排球
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「諦める」理由がいくらでもある中で、それでも俺には「諦めたくない」理由しかなかった。
「おはようございます、夜空先輩。」
俺が呼ぶと振り向いてくれる。俺をまっすぐに見つめてくれる。それだけで心臓が跳ねるんだから、この可愛い生き物を目の前にしてどう諦めろというのか。
「角名!おはよー!朝練行ってきたん?」
「はい。朝から頑張ったのでよしよししてください。」
「なんやそれ!」
はは!っと笑って夜空先輩は俺の頭に手を伸ばした。クシャッと笑うその顔が好き。背伸びして俺の頭を撫でようとしてくれる時のピンと伸びた脚が好き。柔らかくて綺麗な手が好き。爽やかで甘い匂いが好き。全部、好き。
「グシャグシャにされた…。」
「どんな髪型でもイケメンは変わらんから安心しい!」
「確かにそうでした。」
「否定せんのかい。」
「ははっ。」
俺が夜空先輩と会えるのは、この2年と3年の下駄箱が面している玄関で、朝練終わりから朝礼までのほんのわずかな時間。先輩の登校は朝礼ギリギリのことが多いから、俺は朝練の後密かに玄関の付近で時間を潰し、先輩が来たらさも今来たかのように装って声をかける。それが俺の日常になっていた。あー、なんで学年違うんだろ。なんで………
「月!おはよーさんっ!」
「あ!おはよ〜!ほんなら角名、またね!」
俺じゃなくて、あいつが彼氏なんだろ。
「片想い辛い………。」
「あー、夜空先輩か?お前も諦めの悪いやっちゃなあ。」
「え、じゃあ治は顔も性格もどタイプで大好きになっちゃった女の子に実は彼氏がいましたー!って分かっただけで諦められるの?」
「おん。彼氏おんならしゃーないやろ。」
「彼氏と別れるかもよ?」
「でも夜空先輩と彼氏さん仲良いって北さんも言うてたやんか。」
「うるせえ…。今その話してないし…。」
「じゃあどの話をしとんねん。」
夜空先輩が彼氏とうまく行っているのももちろん知っているし、別れそうにないのも見ていて分かる。恋心は止まらないにしても、これ以上何もできないのも事実。邪魔してやりたいと思わないことはないけれど、そのせいで夜空先輩が悲しむ顔を見るのは、嫌だ。
「治、今日部活終わったら駅らへんでなんか食べてかない?」
「ええで!」
「傷心の俺を慰めて…。」
「毎日傷心やん。かわいそ。」
「だまって。」
夜空先輩が彼氏のことを好きで、とても大切にしているのはよく知っている。先輩のことが好きで大切だからこそ二人の仲を邪魔をしようとなんてせず、この恋心に蓋をするよう毎日努めているのだ。でも、じゃあ、これは、
「クソヤローかよ…。」
「あれ、夜空先輩の彼氏やんな。」
「…うん。」
「相手、見るからに夜空先輩やないってことは…浮気か?」
「…みたいだね。」
チャンスと捉えていいのか?
「おはよー、角名!朝よー会うなぁ!」
「お、はようございます。」
ああ、今日も可愛いな。今日はいつもと髪型が違う。この髪型も俺好きだな。制汗剤も変えた?いつもより柑橘系の匂いになってる。暑くなってきたからかな。あーーーーー、もう。
「好きだなぁ…。」
「ん?」
「いや、あ、先輩昨日の放課後って何してたんですか?」
「放課後?家帰って、靴脱いで、服脱いで、お風呂入って、服着て、ご飯食べ…」
「分刻みのスケジュール聞いてないですよ。」
「ナイスツッコミ!」
いや本当は最後まで聞きたかったけど。なんなら服脱いで、らへんの詳細をもう少し………というのは置いといて、改めて昨日駅で見た光景が見間違いではなかったと確信した。
「昨日………『夜空先輩の彼氏が駅前で女の人と手繋いで歩いてるの見ましたよ。』
って言ったら、先輩は一体どう思うのだろうか。怒る?泣く?悲しむ…………
「ん?昨日?」
「………何食べたんですか?」
「気になってるやん!私の分刻みスケジュール!」
俺には言えない。言った方がいいのか?いや、俺が言うことじゃない。それに、夜空先輩があいつのことを想って悲しい顔をするのは…見たくない。
「…じゃあ、俺そろそろ行きます。」
「いや聞いといて放置かい!私の晩ご飯!!!」
「あ、そうでした。」
「興味なすぎやろ。昨日はね、カレーライスやで!ええやろ!お肉いっぱい入っててん!」
「カレーライス…似合いますね。」
「それは褒めてんの!?」
お肉いっぱい、嬉しかったんだ。なんだその報告可愛いな。口を一生懸命大きく開けて美味しそうに、嬉しそうに食べたんだろうな。可愛い。夜空先輩にはやっぱり笑顔が似合う。
「…あ、なあ角名、今日部活の後空いとったりする?」
「え…?あ、はい。空いてます。」
「ちょっと行きたいとこあんねんけど、付き合うてくれへん?」
「……!!よ、よろこんで!」
「居酒屋やんけ。」
ケラケラと笑いながら夜空先輩は「ほなまた後でLINEするわ。」と言って3年の教室へ去って行った。放課後………俺と夜空先輩で……………
「デート…。」
「顔きっしょ!!!なんやねん朝から!」
「なんとでも言ってくれて構わないよ。僕は今とても気分がいいんだ。」
「キャラ変わってもーてるやん。…そんなことより角名、昨日見たこと夜空先輩に言うたんか?」
「…言ってない。俺は部外者だし、首突っ込むことじゃないでしょ。」
「まあ、そらそやけど…。」
「部外者」と自分で言っておいて自分に刺さる。まあでもそんなことより今日の放課後は夜空先輩とデートだ。治に説明したらそれは別にデートではないと言われたけど俺にとっては好きな子との念願のデートでしかない。浮かれた俺は昨日見た光景がだんだんどうでもよくなってきて、なんなら忘れてしまいそうになっていた。だからこそこれは、余計に、ガツンと殴られたような感覚だった。
「やっぱそうかぁ。」
「………!」
部活終わりに先輩と駅まで歩き、どこかでご飯でも食べますか?と提案しようとした矢先、先輩に「ちょっとこっち来て」と言われ、腕を引っ張られながらついて行き、駅にあるロッカーの後ろに隠れて少し顔を出す夜空先輩の真似をして俺も顔を出す。何が何だか分からないまま顔を上げると、改札の前でキスをする夜空先輩の彼氏と、昨日見た女子。
「私普段この駅使わんからな。」
「……………。」
「だからって、学校の最寄駅ではあるやんな。よーやるわ。」
「……………。」
「ほんま、浮気すんならバレへんようにせーよって話やな。いや浮気をそもそもすんなって…な…」
「…夜空先輩…!」
泣かないで。あんな奴のために泣かないで。可愛くて、優しくて、よく笑って、いつも周りの人間のために動いて、頑張り屋で…こんなにも素敵な夜空先輩が、あんな奴のために涙なんか流さないで。止められない涙をボロボロと零す夜空先輩を見た俺は、彼女のことを抱きしめずにはいられなかった。俺がこうすることで何か解決するわけじゃないのは分かっているけれど、目の前で体を震わせながら泣いている好きな子を、ただ呆然と見ることなんて俺には出来なかった。
「知っててん。最近一緒におってもよースマホで誰かと連絡とってたし。」
「うん。」
「昨日も放課後久しぶりにデートやー言うて喜んどったのになんや用事入ったとか言うし。」
「…うん。」
「バレバレやねん、色々。」
「うん…。」
「…もう向こうに気持ちがないのは分かっててん、でも、なんでか自分の気持ちはコントロール出来んくてな。好きなんやめれんかって…。」
分かる。俺、その気持ちすごく分かるよ。「諦める」理由がいくらでもある中で、それでも「諦めたくない」理由しか思いつかなくて…。
夜空先輩は俺に抱きしめられたまま、涙を零しながら言葉を紡いでいく。
「でも、なんか、ちゃんと自分の目で見れたし、やっと諦められそうやわ。私から振ったんねん。あんな奴!」
「………。」
「ありがとう角名。ほんでごめんな。」
「…ごめん…?」
「角名、私のこと好きやろ。」
「え。」
「一人で彼氏の浮気現場見る勇気なくて、角名の気持ち利用して一緒についてきてもろたんよ。最低やろ。ごめんな。」
「…………。」
「でもほんまに助かったわ。ありが…」
「じゃあ、チャンスあるってことですか。」
「え…?」
夜空先輩は俺がそうくるとは思わなかったのか、とてもびっくりした様子で可愛い目をカッと開いて俺を見つめた。
「夜空先輩になら、利用されようがなんだろうが、俺構わないです。俺を見てくれるなら、俺を選んでくれるなら、なんでもいいです。」
「…………。」
「それくらい好きなんです。コントロール出来ないんです、これ。俺、夜空先輩のことが好きで好きでたまらないんです。」
「角名…っ」
「あーーーー、やっと言えた。言いたかった。ずっと言いたかった。あなたが好きです。」
まだ涙が止まらない先輩の手をぎゅっと握り、ロッカーの後ろから飛び出し、夜空先輩の「元」彼氏の元へ行く。
「!!?角名…っ!?」
「おい。」
「角名、ちょっと待って…」
「夜空先輩に二度と近づくな。夜空先輩は…俺の彼女だ。」
「!?」
ポカンと口を開けたまま俺たちを見る「元」彼氏を横目でもう一度睨みつけてから改札の側から離れ、先輩の手を引いたまま駅の外へと向かう。
「ちょっと待ってや角名、彼女って、私まだ別れてすら、それに…」
「今、あいつに別れようって、さようならってLINEしてください。」
「え、でも…」
「して。」
何か言いたいことがありそうな顔をしながらも、俺の圧に流されて言われた通りに夜空先輩はLINEを送った。
「で、ブロックして。」
「待って角名、私頭ついてかへん…」
「して。」
「…………はい…。した…。」
「…夜空先輩、俺の恋心利用したんですよね。」
「…!!う、うん…。ほんまに最低なことした…ごめん。」
「じゃあ俺は夜空先輩が失恋して弱ってるのを利用して、そこにつけこみます。」
「…それは…」
「夜空先輩が好きです。付き合ってください。」
「う、嬉しいけど、でも、私、さっきまでまだか…元カレのこと好きやったし…。」
「別にいいですよ。俺がすぐに忘れさせてあげるから。」
「でも、でもな角名…!」
頭が追いつかず混乱してオロオロしている夜空先輩は、手を頬に当て目をキョロキョロ動かしていて可愛い。その目からはもう涙は溢れておらず、代わりに顔が熱を帯びているようだった。
「月 」
「…!!」
「お願い。」
「そ、その顔はずるいわぁ〜!」
オロオロしながら顔を押さえている彼女の手ごと包み込み上を向かせてそう言うと夜空先輩の顔が緩んだ。やっと、笑ってくれた。
「好きです。俺の彼女になってよ、夜空先輩。」
「てな感じで、見事お付き合いすることになりました〜!」
「よかったやん。」
「うん、ありがとね治。いつも俺の相談に乗って…くれ…え、治、泣いてる?」
「泣いてへんわ!おめでとう!!!」