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深い深い、森の中。木が生い茂り、日の光を遮断するこの場所は、身を隠すのに丁度よかった。
「かならず、かならず帰ってくる?」
「ああ、約束する」
「いつまでも待ってるからね……」
彼女は待った。約束どおり、いつまでも、いつまでも。暗い森の中で、ただ一人――。
幼い頃から、いつも同じ夢をみた。物心がつき、夢というものが何なのか分かり始めてから、影山は毎朝両親に夢の話をした。
「森の中で女の子と遊んだ」
「女の子は白い色の洋服をきていた」
「その子は薄着でいつも裸足で痛そうだ」
影山が両親に話す夢の内容は、毎朝同じものだった。
人見知りの激しい影山の数少ない友達。友達の夢の話は毎回違うものだった。友達にも当然、両親と同じように、毎夜見る同じ夢の話をする。
「同じ夢なんてみるわけないだろう?」
馬鹿にされたように言われても、少しも腹が立たなかった。だって、これは真実だ。自分でもおかしいとは思う。けど、本当にその夢しかみないのだから。
薄暗い森の中。女の子と遊ぶ夢。黒の薄い布を纏う少女は寒そうで、そこから伸びる白い綺麗な脚は泥で汚れている。靴も履いてはおらず、つま先はいつも血を滲ませていた。
けれども、影山も中学に上がるころには部活で体力を消耗し、めっきり夢をみることが少なくなった。偶にみても、何の夢をみていたのか思い出せないのだ。
どこか懐かしい夢をみたきがする……と、覚醒しきってない頭が仕事をしようとするが、結局いつも思いだせずにいる。
何か、大事なことを忘れている気がする。そう思うようになったのは高校に上がったころだった。
中学に入学し及川や岩泉に初めて会ったとき、頭の中でパチッと何かがはまる音がした。日向を初めて目にしたときも、同じようにパチッと音がした。いったい何なのだろう……。気のせいかもしれない。
けれども、それが高校に入ってからは立て続けに起こったのだ。田中や西谷、清水、音駒のセッター、伊達工のミドルブロッカー。パチッ、カチッ。それは、まるでパズルのピースが埋まっていくような音。ピースとピースがはまっていく音によく似ていた。
◇◇◇
何度朝日を見たのだろう。何度夕陽を見たのだろう。何回朝を迎え、何回夜を迎えたのだろうか。幾度も繰り返される雨や晴れや曇りの天候を、私は何度見てきたのだろうか。
「トビオ……いつになったら来てくれるの?」
一人で遊ぶのはもう飽きた。一人で見る星空はちっとも綺麗じゃない。
何も考えずに見上げる空はゆっくりと動いているはずなのに、私には早く見えた。流れる雲の動き。太陽や月の動き。セカイが公転し、動く星は一つの線になってつながって見えた。季節とともに変わる葉の色も、瞬きする度に変わっているような気がした。
◇◇◇
『………、……オ』
「影山?おーい」
誰かに呼ばれた。影山は微かに聞こえた自分の名前に反応して周囲を見渡すが、それらしき人物はいない。
「どうしたんだよ、おまえ」
「今、誰かに呼ばれた気がした」
「は?俺しかいないけど。っていうか、さっきから呼んでる」
(違う、おまえじゃない)
直感的にそう思ったが、日向の言うとおり、周りには誰もいない。ましてや、とびお、という名前で呼ぶようなやつはいないのだ。気のせいか。そう思って自転車を押す日向の横に並んだ時だった。
『……トビオ』
確かに聞こえた。今度ははっきりと。微かな声に違いはないけれど、でも、確かに「トビオ」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえたのだ。
「俺、用があったの忘れてた!」
「え、ちょ、影山!?」
影山は日向をその場に残し、全速力で声が聞こえる方へ駆け出す。どこだ、どこにいる。こんなに必死になって駆け回ることもないのだろう。けれど、けど行かなきゃいけない気がした。
声が聞こえる方へ向かってひたすら走る。腰のあたりで弾むエナメルバックが邪魔で仕方がない。きこえてくる声は自分の名前以外にも「寂しい」「飽きた」そんな声が混ざるようになってきた。無我夢中で走った末に行きついた場所は、ある山の前だった。聞こえる。この奥からだ。
影山は躊躇うことなく、日が沈んだ真っ暗な山道に足を踏み入れた。その場所は影山にとって初めての場所だ。けれど、来たこともないはずなのにどこか懐かしい感じがした。
生い茂る木々の隙間から照らされる月明かりと、スマホの明かりを頼りに足場の悪い道を一歩一歩確かめるように踏みしめた。人が通るように整備されていない道は、大きな岩や草が邪魔で、気をしっかり持っていなければ転んで大怪我をしてしまいそうだ。
山を登り始めて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。突如、開けた場所が身の前に広がり、大木の根元に人影が見えた。ガサリ、草をかき分けた影山の足音に、その人影がピクリと反応した。
「トビオ……?」
人影は、確かにそう言った。ゆっくりと上げられた顔が月明かりに照らされる。その顔を見た瞬間、影山の心臓が高鳴った。
(俺は、この人を知っている……?)
影山はふらふらとした足取りで、その人影へと近づく。影山の瞳は夢うつつ。驚愕で揺れる瞳は、その人影はっきりと映し出していた。
彼女が身に纏っている布は、白くて薄い。そこから伸びる手足は白くすらっとしている。靴下や靴なんてものも履いてはおらず、その白い足は泥で少し汚れており、爪先は血が滲んでいた。月明かりに照らされるだけの、真っ暗な闇の中でもはっきりと分かる色鮮やかな、炎のような焔色の髪。影山を見上げる瞳の色も、髪の色とお揃いの透き通るような焔色だった。
「やっと逢えた……」
そっと呟かれた声は、鳥のさえずりのように心地よいもので、その声にも聞き覚えがあった。そう、幼い頃毎晩聞いていた声だ。彼女は、景山が毎晩みていた夢の人物だったのだ。夢でみていた彼女よりは幾分年をとっているように見える。けれど、それは自分だって同じだ。
儚げに揺れる焔色の瞳は、まっすぐと影山を映している。影山は、何を話したらいいのか分からなかった。ふるふると震える唇は無意識のうちに動き、誰かの名前を喉が奏でた。目の前の彼女の大きな目がさらに開かれ、瞳が揺れた。影山が呼んだ名前は、彼女の名前だった。
パチッと、またあの音が鳴る。ああ、そうだ。思い出した。
それは、はるか昔の遠いセカイの記憶――。
◇◇◇
暗い暗い森の中。カゲヤマは道に落ちている小枝をポキポキと折りながら歩いていた。その森は、木々が生い茂り昼間でも、その光を通すことがない。僅かな木漏れ日で薄暗い道はとても物騒なもので、村人はこの山に立ち寄ることはなかった。
そんな折、魔物を狩るカゲヤマは近くの村人から依頼され、この山へ足を踏み入れたのだ。「化け物がいる」と。確かに化け物がでそうだ、影山はそう思い慎重に足を進めた。
ずっと狭かった道が突然開けたと思えば、今まで隠れていた太陽の光が目に差し込む。反射的に、その眩しさに手をかざして目を細める。次に見えた景色は、その中心に大きな大木があった。そして、その根元にある人影を見つけ手に持っていた弓を構えた。
背中からゆっくりと弓矢を引き抜き、その人物に向ける。気が付いたときに出てしまった殺気に気が付いたのか、その人物はカゲヤマをじっと見つめていた。
「だれ」
凛と響きのある声が通る。透き通るような鳥のさえずりのようにも聞こえた。悪意の無さそうな声に、構えていた弓を下す。
「お前が化け物か」
魔力の高いものは、人に化けるのが上手い。そうして悪さをしていくのだ。
「もう一度きく。お前は魔物か」
すると、彼女は困ったように眉を下げながら「魔物ではない」と答え続けた。
「あなたはハンター?」
「そうだ」
普通の人間がこのような辺鄙な場所には来ない。住み着くとすれば魔物くらいで、足を踏み入れるのは同じ魔物か、それを狩るハンターくらいだろう。ならば、魔物ではないと自称する彼女は何者なのか。カゲヤマは疑問を抱き、「お前は何者だ」と問いかけた。
「私は……」
問いかけた質問の答えとともに本来の姿を現した彼女は、これまで生きてきた中で見てきたものの中で、一番綺麗だった。
◇◇◇
影山は、何度も、何度も彼女の名前を口にする。彼女の細身の体を抱きしめる。勝手に溢れ出す涙を、彼女は優しく拭ってくれた。
「すまなかった……」
謝罪の言葉も何度口にしたか分からない。けれど、彼女は影山を責めることなく、嗚咽をもらす彼の背中を何度も撫でた。
「逢えたんだから、それでいい……」
そっと重ねられた唇は、柔らかくあたたかい。啄むように口づけ、お互いに唇を軽く吸い、また重ねる。影山にとっては生まれて初めてだったはずの行為も、当たり前のように自然にできる。知っている。この感情も、この感触も。俺は、知っている。
触れ合う肌から、どんどんと身体の中心に熱が生まれ、心があたたかくなる。埋まったピースが、どんどんと記憶を紡ぎだす。
「好きだ……」
愛すべき人が、この手の中にいて。すぐ傍にいる。触れられる近さにいる、という真実だけで影山は幸福を感じることができた。
「そろそろ時間だ……」
彼女は、ゆっくりと影山の胸を押し返し近くにあった積木に触れた。すると、そこから炎が立ち昇る。ゆらゆらと揺らめく炎は、彼女の髪や瞳と同じ焔色。
影山の瞳から新たな雫がこぼれ、頬をつたった。「いくな」その言葉は、声にならず体内に飲み込まれてしまう。
「飛雄と同じ。姿形が違うようで同じになるだけ。いつか、きっと……。飛雄のように思い出すから……」
あたたかな風が影山の前を吹き抜け、思わず瞑ってしまった目を開けると、彼女は本来の姿を現し、その炎の中へと身を投じた。
◇◇◇
焔色の毛並。長い尻尾はところどころ金色の毛が混じっており、その姿は今まで見てきた中で一番綺麗だった。
「私ね、不死鳥なの」
不死鳥――永遠の時を生きる鳥。数百年に一度、自ら積み上げた炎に身を投じ幼鳥として生まれ変わる。その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死の命を授かる。それを求める輩も少なくはなかった。
そんな奴らから逃げてきた、と彼女は口にした。カゲヤマはその日から彼女と共にすることが多くなった。幼い頃にオイカワさんに秘密で可愛がっていた小鳥によく似ていたのだ。
そんな中、食糧を調達するために降り立った街でヒナタに出会った。魔王オイカワを倒すための旅。彼女のことを考え、即答はしなかったがどうしてもカゲヤマは自分がやらなければいけないと感じていた。オイカワを倒すのは俺だ。
「かならず、かならず帰ってくる?」
「ああ、約束する」
「いつまでも待ってるからね……」
そうして出た森に、カゲヤマは二度と戻ってくることは無かった。
◇◇◇
森の中では、一人の男嗚咽を噛み殺していた。男の手の中には、生まれたばかりの小さな小さな小鳥。炎のような炎色の毛並み。小さく小さく、泣いている彼を励ますかのように鳴いた。
____大丈夫。私は、ここにいるよ。