鬼滅
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藤の花の匂いが、鼻腔を駆け巡る。
何故鬼は、この香りを嫌うのか。
「ようこそお越しくださりました。鬼狩り様。御勤めご苦労様です。」
「あ、ありがとうございます!お世話になります!」
「宜しくお願い致します!」
今回の任務は里を襲う鬼集団の退治だった。鬼は群れないと聞いていたが、なぜか今回の鬼たちは徒党を組み、襲ってきた。一体一体はさほど強い鬼ではなかったと言えど数が桁違いに多かった為少々苦戦した。一人だったらかなり厳しかったかもしれないが、今日は月さんと一緒に向かったため、無事任務を終えることが出来た。しかし三日ほどほぼ飲まず食わずで戦っていた為、二人とも疲労と空腹が激しく、一晩だけ藤の花の家紋の御家で休ませて頂くことにしたのだ。
「お二人様のお部屋はこちらでございます。」
「あ、ありがとうございま・・・、えっと、部屋は一つでしょうか・・・?」
白髪が少し目立つ閑やかな家主に導かれるまま部屋へ向かうと、二人部屋に案内された。男女が同じ部屋というのは、月さんは気にするかもしれない。
「素敵なお部屋をご用意して頂き、ありがとうございます。」
にこり、と笑う月さんに家主は微笑み返し、夕飯の支度に向かった。部屋には机があり、その上にはお茶とお茶菓子が用意されていた。月さんは荷物を置いた後、机の横の座布団に腰を下ろし、湯気が少し出ているいい香りのお茶を二つの湯飲みに注いだ。
「あの、月さん・・・」
「駄目だよ、竈門炭治郎。」
目が、ぱちりと合う。月さんの綺麗な目。いつもは黒色だが、光が差し込むと藤の花のような色になる。戦闘中何度も無意識に視線を送ってしまった。彼女の瞳に自分が移るようにと願いをこめて。しかしながら彼女の瞳に映るのは鬼、鬼、鬼。不毛とは分かっていながらも、少し鬼に嫉妬までした。やっと月さんの瞳に自分が映ったというのに、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、咄嗟に顔を下に背けてしまう。ああ、勿体無い・・・
「家主さんを困らせちゃあ。」
「ご、ごめんなさい。でも、二人部屋なんて、嫌かなあと・・・。」
顔が少し熱い。急に二人きりだということを意識してしまう。下を向きながらおどおどと言葉を紡ぐ俺を、月さんはどんな顔で見ているんだろう。
「ふぅん、炭治郎は私と同じ部屋嫌なんだ?」
「ち、違!俺が嫌なんじゃなくて・・・!」
「じゃあ、嬉しい?」
見当違いのことを言われてしまって咄嗟に顔を上げると、いたずらっ子のような顔でこちらを見る愛しい人。嬉しいに、決まっているじゃないか。この人はいつもこうだ。俺の反応を見て面白がっているんだ。
「う・・・れしいです。」
「じゃあ良かった、何の問題も無いね。」
ふふと笑う月さんはとても愛らしい。彼女の強さと美しさ、そして心に惹かれ、内に秘めた想いを伝えたのは二月ほど前。玉砕覚悟で挑んだその戦いは、「私も炭治郎のこと好きだよ。」という言葉によって大勝利を収めたのだ。それからというもの烏たちが気を利かせてよく同じ任務に向かわせてくれる。
「このお茶美味しいよ。炭治郎も座って飲みなよ。」
「そうします!うわあ、本当に美味しい!」
「お互いそんなに怪我しなくて良かったねえ。」
俺は左腕に切り傷、月さんは右の頬を怪我してしまったが、重症になるような怪我は無く骨も折れてはいなかった。
「はい!ご飯を食べてよく寝ればきっとすぐ治りますね!」
「でも、顔に怪我しちゃったから、あんまり見ないでね。恥ずかしい。」
「何故ですか?傷も含めて月さんはとても可憐ですよ。」
「・・・!」
「恥ずかしがることなんてありません!それにほら、顔の傷なら俺とお揃いです!」
左の額を指差してにこっと月さんに見せると、月さんは、目を見開いてから、「本当だ。」嬉しそうに微笑んだ。
月さんは何をしても本当に可愛いからすごいと感心しながら寛ぎ、お互い夕飯の前にお風呂を頂くことにした。
「お風呂が大きくて気持ちよかったなあ。」
「ただいま。男風呂も大きかった?」
「はい!俺一人で入るのは申し訳ないくら…!!」
お風呂を堪能し、部屋に帰った俺は既に用意された夕飯を目の前に空腹に耐えながら月さんを待っていた。一緒に食べた方が美味しいからな。暫くするとお風呂から上がった月さんが部屋の障子戸を開けて中に入ってきたのだが…。
「どうしたの炭治郎?」
「いや、あの、その、」
予想はしていた。していたはずなのに。予想を上回る可憐な浴衣姿に、思わず目を離せないまま硬直してしまう。顔に熱が集まるのが分かる。髪は濡れており、その艶やかさを一層際立たせていた。髪の先端から零れ落ちた雫が月さんの胸元にはたりと落ちたのをそのまま目で追ってしまう。何とも言えない感情が沸き起こり、思わずぐっと口を噤んだ。
「顔赤いよ?のぼせた?大丈夫?」
「だ、大丈夫!です!」
「あ、炭治郎、ご飯食べるの待っててくれたの?」
「は、はい!」
「ありがとう!いい子いい子。偉いぞ炭治郎。」
「!!!」
俺の向かいに座った月さんは身を乗り出して俺の頭を撫でた。月さんに撫でられるのが大好きな俺は思わずへらっと顔が緩んでしまう。緩んだのもつかの間、俺はまた硬直して口を噤むことになる。わざとかそうでないかは定かではないが、目の前には、浴衣の隙間から見えそうな、月さんの…。
「たたた食べましょう!!」
「そうだね!」
「「いただきます!」」
3日ぶりのちゃんとした食事だったからか、目の前にいる人が妖艶すぎるからか、食事の味がよく分からないまま俺は茶碗10杯ものすごい勢いで平らげた。
「三日ぶりのお布団!最高だね!」
「ソ、ソウデスネ…。」
夕飯を食べ終わった俺は、次の試練に直面していた。ふ、ふ、ふ、布団がくっついている!し!横!月さん!近い!すごい近い!月さんは体を横にしてこちらに向けているが、俺は天井を見上げたままそちらを向けないでいる。向いたら、よくない気がする。
「炭治郎。」
「ハイ…」
「こっち向いて?」
「はい!」
言われるがままに向いてしまった。見てしまった。顔が、近い。すごくすごく近い。可愛い。すごく可愛い。隠すことができないくらい顔が熱くなる。目を背けたい、でも背けたくない。もっと見ていたい。
「ねえ、炭治郎?」
「はははははい!」
「抱きしめていい?」
「え、え!?」
「ギュって、したいの。」
「〜っ!!…は、はい…!」
月さんが愛おしくて堪らない。彼女と手を繋ぐだけでも俺にとっては幸せすぎて心臓が止まりそうになるくらいの衝撃なのに、ほ、ほ、抱擁なんてされたら俺はどうなってしまうんだろう。耐えられるだろうか。
「ね…炭治郎…」
「…はい。」
「私の背後に鬼が来てるの気づかなくて襲われそうだった時、さ。」
「?」
「炭治郎が助けに来てくれたでしょう?」
「はい!間に合ってよかったです。」
「その時だよね、炭治郎が左腕怪我しちゃったの…ごめんね。私の不注意のせいで。」
「気にしないでください!こうして俺も月さんも無事だったんですから。俺が月さんを守りたかっ…」
ぎゅうっ
「ありがとう。炭治郎。」
藤の花の匂いが、鼻腔を駆け巡る。
「とってもかっこよかった。」
何故鬼は、この香りを嫌うのか。
「大好きだよ。」
こんなにも、
「俺も、月さんが…」
愛おしいのに。
「大好きです。」
愛おしい人との初めての抱擁は、まるで、藤の花に包まれているような優しさと、日の光を浴びているような安心感を感じるものであり、尚且つ……………
パタリ…
「た、炭治郎!?大丈夫!?」
ちょっと俺には、刺激が強すぎた。
「や、柔らかい…」
「ん?どした?」
「な、なんでもないです!」
「何が柔らかかった?」
「月さん!!!!もう!!!!」