Encounter
おなまえ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
…やってしまった。
気付けば私は倒れた男性を守るように手を広げながら、マイクを口元に当たる左馬刻様の真ん前に立ちはだかっていた。
まるで、漫画のヒーローの様に。
そんな力量も覚悟もない癖に、ヒーローの真似事をし出す自分は周りには世界一滑稽に映っているんだろうな。
ギラリと冷たく光った左馬刻様の瞳の中に映った自分の顔は真っ青な上、体は尋常もなく震えていた。
ガクガクと膝が笑い、一瞬でも気を抜けば崩れ落ちそうな体を必死に抑えながら何か言わないとと口をパクパクとさせる。
けれどあの左馬刻様を前にすんなり言葉が出てくるはずもなく、喉からはひゅと乱れた呼吸音が漏れた。
「…何だテメェ。女が出しゃばってんじゃねェよ。早くそこどけや」
「っ……ひ、ゅ…ぁ、……」
「どけっつってんだろうが、聞こえねェのか?」
私がいきなり前に出た事で取り敢えずマイクは切ってくれたみたいだが、それでも彼に向ける殺気と狂気の色が消える事はなく。
低くドスの効いた声で退去を命じられ、それだけで私の体は本能的に硬直する。何も言えずにガタガタと震えていれば、今度は額がくっつくほど顔を近づけられて再度ココからの撤退命令を下された。
近い、近い、近い!!!!!!左馬刻様、肌綺麗!!目赤い!やばい、めっちゃ美人!!受け、受け決定だよね、これ。てゆうか今そんなこと考えてる場合じゃない!!
あまりの至近距離に憧れの左馬刻様のお顔が映り込むものだから、私の思考は完全に混乱に陥る。
自然と黙り込んでしまった私を無理やり押しのけようと、左馬刻様は私の肩に手で圧力をかけた。
その力に思わず体がフラついて、左馬刻様の前の空間から弾き出されようとしてしまった瞬間______不意に後ろを向けばいつの間に目覚めたのか、怯えと助けを求める男性の瞳と目が合う。
その時、私は何を思ったのか。分からない。けれど本能的に体が動いていた。
「ダメっ………!こ、殺さないで、…」
「あ"?」
私の体を押しのけた彼の腕を縋り付くように掴んで、やっとの思いで口にした言葉は驚く程小さくこの世界に響いた。
…白くて華奢だと思っていた左馬刻様の腕の感触は、思ったより筋肉が付いていた。
「此奴を殺そうが殺さまいが、俺の勝手だろーが。それとも_____テメェ、此奴のイロかよ」
「ちっ……、ちが、ちがい、ますけど……」
「はっ、じゃあ尚更テメェなんざには関係ねぇな。さっさと此処から消えろ」
餓鬼の女が来るとこじゃねーんだよ、と私の腕を強く振り払う左馬刻様。
その後人を殺せそうな瞳で睨まれ、勝手に私の体はびくりと揺れる。
もう、逃げなきゃ今度は私が殺される。けど、けど。私が逃げたら、あの人は。
脳内に男性の揺れる瞳がフラッシュバックして、私は震える体を両腕で抱え込むようにして押さえつけた。
なんだろう、私いつも言いたい事も言えなくて。自分がしたい事も、周りの目を気にして出来なくて。臆病者で、せっかちで、そんな自分は嫌で________。
此処に来てその性格が変わるわけでもないのに、何故か今は何でも出来る気がした。漫画の、ヒーローの様に。
真似事だって笑われたって、構わない。
せっかくこんな世界に来ているんだ、やりたい事やらなくてどうする?
「…い、いや、です。……この人を殺さない、って言うまで、……絶対帰りません」
そう言って私は精一杯の力を込めて、左馬刻様の瞳を睨みつける。
今すぐ謝り倒して逃げ去りたい気持ちを必死に封じ込めて、それでも助けたい思いの方が強かったから。
これで、死んだって、もういい。ヒプマイの世界にこれて一瞬でも左馬刻様と関われただけでも、むしろ左馬刻様に殺されるなんて本望_________…。
暫くの沈黙、最後の数秒は殆ど気絶した様な状態で左馬刻様を見つめていたから、きっと酷い顔を見せていたんだろうな。
死ぬ前の痛みが来ると覚悟し、拳を強く握りしめていれば不意に視界から左馬刻様が消える。
驚いて反射的に辺りを見回せば、反対方向に彼の背中が見えた。
「チッ、もういい。萎えたわ」
「えっ、あっ、…」
こちらを振り向く事なくボソリと呟かれた言葉を聞き、私は初めて命拾いしたのだと認識する。
部下みたいな人と共に小さくなっていく左馬刻様を数秒見つめた後、私は彼に聞こえるように大きな声でその背中に言葉を投げた。
「あっ、……あの、あり、ありがとう、ございました…!」
ちゃんと、届いたかな。