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白恋中編

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――――――

 唯南達は学校の校舎から外へと向かっていた。目的地はグランド。吹雪の実力をその目で確かめたいという、吉良瞳子の提案であった。
 雪の影響による凍結で、グランドに向う階段は非常に滑りやすくなっていた。凍結に慣れていないのか凍った階段に足をとられる人もいたが、吹雪が支えにすぐに入った事で転倒の恐れはなかった。
 慎重に慎重に、唯南も階段を下りていく。

「まさか、白恋中に唯南がいるとは。」
「私も驚いたよ!白恋中に進学したって、去年話したと思ったんだけど。」
「そうだったわね。」

 瞳子は申し訳なさそうに眉を下げる。その顔を読み取った唯南はこれ以上は言わない事にした。何より、大好きな従姉妹に嫌味を言う趣味は持ち合わせていない。
 唯南には瞳子達が姿を現してから現在進行形で疑問に思っている事があった。

(なんで、瞳子姉さんは雷門の監督をやっているんだろう?確か、監督さんはもっとふくよかで、強面な顔をしていた筈だけど。)

 自分の従姉妹が雷門の監督を務めている。それがどういう経緯なのか分からない。
 進行方向に向けていた顔を瞳子へと移す。唯南の視線を感じたのか、瞳子も彼女に顔を向けた事で目が合った。

「どうかしたの?」
「うん?ううん。何も!」
「そう。」
「ね、ねえ……瞳子姉さん。」
「何かしら。」
「どうして雷門中の監督をやってるの?」

 従姉妹の言葉に瞳子は足を止めた。足が止まった事は視界の端でも見え、唯南も足を止めた。

「グランドに着いたら話すわ。」
「グラウンドに着いたらって!?……姉さんが監督をやらないといけない事なの?監督をしている理由って!」

 申し訳なさそうな顔をした以降、迫力のある美人の真顔でいた瞳子の眉が少しだけ動いた。それに唯南は気付かないでいたが、どうしても理由が知りたくて更に聞こうとした。
 だが、彼女の追究はそこで終わった。
 頭上から雪が雪崩れてくる音が聞こえた。北海道で暮らしていれば、結構な頻度で聞く事のある雪が流れ落ちてくる音。
 その音を苦手としている人がいるのを唯南は知っている。その音で”あの時”の出来事を思い出してしまう人を知っている。

(ヤバい……!)

 トラウマの蘇りが来る可能性があると踏んだ唯南は、慌てて先行していた仲間の元へと急いだ。案の定、吹雪が階段で座り込んで膝を抱えていた。
 屋根の雪が落ちてきた。たったそれだけであった。
 円堂達は雪が雪崩れてくる音に驚きはしつつも恐怖というものは感じてはいない。白恋の吹雪以外は唯南も驚くだけ。

「士郎!」

 それでも吹雪だけは違った。彼だけはどうしてもその音が駄目であった。
 唯南は駆け寄り、座り込んだ吹雪と視線が合う様にしゃがみ込む。
 震えている。自分を護るかのように自分自身を包み込んで蹲っている。
 この光景を今日こんにちまで、何回見てきたのだろう。体を震わせて恐怖を覚えているその姿に胸が締め付けられて、息が出来ないほどに苦しくなる。
 だが、今回のは命に関わるものでは無い。否、唯南達の上に落ちて来なかっただけだ。

「大丈夫。只、屋根の雪が落ちてきただけ。」
「そうだよ、吹雪くん!大丈夫。」

 友人の荒谷紺子と共に、トラウマスイッチが入った吹雪を冷静に戻そうと声を掛ける。落ち着かせる為に唯南は吹雪の背中を擦る。
 少し落ち着いたのか、唯南の言葉を確かめるべく伏せていた顔が雪が落ちたであろう屋根へと向けられた。確かに落ちたとされる屋根の部分には雪が積もっていない。屋根が剥き出しであった。
 その光景に納得したのか、強張っていた吹雪の体の緊張が解かれていく。

「なんだ、屋根の雪か。」
「そうだよ。屋根の雪。」

 立ち上がろうとする吹雪に、一足先に立った唯南は手を差し伸べる。なんとか落ち着いた吹雪に対して安堵の溜息が出てくる。

「これだけの雪であんなに驚くなんて、意外と小心者ね。」

 雷門のマネージャーの一人である雷門夏未の言葉に、吹雪は埃を払いながら苦笑いを溢す。小心者と言われてもしょうがない、そう思っている事を唯南は吹雪から感じ取った。

(なんで、笑ってごまかすんだよ!?笑っていられないでしょ?)

 真相を知っているからこそ笑えない。身近である存在であるからこそ無視は出来ない。
 吹雪の過去も事情も知らない人が、小心者と言って来る事が何よりも唯南に苛立ちを覚えさせる。怒りを作る。

「士郎は小心者じゃない!」
「な、何よ!?」
「士郎は強いよ。何も知らないのに、勝手に小心者って決めつけないでよ。……私にも貴方にも、怖いもの、嫌いなものってあるでしょ?虫とか幽霊とか。過剰反応だってする。それを小心者って言うの?」

 抑えきれずに唯南は夏未に口出しした。
 何も知らないのは当たり前。それは唯南も解っている。それでも許せなかった。

「そ、それはーー、」
唯南。」

 眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしていた唯南の肩に吹雪は手を置いた。暴走を始める前に幼馴染みを吹雪は止めようとしたのだ。

「士郎!」
「否定が出来ない本当の事だから。」
「だからって……そうやって!そうやって、何でも笑って流そうとする所が弱っちいって言われるんだよ!!」
「ちょ、唯南止めて!!」

 吹雪のニキビ知らずの綺麗な両頬を左右に引っ張る。
 大事な幼馴染みである吹雪を知らないとは言え貶された事も腹は立つが、それ以上に反論も否定もしない吹雪自身にも唯南は腹を立てていた。それ故の攻撃であった。

(士郎だからしょうがない。)

 優しすぎる幼馴染みに最終的に呆れて自分で納得してしまい、頬から手を離す。吹雪の白い肌に少しだけ赤く跡が残ってしまっていた。
 彼は唯南によって伸ばされて痛みを覚えた頬を擦り、痛みを緩和させようとしている。

「……君は優しすぎるんだよ。」
(そして、抱え込む。)

 唯南は吹雪を置いて行くかの様に、先に進んでしまう。

「え、唯南!そんなに駆けて行くと、滑るって!ああ……。」

 階段を駆けて降りていく要領で降りていった唯南は、後方に置いて行った幼馴染みの忠告が耳に入らず、階段で滑って転倒をした。忠告を示した本人は夏未の言葉で出て来た苦笑いとは意味合いの違った苦笑いを見せるのであった。
 そんな二人のやり取りを一番の後方で見ていた瞳子は何かを思案しながら、お尻を擦る唯南と彼女に駆け寄り手を差し伸べる吹雪の二人を見つめるのであった。

――――――

 グラウンドに着いた唯南達は二手に分かれた。
 一つは雷門中並びに今起こっている事についての説明、かつ吹雪の説得。もう一つは、話をしている間の時間つぶしで白恋中の人とグラウンド周りに積もった雪で遊ぶグループに。
 唯南は瞳子と知り合いであり、吹雪と親しい者として吹雪の方へと参加をした。
 寒さを凌ぐ為なのか、遊びで作ったのか端の方にあるかまくらへと唯南と吹雪、紺子、円堂、瞳子、雷門のマネージャーの一人である音無春奈が入った。
 中にはお餅が焼ける様に火鉢がセットされている。

「私達はエイリア学園を倒す為に仲間を探しているの。」

 火鉢に持ちをセットし、焼き上がるのを待ちながら唯南達は瞳子の話を聞く事にした。

(エイリア学園?)

 唯南はその名前を何処かで聞いた覚えがあった気がした。否、何処かで見た事があった・・・・・・・・・・・
 名前を何処で知ったのか、思い出そうと必死に考えている間に瞳子は機械類の操作が得意でパソコンを操作している春奈にとある画像を吹雪に見せていた。
 見せられた画像に吹雪の表情も驚きに変わる。何かを見せられていると視界の端で知った唯南も吹雪の肩から顔を出し、画像を覗き込んだ。

「うわっ……エグい……。」

 思っていた感想が口から出てくる。
 言ってしまうのも無理がない。パソコンの画面に表示された画像は、様々な学校の破壊された光景。基本的には学校はコンクリートで造られているが、それがいとも簡単に半壊以上となっている学校の姿に眉間に皺を寄せた。
 中の骨組みまで見えている学校もある。
 ゴールの骨組みもぐにゃりと曲がっている学校もある。
 これは雷門がある東京だけの話ではない。奈良ではとある奈良の公園が、北海道でも数日前から白恋中以外が標的にされエイリア学園に破壊尽くされていた。その他の都道府県の学校がエイリア学園の被害にあっている。

(これが、白恋にも来るかもしれないの?いや、まだそうとは決まってはないかもしれないけど……。でも、どの学校もサッカーのゴールがあるし、サッカー部があるのかな……?エイリアはサッカーにでも怨みがあるのか!?)

 コンクリートを壊す為にはどんだけの力が必要であるのか。鉄球や破壊作業で使う作業車を使わなければ、壊す事は難しい。
 それを円堂の話からにして生身だけで行っている事から、本当に宇宙人ではないかと唯南も思ってしまう。写真には当の本人達であるエイリア学園の人物たちは映っていないので半信半疑ではある。

「でも、うちは大丈夫さ!狙われるわけがないよ。やっと活動が出ている弱小チームだから。」

 新たに餅を火鉢に置きながら、吹雪はそんな発言をする。これには破壊されないか心配で仕方がない唯南は凄い形相で吹雪を見つめるしかなかった。

(いやいや、どれもサッカー部がある学校が狙われてますけど!?)
「これは白恋中だけの問題ではないわ。これ以上、エイリア学園の勝手にさせられない。」
「俺達は、エイリア学園を倒す為に地上最強のチームを作ろうとしてるんだ!だから吹雪!お前に会いに来たんだぜ!!」
「地上最強のサッカーチーム……。」

 思案する吹雪に瞳子は一緒に戦って欲しいと勧誘をした。だからこそ、その実力を見せて欲しいとも。
 唯南にとっては関係ない事ではあるが、どういう答えを出すのか気になってはいる。

「士郎?」

 緊張をする権利は唯南にある訳がないが、勝手に緊張している彼女を余所に吹雪は円堂へと焼けた餅を手渡した。丁寧にのりを使ってサッカーボール風にアレンジを加え。
 受け取る円堂を安心した面持ちで笑みを浮かべてから、吹雪は瞳子に答えた。

「良いですよ。」

 唯南達の会話は実はかまくらの外にも微かに聞こえていた。耳を澄まして聞けば十分に内容が分かる程に。
 吹雪の返答に対して、かまくらの外では一人の少年が苦虫を噛み潰した顔で舌打ちしていた。
 ”吹雪士郎”という新たなストライカーを迎えるのが気に食わなかった。それは自分のポジションが取られる恐れからではない。認めた相手の後釜にエース・・・として素性も何も分からない奴が来る事が染岡竜吾にとっては受け入れる気持ちに余裕など無かったのだ。

――――――

 全員がそれぞれのユニフォームに着替え、グラウンドのそれぞれのポジションに着く。唯南のポジションはDFであり、ゴールの前を吹雪と二人で一緒に守る形で立つ。
 雷門にとってはFWの吹雪を目的として来たのであろうが、今はDF・・の吹雪である。
 どうせ吹雪の実力の確認だけであるから、唯南や他の白恋のメンバーが予想以上の事をしたとしても意味がないのを理解していた。だが、日本一の学校相手に戦えるという事はこの機会しかもう無い。

(やれるだけやってみよう。)

 動く前の準備運動として、膝の屈伸や体幹の回旋、側屈をして筋肉のストレッチを行う。しっかりと足首も回して攣らない様に。

唯南。」
「うん?」

 同じ様にストレッチをし、腕のキャプテンマークの位置を調節していた吹雪に話し掛けられる。粗方ストレッチは終えたので、吹雪の声に応えると拳を向けられる。
 一瞬困惑するが、ああいつもの事だと思い出して吹雪の拳に唯南も拳を作って当てる。
 サッカーの試合前には唯南と吹雪は毎回拳を合わせる。それは小さな頃から変わらない二人のルーティーン。否、三人・・のルーティーン。

「頑張ろう!」
「そうだね!こんな機会、滅多にない事だし。それに、士郎の凄さを知って貰わないと!なよなよの弱っちい小心者じゃない所を!!」
「なよなよの弱っちい小心者って……寧ろ、唯南の方じゃない?」
「酷い事言うよね!?君!」
「まあ、互いに本当の事だしね!」

 拳を離してはにかむ様な笑顔を吹雪に見せ、揶揄いを含んだ唯南の言葉に反論が返ってくる。これには更なる反論が出来ない、本当の事であるので唯南は「ぐぬぬ……。」と唸るだけであった。
 そんな幼馴染みを吹雪は微笑んで見るのだ。
 キックオフの笛が鳴る。

ーー雷門VS白恋、キックオフ。
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