設定しない場合の主人公の名前は、ブラウニーとなります。
051〜100
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ホグワーツの厨房で、屋敷しもべ妖精たちが朝食の準備に勤しむ頃、外はまだ日の出を待つ暗闇が広がっていた。
ブラウニーは、普段の起床予定時間よりもだいぶ早く目が覚めたので、暖かく着込んでから、ランタンの灯りを頼りに湖のそばまでやって来た。
呼吸をする度に、その吐息が白くなっては消えていく。
ブラウニーは冷たい風が吹き抜ける度に、帽子も被ってくれば良かったと思いながら、あまりの寒さに時折、鼻をすすった。
しばらくするとブラウニーは、座るのにちょうど良さそうな切り株を見つけ、足を止めた。
彼女はランタンを高く掲げ、辺りを照らして、それをぶら下げられそうなところがないか探した。
手を伸ばせばちょうど届きそうな高さに、枝先が一部折れているのを見つけると、彼女はランタンの取っ手をそっと引っ掛けた。
落ちずにしっかりと引っ掛かっていることを確認し、手を離す。
それから彼女は、薄暗い湖に向かう形で切り株に腰を下ろした。
日の出は近い。
遠くの山のシルエットが、薄い雲に相まってぼんやり浮かび上がっている。
今朝の天気は、彼女の心模様を表しているかのように、はっきりしないものだった。
ホグワーツ城の上空にあっては、分厚い雲がかかっている。
ぼんやりと考え事をしていたブラウニーの耳に、規則的な足音が聞こえてくる。
その音に彼女が振り向くと、スネイプがこちらにやってくるところだった。
杖に灯りも灯さず、ランタンもなしにやって来る彼の姿に、いつの間にか周囲がだいぶ明るくなっていることにブラウニーは気付かされた。
彼女は切り株から立ち上がって、声を掛ける。
「おはようございます」
「おはよう。こんなところで何をしている」
「あ…えーと、ちょっと…」
咄嗟に言い訳が浮かばず、ブラウニーは笑って誤魔化す。
「スネイプ先生こそ、どうしたんですか?」
「薬草の採取に温室に行こうと思っていたのだが…その灯りと後ろ姿が見えた」
スネイプはそう言って、木の枝にぶら下がるランタンを一瞥し、視線を彼女に戻した。
「こんな時間だ、見間違いかと思ったが…」
「ふふ。よく分かりましたね」
ブラウニーは彼の気持ちが嬉しかった。
「…いつもこんな早起きなんですか?」
「…老体だとでも?」
「ち、違いますよ!毎朝早起きしてやらなきゃいけないことがあるのなら、代わりに私がやりますって、そう言いたかっただけで…!」
「ほう?…毎日のルーティンとなっているだけだ、気にしないで良い」
スネイプは彼女の頬に手を伸ばした。
「それより、しばらくここにいたのであろう?肌が赤くなっている」
「あんまりそんな近くで…!寒くて、今にも鼻水垂れてきちゃいそうなので…!」
鼻をすすってブラウニーが言った。
彼は少し微笑み、それでもお構いなしに彼女のことをじっと見つめていた。
ブラウニーは当たり障りのない別の話題に触れる。
「…今日の朝食、何にしましょうね。私は、シリアルだけはパスしたい気分です」
「当然だ。体を暖めなければ、このままでは風邪を引くぞ」
スネイプは、彼女の赤い頬を指で軽くつまんだ。
「わ、わかりまひた…!」
彼は指を離し、不服そうにため息をついた。
「…どうしたんですか?そんなにじっと見つめられると、なんだか落ち着かないというか…」
「ブラウニー。君から切り出すことはなさそうだから、あえて聞く。何か…悩み事でもあるのかね」
冬の早朝、寒々とした場所に一人でいたら、こう聞かれるのも無理はないかとブラウニーが思っていると、スネイプは畳み掛けるように言った。
「我輩でなくても構わないが、誰かに話すことで、物事が良い方向に動き出すこともある」
ブラウニーは一瞬驚いた後に、再び微笑む。
「ありがとうございます。…でも、そんな大袈裟なことじゃないんです」
彼女はそう言ってから、ランタンに向かって杖を振り、灯りを消した。
「きのう、ふくろう便が届きました」
もう一度杖を振ると、今度はランタンがふわっと浮き上がり、切り株まで滑らかに移動した。
取っ手のカタンという音がして、ランタンの動きが止まったのを見て、ブラウニーが再び話し始める。
「…父からです。帰って来いと」
それからブラウニーは、スネイプのほうを振り向いた。
「それだけだったら、たぶん、きのうの夜のうちに返信を書いたと思います、『帰りません』って」
自嘲しながらブラウニーが続ける。
「父もたぶん、それを分かっていたんです。だから、手紙には他に、祖母が私に会いたがっていると書いてありました。私はおばあちゃん子なので、そう書けば私が帰ってくると思ってるんです」
「…だが、口実ではなく、事実かもしれない」
「そうなんです。それと…私もおばあちゃんに会いたい」
「それならば…」
「私、もう帰って来られないかもしれないですよ?」
スネイプは彼女の言葉の意味が分からず、眉根を寄せた。
「もしも…もしもですよ?父から『会わせたい人がいる』とか言われたりして、その人に会ってみたら、実はかつての同級生の男の子で、縁談話があれよあれよという間に進んでいっちゃうかもしれません。いいんですか?スネイプ先生はそれで」
ブラウニーの饒舌ぶりに、彼は思わず口元を緩めた。
「それが本当ならば困りものだな」
「そうでしょう?」
「あるのかね、そういった縁談話が」
「ないですけど…。引き止めるなら、今ですよ」
スネイプは、ブラウニーのマフラーをふんわりと巻き直した。
「…帰ってはどうだね」
マフラーに埋もれる彼女は、唇を尖らせて不満を表した。
「…苦手なんです、父が」
「父君は少々…不器用なんだろう。手紙で伝えたかったのは、『会いたい』。ただ、それだけだ」
ブラウニーが足元に視線を落とす。
脇に転がっていた大きな石の表面の色が、小雨を受けて、グレーから黒に変わりつつあった。
ブラウニーは、手紙を受け取ったときから、自分の出す答えに薄々気付いていた。
それでも悩んでいたのは、その答えが間違っていないと、誰かに背中を押してほしかったのだということに、彼女はようやく気が付いた。
「…私が休暇を取ったら、その間は、授業の準備や片付けに、提出物の管理や催促…いろいろ大変ですからね」
「そうだな。甘んじて受け入れよう」
「あんまり生徒たちをいじめちゃダメですよ」
「参考としておく」
「でも私…帰るなりすぐに、居心地悪くてホグワーツに戻って来たくなるかも…そのときはふくろう便を飛ばします。すぐに返事を書いてくれますか?」
「約束しよう」
ブラウニーは深呼吸をした。
「…帰ります。帰って、両親や祖母に会って来ます」
スネイプはわずかに口角を上げ、小さく頷いた。
「…それにしてもブラウニー…君は物好きだな。考え事ならばこんな寒い場所ではなく、自室で十分であろう」
「ほんと、何ででしょうね。…覚悟を決めるには、冷たい空気はもってこいでしたけど」
ブラウニーはスネイプの肩に何かを見つけ、それから空を見上げた。
「…雨じゃなくて…これ…雪ですね」
雪は、彼のローブに触れるなり、水滴となって染み込んでいった。
スネイプも、彼女の髪の毛やローブに触れては溶ける雪を見た。
「スネイプ先生…」
名前を呼ばれたスネイプが彼女の横顔を見ると、彼女は湖の方を見て、微笑んでいた。
広がる湖にしんしんと雪が降り、遠くの山際の雲の隙間からは幾筋もの太陽の光の筋が差している。
「いい一日になりそうですね」