設定しない場合の主人公の名前は、ブラウニーとなります。
001〜050
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ここのところのスネイプとブラウニーは、試験前後の慌ただしさが一段落ついたことにより、授業が終わってから夕食までの時間を、魔法薬の材料となる薬草などの不足分の補充に充てていた。
温室では、摘んだ薬草のうち、乾燥させる必要があるものについては種類ごとに紐で縛り、天井や梁からぶら下げ、後日改めて様子を見に来ることとした。
残りの摘みたての薬草は、変質させないためにも、研究室に戻ってから早めに処理を行う必要があった。
ブラウニーは残り少ない薬草の束を手に取り、スネイプのほうを見て尋ねる。
「こっちはもう終わりますけど…スネイプ先生のほう、手伝いましょうか?」
「我輩も間もなく終わる。先に研究室に戻って始めておいてくれたまえ」
「分かりました」
ブラウニーはそう返事をしてから、手元の薬草の束をぶら下げ終えると、収穫したばかりのざくろや薬草がたくさん載ったかごを手にして、スネイプに一声かけて温室を出た。
彼女が温室を出ると、近くを通りかかったロックハートがその姿を見つけ、ローブをはためかせながら駆け寄ってきた。
「これはこれは!ブラウニー、偶然だね。…ずいぶん重そうだ。そこらへんの生徒に言って手伝わせようか?」
「そんな。大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「そうかい?あー、ねえ…その赤いのは何?」
彼は気色悪いとでも言いたそうな顔つきで、ざくろを指差した。
「ざくろです。甘酸っぱくておいしいですよ」
「そう…。いや、私は遠慮しておこうかな。それより、私の著書『雪男とゆっくり一年』に載せきれなかった裏話でも聞きたくないかな?」
ロックハートは、否応なしに彼女の肩に手を回して尋ねた。
「い、いいえ、その…」
「いやいや、いいんだ、そうだと思ったんだ。ブラウニーは当然、『バンパイアとバッチリ船旅』のほうが興味があるだろうと思ってたんだ。そうだろう?」
「えーと…すみません、まだ仕事が残っていて…」
ブラウニーは、肩に載せられた手が気になっていたが、ひとまず彼の誘いを断る大義名分があってほっとした。
「スネイプ先生は人使いが荒いようだね。彼には今度言っておいてあげるよ」
「いえ、これは私が好きで…!」
「…我輩に何か用かね」
彼女の言葉を遮る突然の声に驚いたロックハートは、引き攣ったような笑みを浮かべて後ろを振り向いた。
ブラウニーもまた、ロックハートの腕を煩わしく感じながらもなんとか振り向くと、温室から出てきたばかりのスネイプと目が合った。
彼女が慌てて彼の手をどけようとして、手に持っていたかごからざくろが一つ転がり落ちた。
ロックハートは、彼女の肩に回していた腕にようやく気が付いた振りをして、これ見よがしに優雅に下ろすと、スネイプと対峙する形となった。
先に動いたのはスネイプで、歩みを進めながら、ローブのポケットに手を入れ、指先で杖を軽く握った。
その様子に、ロックハートも杖に手を伸ばす。
ロックハートにとってみると一触即発とも思えたが、スネイプはやれやれとため息をつきながら顔を左右に振って、その意がないことを示した。
わざとゆっくり杖を出し、転がっていたざくろに向けて杖を振る。
ざくろはふわっと浮き上がってブラウニーのかごに収まった。
それを見たロックハートは、何事もなかったように杖から手を離し、二人に聞こえないよう、静かに大きく息を吐いた。
スネイプはすべて見透かして彼を一瞥した。
「我々には、やるべきことがあるので失礼する」
颯爽とその場を後にするスネイプに、ブラウニーは慌ててロックハートに小さく会釈をし、小走りで彼のあとに続いた。
研究室に戻った二人は、それぞれが薬草の補充に当たっていた。
ブラウニーに限っては、時折スネイプの様子を盗み見ながら作業を進めるような塩梅だった。
「やっぱり…何か怒ってませんか?」
「そうではないと言ったはずだ」
彼女は、彼に聞こえるか聞こえないかというとても小さな声で「はい…」と返事をした。
ブラウニーは、大鍋でニガヨモギを煎じながら、その隣でざくろを濾し、ざくろ液を抽出していた。
少量では色鮮やかに見えたざくろ液も、ある程度の量になると怪しげな液体に見えなくもない。彼女はそう思った。
浮遊させたざくろの入った布巾がぎゅっと絞られると、そこから染み出てくる透き通った紅色の液体が瓶の中に加わっていく。
そうして絞り終えると、一回り小さな鍋の上へ布巾が移動し、絞りが解かれ、ざくろの種がばらばらと落ちていく。
ざくろの種入れにしていた鍋がそろそろ一杯になる頃だろうか。ブラウニーは鍋の中を覗いたが、よく見えず、鍋を傾けようとしたときだった。
「…ところで、満月草をどこかで見たかね」
スネイプが尋ねると、ブラウニーは机の上を見渡しながら言う。
「満月草は…えーっと…こっちに持ってきてます。このあと補充しようと思ってたので」
「我輩がやろう」
「あ…お願いします」
ブラウニーは、スネイプが取りやすいよう、満月草の瓶を机の端の方に置いた。
そして、ざくろの種の入った鍋を手前に傾けようと、鍋に手を触れる。
「…っ!」
驚きは声にならず、彼女は反射的に手を引っ込めた。
スネイプは何が起きたのか分からず、彼女に急いで近寄った。
「どうした」
その問いかけに、彼女は苦笑いを浮かべた。
「…この鍋の中を見ようと思ったんですけど、間違えてこっちの大鍋に触っちゃいました…」
スネイプは彼女の指差したざくろの種が入った鍋と、その隣の、ニガヨモギを煎じながら湯気を上らせている大鍋を順に見た。
「…手は」
彼女が手のひらをそっと広げると、指先を中心に明らかに赤みを帯びていた。
「躊躇いなく触ったな…」
スネイプはそう言ってから杖を取り出すと、まずは大鍋の火を消した。
それから彼女の手の下に自身の手を添えて、呪文を唱える。
「エピスキー、火傷癒えよ」
ブラウニーの患部には、再び火傷をしたかのような熱い感覚が訪れた。
その直後にはヒリヒリした痛みと赤みが引いてゆき、最後は少しひんやりと感じたかと思うと、皮膚の感覚や見た目はすっかり元に戻っていった。
スネイプは何か言いたそうに、彼女の手を軽く握った。
「すみません…ありがとうございます」
「…いや、我輩の声をかけた間が悪かった」
「…ああいったスキンシップは、嫌ではないのかね」
ロックハートの一件を示唆していることは、彼女もすぐに理解した。
「さっきのは突然で…!」
「突然であれば何でも受け入れるというわけではあるまい」
スネイプは、こっくりと頷いた彼女のまつ毛を見て、後悔の念に駆られた。
「…すまない。こういうことを言われるのは窮屈であろう」
ブラウニーは顔を左右に振った。
「そんなことないです。私の方こそ…」
彼は無言で彼女の前髪に触れ、その隙間から額にキスをした。
ブラウニーは謝ろうと思っていた矢先の出来事に、一瞬言葉を失ったが、その後、ふふ、と微笑んだ。
スネイプはばつが悪そうに咳払いをする。
「…残りは我輩がやっておく」
スネイプが大鍋の正面に立つと、ブラウニーは彼の顔を覗き込んだ。
「嫉妬…してたんですか?だから、さっきからなんだか…むすっとしてたんですね」
スネイプは目も合わせず、否定もしなかった。
ブラウニーは彼の様子に、にやにやが止まらなかった。
ようやく口を開きかけたスネイプも、彼女のにやにやした表情にその言葉を飲み込み、誤魔化すように彼女の頬を軽くつねった。
「…ずいぶん楽しそうだな」
「なんだか、うれひくて」
「嬉しい?」
スネイプはブラウニーの頬から指を離した。
「好きでいてくれてるんだなあと実感します」
「嫉妬がなければ、実感しないのかね」
「そうじゃないですけど…でも、」
スネイプは彼女の言葉の続きを待たずに、両腕で彼女を包み込んだ。
「…そんなものがなくとも分かるであろう」
ブラウニーは彼の腕の中で、自身の両腕を彼の首に回す。
「たまに嫉妬してもらえると嬉しいものなんです」
そう言って、背伸びしてスネイプの唇にキスをした。
珍しい彼女からの行動に、彼は内心驚いた。
「上機嫌のようだな」
「ふふ。今日は特別です」
「それは誘われているようにしか聞こえないが?」
ブラウニーは意味深な笑みを浮かべて、抱擁を解いた。
作業途中の状態の机の上に目をやってから、彼女が言う。
「これを終わらせないと。目の前のことに集中しないと、私みたいに怪我しますよ」
「ブラウニーから誘われていると分かっていて、他のことに集中できるものか」
ブラウニーは、先ほどまで火傷していた手のひらを彼に向けて笑った。
「スネイプ先生が怪我したら、今度は私が治してあげますね」
スネイプが微笑むと、それが合図となり、二人は肩を並べて残りの作業に取り掛かった。