ヘリオトロープ*
おなまえ
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どくん、どくん。
真っ暗な暗闇の中で私はクラッカー片手に、左馬刻がリビングのドアを開けるのを待つ。
心臓の音がやけに耳に大きく響き、それが余計に緊張を増殖させた。
妹ちゃんも先程出掛けてしまい、本当に私一人になってしまった。
孤独になってしまったからか、もし喜んで貰えなければどうしようと不安が胸を渦巻くが今更そんな事を言っていても仕方がない。
私は何度か深呼吸を繰り返すと、胸に手を当てて静かにその時を待った。
左馬刻…碧棺左馬刻。
すぐ怒るし、怖いし、目つきも悪くて。短所を上げればキリがない。
____けど、それよりも沢山あの人には良いところがある事も知っている。
何だかんだ面倒見が良くて、部下にも慕われてて、何より家族を大切にする素敵な人。
だからこそ私は彼に惹かれたし、恋人になりたいと強く願ったんだ。
部屋の片隅に置かれた彼へのプレゼントをチラリと横目で見てみる。
ちょっとくさいけど…きっと、喜んでもらえるよね。
______その時、玄関の鍵が開けられドアが開く音がした。
き、来た〜〜〜〜………!!!!!!
とんとん、と控えめな足音が近づいてくる。私はクラッカーの紐を強く握りしめて、ドアの方へと一歩足を出した。
ガチャリ。
目の前の暗闇に一筋の光が差し込み、ドアが大きく開かれた瞬間、私は愛しい彼に向かって思い切りクラッカーの紐を引っ張った。
「左馬刻!!誕生日!おめでとう〜〜〜〜!!!!!!!!!」
「……………………は?」
パァン、と発砲音に似た音が室内に響くと共に、私は大声で祝福の言葉を口にする。
クラッカーの中に入っていたちり紙がはらはらと目の前に舞う。
その隙間から私の大好きな白髪が顔を出し、その懐かしさに私の頬も思わず緩んだ。
私がクラッカーを鳴らしてから、数秒の沈黙が流れる。
ゆっくりと彼の方へ視線を向ければ、鳩が豆鉄砲を食らったような左馬刻の表情が見えた。
「…テメェ、何でここにいやがんだ」
「ふふ…驚いた?サプライズだよ、サプライズ!」
赤い目を丸くしながら相変わらずの低音ボイスでポツリと言葉を零す左馬刻。
私はサプライズが上手くいった事の喜びで緩んだ頬を隠すことも無く、未だきょとんとしている彼に近づきながらその答えを返した。
「…今日、誕生日でしょ?恋人になってから初めてだし、どうしても喜んでもらいたくて…色んな人に協力してもらったの」
「……じゃあ、会えなくなったっつーのも嘘かよ」
「うん、本当は左馬刻の家でご馳走作ってたんだ。結構自信作!」
やっと冷静さを取り戻したのか大きく溜息をつく左馬刻に、私は笑顔で彼の為に作ったご馳走を手で指し示す。
「取り敢えず食べようよ!ねっ!」と彼の背中を押せば、観念したように左馬刻も小さく頷いてくれた。
*
「ふふ、今思い出しても笑えるな。左馬刻のアホ面」
「…うるせェな。いきなりの事で思考が追いつかなかっただけだっつってんだろーが!」
ご馳走を並べた机で向かい合わせに食事を始める私達の空気はとても穏やかで、まるで幸せに包まれているようだ。
私が左馬刻の事を揶揄えば、ムキになった彼は大声でこちらに言い返してくる。
そんな空間も何だか久々で、あまりにも愛しい目の前の存在に口角も自然と上がっていた。
「でも、正直誕生日に会えないの寂しかったでしょ?」
「あ"?んなワケねェだろ。今更ンな事で悲しがってるタマじゃねェよ」
「……そっか、」
不意に口にした質問に、左馬刻はあくまで淡々とした口調で答える。
その内容に少しだけ物寂しい感情を渦巻くが、いちいちそんな事で傷ついていられないと慌てて表情に笑顔を戻した。
「……ご飯、美味しい?」
「おー、うめぇよ」
「良かった……、不味かったらどうしようって不安だったから」
話を変えるように食事について質問を投げかければ、左馬刻は食べる手を止めることもなく言葉を零す。
少しだけ緩んだ彼の頬を見るからに、満足してもらえたようで嬉しさが私の顔にも滲んだ。
……これが終われば、あとはプレゼントを渡すだけ。
喜んでもらえると良いけど……。
そんな事を思いながら左馬刻を見やると、彼は手を止めており、ケーキに釘付けになっていた。
その瞳が少しだけ悲しげに揺れていた様に見えたのは、私の勘違いだといいな。
「ん、ご馳走さん」
「すご……よく食べれたね。結構量多かったけど」
「バァカ、お前が作ってくれたモン残すワケねェだろ」
机の上いっぱいに盛り付けられていたご馳走の数々は、すっかり左馬刻の胃袋の中へ吸い込まれていた。
私が感心しながら皿の片付けをしていると、左馬刻は乱暴な口調だけれど優しい声色で私を見つめる。
その言葉に思わず胸から何かが込み上げ、少しだけ目頭が熱くなったのを隠す為に立ち上がった。
…やっぱり、左馬刻は優しいや。
*
左馬刻が手伝ってくれたおかげで皿の片付けもスムーズに終わり、いよいよここからはプレゼント渡しの時間だ。
何となく机を挟み向かい合いながらお互い携帯を弄っている中、私はタイミングを見計らって口を開いた。
「……あのね、左馬刻。実は私からプレゼントがあるんだ」
「……あ?プレゼント?」
今日二回目の左馬刻の戸惑った様な声が前方から聞こえ、私は頷きながら隠してあったプレゼントを持ってくる。
その数々を見る度、左馬刻の瞳には驚きの色が色濃く残った。
「まずは、…ちょっとくさいけど花束」
「っ…」
そう言って私は左馬刻の顔よりも大きな花束を彼に手渡す。
11月の花・オレンジのガーベラが、まるで彼を祝福するかの様に左馬刻の方を見つめていた。
「…花束とか、キザかよ」
「私も思った。けど、折角の誕生日だししたい事全部やりたいなって」
満更でもない表情で大きな花束を見つめる左馬刻に安心しながら、次のプレゼントへ移る。
「二つ目は、……ネックレス。もし気に入らなかったら申し訳ないけど、今は開けないでね。また一人の時にでもゆっくり見て」
恥ずかしいから、と照れ臭いのを隠す為に遠慮がちにはにかむと、真っ黒の小さな箱が入った紙袋を渡す。
すると左馬刻はまた少しだけ切なげに揺れる瞳で、その紙袋を受け取った。
……らしくないなぁ。
「……それで、次で最後なんだけどね。……これは個人的に私も気に入ったからお揃いで買ったんだけど…」
「………香水か?」
そう言いながら、最後のプレゼントである小さな瓶状の物を机に置く。
ゆらりと中身が少しだけ揺れて、白っぽい液体が顔を出した。
「そう。…香水。甘くて優しい匂いでね、結構好きなんだ。どうしても左馬刻にあげたくて」
「………へぇ」
微笑みながらそう言い終えた後左馬刻を見ると、彼も少しだけ頬を緩めてその香水を興味有りげに見つめていて。
その視線が愛しいものを見るかの様に優しげで、私の心はまたもやじんわりと温かくなった。
「…左馬刻」
小さな声で彼の名を呼びながら、隣に寄り添うに座れば彼の手は自然と私の腰に回る。
強く抱き寄せられ一気に近くなる距離にはまだ慣れないけれど、ふわりと感じた左馬刻の匂いと体温にとてつもない愛しさを感じた。
「生まれてきてくれて、ありがとう。…私と、出会ってくれてありがとう。……私を好きになってくれて、……ありがとう」
「……、」
言葉一つ一つに想いを乗せるように、私は口元を緩く上げながら彼への気持ちをありのままに零す。この想いが、どうか左馬刻に伝わりますように。
そんな事を心の中で願いながら、私は黙り込んでしまった彼とゆっくり視線を交わらせた。
青色のグラデーションを重ねた真っ赤なルビーの瞳の中には微笑んだ私だけが映っており、何だか言いようのない優越感が体を包む。
けれどぼんやりと私を見つめたその瞳には、少しだけノスタルジックな感情が含まれている気がした。
「あ、そういえば。……ねぇ、左馬刻。私のあげた香水……ヘリオトロープの花言葉知ってる?」
「……知らねぇ」
ふふ、だと思った。そう言いながら私が口元に手を当てて笑えば、目の前の彼の表情はたちまち不機嫌そうに歪む。
もう、すぐ機嫌悪くなるんだから。まぁ、そんな所も含めて好きなんだけれど、なんて思いながら私はゆっくりと口を開いた。