鬼滅
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俺は長男だから。守らなければいけない。
俺は長男だから。与えなければいけない。
「炭治郎ぅおうおうおお~!」
「善逸、そんなに引っ張らないでくれよ。」
「お腹減ったよおお、寒いよおおお!怖いよおおおお!なんで、なんでこんな森に入っちゃったのさぁああうあうあう。」
烏からの指令で善逸と色無の森に入って、どれくらいの時が流れたのだろう。俺達は鬼を見つけることもできないまま森を彷徨っている。この森の主である鬼の血鬼術により「聴覚」と「嗅覚」が限りなく遮断されているせいだ。藤の花が咲き誇っているというのに、全く香りが感じられない。鬼が悠々自適に森を闊歩できているのはこの血鬼術のおかげのようだ。
「もう夜だ・・・。」
「いやぁぁあああああ!もう帰るぅぅぅううう!お願いここから出してぇぇぇええん!」
「視覚」だけでは見えている範囲からしか情報が得られない。故に、いつ鬼が目の前に現れるかも分からない為、眠ることさえままならない。おまけにもうじき夜になる。「嗅覚」に頼れないことが是程までに過酷なことだとは。
「俺ここで死ぬわ。絶対死ぬわ。分かる。」
「そんなことないよ善逸!諦めるなよ!」
俺は長男だからこの過酷な状況の中でもまだ何とか持ちこたえているけど、善逸は完全に気力を削がれてしまっている。きっと長男じゃないんだろうな・・・可哀想に。俺がなんとかしてやらなきゃ。震える善逸を守ってやりたいけれど、正直ここからどう切り抜けたらいいか全く分からない。情けないが、天に助けを祈るしかないのだ。誰か・・・誰か・・・!
「天の呼吸、壱ノ型。青天井。」
「!?」
かすかに、声がした気がする。かろうじて声がしたであろう方向に視線を向けると、鬼が宙に浮いていた。空に舞う鬼の姿を、綺麗だと錯覚してしまうかのような光景だった。その瞬間、月の光に照らされて一つの影が地面から飛び上がった。
「天の呼吸、弐ノ型 雲外。」
かすかに聞こえる声と共に、瞬きを許さないくらい速く鬼の首が体から離れた。とたんに聴覚と嗅覚が一気に戻ってきた。急激な感覚の帰還にむせ返ると同時に、温かいお日様のような香りが鼻腔をくすぐった。
「ぅ、うぇっほ、げほ・・・」
「大丈夫!?」
お日様の香りと共に、誰かが近づいてくる。空色の綺麗な着物の下には隊服が見えた。助けが、来たんだ。良かったなあ、善逸、良かった。俺達、助かったんだよ。隣で耳を押さえて喚いている善逸に視線をやる。善逸の無事を確認できたのと、安心したのと、優しい香りがするのとで、そのまま眠気に飲み込まれてしまった。
「・・・ん?」
「あ、起きた?気分はどう?」
「気分・・・は・・・え、ちょ!」
上下振動により起きた俺は、自分が空色の着物の背中に背負われていることに気づいた。
「ごごごごめんなさい!降ります!降ろしてください!」
「降りなくていいよお。ずっと寝てなかったんでしょ?寝ときなー。」
声の主はこちらを振り向かず、眠っている善逸を前に、禰豆子の箱を担いでいる俺を後ろに抱えてひょいひょいと森を駆け抜けていく。重くないのだろうか…?
「せめて、せめて俺だけでも降ります!俺は長男なので、ちゃんと歩けます!」
俺が背中で喚くと声の主は足を止め、クスリと笑った、気がした。
「君、長男なんだ?」
「え、あ、はい。」
「でもさ、」
「・・・?」
「私の方が、お姉さんだからね。」
声の主がこちらに首を向けた。その瞬間俺は時が止まったのだと錯覚した。
「え、綺麗・・・。」
「ん?」
「あ、いや、何でも、ないです!あの、降りますので、本当!」
「もうちょっとだから、掴まって…なっ。」
ビュン、と音がするかの様に加速したかと思うと、木々の合間から光が見えた。本当に、助かったんだ…。
「うっ…。」
「……。」
「ぅえっ…。」
本当は怖かった。すごく怖かったんだ。でも善逸と禰豆子を守る為には、俺がしっかりしなくちゃって、思っていたから。俺は、長男だから…。
男のくせに泣くだとか、初対面の女性に聞かれているとか、そんな恥ずかしい気持ちよりも、安心感が自分を支配した。涙が止まらなかった。
「よく頑張ったね。偉い。」
「ぅ、ひぐっ、…」
「みんな無事で良かった。君のおかげだね。」
「俺、な、ひっぐ、何にも出来なぐで…。」
「みんなを守ったでしょ。眠くても君だけ寝てなかったんじゃない?」
「うっ…く」
「ご飯も、どうせこの子にほとんどあげたんでしょ?」
「ううっ、ぇっ…だって、善いづが、お腹空いたっで…。」
「偉いなあ。君は本当に偉い。」
俺は長男だから。守らなければいけない。
俺は長男だから。与えなければいけない。
どうしてこの人は、長男なら当たり前にしなきゃいけないことを、こんなにも褒めてくれるんだ。
「今からねえ、ご飯食べようね。」
「う…ご飯…?」
「お腹空いてるでしょ。」
「ひっぐ…は、はい。」
「君だけ、大盛りにしてあげちゃう。」
「え……でも、善逸の分…。」
「じゃあ私の分を君にあげる。」
「だ、ダメですよ、そんな。」
「大丈夫、私の方が、君よりお姉さんなんだよ。」
「…!」
こんな気持ちは初めてだ。おそらくそんなに歳は離れていない。しかし無性に、この人になら甘えてもいいのかもしれない、と心から思ってしまう。この人に、もっと甘えたい。
「はい、着いた。ここ、借りてる宿なんだ。入るよ。」
玄関に背を向けると、ストン、と俺を座れる様に降ろし、そのまま完全に眠っている善逸を布団に寝かしたその人は、こちらに向かってくるついでに部屋の蝋燭を一本灯し、俺の方を向いた。
「お腹減ってるでしょ。さっそくご飯にしようか。」
にこり、と微笑むその人に、釘付けになってしまった。すごく、すごく、優しい笑顔。優しい匂い。この人を見ているだけで安堵が身体中を覆う。こんなに綺麗な人が、あんなに強く戦うのか。
「あ、あの、あ、ありがとうございます!助けて頂いて!」
「いやー、当たり前だよ。ごめんねむしろ遅くなって。なんせあの血鬼術でなかなか見つけ辛くてさ。」
「本当に、ありがとうございます…!」
「ふふっ、どういたしまして。あ、そうだ、君、名前は?」
「炭治郎!竈門炭治郎です!」
「炭治郎。」
「は、はい!」
手を伸ばして来たので、てっきり握手かと思い自らも手を伸ばしたのだが、その人の手は自分の頭に置かれ、優しく撫でられた。
「本当によく頑張ったね。偉い偉い。」
「…っ!」
いつも撫でる側だったから忘れていたけれど、撫でられるのって、こんな感じだったけ。とても心地良い。頑張ってよかった。俺、長男で良かった。
「私は、月。夜空月。」
「月…さん。」
「うん。一応、炭治郎の先輩なんだよ。つまり、お姉さん。」
「は、はい。」
「だからこれ、はい。」
どん、と山盛りの白米が入った茶碗を渡された。月さんは、俺を見てニカッと笑う。
「遠慮せず沢山食べなさい!あとは味噌汁しかないから申し訳ないんだけど。」
「あ、ありがとうございます…。」
少し冷めた山盛りの白米と、温められている味噌汁の匂いがする。そしてまた、お日様みたいな香り。ああ、この優しい匂いは月さんの匂いだったんだ。まずい。また泣きそうだ。こんなにも自分は泣き虫だっただろうか。泣くな、泣くな。
「炭治郎、泣いていいよ。」
「!!」
「辛かったね。私しか見てないから、泣いていいよ。」
「うっ、ふぐ…ぅぅっ…」
「よしよし。本当によく頑張った。」
月さんは泣いている俺の頭を抱えるように、泣き止むまで撫でてくれた。それが、心地良くて、嬉しくて、なんだか泣き止みたくない気さえした。と、同時に、すごく、心臓がドキドキした。月さんの匂いで包まれている。そ、それにこれは、月さんの胸が…。
「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です!ご飯、いただきます!」
「うん、沢山食べな!」
赤くなっている顔がばれたくなくて白米をかきこみ味噌汁を勢いよくすすった。
「ははっ、そんなに急がなくても誰も取らないよっ…と。」
「…!」
「あ、一粒だけ取られちゃったね。」
月さんは俺の顔についていた米粒をひょいっと取り、口に運び、くすくすと笑った。俺は白米と味噌汁で口の中をいっぱいにしたまま、月さんから目が離せなくなってしまった。もう、隠せないくらい顔が熱い。
「どした?味噌汁熱かった?」
「いえ、おいしいです、そうじゃなくて、その…」
「?」
「お、おかわり、貰ってもいいですか!?」
「お、いい食べっぷりだね!もちろん!」
守ってもらって、与えてもらって、褒められて、ドキドキして。この気持ちを何と表したらいいか分からない内は、何も言わない方がいい気がした。この胸が甘く締め付けられるような感覚が何なのか分からないまま、俺はご飯を沢山食べた後、ぐっすりと眠った。
「炭治郎…おは…!」
「………?ああ、善逸おはよう…」
「な、な、な、な、何でお前、女の人に腕枕して貰ってんの…!?」
「へ…?え、え、え、ええええええ!?」