Awkward
おなまえ
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よし、出来た…!
目の前で湯気を立てながら良い香りを漂わせているご飯達を見ながら、私は心の中で満足げな息を漏らす。
勝手に器具を借りちゃったのは後で謝るとして…取り敢えず味見もしたから不味くはない…筈だ。多分。
とは言ってもお箸とかお皿とかは流石にどれを使ったらいいのか分からないので、料理だけを机に広げて左馬刻様が帰ってくるのを待つことにした。
てか、本当に帰ってこなかったらどうしよう…作り始めてたら調子上がっちゃっていっぱい作ってしまった…こんなの一人で食べられるかな。てか左馬刻様が人の作った物とか無理タイプだったらどうしよう…!盲点だったよ…
待っているうちにどんどんとネガティブな思考に陥ってしまう。______ああ、私の悪い癖だ。
しかし不意に玄関の方からドアの開くような音が聞こえ、私の体は瞬時に判断する。よ、良かった、帰ってきて下さった…!
昔から誰かの帰りは必ず玄関で迎えるという掟が家族の中であった為、その名残で自然と私の足は玄関へと向かう。エプロンもつけたままで。
「____あ、…お帰りなさい」
「……、」
玄関で靴を脱ぐ左馬刻様に声をかけて出迎えれば、ゆっくりと顔を上げた瞳が大きく見開かれるのが分かる。…ああ、やっぱり本物だ。なんて見惚れるように見つめていれば、そのまま目が合ったままお互いの体の動きを停止して数秒。沈黙に包まれる空間に居たたまれなくなった私は様々な不安も相まって慌てて口を開いた。
「えっと、…すみません。勝手に妹さんのエプロン借りちゃって………あと、良かったら、ご飯作ったので……嫌じゃなければ、どうぞ」
「………」
「あ、あの………嫌でしたら……本当に大丈夫なので……」
「……いや、食べる」
彼の顔色を伺うように問いかければ、暫く黙り込んでいた口から言葉が小さく漏れる。その返答に少しだけ重かった心が途端に軽くなる。良かった。
*
「い、いただきます」
「…いただきます」
二人で食卓を囲んでの夕飯。何だか信じがたい光景だ。手を合わせながらチラリと左馬刻様を見れば、表情を変えることなく私の料理に手をつけている。ひぃ…顔が、顔がいい…無表情でもかっこいいって相当な美形だよなぁやっぱり…
そんな事を考えながらまだ熱々の味噌汁を啜ればあまりの熱さに舌を火傷してしまった。ヒリヒリと痛む舌を暫く空気に晒していたが、それにしても空間の沈黙が辛過ぎて気まずいったらありゃしない。その静寂を破りたくておずおずと様子を伺うように左馬刻様に声をかければ、彼はこちらを見ないまま返答を返してきた。
「えと、味……大丈夫でしたか?」
「_______悪くねぇよ」
「あ…よ、良かった……」
一言言うなり黙々と料理に箸を運んでいるあたり不味くはないのだろう。ホッと胸を撫で下ろすと同時に口からは自然と本音が漏れる。取り敢えず、ご飯が大丈夫なら料理担当させてもらおう…!
「あの、良かったらこれから料理作らせてもらえませんか?…せめてものお礼ってことで…」
「あ?んなこと別にする必要ねぇよ。俺が全部面倒見るっつってんだろ」
「だっ、ダメです…!と、言うか私が嫌なんです……ここに置いてもらってる以上、私に出来ることは何でもしたいから…だから、お願いします」
私の申し出を左馬刻様はやはりこちらを見ることなくすぐさま否定する。普通ならここで引き下がるのだが、私もこれは引き下がれない。やっぱりちょっとでも役に立ちたいから…こんなのが役に立つか分からないけど。私に出来ることは何でもやりたい。それだけは譲れない。怯える心を抑えて、彼を真っ直ぐに見つめながら私の気持ちをぶつけると、赤いルビーの色がゆっくりとこちらを向いた。鋭い目つきにすぐにでも視線を逸らしたくなるが、ここで逸らしては負けだと強い瞳で彼の赤を捉え続けた。
暫く見つめ合っていれば、ついに左馬刻様の方から目線が外され折れてくれた。
「ったく、やっぱテメェはビビリの癖に変なとこで強情だな。…勝手にしやがれ」
「は、はい!頑張ります…!あと、ついでに他の家事とかもしますよ?」
「どうせ断ってもやんだろーが」
意気込むように鼻を鳴らせば、目の前の左馬刻様は呆れたようにため息を吐く。
伏せられた瞳から見える睫毛は驚く程長く、この世のものでないくらいに美しく見えたので途端に私の眼はロックオン。無理じゃん。美の暴力過ぎるんだけど…
何だかご飯食べる前は緊張でガチガチに固まっていた体も、そんな話をしていくうちに解けていくのが分かる。少し話しにくいと思っていた左馬刻様は案外そうでもないらしい。
「もうちょっと家事が安定したら、アルバイトも始めようと思ってます」
「それは却下。大体テメェはこの街がどれだけ危ねぇか自覚してねぇだろ。だから昨日もあんな目に遭っちまうんだよ」
「…そっ、それは昨日、身を持って自覚したので大丈夫です…」
…あれ、普通に会話できてる。やっぱり昨日から思ってるけど、本質は優しい人なのかな。昨日の説教が始まると、私は投げかけられる言葉を受け止めながらも少しだけ頬が緩む。
…ご飯よりも、この空間が何より暖かい気がした。