Encounter
おなまえ
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あの後少しの間左馬刻様の背中をぼんやりと眺めていたが、ハッと我に返った私は慌てて救急車を呼んだ。
私は事情は聞かれたものの、同行者して救急車には乗らなかった。まぁ、一応知らない人だしね…。
次から次へと忙しなく物事が進むのに目を回し、本気でぶっ倒れそうになる頃にはもうすっかり辺りも状況も落ち着きを取り戻していた。
「この馬鹿者!」
「あいたっ!」
「あの左馬刻の戦いにチャチャいれるとは、…一歩間違えれば死んでたぞ?」
「だ、だって…」
やっと終わりました、と頬を緩めながら男性の元へと駆け寄れば、彼は眉間に皺を寄せた表情で思い切り頭にゲンコツを落とされる。
…地味に痛い。呻き声を上げながら頭を抑えてしゃがみ込めば、頭上から厳しくて___そして優しい声が聞こえた。
「でも、まぁ。アンタは思ったより強く正義感のある子なんだな。なんてたってあの左馬刻に反論するぐらいだ。まだ餓鬼でしかも女だっつーのに、正直見直した」
「……え、えへへ…」
優しい手つきで頭を撫でられ、賞賛の言葉を送られる。慣れていない私はどうしたらいいか分からず、取り敢えず気味の悪い笑い声を上げながら赤らんだ頬をかいた。
「取り敢えず、お腹すいただろう。コンビニで何か買ってやる」
「…!ありがとう、おじさん」
煙草を咥えたままコンビニへ向かって歩き出すおじさんの言葉に心底感謝しながら、私は笑顔でその背中を追いかけた。
*
「…すまんな。その、…本当に」
「そんな…全然。むしろここまでしてもらって感謝しかないです!」
すっかり日は沈み辺りが薄暗くなった頃、私達は橋の上で向かい合わせになっていた。
目の前のおじさんの瞳は悲しげに揺れており、そんな彼の歯切れの悪い言葉に私は頬を緩めたままゆっくりと首を振る。
あの後コンビニでおにぎりと肉まんを買ってもらい、少し早めの夕食を済ませたのだがそこで一つの問題が浮上した。
…そう、私には帰る場所がないのだという事だ。
元いた場所がこの世界には存在しておらず、連れてこられた記憶もさっぱり。手がかりさえない。これから探すにしても、取り敢えずは住む所が無ければその前に餓死か凍死真っしぐらだ。しかし、この世界で私に当てがあるはずもなく_____。
おじさんは家族持ちで家計も毎月ギリギリらしい。これ以上人が増えると破産しちまうんだ、と私を養えない悔しさからおじさんの唇はふるりと震えていて。何度も頭を下げて謝られたが、私は初めからそんな図々しい事はこれっぽちも考えていなかったのでその都度笑顔で首を振った。
「きっと中央区に行って事情を話せば、政府が何とかしてくれるはずだ。切符代くらい払ってやるから、真っ暗になるまでに行くんだぞ」
おじさんは真剣な瞳でそう言いながら私を見つめ、恐らく切符代であろう1000円、中央区までの道のりを書いた地図、そしておじさんが羽織っていた温かそうなジャンパーを手渡してくれる。そこまでしてくれなくていいと遠慮したのだが、おじさんは何度言っても引かず渋々私の方が折れた。
今日初めて出会ったのにも関わらず、ここまで親切にしてくれたおじさんには感謝しかない。私は彼のジャンパーを羽織ると、目を細めて口角を上げながら「…本当にありがとうございます」と深く頭を下げた。
そして、今。私達はこの橋の上で別れようとしていたのだ。
「…じゃあ、行きますね。おじさん、本当に本当にありがとうございました」
「ああ、花子さんも元気で。また何処かで会えると良いなァ」
「絶対会いましょう。いや……また、会いに来ますから。この恩は一生忘れません」
「…全く、大袈裟だなァ」
そう言って乾いた笑い声を漏らすおじさんは少しだけ寂しそうだった。私も彼と別れる事で不安になりそうな心を奮い立たせると、「じゃあ、また何処かで!」と満面の笑みで大きく手を振る。そしてゆっくりとおじさんに背を向けて、一歩一歩力強く歩き出した。
「……お前さんなら、この世界を変えられるかもしれねぇな」
ポツリ、橋の上に取り残された男は小さく言葉を零した。