夕焼けの中で祝福を
おなまえ
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「……え?」
12月16日____朝。
いつもの時間に起床し、身支度を済ませていつもより5分程遅く家を出た。
そしていつもの通学路を自転車で通り過ぎ、少し早く漕いだためかいつもの時間に学校に着く。丁度友達と下駄箱で鉢合わせしたので、軽く挨拶を交わして一緒に教室へ向かう____筈だったのだが。
近くにいたある女生徒の言葉が耳に届き、思わず足を止めてしまった。
「3組の山田三郎くん!今日誕生日なんだって!」
「えーそうなの。おめでとうって言わなきゃ!一緒に言いに行こ」
「かっこいいから話しかけづらいよ〜でも行く行く!」
きゃっきゃっと女子特有の甲高い声で盛り上がりながら私の側を通り過ぎて行く。
私が急に黙り込み動きを停止したので、不審に思った友達が顔を覗き込みながら声をかけてきたが最早耳に届いていなかった。
山田くん、今日誕生日なんだ…。
山田くん_____山田三郎くんは、私のクラスメイトだ。サラサラの黒髪にパッチリとした瞳はオッドアイ。白くて華奢な体だが身長は173センチと中3にしては随分と高い。目の下に二つ、口元に一つ、ポツリと散りばめられた黒子が印象的だ。
クラスでも常にテストは一位をキープし、運動もそれなりにこなしている____なにより顔がいい。甘いマスクというか、可愛らしい顔?そんな感じで学校にもファンが多く、よく女子に絡まれているのを目撃するが、その度心底めんどくさそうに対応している。あまり愛想は良くないのか、学校ではあまり笑ったところを見たことがないし、友達と話しているのも見たことがない。まぁ彼はイケブクロ代表のラップチーム、Buster Bross!!!の三男坊だしみんな話しかけづらいのかも。
私も初めは怖いなとか話しかけづらいな、とかみんなと同じ事を思っていたのだが、ある日その考えは一変した。
_________
_____その日は夕焼け空がやけに綺麗だったのを覚えてる。遅くまで日誌を書いていたせいで先生から追加の頼みごとを任され、げんなりと落ち込んでいた。日誌も本当はペアでするのにも関わらずペアになった男子が意地悪で傲慢な子で「全部やっとけよな」と私に日誌を押し付けて早々と帰ってしまった。黒板消しもぜーんぶ私に任せてその子は教室の真ん中で大きな笑い声を上げていた。それをちょっとだけ睨みつけてしまったけど____まぁ、いいか。どうせ言い返すこともできないし。はぁ、と小さなため息を吐くと私は書き終わった日誌を持って職員室へと向かう。
「先生、終わりました」「おお、ありがとう。じゃあ理科のノート、全部教室へ持っていっといてくれ」「………はあい」こちらを見向きもせずそう言った先生に私は小さな声で返事をすると、失礼しましたと職員室のドアを開けた。
ドアを締め切るとまた喉の奥から溜息がせり上がり、そのまま口外へ放出されてしまう。何で私ばっかりこんな目に。
あーあ。なんて心の中で愚痴をこぼしながら理科室へ向かっていると、ふと窓の外から空が見えた。
気味が悪い程、綺麗な空色だった。オレンジと赤と黄色が混ざり合ってグラデーションのような色を作り出している。その上から雲が覆いかぶさってその隙間から夕日がチラチラとこちらを見つめていた。まるでこんな私を笑うかのよう。ムカつく。何にも悪くない夕日にまでイラついてしまう自分が嫌で私はその風景から目をそらすと、さっさと終わらせてしまおうと小走りで理科室へと急いだ。
「……げっ、」
理科室の扉を開くと共に目の前に待っていたと言わんばかりに立ちはだかるノート達に、私は思わず喉から素直な声が漏れる。
綺麗に積まれているとはいえ40人いるクラスのノート分を一人で持っていくのはなかなか酷だろう。
私は唇を強く噛み締めて泣きたくなるのを堪えると、とりあえず半分の20冊を持っていくことにする。面倒だが2往復だ。
室内の時計をちらりと見れば5時55分。きっと6時ぴったりに来る電車には乗れないだろう。日誌を書き終えた時は余裕で間に合うと思っていたのに飛んだ誤算だ。6時を逃せば次は40分後。はぁ、と口からまたもや溜息が漏れるが落ち込んでいても仕方ないと私は鼻を鳴らしてノートを抱えながら理科室を出た。
早く帰りたい一心で私は早足になりながら教室へ向かう。早歩きになればなるほど手の中のノートはグラグラと不安定に横揺れをする。
もう、もうちょっと。教室が見えてきたのに気づくと私の足は一層歩みを早めてしまう。それがダメだったのだ。
ただでさえ安定感のなかったノートは私の急加速についていけず、気づけば視界の隅にちらついていたノートは崩れ、床に大きな音を立てて叩きつけられた。
…やってしまった。
さぁ、と顔から血の気が引いていく。20冊のノートは地味に多いのだ。床に散乱したノートの中にはプリントを挟んでいる人もいてそれさえが飛び出してしまっている。
最悪だ、私は慌てて床に膝をついてノートを必死にかき集める。なんて私はついてないのだ。
本当に泣きたくなって来て、唇をさらに強く噛み締めるとふと見つめていた床に影がさした。
……え?
「…何してんの?」
「あ……、」
ゆっくりと顔を上げればそこにいたのは、クラスメイトである山田三郎くんだった。怪訝そうな顔をしながらこちらをじっと見つめられ、思わず息がつまる。だってそうだろう。周りから一目置かれ女子にも人気があって、でもあまり自分から話さない彼に声をかけられたのだから。状況を理解できずにただ呆然と彼を見上げていると、山田くんはさらに眉間に皺を寄せた。
「…ちょっと。聞いてる?」
「…あっ、え、えっと。日直の、仕事…」
先ほどより幾分キツイ口調で言われ反射的に肩がびくりと揺れてしまう。小さな声で言葉を紡げば山田くんは悟ったように「…ああ」と呆れたため息と共に声を漏らした。
「ウチの担任人使い荒いから、また何か雑用でも頼まれたんでしょ?もう一人のやつは?」
「えっと……放課後にはもういなくて」
「……言えばいいじゃん、ホームルームとか話しかけられただろ。任せられっぱなしで嫌じゃないわけ?」
「……」
…痛いところをつかれた。
あまりにも核心を的確につかれたものだから、私は何も言えずにその場に顔を伏せてしまう。
言えたら苦労なんてしないはずなのに、
拳を強く握りしめるとまた涙が瞳の奥から湧いて出て来そうになった。
…また、泣きそう。
けれど私はそれを押さえ込むように唇を緩く上げると、我ながらよく出来た自然な作り笑いを彼に向かって見せる。
「…大丈夫。ちょっと大変だけど、一人でやった方が効率もいいし、私が我慢すればいいだけだから、日直そんなに嫌じゃないし」
ああ、嘘、ウソ、うそのオンパレード。
そうやって自分を押さえ込んで、本音なんていつもお腹の奥深くに落としていく。
仕方ない。こうやって生きた方が、人生ずっと楽だから。
「……、はぁ。そんな自分を押し殺して何が楽しいの?僕には到底理解できない」
「…そうだね、いつも自分を持ってて我が道を行ってる山田くんには分からないと思う」
「……何だよ、その嫌味な言い方」
「______っ、………ごめん、」
呆れたように頭上でため息をついた山田くんには柄にもなくカチンと来て、私はつい怒気を含んだ低めの声で反論してしまう。
すると彼もそんな私の態度に腹を立てたのか、山田くんはワントーン低くなった声で厳しい言葉をピシャリと放った。
そこでハッと我に帰った私は慌てて伏せていた顔を上げ、彼に向かって小さく謝罪を述べる。…今のは、本当に良くなかった。
図星言い当てられて、それでムカついて八つ当たりなんて、最低だ。わたしは、
「……私、性格わるいね、ほんと、ごめん」
震えだした体を抑えるように右腕を左手で摩りながら泣きそうな言葉を紡げば、不意に目の前で揺れていた影が消える。
「ちょっと着いてきて」
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