ハイキュー!!
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
きっかけがなかったわけじゃない。ただ、私に告白する勇気が無かった。告白して、関係が崩れてしまった時のことを考えたら怖くなった。それだけの話。
貴大、って小さい頃から何度も呼んできた名前を呼ぶと、彼は決まって笑顔で振り向いてくれる。どんな時でも。友達といるときでも、彼女といるときでも、私のことを第一に気にかけてくれた。
そんな彼に甘えていたんだ。この想いを告げなくとも彼はずっと私の傍に居てくれるんだ、って思い込んで。
何度もピピピッ――、っとなる携帯のアラーム。深い水底にあった体を浮上させるように、ゆっくりと意識が水面から顔を出した。
もう朝か、と寝癖でボサボサになった髪の毛を手櫛で乱雑にまとめながら洗面所へと向かう。タオルと一緒に置いてあったヘアバンドで髪をくくり、冷たい水で顔を洗うと目が冴えた。
なかなか髪の毛がまとまらないな、と思い寝癖直しを使いながら髪の毛を丁寧にブローしていく。カーテンを開ければ、空は灰色に曇っていた。
どうりで髪の毛がまとまらないわけだ。
もうすぐ6月に入る。梅雨入りも間近だ。トーストとコーヒーの準備をしながらテレビを付けると、もう九州の方は梅雨入りをしたようだ。その間に、洋服に着替えてしまう。終わった頃にはトースターのベルが鳴った。
出勤時間までテレビを見ながら朝食を済ませ、化粧を施す。その間のテレビの内容は主に天気予報と自治的なニュースのみ。芸能ニュースは耳にするものと、大々的に取り上げられてるものしか知らない。
戸締りを確認し、ポストの中身をチェックしながら駅へと向かう。一人暮らしのOLのポストの中身なんか化粧品会社のDMか水道光熱費とクレジットカードの請求書くらいのものだが、今朝は小奇麗な封筒が一つ紛れていた。
綺麗に封を切ってみれば、そこから出てきたのは一枚の便箋とはがき。
もうそんな時期か、と心の中で呟く。
中身は幼馴染である花巻貴大の結婚の報告と式への招待状。書くのは会社についてからでいいや、と鞄の中にそれを丁寧にしまった。
ポツっと雫が頬に垂れてきたのを合図に、手に持っていた傘を開く。見上げた先は、分厚い雲で覆われたあいにくの空模様。
◇◇◇◇
「貴大!」
今日こそは告白するんだ。そう意気込んで、貴大のことを捕まえること数十回。いや、もう百回を超えてるのかもしれない。友達と楽しそうに話しているときも、私が名前を呼べば笑顔で振り向いてくれる。
中学に入った頃から急に差が開いた身長。夕陽に照らされてできた、真っ直ぐと伸びる影。足元にできた細長く伸びる影をぼんやりと見ながら、なんだか心の距離も開いてしまった気がした。
小学生くらいまではよく手を繋いで歩いた。けど、恋人でもない男女が手を繋ぐのはおかしい、とお互いに思ったようで、気がつけば手を繋ぐことはなくなった。
「あ、あのね、お母さんがシュークリーム作ったんだけど、食べない?」
「まじ? 俺、このシュークリームが一番だと思うんだよね」
ああ、また言えなかった。
シュークリームなんて、お母さん作ってない。ここ最近のシュークリームは私が作っている。貴大が食べてるシュークリームは、私が作ってるんだよ。ということも言えない私が告白なんてできるはずなかった。
「じゃあ、明日持ってく」
帰ってシュークリーム作らないと、と帰ってからやることを頭の中で整理してると、貴大がお腹空いたなと鞄からお菓子を取り出した。ラッピング的に手作りお菓子。というか、家庭科の調理実習で作ったクッキーだ。私たちのクラスは先週作ったから他のクラスが作ったものだろう。
「食べる?」
「……食べる」
ずっと見ていたのに気がついたようで、クッキーを一つ摘んで私の口元に寄せる。早く口を開けろと、唇にクッキーを押し付けられる。
「ちょっと、自分で食べれる……っ」
「あ、わるい……」
幼き頃の癖が出たのだろうか。何も考えずにこういう行動を取ってしまうのに、嬉しい気持ちと苛つく気持ちが交じり合う。
差し出されたクッキーを手のひらで受け取り、サクサクと音を立てながら奥歯で噛み砕く。普通に美味しくて腹が立った。
「このクッキーくれた子すげえ可愛いいんだよなー」
「へぇー……何? 次はその子にするの?」
「なんかその聞き方俺が特価え引っ変えしてるみたいに聞こえんだけど」
「えー違うの? 来る者拒まず去る者追わず、なのに」
「うっせ、告白してくんのもフッてくんのも向こうなんだから仕方ないだろ」
家庭実習に作られたものは基本授業中に食べなくてはならない。それなのにも関わらず、そのクッキーの送り主はわざわざ持参したラッピング袋に詰め、赤色のリボンで口を綺麗に縛っていた。今日はバレンタインデーでも貴大の誕生日でもない。好意が丸見えだ。それに満更でも無さそうな幼馴染。
嫉妬ってこういうことを言うんだな、って思った。腸が煮え返るような苛立ち。胸、というよりはすぐ下のみぞおちがズキズキと痛んだ。
「貴大、これ、シュークリーム」
「おうっ、おばさんに礼言っといて」
満面の笑でそれを受け取った貴大。昨日のクッキーのように綺麗に包装されてなく、ただタッパーに詰めただけのもの。
ちがう、違うよ。それ、私が作ったんだ。
お母さんに教わりながら一生懸命練習してきたもの。サクサクのクッキーのような食感が未だに出せていない。作った本人が一番違いに敏感だ。お母さんも気付いていない。
もちろん、貴大も。
「あ、ねえ。来週の月曜日、映画観に行かない?チケットもらったんだけど……」
「あー……。しばらく一緒に帰れないや」
申し訳なさそうに眉をひそめながら、持っているスマホの画面を私の目の前に差し出す。画面に映し出されているのは、通話アプリのメッセージ欄で、下の方にある2つの吹き出しを目で追う。
相手の吹き出しは放課後の呼び出しが、貴大の吹き出しは、それに対して分かったと答えている。誰が見たって分かる。それは、私がずっとできないでいることだ。
告白の呼び出し。
唯一、バレー部が休みの月曜日は貴大と一緒に帰れる日だった。それを断るということは、彼の中でもう返事は決まっている。
「そ、っか……。わかった。別の人探してみるね」
「おー、悪いな」
私のお母さんが作ったと思い込んでるシュークリームを頬張りながら、相槌を打たれ、通知を知らせるスマホを手に取りメッセージを返す。その間に私の付け入る隙間はもう無いように思えた。
その証拠に、貴大と彼女の交際は卒業まで続いた。今までで最長記録。それでも、大学が別になれば自然消滅か、彼女が他に好きな男でも作って別れるんじゃないかと思ってた。いや、願ってたの間違いか。
貴大が相手を振るという選択肢は私の中には存在しなかった。
だって、瞳が違う。彼女を見る瞳と、他の女の子とか今までの彼女を見てきた瞳は全然違った。
優しい、瞳をしていた。
彼のことがすきで好きで、大好きだからこそ気がついてしまったこと。
その瞳には時々熱っぽさがあって、まどろむようなあたたかさがあって、優しかった。
彼に、「好き」と一言、たった一言だけでも言えていれば、あの場所にいたのは、もしかしたら私だった?幼馴染として隣にいるんじゃなくて、恋人として、貴大の隣にいることができただろうか?
答えは「NO」だ。
「好き」と言えるのであれば、今頃こんなモヤモヤとした気持ちを抱えて過ごすことは無かった。とっくの昔に告白して、恋人としての関係を味わうことができていたか、振られているかのどっちかだ。
振られるのは別に怖くない。私をそういう対象で見ていないというのは分かりきっていることだ。そんなことよりも、振られた後に、元の「幼馴染」に戻れなくなってしまうんじゃないか、というのが一番怖かった。
どんなカタチでもいいから貴大の傍にいたかった。その為にならなんだってする。自分の気持ちに嘘ついてでも、一緒にいられるのなら。傍で笑ってくれるのであれば――。
◇◇◇◇
「それで、本当によかったの?」
「よくないなら、私は今頃ビルの屋上に立ってるわよ」
高校時代の同級生、松川と会ったのはたまたまだった。いつもの居酒屋で一人虚しく、お酒を楽しもうと思っていたときに声をかけられたのだ。
机の上に出されている一枚のはがき。二重線で消さなければいけない部分はしっかりと消され、出席という文字は綺麗に丸で囲まれている。「ご結婚おめでとうございます」と書いた文字は、二十数年生きてきた中で一番丁寧に書いた。
頼んだビールのジョッキは汗をかいていて、底に水溜まりができていた。少しぬるくなってしまったビールを一気に喉に通し、追加分を店員に頼む。
「でも、まだ好きだろ?」
「……もう、そんなこと言ってられる年じゃないでしょう。もう相手がいる人を好きでいられるのなんて十代まで。でなきゃ、私はいつまでも子どもみたいな恋愛しかできない」
松川の言う通り。貴大に恋愛感情を抱いていないかと聞かれれば、首を縦に振ることしかできない。けど、もうそんな我が儘言っていられない。
心のどこかで貴大への恋愛感情を捨てられないまま何人かの男性と交際した。けど、やっぱり貴大に会ってしまうと、その時に交際している人がいても比較してしまい、貴大への想いが大きくなってしまう。
それを自覚してからは貴大と会っていない。式で会うときは3年ぶりの再会だ。もちろん、結婚の知らせも電話で聞いた。声を聞いただけで、どうしようもなく胸が締め付けられて、貴大を想って初めて涙を流した。
「貴大、幸せになれるかな」
「なれるだろ。まさか高校の時からずっと続くなんて思わなかった」
「それはみんな思ってなかったよ」
運ばれてきた枝豆をぷちぷちと一つずつ口に含みながら思わず笑いを溢す。
私の願いは叶わなかった。
「私は告白もできない臆病者だから。あの子がちゃんと自分の想いを告白できた時点で私の負けは決まってるんだよ。臆病者は恋なんかできない。臆病者は、前に進めないんだよ」
何事も、勇気が必要なんだよ。一歩を踏み出すための勇気が。私にはそれがなかった。だから、こうして彼の幸せを祝うことしかできない。きっかけだけは、あの子の何百倍もあったはずなんだから。
ビールをまたもや一気に喉に通して、トリスハイボールを頼む。
「いい飲みっぷりー」といたって平坦な声色の松川を少しだけ睨む。「煽ってんの?」と訊けば「まさか」と、これまた無表情。
「後悔してる?」
「そりゃもう、たっくさん」
後悔なんかあげたらキリがない。なんであの時、告白しなかったんだ、と思うところがざっと数十件。なんであの時、あんな態度を取ってしまったんだろう、と思うところがこれまた数十件。
でも、一番の後悔は、貴大が美味しいと言ってくれてたシュークリームは、実は私が作ってたんだよ、ってこと。
お母さんが作ってたシュークリームを、貴大はもちろん美味しいと言って食べてた。けど、「おばさんのシュークリームが一番だな」って食べた後に、口癖のように言うようになったのは、私が作ったのをあげた時からだ。
今までそんなこと言ったことなかった。私が、何度も練習して、ようやく持っていけるレベルに達したもの。それを貴大に初めて渡した時に言われたんだ。一番だ、って。
「結婚式、楽しみだね」
ラストオーダーに、そのお店で一番高いお酒を頼んだ。伝票を見た松川の表情は、今まで見てきた彼の表情で一番おもしろい顔だった。
「結婚おめでとう」
「悠月、スピーチの話受けてくれてありがとうな。お前の幼馴染でよかったわ」
白いタキシードに身を包んだ貴大。幸せに満ちたオーラが私には眩しかった。その言葉に嘘偽りは無く、自分が少しだけ惨めに思えた。
ふにゃり、と幸せそうに笑う彼にまた好きという感情が溢れ出す。昨日までに一生懸命考えてメモしてきたスピーチの原稿がパーだ。
控え室に差し込む日の光。部屋の白い壁。飾られた花。ぜんぶ綺麗だった。窓の外に見える景色は、一枚の風景画のよう。木々の葉が日の光を受け輝き、バルコニーに吹く風は心地よい。すぐ下にあるプールの水面が揺れて、水底に光の波を作っていた。
今日で、この想いを終わらせなくちゃいけない。忘れる、とまではいかなくても、きっちりけじめをつけなくてはいけない。
そう、決意してここへ来たはずなのに、この期に及んでも「好き」の一言は言えなかった。
「私ね、貴大にプレゼント持ってきたの。一生使えるものでも、残るものでもない。今、この場ですぐに消えてなくなってしまうものだけど、貴大が好きだって言ってくれてたもの」
私が背中の後ろで手を組むようにして隠していたものは、ひとつのビニール袋。その中にはタッパーがひとつだけ入っていて、そのタッパーの中に入っているシュークリームもひとつだけ。
彼にシュークリームをあげるのは、たぶん5年ぶりくらい。分かりやすく笑顔を輝かせて、シュークリームを手に取る。その様子は子どもの頃と全然変わっていない。
世界でたったひとつのシュークリームを味わうように食べる貴大の瞳に涙が滲み、堪えきれなかった分が頬を伝った。
「ちょ、なに泣いてるの……」
その涙を慌ててハンカチで触れるようにして拭ってやる。けど、その優しさが逆効果だったのか、彼の涙は溢れ出す一方。コックでしっかり止めてあったはずの蛇口から水が流れっぱなしになってしまっているようだった。
「やっぱり、悠月のシュークリームが一番だな」
泣きじゃくりながら、ようやく最後の一口を飲み込んだ貴大は確かにそう言った。
「えっ――」
「シュークリーム、途中からお前が作ってただろ」
「な、んで、し、って……」
「わかるさ。おばさんのより、悠月が作ったシュークリームの方が美味しいから。一番だ、って思えたから」
お前まで泣くなよ、と今度は私がハンカチで涙を拭われる。化粧が落ちないように、丁寧に、優しく。
「気づいて、ないと思ってた……ッ」
「だって、お前なんにも言わないから。何か不満でもあるのかな、って思って……だから言わなかった」
「いっちばん最初のはおばさんの作ったやつの方がサクサクしてた」だとか、「クリームが甘すぎた」とかいちゃもんつけられ、少し腹が立った。
「でも、今食べたやつが、今まで食べてきた中で、悠月が作ってくれたシュークリームの中で、一番うまかった」
「そ、っか……」
後悔することが1つ減った。それだけで、今の私には十分すぎるものだった。もう、私の想いは、私の中だけの思い出にしよう。
彼が知る必要はない。今、伝えてしまえば、彼の幸せを壊してしまう。
今、私ができることは、彼の幸せを祝福することだけだ。
6月の梅雨真っ只中。ここ数日の天気は土砂降りの雨模様。窓際から見上げた空は青く澄み渡り、白い雲がいくつか浮かんでいた。
◇◇◇
俺たちの関係はずっと変わらないものだと思ってた。家族みたいに、何でも分かち合えて、とても大切な存在。小さい頃から隣りにいることが当たり前。名前を呼べば笑いかけてくれるのが当たり前。家まで一緒に並んで帰るのが当たり前。俺たちの間に恋愛というものは不要なものだった。
確かに、悠月といるのは気が楽だ。お互い小さな頃から知っているから嫌なところも散々見てきたし、それを許せるようにもなった。付き合わないのか、と聞かれたことも何回もある。けれど、その問に俺は「あいつは妹みたいなもんだ」と返していた。付き合おうと思えば付き合えた。好きなのか、と聞かれれば当然好きだ、と答えるだろう。けれど、この関係を壊してはいけないのではないかと思った。
俺の好物はシュークリームだ。お菓子作りが苦手な母親の代わりに、よく悠月の母親がシュークリームを焼いてくれた。それは、どの店に売られているシュークリームよりも美味しく感じられた。高校に上がる前くらいだろうか。悠月がシュークリームを作り始めたのは。だてにシュークリーム好きを名乗っていない。一口食べただけで、これはおばさんが作ったものではないことが分かった。けれど、悠月は何も言わない。まだまだシューの焼き加減はおばさんには及ばないのが恥ずかしいのか。それとも、俺との関係をこれ以上、深いものにしたくないのか。どちらなのかは分からない。けれど、彼女がそう言うのであれば、俺もそう捉える他ない。
「俺、このシュークリームが一番好きなんだよね」
だから俺も、嘘をつく。おばさんのシュークリームが一番だ、って。
心のどこかで悠月への気持ちを引きずっている俺を全部受け止めてくれた彼女と付き合い始めたのは高3のときだ。違う大学へと進学したのだが、関係はずっと続いていた。
毎日のように顔を合わせていた悠月とも、大学に入ってからはその頻度も減り、社会人になってしまえば1年以上も顔を合わせることがなかった。たまに地元に帰ってきてる時にお酒を交わす程度。俺の心の中から、どんどん悠月への恋心が薄れていき、代わりに高校から付き合っていた彼女の存在が大きくなっていった。
そんな彼女と結婚を決めたことに後悔はしていない。着慣れない白のタキシードを身に纏い、部屋のバルコニーから下にあるプールを眺めていると、ノックの音が3回、静かに鳴った。返事をすると、扉を開けて入ってきたのは悠月だった。淡いピンク色のドレスは、最近刺々しい彼女の印象を柔らかくした。
結婚おめでとう、とふんわり笑う彼女を見て、衣装合わせでみたウエディングドレスがふと頭に過ぎった。十代の自分が、もしも悠月に告白していたら、今、俺の前に立っている悠月はウエディングドレスを着ていたのかもしれない。そんな馬鹿らしい妄想は置いといて、とスピーチを引き受けてくれたことにお礼を言った。
悠月は、ずっと背に隠すようにして持っていたものを俺の前に差し出した。渡されたビニール袋にはタッパーが1つ入っていて、その中にはシュークリームが1つあった。そのシュークリームを一口、かじってみる。さくっとしたシュー生地に、ほどよい甘さのカスタードクリーム。もう何年も口にしていなかった、一番大好きなシュークリーム。口の中に甘みが広がる度に、悠月との思い出が脳内に広がる。楽しかったことも、辛かったことも全部。手のひらサイズのシュークリームは少しずつ、味わって食べてもすぐに形を無くし、体内へと消えていってしまった。
「ちょ、何泣いてるの……」
ハンカチで頬を優しく拭われて、初めて泣いていることに気がついた。自覚すると、涙は止まるどころかどんどん溢れてくる。
「やっぱり、悠月のシュークリームが一番だな」
やっと、言えた。ちゃんとお前に、美味しい、って言えた。
今度は悠月の瞳からボロボロと涙が溢れる。どうやら俺が気づいていないと思っていたらしい。どれだけ一緒にいると思ってんだ、ばーか。俺の涙も止まってはいないが、化粧を落とさないように慎重に悠月の涙を拭ってやった。
たくさんの親戚や友人が自分たちの新たな門出を祝ってくれる。お互いの成長過程のスライドショーを見て、改めて親への感謝の気持ちを抱いたあと、彼女の友人、そして悠月のスピーチの時間になった。
さっき散々泣いたからだろうか、悠月は声こそ震えていたが涙は流さなかった。会場を一望できる特等席に座りながら、悠月のスピーチを見守る。そんなこと言わなくてもいいだろう、と思うようなことまで言われて、思わずツッコミを入れると会場が湧く。
「貴大。私はあなたの幼馴染として、これまで一緒に過ごせたことを誇りに思います。彼女と付き合い始めて、貴大の隣りは私から彼女に変わりました。あなたは、守るべきものを守ってください。彼女にたくさんの愛を注いであげてください。そしていつか、幸せの恵みを授かったとき、それ以上の愛を二人で注いであげてください。本当に結婚、おめでとうございます。末永くお幸せに――――」
俺も、おれもだよ。俺も、お前の幼馴染でよかった。
お前を好きになれてよかった。
君が、俺の初恋でよかった。
どうか、君にも永遠の幸せが訪れますように――。