさっきまでの柔らかなものが一変した。
「この程度かよ!甘っちょろい奴等だ。」
尚且つ、口調までもが荒々しい物へと変化している。
つい先ほどまでの雰囲気と真逆となった現在の吹雪に、雷門のメンバーは困惑した表情を見せる。フィールドにいる選手達だけでない、フィールド外にいる瞳子以外のマネージャーも動揺を隠せないでいた。
意気揚々とバンバン点を取ると宣言した吹雪は、ドリブルで上がっていく。
(ここから士郎のワンマンショーだよ……。)
目に見えてしまった未来に思いを馳せ、唯南は溜息を吐いた。
だが、相手は日本一の学校。幾らメンバーが決勝の時とは違ったとしても、大方は同じである。
もしかしたら、拮抗する形の試合になるのかもしれない。そんな期待も何処かであった。
唯南の心配を他所に、吹雪は猛スピードで上がっていく。一ノ瀬一哉とショルダーチャージでせめぎ合うが、吹雪の方が強いのか一ノ瀬をねじ伏せ速さを変化させずに進んで行く。
いつの間にか唯南から雷門のゴールへと戻っていた風丸と鬼道がスライディングで止めに入るが、これも力づくで突破していく。
どれだけディフェンス陣が頑張ろうが、吹雪を止める事が出来ない。まさに
吹雪はあっという間に円堂が守るゴール前まで進行する。そして、ボールを蹴り上げた。
「吹き荒れろ!エターナルブリザード!!!」
ボールは大きな氷を纏い、吹雪のボレーシュートによりゴールへと襲い掛かる。
遠くから吹雪が必殺技を使っているのを見て、唯南は胸が苦しくなった。これは苦々しいからではない、憧れのものを見た際に感じる高揚感から来る苦しさ。一言で言えば、かっこよすぎるという苦しさ。
ドクンッと心臓が大きく跳ねる。
氷塊のボールは円堂が必殺技で止めようと善処されるが、ボールの
ボールはゴールに吸い込まれるが如く、ネットに突き刺さった。
(ああ、やっぱりカッコいいわ。幾ら頑張っても届かない強さだよな……。)
何度見ても思い知らされる自分との差。幼い頃に吹雪と出会ってからずっと胸の中にある尊敬と憧れ、自分自身に対しての劣等感。
中学生になってからは余りの強さに呆れてしまってはいるが、なおも変わらない。
「いいかよく聞け。オレがエースストライカー、吹雪士郎だ!!」
声高々に、吹雪は宣言する。
(なんだろうね……オレ様って奴だよね……。)
他にも要因があるが、唯南の胃痛の原因の一つがこれである。
自信がある事は大変良い事ではあるが、それがFWの吹雪に至っては過剰に分泌される。これを素でやっている事が恐ろしい。いや、挑発の一つとしてなのかもしれない。
先刻まで幼馴染みに見惚れていた唯南は、吹雪の言葉で一瞬にして現実に戻って来る。そして、何度目かの溜息を吐いたのだ。
再び試合が再開をするのかと思えば、瞳子の終了の声を持って練習試合は終わりとなった。瞳子にとって、十分に吹雪の実力を判断できる材料が揃えたのであろう。
「ああ?もう終わりかよ。」
「士郎の実力が見たかったのが今回の試合の目的だから。ほら、いい加減戻れ!」
不満の声を漏らす吹雪をいつもの吹雪へと戻る様に催促する。
唯南のその声さえも不満であるのか、吹雪の橙色の瞳が座る。その様子に顔が引き攣るのが分かる。
「不満なのは分かっているから!」
「……。!唯南避けろ!!!」
「えー―、」
吹雪の声に反応するよりも速く、吹雪に体を押される。それによって尻餅をつき、痛みを覚えたが衝撃で瞑った瞳を開けると吹雪はボールを蹴り上げる光景が目の前にあった。
状況の理解に追いつかない。
蹴り上がったボールは吹雪と染岡が蹴り合う形となっていた。
不満があったのは吹雪だけではなかった。吹雪の事を認められない染岡も不満があり、吹雪に向ってボールを蹴ったのだ。
だが、ボールは吹雪ではなく、彼と一緒にいた唯南へと向かった。吹雪が気付かなければ、唯南は染岡の蹴った強烈なボールの餌食となっていただろう。
「な、何が起こってるんだ???」
ボールでのクロスカウンターは吹雪に軍配が上がった。
染岡の行動が吹雪の不満足に火を点けた。抑えが効かなくなった吹雪は不満を解消すべく、雷門ゴールへと駆けて行く。
「その程度か。話にもならねぇ。……しかも、唯南まで襲いやがって。」
やっと状況が呑み込めてきた唯南は、今現在の状況が危ないことだらけである事を理解した。
どうして危ないのか。この吹雪は好戦的だ。故に挑発をする事も多ければ、挑発に乗る事も多い。
今までは挑発に乗ったとしても、相手を傷つける所まで行く事は無い。それでも唯南は挑発に乗る今の吹雪を見るたびに、いつ相手を傷つけてしまうか怖くてしょうがない。
(ヤバいって!これは本当にヤバいって!!!)
必殺技の体勢に入る吹雪を止める為に、唯南は立ち上がったその勢いで走る。
ボールが氷塊に包まれる前に、ボールを奪うしかない。ボールが蹴り上がる前に、唯南は低い体勢をとり、その体勢から回し蹴りを行った。
スパイクが地面と擦っていく。砂埃が生まれるのと同時に、スパイクと地面が擦り合わさっていく所から氷の壁が作られる。
「フローズンプランダー!!!!」
氷壁は吹雪を包み、氷に閉じ込められる。ボールは見事唯南の元へと奪う事に成功した。
「唯南!?テメェ……!」
「何やってるんだよ!?終わりだって言ってるじゃん!!助けてくれた事は有難いけど、挑発に乗るな!アホ!!」
「上等じゃねぇか!お前が相手をしてくれんだろ!!」
「げッ!」
唯南の必殺技により氷に閉じ込められてた吹雪は解放されたのち、シュートの前に止めに入った唯南に対して嬉々とした笑顔でボールを奪おうとし始める。
ボールを取られてしまえば、また吹雪はシュートを蹴るであろう。そんな恐怖と、迫りくる自身よりも何倍もサッカーの技術も力もある吹雪への恐怖で必死にドリブルで逃げる。
「待て!唯南!!」
「待てって言って、待つ馬鹿が何処にいるんだよ!!!もう、試合も終わりだってば!!!」
結局追い付かれる形となり、足元での攻防戦と移り変わる。
ボールをフィールド外に出してしまえば、終われる筈。と考えるが、とてもボールをフィールドの外に出せそうな余裕がどこにもない。吹雪にボールを取られない様にするだけで手いっぱいである。
「瞳子姉さんを困らせないであげてよ!!」
「瞳子姉さん?」
「あれ?言ってなかったっけ?雷門の監督の瞳子監督は私の従姉妹のお姉ちゃん!だから、困らせたくないんだよ!!士郎の事も、良い奴だって思ってもらいたいし!!!」
(何よりも、吹雪に誰かを傷つけて欲しくないし。問題を起こしてサッカーが出来なくなって欲しくないんだよ!!)
絶叫を上げながら、とられまいとボールをキープするがいつかは取られてしまうもので。ボールは唯南から吹雪へと移ってしまった。
「ぎゃあああああ!!!しまった!」
「ハッ!オレの勝ちだな!唯南。」
「あ、ちょ、だから終わりだって言ってるだろ!?ガキか!!!」
試合や挑発の件を何処かに投げ、雷門も白恋も関係なく、そこにはただの幼馴染み同士のボールの奪い合いが開催されるのであった。
――――――
何でこうなったのか、雷門の誰にも分らない。勿論、白恋の誰も解らない。いや、白恋に至ってはいつもの事だと笑っている。
初めは染岡が蹴ったボールであった。それが染岡対吹雪となり、現在は同じチームメイト同士であろう吹雪対唯南になっていた。
「これ、誰も止めに行かなくて良いのか?」
「大丈夫だよ!すぐに終わるから。」
「止めるにしても、僕達じゃあの二人の間には入れっこないし。」
円堂が白恋の部員に聞くが、止めるにも止めれない状況に呆れを含んだ声で返答する。
円堂達の会話を聞いていた鬼道は納得するしかなかった。
先程まで、直に吹雪の凄さを実感し目の当たりにした。驚異的なフィジカルとシュート力、必殺技を簡単に止めてしまうディフェンス力を持ち合わせた吹雪士郎という人間を。
だからこそ、目の前で軽やかに攻防を続けている唯南に唖然とするしか無かったのだ。ただ、逐一叫ぶ唯南と対照的な笑顔である吹雪という状況であるが。
白恋サッカー部は
吹雪が凄い事は理解した。だが、白恋にはまだ凄い奴が残っていたのだ。
鬼道は必殺技でのシュートを蹴ろうとした吹雪を寸前で止めた唯南を思い出す。
フローズンプランダ―というのはきっと、技の名前であろう。幾ら後ろからのブロックであれ、あの突進力を持った吹雪からボールを奪う事は、奪う事が出来なかった鬼道からすれば興味がそそられるものであった。
それに一瞬だけ見る事が出来た唯南の鋭い目つきも。今の吹雪に追いかけられている恐怖で揺れている瞳とは違う、真剣な得物を狙う瞳。
印象がガラリと変わる予感がした。
「音無さん、唯南――氷室さんの映像撮ってもらえる?」
「え?わ、分かりました!」
ベンチでは吹雪のプレイの録画が終わった直後であった。瞳子にとって吹雪士郎の能力の高さは予想以上のものであったが、更に予想以上の収穫が目の前にあったのだ。
(本当は巻き込むつもりは無かったのだけれど……。)
ここで会ってしまったのも何かの縁であり、唯南と会った事がこれからの旅によくも悪くも影響が出るのかもしれない。それは一緒に旅に出なければ分からない。
瞳子はある決心をする。そして、覚悟は作られた。
――――――
何度、ボールは唯南と吹雪の間を行き来したのだろう。
長きにわたる攻防戦は、吹雪のエターナルブリザードが炸裂してしまった事で終わりを迎えた。
「エターナルブリザード。」
静かに告げられる技名。それに対して恐怖を滲ませる顔となった唯南。
(あ、やべぇ……。)
ボールはフィールドの外へとは出す事も出来ず、出させてくれやしなかった。その結果がこれである。
誰もいない状態でシュートを蹴るのであれば良いのだが、生憎唯南の後ろは雷門ゴールであり、ディフェンス陣と円堂がまだフィールドにいる。
吹雪の事だ、全力で蹴ってくる筈であるのは長年一緒にいる勘が告げる。だから叫ぶのだ。
「ゴールから出て!!アイツ、本気で来るから!!!」
獣に対する扱いであるが、まさに獣に対する扱いをしなければやっていられない。何と言っても、相手は熊とやり合える中学生であるのだから。
試合としてのシュートも本気であるが、それとはまた違う。冷静さを欠いた興奮状態のシュート。吹雪は不敵な笑みを浮かべて楽しそうにしているのだ。
意地があるのかどうなのか唯南には分からないが、円堂や財前塔子、壁山塀吾郎は退く事を止めなかった。逃げはしなかった。
(三人から逸らすしかないじゃん!!!)
唯南は迫りくる超剛速球の氷塊を相手に顔を引き攣らせた。自分一人であれば、シュートを食らわない様に逃げれば良いだけだ。だが、今はそんな事をすれば吹雪のシュートの餌食になるのは円堂達である。
息を飲んで覚悟を決める。
唯南の瞳が鋭くなる。同時に足は強く踏み込まれ、足元から氷の丘が出現する。
「ケイムデフレクト!」
氷の壁にボールは当たり、そのボールに合わせる様に唯南も軌道を変化させる為に自身の足を加える。だが、予想通りに微動だにしない氷の塊に唯南の顔は歪んでいく。
やっとの思いで軌道を変える事に成功し、唯南は力尽きた状態で座り込む。息が切れて、肩で息をする間で体力が消耗された。
「疲労感たっぷりな所ワリィけど。」
あれ。悪戯な笑みを浮かべた吹雪は、指を指して唯南に見る様に促す。
(君の所為で結構疲れたんだぞ!私は!!って――、)
疲れたという事を隠さずに現した顔で指が向けられた方向に顔を向ける。視界に入った光景と、自分が全然ボールの軌道を変えられていない事に絶叫を上げた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!そこの人達、マジで逃げて!!!」
(やってしまった!やってしまった!!!)
血の気が引くとはこの事だと身をもって知った気がする。疲労感は何処かへ行き、あるのは真っ青になった顔だけ。
クマ殺しの異名を持ち、実際に熊と生身で戦えるある種の化け物である少年が放つシュートだ。そう簡単に軌道を変える事は出来るものでは無い。
「ああああああ!!!」
「お前、強くなったよな。俺のシュートの軌道をずらせる様になったぽいけど、ズレた先が雷門ゴールだし。」
「嘘だろ!?」
軌道を変える事は実は成功していた事実と、変更先のボールの行き先はまだ雷門ゴール圏内である二重の驚きが唯南を襲う。そして、更に叫んだ。
円堂達は逃げる事をせず立ち向う。
少しでも威力を下げる事が出来れば、という考えからか塔子と壁山はそれぞれの必殺技で吹雪のシュートを止めようとするが全く衰える事が無い威力は必殺技を突き破り、円堂に襲い掛かる。二人は見事に突き飛ばされてしまった。
円堂とはというと、試合中の時とは違う別の必殺技で対処しようとするがボールに触る前に、それは大きく上に逸れてしまった。ゴールよりも遥か上を通って。
「チッ……唯南とアイツ等の所為で逸れたか。」
「ははっ、良かったあああああ!!!」
「良くねぇ!!」
未だ納得がいかなそうな面持ちであるが、吹雪は座り込む唯南に向けて手を差し出した。何の戸惑いも無く、唯南はその手を取る。
塔子と壁山は円堂達の支えにより、立ち上がっていた。雷門にとっては新たなエイリア学園の対策が出来たらしい。
瞳子が再度手を叩き、練習試合の終わりを告げる。
唯南の隣にいる吹雪の様子も落ち着き、いつもの吹雪へと雰囲気を改めた。目の色も橙色から銀色へと色を変え、釣り目が垂れ目に戻る。
「ごめん、唯南。怪我はない?」
「大丈夫だよ。怖かっただけだから。」
「それ、大丈夫じゃないと思う。」
申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる吹雪に、同じ様に苦笑いを浮かべる唯南。大丈夫じゃない状態に思わずツッコミを入れる。
そんな彼女等の元に円堂は駆け寄り、興奮した様子で話しかける。
「すごいぜ!吹雪!!あんなビリッビリ来るシュート、俺感動した!それに氷室も!氷室はディフェンスが得意なんだな!!吹雪からボールを奪うなんて!」
「ど、どうも。」
「ボクもだよ。ボクのシュートに触れる事が出来たのは、唯南以外ではキミが初めてさ。」
「私は触れたくなかった!!!」
触れざるを負えなかったともいう。本当は逃げたかったが、逃げてしまう事もそれはそれで嫌であったのが本音だ。
「吹雪!俺、お前と一緒にサッカーやりたい!」
円堂は自身の思いの丈を吹雪にぶつけた。吹雪も同じであったのか、「ボクも。」とにこやかに答える。
これで吹雪は北海道を離れる事が決定した。本人も行くと決めた以上、誰も反対する事は出来ない。
(寂しくなるな……。)
どの位の旅になるのか唯南は解らない。勿論、それは唯南だけでなく、旅をする円堂達でさえも解らない。
唯南の心は何処かぽっかりと穴が開いた様だった。だが、吹雪の実力では雷門のメンバーと一緒にサッカーをする事が合うのかもしれない。個人としてではなく、団体としてのサッカーに変わるのかもしれない。
実力不足であるのは知っている。理解している。だからこそ、吹雪を満足にサッカーを楽しんでもらう事が出来ていないのではないかと唯南は思っているのだ。ずっと前から。
円堂達であればその欲求を満たす事が叶う確率が高い。
(もっと、サッカーが上手ければな……。)
円堂と吹雪の会話を聞きつつ、唯南は自傷じみた笑みが零れる。だが、その顔は一瞬にして驚きに変わる。
「吹雪だけじゃない、氷室とも!俺、もっと氷室とサッカーがしたい!してみたい!!」
「え……?」
円堂ははにかんだ太陽みたいな笑顔を唯南に見せた。呆気に囚われる唯南に吹雪は微笑んだ。
「彼もわかる人なんだね。」
「分かる人?」
「ううん。なんでもない!で、彼はこう言ってるけど唯南はどうする?」
「私?!私は……。」
(急に言われてもわからない。目的は士郎であって私ではないのに、何で私なのか……分からない。)
答えを出せずにいれば、フィールド外にいた瞳子が吹雪と唯南の前に歩み寄ってくる。
「吹雪くん。正式にイナズマキャラバンの参加を要請するわ。一緒に戦ってくれるわね?」
「うん。いいですよ!」
吹雪は頷き、二つ返事で瞳子の要請を承諾する。
ここに新たな雷門のストライカーが誕生した。またこれだけでなく、瞳子は唯南に呼びかける。
「唯南、本当は貴方を巻き込みたくは無かったのだけど……。」
「巻き込みたくなかった?」
「いえ、こちらの話よ。……期限は私達が北海道を出発するまで、それまでにイナズマキャラバンに同行するか否かを考えてくれないかしら?」
「え?」
「叔父さんや叔母さんの説得は私がする。勿論、吹雪君のご両親についても。だから、考えてくれないかしら?唯南の力も必要なの。確かにFW の力が必要よ。でも、その分のDFの力だって必要なの。唯南には十分その力がある。」
「私の力?……私はそんなに強くも上手くもない。士郎よりも、誰よりも。」
「貴方は誤解してるわ。それを私が北海道にいる間に証明してみせる。」
唯南は真剣な目で訴えかけてくる瞳子に、思わず視線を逸らす。だが、肯定も否定もする事はしなかった。
雷門vs白恋の練習試合は色々な事が起こり、試合とは言いにくい形で終える事となった。