ツイステッドワンダーランド
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広大な土地を持つこの学園内には、生徒達の悪戯によって作り出された異空間や、隠れ家のように創られた建物が多く存在する――という噂があった。今は使われていない校舎の端にある鏡をくぐり抜ければ……。ある空き教室には隠し扉がある……。ある廃墟の地下には秘密の隠し部屋が……。などなど、数えたらキリが無い。その多くが上級生から下級生へと伝わっているただの噂話の為、学園関係者は目を瞑っていた。――はずだった。
しかし、相次いで生徒達が異世界へと閉じ込められてしまう事件が多発。学園長であるクロウリーも、これには重い腰を上げなけれあならなかった。そこで調査に選ばれたのが悠月だった。面倒ごとは彼女に押し付けてしまえばいいだろう、というのが彼の考えらしい。働き次第で賃金上乗せと言われてしまえば、悠月も気乗りしない体に鞭を打つしかない。
そうしてクロウリーから渡された噂のリストを虱潰しに歩き回っていたある日のことだった。
最初こそ、学校に伝わる七不思議のようなものが懐かしくて、楽しく学園内を探検がてら巡っていたのだが、どこも怪奇現象的なものは起こらない。三日目にはグリムも飽きてしまい、エースやデ悠月スの元へと遊びに行ってしまった。もぉ、と悪態を吐くが小さな魔獣は聞く耳を持たない。結局残っていた五か所を悠月は一人で見て回ることとなった。
四か所はいつもと同じように異常は見当たらず、残すは学園裏の森の中にあるとされる廃墟だ。木々に覆い隠されるようにして確かに存在していた建物は、もう何十年も使われていないのか大半は朽ちており壁や扉には蔦が巻き付いている。薄気味悪さを肌で感じたが、中に入ってみなければ調査ができない。ごくり、と生唾を飲みながらも朽ちた扉に手を伸ばす。が、指先に走ったチリッとした痛みに思わず手が引っ込んだ。静電気にも似た痛みに驚いた悠月が咄嗟に感じたのは「この建物には何かある」ということだった。
すぐクロウリーに報告すべきだ。と、踵を返そうとした時、後ろから聞こえた物音に体が強張る。どくどく、と脈打つ心臓の音が全身に響いて、身を包む空気が緊張に包まれたような気がした。すぐ後ろに感じる気配に息が詰まる。
「こんなところで何してやがる」
急にかけられた声に、悠月の体は大きく飛び跳ね、喉からは声にならない悲鳴が上がりそうになった。
「レ、レオナ先輩……⁉ 急に話しかけないでくださいよぉ……」
心臓飛び出るかと思った。と、後ろを振り返った悠月は大きく息を吐いた。
悠月の言葉や反応には気にも留めず、レオナは気怠そうな眼を古びた建物へと向ける。彼は、くあっ……と大きな欠伸をしたあと、もう一度「何してるんだ」と彼女に問いかけた。
クロウリーからの頼まれごとだ、と経緯を話せば、また面倒ごとを引き受けてんのか、と嘲る。そんな彼に向かって、悠月は胸の内で「うるさいなぁ……そんなの分かってるし」と言い返した。
「防衛魔法がかかってる。……随分と昔のものみてェだな」
魔力でも感知しているのだろうか、建物に手のひらを向けたレオナが冷静に物言う。へぇ、と小さな声で相槌を打てば、扉からはキシキシと嫌な音が立ち始めた。
「あの……先輩?」
隣に立つ悠月が青ざめた顔で「それって、このままにしなくちゃいけないやつじゃ……」と言っている最中にも音はどんどんと大きくなっていく。もう一度、大きな声でレオナに呼び掛けたその時だった。ドカン! と小さな爆発音がして、爆風によって土煙が立ち昇る。咄嗟に顔を覆った悠月が次に顔を上げて目にしたものは、真っ黒に焦げて外れた扉だった。
「なんで開けちゃったんですか……」
「面白そうだから」
声を震わせる悠月をその場に一人残し、レオナはずかずかと建物の中へと入っていく。せんぱい、と小さな声で呼ぶものの彼が振り返ることはない。木々が風に揺らされて鳴る音に背筋が震える。後を追う方が取り残されるよりもマシだ、と悠月は勇気を振り絞って薄暗い建物の中へと足を踏み入れた。
体重をかければ朽ちた床板が嫌な音を立てながら軋み、いつ床が抜けてもおかしくない。慎重に一歩ずつ床を踏みしめ暗い部屋の中を見渡していると、古びた暖炉の上で光って石を見つけた。太陽光に翳してみれば、それは宝石のように光り輝く。綺麗だな、と思った矢先だった。眩い白い光に身を包まれた悠月は、防衛本能からかぎ悠月っと目を固く瞑った。「おい」とレオナに肩を揺さぶられ、悠月は恐る恐る目を開けて辺りをキョロキョロと見渡す。そこは先ほどまでいた薄暗い古びた建物ではなく、真っ白な部屋の中だった。
二畳半ほどの狭い部屋には、家具も窓も無く、壁と揃いの真っ白な床に小さな瓶が転がっているだけ。その数は二十から三十といったところだろうか。明かりの元になるような電球などは見当たらないのに、部屋全体は薄暗くなく、むしろ仄明るいのは魔法の一種なのだろうか。
「これ、なんですかね?」
床に転がった瓶の一つを手に取り、中身の液体を覗き込んだ悠月は、どこか苛立った様子で尻尾を床に打ち付けているレオナに尋ねた。傾ければ、どろりと水面の傾く薄桃紫色の液体は、おそらく魔法薬の一種なのだろう。一体どんな味がするのだろうか、と小瓶の蓋を開けてにおいをたしかめてみる。鼻腔をくすぐるのは、お菓子のような甘い匂いだった。試しに飲んでみようかと、口を付けようとした時だった。
「お子様が飲むもんじゃねェ」
遮るようにレオナの手が伸びて、悠月の手から小瓶を奪う。そのまま自らの口に液体を流し込んだ彼は、その液体の甘味に眉根を寄せた。空になった瓶をぞんざいな手付きで床に転がし、次の瓶に手を伸ばす。ぐしゃぐしゃに握り込んでしまったプリント用紙に書かれている噂はこうだ。
『建物の中は異空間に繋がっており、抜け出すには部屋の主のご機嫌を取らなければならない』
部屋の主、とやらはどうやら存在しないらしいが、他に脱出する為にできることといえば、この瓶の液体を空にすることだろう。噂は聞いたことがある、と小さく口を開いたレオナは、一本、また一本と瓶の中を空にしていく。効果が分からない魔法薬を飲み切る。それがこの空間から抜け出す手段だと彼は言った。
しかし、悠月がこの魔法薬を飲むことはレオナが許さなかった。早く出るには協力すべきだ、と彼女が瓶に手を伸ばせば甲を尻尾で叩かれ「飲むな」と強い口調で怒られる。ギロリとエメラルドの瞳で睨まれた悠月は、蛇に睨まれた蛙のように小さく体を縮めた。
黙々と薬を飲み続けるレオナを、目の前で膝を抱えて見守ること数十分。悠月はあることに気が付き、おずおずとレオナに呼び掛ける。「レオナ先輩」と一度呼び掛けただけでは彼は反応してくれず、悠月はもう一度大きな声で「レオナ先輩」と呼んだ。
「……んだよ」
「あ、あの……なんか、部屋、狭くなってきてないですか」
「あぁ?」
いつも気怠そうなレオナだが、今はいつも以上に物憂いそうに見える。ふらふらと顔を上げたレオナの顔色はどこか熱っぽくて、彼の虚ろな視線と自身の視線が絡み合った時、心臓がどくんと一際大きく脈を打った。
悠月の言葉に辺りを見渡すように睨んだレオナは、今自分達が置かれている状況を把握した途端、目を大きく見開く。驚愕の表情を浮かべるレオナを見た悠月は、慌てて携帯端末を取り出し外部との連絡を試みる。しかし、電波が魔法によって遮断されてしまっているようで繋がらない。別に与えられた連絡用の魔法道具も同様で、レオナ曰くこの空間が魔法を遮断してしまっているようだ。中からの魔法は空間自体に全て吸収されてしまうようで、レオナの魔法も通じない。重くため息を吐いた彼は「クロウリーが魔力の断絶に気付いてるはずだ。すぐ助けが来るだろ」と再び薬に口を付けた。
気がついた時には既に一畳ほどの空間となっていたが、それもどんどんと狭くなっていっている。気がつけば背中には壁が、頭には天井が近づいてきている。すぐ目の前にいる男の息遣いは荒く、やはり体調が優れないように見えた。どう考えても原因は、彼が口にしている魔法薬のせいだ。
熱に浮かされ意識が朦朧としているのか体がふらふらと揺れていて、毛先まで手入れが行き届いている髪の毛からはシャンプーの匂いが仄かに香る。大丈夫ですか、と尋ねれば息苦しそうに呼吸をしながらも、大丈夫だ、と返事をしてくれた。
レオナは彼女を"お子様"と呼んだが、その薬の正体が何なのか分からないほど子どもではない。しかし、飲むことを一度止められている以上、魔法薬を飲んで手伝うことはできない。悠月は狭くなった床に散らばった瓶を中身がまだある物と無い物と分け、空瓶は自身の後ろに、まだ中身のある物をレオナの傍に置いた。
残り五本となった頃には、部屋の広さは半分ほどの狭さになっていて、決して彼の胸へ飛び込んでしまったりしまわぬよう壁に手をついて耐える。他の人を圧迫してしまわないよう、必死に手すりに捕まって乗っていた満員電車を思い出した。ぎ悠月うぎ悠月うと後ろから押され、こちらはこちらで前の人を押してしまわないように気を張らなければならない。体を支える腕や足がプルプルと震え出した頃、レオナは「気にしなくていい」と悠月に言った。その物言いが今までよりもずっと優しくて、胸がき悠月っと締め付けられ、甘苦しい痛みを覚える。でも、と躊躇った様子を見せれば、彼は大きく息を吐いて悠月を己の胸へ誘った。
よく鍛えられた胸板に伏せるような形になり、大きく開かれた彼の脚の間に下半身を埋める。密着して再認識する彼の熱と匂いに、触れている部分がビリビリと痺れだす。汗と手入れに使っていると思われる香油の匂いが脳を揺らす。窮屈な姿勢を少しでも楽にしようとレオナが身じろぐ度に、悠月の心臓は早鐘を打った。
「く、っそ……」
どんどんと窮屈になっていく空間の中、レオナは苦しそうに呻いた。残り一本となった薬が探し出せない。手探りで瓶を探しては空瓶に舌を打つ。どくどく、と大きく脈を打っている心臓の音は、悠月の耳にも届いていた。焦るレオナの唇がわなわなと震えている。血色の良い唇から漏れる熱い息吐きに耳を擽られる度、彼女の背筋はぶるりと震え上がり全身の肌を粟立てた。
悠月も手探りで中身の入った瓶を探すがなかなか見つからない。その過程でお互いの体に触れてしまう度、二人は小さく謝りつつも体内に熱を溜め込んでいった。
「あっ、あった! ありました……っ!」
ようやく見つけた瓶をレオナの前に差し出す。だが、彼の両手は不安定な自分の体を支えるので精一杯でそれを受け取ることができない。飲ませろ、とレオナは言うが、生憎悠月の片手も僅かな隙間に埋まってしまい動かすことができない。そのことを説明すると、彼は器用に口で瓶の蓋を開けた。飲ませろ、とでも言うかのように口を開く。悠月は悠月っくりと薬を彼に与えるが、案の定上手くいかない。甘い匂いがする液体は彼の口の端から垂れ、喉元に滴り落ちた。
ごくり、と嚥下する音が鼓膜を揺らすが数秒経っても空間は消えない。どうして、と焦る気持ちが悠月の体を動かした。零れてしまった液体が原因なのかと思った彼女は「すみません」と手短に謝った後、開けた胸元に舌先を伸ばした。焦ったように彼女を呼ぶレオナの声には怒りに触れているが、説教は後で受ければいい。そのまま顎先へと舌を這わせて、口元を舐る。
熱の籠ったエメラルドの瞳と、レオナの色香にあてられ欲を孕んだ彼女の瞳が交わう。掠れた低い声が「馬鹿が」と呟く。彼の双眸に焔のような情欲が宿ったのを目にした彼女は、悠月っくりと目蓋を閉じた。
唇を啄まれれば啄み返し、下唇を吸われれば上唇を吸い返す。何度も繰り返し、徐々に深くなっていく口づけに思わず鼻から甘い息吐きが抜ける。それに気分をよくしたのか、レオナは喉をごろごろと鳴らした。薄く開いた唇の隙間から潜り込んでくる舌を招くように受け入れると、すぐに彼の舌が絡んできた。
口咥内に溜まっていく、どちらのかもわからぬ唾液を掻き混ぜ、舌を吸い合う。喉奥に近い粘膜を舌先で突かれ口蓋を、悠月の背中を喜悦が駆け抜けていく。思わず身を捩ってしまい、今まで気が付かないふりをしていた太腿に当たっている熱塊を刺激してしまった。
喉奥から漏れる低く掠れた甘い声が悠月の鼓膜を揺らす。あ、っと顔を起こせばレオナはバツが悪そうに表情を歪めた。それがたまらなく愛おしくて、悠月は堪え切れずに微笑い声を漏らしながら彼の唇を柔く食む。
ぐりぐりと額を押し付け合い、鼻尖を擦り合わせて、そしてまた唇を合わせる。相変わらずレオナは口内を蹂躙するように舌を躍らせたが、いつものように後頭部を押さえつけられていないだけ主導権を握られずに済む。自分の都合で顔を離すことができ、悠月は満足げな笑みを浮かべていた。
そうこうしている間に、二人を閉じ込めていた空間が消滅し、元いた建物の中へと戻ってきた。ふっと消えた床や壁についていた手が投げ出され、レオナは床へ、悠月は完全にレオナの胸の中へと落ちる。調子に乗りすぎました、と小さく笑った悠月は、彼の顔を見ることができず視線を逸らす。そんな彼女を見たレオナは、悠月の顔を片手で掴み柔らかな頬肉を押しつぶしながら「後で覚えとけよ」と低く唸った。
しかし、相次いで生徒達が異世界へと閉じ込められてしまう事件が多発。学園長であるクロウリーも、これには重い腰を上げなけれあならなかった。そこで調査に選ばれたのが悠月だった。面倒ごとは彼女に押し付けてしまえばいいだろう、というのが彼の考えらしい。働き次第で賃金上乗せと言われてしまえば、悠月も気乗りしない体に鞭を打つしかない。
そうしてクロウリーから渡された噂のリストを虱潰しに歩き回っていたある日のことだった。
最初こそ、学校に伝わる七不思議のようなものが懐かしくて、楽しく学園内を探検がてら巡っていたのだが、どこも怪奇現象的なものは起こらない。三日目にはグリムも飽きてしまい、エースやデ悠月スの元へと遊びに行ってしまった。もぉ、と悪態を吐くが小さな魔獣は聞く耳を持たない。結局残っていた五か所を悠月は一人で見て回ることとなった。
四か所はいつもと同じように異常は見当たらず、残すは学園裏の森の中にあるとされる廃墟だ。木々に覆い隠されるようにして確かに存在していた建物は、もう何十年も使われていないのか大半は朽ちており壁や扉には蔦が巻き付いている。薄気味悪さを肌で感じたが、中に入ってみなければ調査ができない。ごくり、と生唾を飲みながらも朽ちた扉に手を伸ばす。が、指先に走ったチリッとした痛みに思わず手が引っ込んだ。静電気にも似た痛みに驚いた悠月が咄嗟に感じたのは「この建物には何かある」ということだった。
すぐクロウリーに報告すべきだ。と、踵を返そうとした時、後ろから聞こえた物音に体が強張る。どくどく、と脈打つ心臓の音が全身に響いて、身を包む空気が緊張に包まれたような気がした。すぐ後ろに感じる気配に息が詰まる。
「こんなところで何してやがる」
急にかけられた声に、悠月の体は大きく飛び跳ね、喉からは声にならない悲鳴が上がりそうになった。
「レ、レオナ先輩……⁉ 急に話しかけないでくださいよぉ……」
心臓飛び出るかと思った。と、後ろを振り返った悠月は大きく息を吐いた。
悠月の言葉や反応には気にも留めず、レオナは気怠そうな眼を古びた建物へと向ける。彼は、くあっ……と大きな欠伸をしたあと、もう一度「何してるんだ」と彼女に問いかけた。
クロウリーからの頼まれごとだ、と経緯を話せば、また面倒ごとを引き受けてんのか、と嘲る。そんな彼に向かって、悠月は胸の内で「うるさいなぁ……そんなの分かってるし」と言い返した。
「防衛魔法がかかってる。……随分と昔のものみてェだな」
魔力でも感知しているのだろうか、建物に手のひらを向けたレオナが冷静に物言う。へぇ、と小さな声で相槌を打てば、扉からはキシキシと嫌な音が立ち始めた。
「あの……先輩?」
隣に立つ悠月が青ざめた顔で「それって、このままにしなくちゃいけないやつじゃ……」と言っている最中にも音はどんどんと大きくなっていく。もう一度、大きな声でレオナに呼び掛けたその時だった。ドカン! と小さな爆発音がして、爆風によって土煙が立ち昇る。咄嗟に顔を覆った悠月が次に顔を上げて目にしたものは、真っ黒に焦げて外れた扉だった。
「なんで開けちゃったんですか……」
「面白そうだから」
声を震わせる悠月をその場に一人残し、レオナはずかずかと建物の中へと入っていく。せんぱい、と小さな声で呼ぶものの彼が振り返ることはない。木々が風に揺らされて鳴る音に背筋が震える。後を追う方が取り残されるよりもマシだ、と悠月は勇気を振り絞って薄暗い建物の中へと足を踏み入れた。
体重をかければ朽ちた床板が嫌な音を立てながら軋み、いつ床が抜けてもおかしくない。慎重に一歩ずつ床を踏みしめ暗い部屋の中を見渡していると、古びた暖炉の上で光って石を見つけた。太陽光に翳してみれば、それは宝石のように光り輝く。綺麗だな、と思った矢先だった。眩い白い光に身を包まれた悠月は、防衛本能からかぎ悠月っと目を固く瞑った。「おい」とレオナに肩を揺さぶられ、悠月は恐る恐る目を開けて辺りをキョロキョロと見渡す。そこは先ほどまでいた薄暗い古びた建物ではなく、真っ白な部屋の中だった。
二畳半ほどの狭い部屋には、家具も窓も無く、壁と揃いの真っ白な床に小さな瓶が転がっているだけ。その数は二十から三十といったところだろうか。明かりの元になるような電球などは見当たらないのに、部屋全体は薄暗くなく、むしろ仄明るいのは魔法の一種なのだろうか。
「これ、なんですかね?」
床に転がった瓶の一つを手に取り、中身の液体を覗き込んだ悠月は、どこか苛立った様子で尻尾を床に打ち付けているレオナに尋ねた。傾ければ、どろりと水面の傾く薄桃紫色の液体は、おそらく魔法薬の一種なのだろう。一体どんな味がするのだろうか、と小瓶の蓋を開けてにおいをたしかめてみる。鼻腔をくすぐるのは、お菓子のような甘い匂いだった。試しに飲んでみようかと、口を付けようとした時だった。
「お子様が飲むもんじゃねェ」
遮るようにレオナの手が伸びて、悠月の手から小瓶を奪う。そのまま自らの口に液体を流し込んだ彼は、その液体の甘味に眉根を寄せた。空になった瓶をぞんざいな手付きで床に転がし、次の瓶に手を伸ばす。ぐしゃぐしゃに握り込んでしまったプリント用紙に書かれている噂はこうだ。
『建物の中は異空間に繋がっており、抜け出すには部屋の主のご機嫌を取らなければならない』
部屋の主、とやらはどうやら存在しないらしいが、他に脱出する為にできることといえば、この瓶の液体を空にすることだろう。噂は聞いたことがある、と小さく口を開いたレオナは、一本、また一本と瓶の中を空にしていく。効果が分からない魔法薬を飲み切る。それがこの空間から抜け出す手段だと彼は言った。
しかし、悠月がこの魔法薬を飲むことはレオナが許さなかった。早く出るには協力すべきだ、と彼女が瓶に手を伸ばせば甲を尻尾で叩かれ「飲むな」と強い口調で怒られる。ギロリとエメラルドの瞳で睨まれた悠月は、蛇に睨まれた蛙のように小さく体を縮めた。
黙々と薬を飲み続けるレオナを、目の前で膝を抱えて見守ること数十分。悠月はあることに気が付き、おずおずとレオナに呼び掛ける。「レオナ先輩」と一度呼び掛けただけでは彼は反応してくれず、悠月はもう一度大きな声で「レオナ先輩」と呼んだ。
「……んだよ」
「あ、あの……なんか、部屋、狭くなってきてないですか」
「あぁ?」
いつも気怠そうなレオナだが、今はいつも以上に物憂いそうに見える。ふらふらと顔を上げたレオナの顔色はどこか熱っぽくて、彼の虚ろな視線と自身の視線が絡み合った時、心臓がどくんと一際大きく脈を打った。
悠月の言葉に辺りを見渡すように睨んだレオナは、今自分達が置かれている状況を把握した途端、目を大きく見開く。驚愕の表情を浮かべるレオナを見た悠月は、慌てて携帯端末を取り出し外部との連絡を試みる。しかし、電波が魔法によって遮断されてしまっているようで繋がらない。別に与えられた連絡用の魔法道具も同様で、レオナ曰くこの空間が魔法を遮断してしまっているようだ。中からの魔法は空間自体に全て吸収されてしまうようで、レオナの魔法も通じない。重くため息を吐いた彼は「クロウリーが魔力の断絶に気付いてるはずだ。すぐ助けが来るだろ」と再び薬に口を付けた。
気がついた時には既に一畳ほどの空間となっていたが、それもどんどんと狭くなっていっている。気がつけば背中には壁が、頭には天井が近づいてきている。すぐ目の前にいる男の息遣いは荒く、やはり体調が優れないように見えた。どう考えても原因は、彼が口にしている魔法薬のせいだ。
熱に浮かされ意識が朦朧としているのか体がふらふらと揺れていて、毛先まで手入れが行き届いている髪の毛からはシャンプーの匂いが仄かに香る。大丈夫ですか、と尋ねれば息苦しそうに呼吸をしながらも、大丈夫だ、と返事をしてくれた。
レオナは彼女を"お子様"と呼んだが、その薬の正体が何なのか分からないほど子どもではない。しかし、飲むことを一度止められている以上、魔法薬を飲んで手伝うことはできない。悠月は狭くなった床に散らばった瓶を中身がまだある物と無い物と分け、空瓶は自身の後ろに、まだ中身のある物をレオナの傍に置いた。
残り五本となった頃には、部屋の広さは半分ほどの狭さになっていて、決して彼の胸へ飛び込んでしまったりしまわぬよう壁に手をついて耐える。他の人を圧迫してしまわないよう、必死に手すりに捕まって乗っていた満員電車を思い出した。ぎ悠月うぎ悠月うと後ろから押され、こちらはこちらで前の人を押してしまわないように気を張らなければならない。体を支える腕や足がプルプルと震え出した頃、レオナは「気にしなくていい」と悠月に言った。その物言いが今までよりもずっと優しくて、胸がき悠月っと締め付けられ、甘苦しい痛みを覚える。でも、と躊躇った様子を見せれば、彼は大きく息を吐いて悠月を己の胸へ誘った。
よく鍛えられた胸板に伏せるような形になり、大きく開かれた彼の脚の間に下半身を埋める。密着して再認識する彼の熱と匂いに、触れている部分がビリビリと痺れだす。汗と手入れに使っていると思われる香油の匂いが脳を揺らす。窮屈な姿勢を少しでも楽にしようとレオナが身じろぐ度に、悠月の心臓は早鐘を打った。
「く、っそ……」
どんどんと窮屈になっていく空間の中、レオナは苦しそうに呻いた。残り一本となった薬が探し出せない。手探りで瓶を探しては空瓶に舌を打つ。どくどく、と大きく脈を打っている心臓の音は、悠月の耳にも届いていた。焦るレオナの唇がわなわなと震えている。血色の良い唇から漏れる熱い息吐きに耳を擽られる度、彼女の背筋はぶるりと震え上がり全身の肌を粟立てた。
悠月も手探りで中身の入った瓶を探すがなかなか見つからない。その過程でお互いの体に触れてしまう度、二人は小さく謝りつつも体内に熱を溜め込んでいった。
「あっ、あった! ありました……っ!」
ようやく見つけた瓶をレオナの前に差し出す。だが、彼の両手は不安定な自分の体を支えるので精一杯でそれを受け取ることができない。飲ませろ、とレオナは言うが、生憎悠月の片手も僅かな隙間に埋まってしまい動かすことができない。そのことを説明すると、彼は器用に口で瓶の蓋を開けた。飲ませろ、とでも言うかのように口を開く。悠月は悠月っくりと薬を彼に与えるが、案の定上手くいかない。甘い匂いがする液体は彼の口の端から垂れ、喉元に滴り落ちた。
ごくり、と嚥下する音が鼓膜を揺らすが数秒経っても空間は消えない。どうして、と焦る気持ちが悠月の体を動かした。零れてしまった液体が原因なのかと思った彼女は「すみません」と手短に謝った後、開けた胸元に舌先を伸ばした。焦ったように彼女を呼ぶレオナの声には怒りに触れているが、説教は後で受ければいい。そのまま顎先へと舌を這わせて、口元を舐る。
熱の籠ったエメラルドの瞳と、レオナの色香にあてられ欲を孕んだ彼女の瞳が交わう。掠れた低い声が「馬鹿が」と呟く。彼の双眸に焔のような情欲が宿ったのを目にした彼女は、悠月っくりと目蓋を閉じた。
唇を啄まれれば啄み返し、下唇を吸われれば上唇を吸い返す。何度も繰り返し、徐々に深くなっていく口づけに思わず鼻から甘い息吐きが抜ける。それに気分をよくしたのか、レオナは喉をごろごろと鳴らした。薄く開いた唇の隙間から潜り込んでくる舌を招くように受け入れると、すぐに彼の舌が絡んできた。
口咥内に溜まっていく、どちらのかもわからぬ唾液を掻き混ぜ、舌を吸い合う。喉奥に近い粘膜を舌先で突かれ口蓋を、悠月の背中を喜悦が駆け抜けていく。思わず身を捩ってしまい、今まで気が付かないふりをしていた太腿に当たっている熱塊を刺激してしまった。
喉奥から漏れる低く掠れた甘い声が悠月の鼓膜を揺らす。あ、っと顔を起こせばレオナはバツが悪そうに表情を歪めた。それがたまらなく愛おしくて、悠月は堪え切れずに微笑い声を漏らしながら彼の唇を柔く食む。
ぐりぐりと額を押し付け合い、鼻尖を擦り合わせて、そしてまた唇を合わせる。相変わらずレオナは口内を蹂躙するように舌を躍らせたが、いつものように後頭部を押さえつけられていないだけ主導権を握られずに済む。自分の都合で顔を離すことができ、悠月は満足げな笑みを浮かべていた。
そうこうしている間に、二人を閉じ込めていた空間が消滅し、元いた建物の中へと戻ってきた。ふっと消えた床や壁についていた手が投げ出され、レオナは床へ、悠月は完全にレオナの胸の中へと落ちる。調子に乗りすぎました、と小さく笑った悠月は、彼の顔を見ることができず視線を逸らす。そんな彼女を見たレオナは、悠月の顔を片手で掴み柔らかな頬肉を押しつぶしながら「後で覚えとけよ」と低く唸った。