設定しない場合の主人公の名前は、ブラウニーとなります。
051〜100
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「今…何か聞こえませんでした?」
二人は足を止め、周囲に耳を澄ませた。
「…いや、我輩には…」
「…うーん、そう…ですね。気のせいかもしれないです…」
ブラウニーが中庭を見渡して、そのいつもと変わらない様子に、再び歩き始めようとしたときだった。
今度はスネイプの耳にも届いたようだった。
スネイプとブラウニーは目を合わせ、お互いに自分の空耳でないことを確信した。
「やっぱり今、聞こえました…よね?」
「ああ、鳴き声のような…」
ブラウニーは中庭に出て、しゃがんで茂みを覗いたり、そっと手でかけ分けたりしてその声の主を探した。
スネイプもまた同じ茂みを探してはいたが、嫌そうな表情で、さらにその片手には杖が握られており、ブラウニーは可笑しくなった。
「スネイプ先生、危険生物があんなにかわいい声で鳴きますかね?」
「こちらに油断を与えて、その隙に次の一手を打つのが常套手段だろう…人間も危険生物も同じだ」
「ふふ。抜かりない性格ですね」
「…いた」
「え?」
「見つかった」
「え!」
ブラウニーは立ち上がり、スネイプの近くに駆け寄った。
「どっちでした?危険生物?」
「ある意味、そうだな」
そう言いながらもスネイプは、杖をローブにしまった。
スネイプとの距離を遠慮がちに保つブラウニーの場所からは、茂みに潜むその何かが見えなかった。
「どこですか?よく見えなくて…」
スネイプは茂みをかき分けたまま、半歩下がり、彼女に場所を空けた。
ブラウニーもそれに気付き、恐縮しながらも、今一歩スネイプのそばに近寄ろうとしたときだった。
張り出していた木の根に躓き、彼女はバランスを崩した。
「あっ」
倒れかかった体は、スネイプの胸元にもたれかかる形で止まった。
「…大丈夫かね」
いつも聞き慣れている低い声が、至近距離から聞こえた。
スネイプの手は、目の前の彼女の肩に触れるか触れまいか、考えあぐねているようだった。
「はい…っ、すみません」
ブラウニーが慌てて体勢を整えると、彼の手は彼女の肩に触れることのないまま、下ろされた。
恥ずかしそうに俯く彼女は、ちらっとスネイプの目を見て、もう一度謝った。
「…失礼しました」
彼の視線は、彼女のそれとぶつかった後、宙を彷徨ったが、彼は静かに深呼吸をして、何事もなかったかのように振る舞った。
例の鳴き声の主は、好奇心が強いようで、いつの間にか茂みの中から出てきており、二人の足元で再び鳴いた。
姿を現したのは、艶のある毛並みの黒い子猫だった。
「…あれ、やっぱりこんなかわいい子だったんですね!」
「油断していると牙を剥くぞ」
「ふふ。甘噛みっていうんですよ、戯れてるだけです」
ブラウニーは、自ら寄ってきた子猫が驚かないように、ゆっくりとしゃがみ、手を伸ばすと、子猫はその匂いをくんくんと確かめた。
ブラウニーはスネイプを見上げ、囁くように「スネイプ先生もここに」と言って、隣の芝生をぽんぽんと軽く叩いた。
スネイプは促されるまま、彼女の隣にしゃがむ。
子猫は警戒する様子もなく、彼女の足元に近づいてきた。
ブラウニーは静かな声でスネイプに尋ねる。
「…動物、苦手ですか?」
「そうではないが、好かれないたちだ」
「それは動物たちのほうに見る目がないですね」
そう言って微笑む彼女に、スネイプは何と言っていいか分からず、黙り込んだ。
「この子…すごい人懐っこいですよ。スネイプ先生もこうやって、指先の匂いを嗅がせてあげるといいですよ」
ブラウニーの言う通りに手を出すと、彼女の足元にいた子猫は、彼の匂いを嗅ぎ始めた。
スネイプは子猫の動向を見ていたが、同時にブラウニーの視線を感じ、彼女の方を見た。
彼女は、そこでようやく彼に見惚れていたことに気が付き、笑って誤魔化した。
子猫は案の定、スネイプにも警戒することなく近寄っていき、ブラウニーにもしたように、尻尾を立てて足元にすり寄った。
距離の詰め方に慣れないスネイプは、動いて良いものか分からず、しゃがんだまま固まっていた。
「ふふ。かわいい」
微笑んだ彼女が、彼の視線に「…すみません」と口元をきゅっと結んだので、彼はそれでようやく、先ほどの言葉が自分に向けられた言葉だったのだということに思い至った。
ブラウニーは、腕を伸ばせば子猫に届くという距離まで今一歩距離を詰め、指先が再び子猫の鼻先を経由して、今度は顎の下に触れた。
何の警戒心も猜疑心も抱いていない子猫は、彼女にされるがまま、うっとりした表情を浮かべていた。
そんな子猫の顔を見て、ブラウニーはくすっと笑う。
「顎の下、触ってあげてください」
そう言って彼女が自身の手を引っ込めると、子猫はうっとりした表情から一転、彼女をじっと見つめた。
彼女に代わってスネイプが子猫の顎に触れると、子猫は待ってましたと言わんばかりにまた目を細めた。
まだあどけなさの残る子猫を前に、スネイプは、普段決して生徒たちには見せない優しい表情を浮かべていた。
「スネイプ先生も、いい表情してます。普段見せないのがもったいないくらいです」
彼は咳払いをして、緩んだ表情を戻そうとした。
子猫は尚も撫でてほしそうに彼にすり寄っている。
「…スネイプ先生は、素顔を見せられる…その、特定の方が…いらっしゃるんですか?」
「…恋人がいるのかと聞いているのかね」
ブラウニーは、ぶんぶんと音の鳴りそうなほどに頭を縦に振った。
「いない」
「本当ですかっ」
「…が、しかしだな…!」
「はい…何でしょう?」
「いや…」
「気になります。言ってください」
スネイプは大きなため息をついて、慎重に、言葉を選んだ。
「我輩に、何かを…期待してくれるな」
ブラウニーは、告白せずとも失恋した悲しさと、一度言い淀んだ彼に催促した自分への後悔と、自分を傷つけまいとする彼の言葉選び全てに泣きたくなった。
「すみません…」
何に対する謝罪の意なのか、彼女自身にも判別がつかなかったが、その言葉に誘引されるようにして涙がじんわりと滲んだ。
ブラウニーを直視できないスネイプは、彼女の目が潤んでいることにも気が付かなかった。
補足すべきか、話題を変えるべきか、お互いがそれぞれに次の言葉を探していると、そこへ芝生を踏み締める音が聞こえてきた。
その音は、子猫の耳にももちろん届いていて、好奇心旺盛な子猫はスネイプの陰からその方向を覗き込んだ。
芝生を踏む音は、一旦その速度を緩めたが、その人物が踵を返す前にスネイプが声を掛けた。
「何だね」
「…あー…すまない、込み入った話をしているところだったみたいだから、あとにしようと思ったんだけど…」
ブラウニーはスネイプとともに立ち上がり、振り返った。
なんとも申し訳なさそうにやって来たのは、ルーピンだった。
彼女はルーピンの視線を避けるように俯いた。
彼はそんなブラウニーの赤くなって潤んだ目を見て、何も言わずにスネイプにアイコンタクトを送り、その合図を受け取ったスネイプもまた、彼女を見て、それから彼に視線を戻した。
彼女に何したの
何もしていない
何もしてなくて泣くわけないだろう?
まるでそんな会話が聞こえてきそうなほど、二人の視線がぶつかっていた。
ブラウニーはこの間の沈黙を不思議に思い、顔を上げると、それに気付いたルーピンが口を開いた。
「…あっ、そうそう、その子猫を探していたんだよ。まさかここまで来ていたとはね。人懐っこいだろう?」
それから、言いにくそうに切り出した。
「…それはそうと…セブルスに、何か言われた?」
ブラウニーははっとして、反射的に首を横に振った。
「こういう見た目で皮肉屋だし、誤解を招きやすいけど、中身は…そんなに悪くないはずだよ」
スネイプは一瞬むっとしたが、黙って聞いていた。
「誤解があるなら、二人で話し合った方がいい」
ルーピンはそう言って、子猫を抱き抱え、中庭を後にした。
人気のない廊下を歩きながら、スネイプが口を開いた。
「…君ならば、男は他にいくらでもいるだろう」
「男の人だったら誰でもいいわけじゃないんです…スネイプ先生のことが好きなんです」
「人が葛藤しているというのに、君はさらりと言ってのけるのだな…」
スネイプは言葉にした直後、自身の失言に気が付いたが故に、早歩きで闊歩していく。
ブラウニーは、慣性の法則から二、三歩進んだが、やがて彼の言葉が脳内でこだまして、その足がぴたっと止まる。
ブラウニーの声がスネイプの背中を追いかけた。
「えっ…か、葛藤ってどういうことですか!?」
わざと振り向かないスネイプに、彼女は駆け足で追いつき、ローブを掴んだ。
「葛藤って、何ですか…」
ローブを掴まれたスネイプは、廊下の両側に目をやって誰もいないことを確認すると、彼女の手首を掴んで、細い通路に入った。
「いいかね。同僚と付き合うなどと、これまで考えたこともなかった」
「え…っと、それ過去形…」
「…そうだ、今までは確かにそうだった。…それを考えるようになったのは、誰のせいだと思っている」
スネイプの指先がブラウニーの頬を優しくつねった。
彼女は頬をつねられたまま、恍惚とした表情を浮かべた。
彼はそんな彼女の表情に、ため息混じりに微笑んだ。
「…検討する」
「検討?ちょ、ちょっと待ってください…!そこまできたら、答え、出てるんじゃ…?」
スネイプは意地悪く微笑んだ。
「前向きに検討する」
「それっていつまで待てばいいんですか…!?」
彼女の声が廊下に響き渡った。