夕焼けの中で祝福を
おなまえ
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それから私達の距離が近くのに時間はそんなにかからなくて。
私は積極的に話しかけるようになり、山田くんもそれにちゃんと答えてくれる。
たまにラップの話もしてくれる。…兄弟の話も。お兄さん達の話をする時の山田くんはいつも頬が緩んでいて、聴いているこちらまで嬉しくなるのだ。だから、それなりに仲は良くなっていると…思いたい。
そんな山田くんの誕生日が今日だったんて全く知らなかった私は、途端に焦りと無念の感情に襲われる。結構色んな話をしていたはずだが誕生日の話に触れたことはなかった。
…どうしよう。誕生日プレゼントとかあげたいけど…知らなかったから買ってないし。また後日にする?
ああ、でも今日渡したい…!
それに、取り敢えずおめでとうだけでもいいたいし。教室入ったら一番に話しかけよう。
そんな呑気なことを考えていた私が馬鹿だった。
前にも話したが、山田くんはイケブクロ・ディビジョンの代表チーム『Buster Bros!!!』の三男坊であり、もちろんここイケブクロでその存在を知らないほど有名だ。
その人の誕生日ってことは……いつもは話しかけられないけれどこのネタで近づいてくる人が沢山居るってことだ。
案の定、教室の前には同学年だけでなく他学年まで沢山の女子達がこぞって集まっており、中に入るのにも一苦労。休み時間の度に色んな人達が「おめでとう」とプレゼントを持ってきたり言葉をかけたりと、とても私が割り込める隙などなく…
席が離れているため、授業中に話しかけることも出来ず気がつけば1日が終わろうとしていた。
嘘でしょ…いつもはあんなに話しかけられるのに、こんなに近づけないなんて…
山田くんは最後の授業が終わるなり、さっさと荷物を纏めて帰ってしまい、今日一日話すことさえ出来なかった。私はすっかり戦意喪失し、がっくりと肩を落としながら帰りの身支度を行なっていると、ふとあまり話したことのないクラスメイトから声をかけられた。
「ねぇねぇ、雛子ちゃん!今日さ、日直変わってくれない?ちょっと用事があってさー、雛子ちゃんなら変わってくれるって聞いて」
「え…」
顔の前で手を合わせてお願い、と懇願するクラスメイト。いつもだったら、嫌な気分にさせないようにと笑顔を向けながら二つ返事で引き受けていた。
けど、今日は、
…嫌だ、
だって、今日は山田くんの______
暫く黙り込んだままでいると、目の前のクラスメイトの表情がどんどん怪訝なものになっていく。
だめだ、早く引き受けなきゃ。みんなから嫌な子だと思われちゃう、良い子でいなきゃ、
口元を引きつりながら、何とか笑顔を作ろうとした瞬間_____彼の言葉が頭の中で響いた。
『そんな、自分を押し殺して楽しいわけ?』
楽しくない、
こんなの、全然楽しくないよ、
…山田くん。
私は震える唇で、けれどしっかりと目の前の子の瞳を見据えて、ゆっくりと口を開いた。
「…ごめん。私、もうそういうの引き受けないって決めたから」
*
「はっ…、はぁっ…」
息を切らしながらも全力で地面を蹴って、目的地まで全速力で走る。
目指すのは、山田くんの家。
一度だけ、あの始めて話したあの一度だけ。一緒に帰っている時に私は彼の家の場所を聞いた。ちゃんと覚えてる。
あれからクラスメイトの子に深々と頭を下げると、彼女は「そっか。…ごめんね、今まで色々任せちゃってたし…」と申し訳なさそうに頬をかきながら謝ってくれた。
てっきり悪口の一つでも言われると思っていた私はその言葉にびっくりして、けれど嬉しくて。全部私の思い込みだったって。ちゃんと伝えれば、みんな分かってくれたのに。
何より…その勇気をくれたのは、山田くんだから。
_____プレゼントは無理でも、今日絶対に伝えたい。
生まれてきてくれて、ありがとう。
私と話してくれて、ありがとう。
あの日、助けてくれて、ありがとうって…
体力のない私は何度も何度も歩いてしまいそうになるし、たまに躓いて転びそうになるけど、それでも決して足を止めることなく前へ前へと進む。そして、見通しの良い河川敷に入った瞬間遠くにその背中を捉えた。
隣には、…きっとお兄さん達。
だけれど、邪魔したくないけど、伝えるだけだから。それですぐに帰るから、
私は最後の力を振り絞ってどうにか楽しげに談笑する彼らに近づいて、声が届く距離になったと思った瞬間_____大きく息を吸って口を開いた。
「や…っ、さ、三郎くんっ_____!!!」
私が叫んだ声が、ちゃんと届いた。
山田くんは一瞬びくりと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを振り向くと私を見て更に驚いたようにそのガラス玉のような綺麗な瞳を見開かせる。隣のお兄さん達もびっくりしてる。こんな所で大声出して、きっと非常識だ。…けど、
「誕生日っ、おめでとう…っ!!
生まれてきてくれて、私と友達になってくれて、ありがとう!」
私は顔を真っ赤にしながらも、彼に想いが届くようにと精一杯声に言葉を乗せた。
冬だからか息を吐くたびに目の前が白く靄に覆われ、山田くんの顔が見えなくなる。
「そ、っ、それだけっ、じゃあまた明日!」
暫く間に重い沈黙が流れ、滑ったかもといたたまれなくなった私は照れ隠しに下手くそな笑顔を見せながら来た道を戻ろうと後ろを向く。次の瞬間、背中に降り注ぐ山田くんの高めのよく通る声。
「っ…、雛子さん!」
初めて、名前で呼ばれた。
私はその声に動きを止めて、ゆっくりと後ろを振り向く。するとこちらに駆け寄ってくる山田くんが見えて、慌てて私も彼に向かって歩みを進めた。
そして二人がようやく同じ場所まで来れば、不意に二人の間に赤い光が差し込む。思わず顔を上へ向けると、あの日と同じような綺麗な夕日が雲間から顔を出しており、うっかり感嘆の声を漏らして見惚れそうになる。
「……、どうしてここが分かったの。」
「えと……一回一緒に帰った時に家教えてもらったでしょ?それを覚えてたから…ごめん、迷惑だったよね」
「……そんなわけない、……むしろ、嬉しい。
………ありがと」
言葉を紡ぎ出した山田くんに視線を戻すと、少しだけ頬が赤く染まっている気がした。きっと、気のせいか。寒さのせいか。夕日のせいだ。そう思い込まないと勘違いしてしまうほどに美しく繊細な表情に目を奪われてしまう。
何だか照れ臭くなった私は「うん…」と彼と目を合わせないように目線を地面へと落とした。
「…あー、甘酸っぺぇなぁ」
「ザ、中学生って感じだな」
ふと前から聞こえた声にハッと我に帰った私は、兄弟の時間を邪魔してはいけないと慌てて山田くんに声をかける。
「ごめん、お兄さん達といたのに、邪魔しちゃって。私帰るね」
「…あ、」
私がへらりと笑顔を零しながら手を振ろうとすると、ふと山田くんが言葉に詰まる。何言いたげに動かされた唇から声が出るのには時間がかかったが、それに気づいた私は根気よく待ち続けた。
「あの、さ、…」
「うん。なに?」
さっきよりも更に紅潮した頬は耳までも冷めていく。その光景にこちらまで照れ臭くなり、体の温度がだんだんと高くなっていくのが分かった。
「……良かったらさ、家でご飯食べていかない?」
「……え?いいの?私お邪魔じゃ…」
「邪魔じゃないから。来て……ほしい……」
やっと紡がれた彼からのお誘いに私は嬉しさ半分、申し訳なさ半分だ。せっかくの誕生日に私なんか呼んでもらっていいのだろうか。そう伝えると、山田くんは茹でたこのように頬を真っ赤に染め上げて首を振る。言葉の語尾もだんだん尻すぼみしていき、とても緊張しているのだと言うことは目で明らかだった。
「えと、…お兄さん。良いんですか?お邪魔して…」
「ああ、全然問題ねぇよ。むしろ多い方が楽しいしな」
「そーそー、三郎も来てほしそうだしな」
念のためにお兄さん方にも確認すると、笑顔で快く迎えてくれた。なんて優しい世界なんだ。
じわじわと人の温かさで満たされていく胸を抑えながら、今度は心からの本当の笑顔を山田くんに見せた。
「じゃあ、お邪魔させてもらうね。ありがとう」
「…うん、じゃあ行こ」
「うん!」
するとそんな私を見た山田くんはちょっぴり恥ずかしそうに目を逸らして、体をお兄さん達の方へ向ける。私も元気よくそれに返事をすると、彼の後ろを付いていこうとする_____あ、夕焼けに照らされて、また山田くんの瞳が反射してキラキラ光ってる。綺麗だな。
「三郎くん。…ほら、夕焼けが綺麗だよ」
「……そうだね、…そう言えば雛子さんと初めて話した日も、こんな綺麗な空だったな」
「______え?」
覚えていてくれたんだ、そう言うよりも一歩早く、三郎くんはこちらを振り返りながらゆっくりと口を開いた。
「…綺麗だよ、凄く。
僕_____、あの日から雛子さんの全てが綺麗に見えるんだ」
そう言って心底幸せそうに微笑んだ三郎くんの表情は、夕焼けの色が霞むほどに美しかった。
END
サブローザHAPPY BIRTH DAY!!!!!
大遅刻です…ごめんなさ…
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