設定しない場合の主人公の名前は、ブラウニーとなります。
001〜050
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小さな書店の前に立てた木製の古い脚立の上で、ルーピンは吊り看板の修理をしていた。
店の奥で埃を被っていた看板で、アンティークの洋書の形をしており、ところどころ金色の縁取りが剥げていた。
ルーピンはこれを見た瞬間に気に入り、修復呪文で直そうと杖を手にしたものの、郷に入れば郷に従えという考えから、マグルの方式で直すことにしたのだった。
「…看板、直りそうですか?」
急に下から声を掛けられたルーピンは、驚いた。
「あ、驚かせてごめんなさい」
「…いや、いいんだ。たぶん、これで直ると思うんだけど…」
「直ると嬉しいです…その看板、好きだったので」
自分と同じ感覚が、ルーピンも嬉しかった。
彼女は店内を少し覗いて、店主の不在に気付いたようだった。
「…あれ、おじいさんは?」
「今日明日と検査入院だそうなんだ。私は少し前から上の階に下宿させてもらっていて、今日明日だけ、彼の代わりに店番を頼まれたんだ」
書店の上の階を指差してルーピンが言った。
「すみません、そうだったんですね。おじいさん、お孫さんの話をよくされてたので、てっきり…」
「いいんだ。私はリーマス」
彼が脚立を一段下りる度に、古い脚立はギシッと音を立てた。
脚立から下りるのを見計らって、彼女も名乗る。
「私はブラウニーです」
「…君がブラウニーか。いやね、実は今日の店番も、君のために頼まれたんだよ」
店主が数日でさえも店を閉めるのを躊躇ったのは、本が好きで勉強熱心な彼女のためだった。
ブラウニーという名の子が来るかもしれないから、二日間だけ店番を頼まれてくれないか。
店主はスクイブで、店自体は全般としてマグル向けの書店ではあったが、店の奥の一角で魔術や魔法界に関する書籍も扱っているのは、魔法使いの中では有名なことであった。
そして店主から、ブラウニーはどちらの客でもあると、ルーピンは聞いていた。
「…そうだったんですね。わざわざありがとうございます」
ブラウニーは恥ずかしそうに微笑んだ。
ルーピンは脚立を畳んで、彼女のために店のドアを開けた。
「どうぞ」
「それじゃあ、すみません」
彼女が店内に入ってから、ルーピンも脚立を抱えて後に続いた。
店内のあちこちにぶつけないよう気をつけながら、脚立を店の奥に立て掛ける。
ルーピンが、いつも店主が座っているレジ横の椅子のところに戻ってくると、居心地の悪そうな彼女と目が合った。
「あ…大丈夫、彼から聞いてるよ。こっちの本も読むんだってね」
店の奥にある、魔法界に関する書籍のコーナーを指差してルーピンが言った。
彼女はほっとした様子で微笑んだ。
ルーピンはレジカウンターから一度出て、彼女のために道を開けた。
「ありがとうございます。…リーマスさんは、魔法使い…なんですか?」
彼女は店の入り口を振り返って、人がいないことを確かめてからそう尋ねた。
「ああ…一応ね。それから、『さん』はいいよ、リーマスで」
「リーマス…」
彼女は肩にかけていたトートバッグの持ち手をぎゅっと握った。
「あの…今いろいろ勉強しているところなんですけど…分からないところがあるんです。もし良かったら、教えてもらえませんか?」
「もちろん。私で分かるところだったら」
そう微笑んだルーピンに、ブラウニーはぱっと表情を明るくした。
それから彼女は「そしたら…」と呟きながらレジカウンターの奥に入って、魔法関連の書籍の背表紙を指で追い、一冊の本を手に取った。
彼女が手に取った本のタイトルは、『闇の魔術と魔法生物〈上巻〉』だった。
「…ブラウニーは、闇払いを目指しているの?」
「あ、いえ、これに特化して勉強しているわけではないんです。魔法学校で…その、ホグワーツで教授になれたらと思っています」
「ホグワーツで、教授に…」
「ええ」
恥ずかしそうに、けれども希望に満ちた目でルーピンを見据えた。
それから彼女はパラパラとページを捲り、該当箇所を見つけて、指を差した。
「これなんですけど…この部分がいまいち分からなくて…」
「本を、見せてもらってもいいかな?」
彼女から厚い本を受け取って、ルーピンが内容に目を通す。
「…ああ…うん。これは…こういうことじゃないかな…」
ルーピンは、身振り手振りや例え話を交えて彼女に説明をした。
彼女は時折、相槌を打ちながら、彼の説明で理解が深まると目を輝かせた。
それから二人は、彼女がつまづいているところを示し、彼がそれに応える形で、彼女の疑問を二、三解決していった。
「…本当に、ありがとうございました。とっても助かりました」
「ブラウニーの役に立てて良かったよ」
「リーマスは、もしかして普段こういうお仕事を?」
「あー…いや、そういうわけでは…うーん…」
「すみません、初対面なのに踏み込んだ話を…」
「いや、違うんだ。なんといったらいいか…いろいろやるんだよ、本当にいろいろ。各地を転々として…だからそう、マグルの仕事もやったことがあるし、日雇いも…」
ルーピンは定職に就いていない後ろめたさを、このような場面で感じることになろうとは思わず、しどろもどろとした説明となった。
対する彼女は、彼の話の内容ではなく、先ほどまでの流暢な彼とは対照的な彼の様子に可笑しくなって微笑んだ。
「…あの、もし良かったら…明日も来てもいいですか?」
「ああ、うん、もちろんだよ。明日も私が店番の予定だから」
「良かったです。今日はありがとうございました。それじゃあ…また明日」
ぺこっと頭を下げて、彼女は去って行った。
店のドアが閉まると、ドアベルが響くのと時を同じくして、ルーピンの頭の中に彼女の笑顔が残像のように残っていた。
いつだってルーピンは狼人間である素性を周囲に隠してはいたが、それでも良からぬ噂が立つ度に引っ越しを繰り返していた。
そのような彼にとって、誰かと親しくなることは、その人との別れを意味することと同じだった。
ルーピンは彼女の笑顔の残像を振り払い、書店の入り口に掛かる札を「OPEN」から「CLOSED」に裏返し、ドアに鍵を掛けた。
翌朝、ルーピンは店を開けてから、レジカウンターを挟んだ反対側に折り畳み式の椅子を広げた。
それから自分の部屋から持ってきたティーセットで、茶葉を二人分、ティーポットに入れておく。
ルーピンは、彼女が来ることを期待している自分自身に気が付くと、ため息をついた。
「おいおい…」
並んだティーカップから視線を外したとき、ちょうど店のドアベルの音が響いた。
ルーピンがレジカウンターまで行くと、ドアの前には案の定ブラウニーの姿があった。
「おはよう、ブラウニー。…いらっしゃい」
「おはようございます。ちょっと…早すぎました?出直した方がいいですか?」
「いや、そんなことはないよ。今、紅茶を淹れようと思ってたんだ。本、選んでもらったら…ここに座っていいからね」
「ありがとうございます」
再び店の奥に入ったルーピンの背中に、ブラウニーが真面目な様子で問う。
「リーマスは…苦手分野ってあるんですか?」
「ははは。もちろんあるよ、むしろ苦手分野ばかりだよ。きのうのは、本当にたまたまだからね」
「そうなんですか!?…ちょっと安心しました」
「場合によっては、今日は何の役にも立たないかもしれないよ」
「ふふ。そしたらそのときは、リーマスのこと、教えてください」
ルーピンが振り返ると、彼をまっすぐに見つめるブラウニーと目が合った。
何秒の沈黙があっただろうか。
この沈黙は、決して居心地の悪い時間ではなかった。
「…うん」
漂う幸せの匂いに、ルーピンは照れ臭さを覚えた。
それから彼女は本を一冊選び、ルーピンの用意した椅子に腰を掛けた。
ルーピンは、ティーセットを載せたトレーをレジカウンターまで運び、本を開いた時に邪魔にならない場所にティーカップを置いた。
「さて、今日は私に教えられるものがあるかな」
ルーピンは、ブラウニーがページを開くまでの間、考えた。
彼女の役に立ちたい思いと、自分のことを知ってもらいたい思いを天秤に掛けたら、一体どちらに傾くのだろうか。
二人が2杯目の紅茶を飲み終わる頃、店のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま…」
ルーピンがそう言いかけて、客と思しき人物を見ると、それはかつて彼が住んでいたことのある地域の住人の男だった。
その人物もまた、ルーピンの顔を覚えていた。
「…これはこれは…奇遇ですね」
ブラウニーは、目の前のルーピンの表情の変化に驚いていた。
それまで自分と話していたときの雰囲気とは異なる、鋭くて、敵意剥き出しの目だった。
ルーピンは、ブラウニーとその男の間に入るようにして立ち塞がった。
男はねっとりした声で言った。
「…あなたが引っ越してから、夜中の変な獣の声もぱたっと耳にしなくなりましてね、あれから、どういった因果関係があるのかと思っていたんですよ…」
「私はもう…この町をも離れます。良からぬ噂を立てるのはやめてもらいたいですね」
「…仲間がいるのなら、連れて行くことだな」
男は、ルーピンの背後にいるブラウニーを見るようにしてそう吐き捨てた。
「…私の周囲の人間を傷つけるような言動を耳にしたときは、そのときは容赦しませんので、そのおつもりで」
ルーピンが、ゆっくりと一歩、また一歩とその男に近づくと、男はドアベルが激しく鳴るのも構わず、店を出て行った。
ドアベルが落ち着くまで、ルーピンもブラウニーも口を開かなかった。
先に口を開いたのは、ルーピンだった。
「ごめん…今日は話せてよかった。でも、申し訳ない。もう、帰ってくれるかな」
「…あの…引っ越しちゃうんですか?」
「なに、明日からまた、今まで通りに戻るだけだよ」
彼に聞きたいことはたくさんあった。
聞いたら、教えてくれるのかもしれなかった。
それでも聞けなかったのは、彼の背負っている悲しみや辛さが、本人の意思とは関係なく滲み出ていたからだった。
「また、会えますよね?…私もお話できて、楽しかったです」
彼女は何度も振り返りながら離れたが、彼が顔を上げることはなく、このときばかりはドアベルの音さえも、遠慮がちに鳴っているように聞こえた。
それから何年が経っただろうか。
長い人生の中の、たった一日二日の出来事だといえば、その通りだった。
今やお互いに、記憶の奥底に埋もれて、日常的に思い出すことはなくなっていた。
「…それでは、皆に新しい先生をご紹介するとしよう」
ダンブルドアは、出産休暇に入る女性教授の補助要員として、一人の新任教授を紹介しようとしていた。
彼の言葉を合図に大広間に現れた女性は、何百人という生徒たちを前に、緊張した面持ちだった。
彼女は教授陣に会釈をしながら、ダンブルドアの待つ大広間の中央まで歩く。
大広間で拍手が鳴り響くなか、彼女は教授たちの並ぶ席の中に見覚えのある男性の姿を見つけ、驚きの表情を隠せなかった。
彼もまた、彼女と目が合うと、拍手をしていた手が止まった。
ダンブルドアは、僅かに足を止めたブラウニーと、拍手の手が止まったルーピンの二人を交互に見つめ、微笑んだ。
二人はどちらからともなく相手に笑いかけて、彼女はまた歩き始め、彼はまた拍手を再開した。
彼女がダンブルドアの脇に立つと、大広間に響いていた拍手が鳴り止み、それを待って彼女は挨拶を始めた。
ルーピンは、彼女の背中を見ながら、心の中で呟いた。
君の名前は、
「私の名前は、」
ブラウニー。
「ブラウニーです。皆さん、どうぞよろしくお願いします」
→087:過去からの手紙(L)
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