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目の前に広がる青と黄色と緑。その色は、雲1つない青空と一面に広がるひまわり畑の色。
母は、ひまわりが大好きだった。太陽のように明るく元気な子に育ってほしいと私に葵、という名前をつけた。それは、母が小さい頃から夢みてたことだった。
「女の子が生まれたら、絶対に向日葵からとって葵って名前にするの」
それがどんな縁を繋いだのかは分からないけれど、結婚して嫁いだ姓は"日向(ヒュウガ)"。
そうして生まれた私の名は、なんの偶然か、はたまた運命の巡り合わせか。日向葵という、漢字で書くとひまわりの花とお揃いになったのだ。
ボソボソとした小声に近い私とは対照的に、大きな声でハキハキと喋る。人懐っこい笑顔と明るい性格。初めて彼を見た時は、まるで太陽のような人だな、と思った。両親が思い描いていた人物像はきっとあんな感じだったんだろうな、と思った。
両親の願いとは裏腹に、人見知りな性格だった私の友達は昔から花や木だった。そんな私に当然友達なんて出来る筈がなくて、クラスの端で一人でいることが多い。
入学式のときにクラス名簿で見つけた彼の名前を見て同じ苗字だったことから勝手に親近感を持ったけれど、入学式当日からいろんな人に囲まれてる彼を見て、世界観の壁を感じた。この間まで涼しかったのに、と悪態をつきながらも目の前の花にホースを向ける。
幼少の頃から母の影響もあって花や草木が好きだった私は、園芸部(正確には同好会)に所属した。所属人数は、私と生物の先生の二人だけ。
好きなように活動しなさいと、花壇を提供してくれた。そこには色とりどりの花たちが咲き誇る。もう少しで向日葵の花も咲きそうだ。
鼻唄混じりに水やりをしていると、足元に転がってくる赤と緑と白の混じったボール。バレーボールだ。それを拾うと、「ごめーん、ありがと!」と明るい声が聞こえた。そして視界に映る鮮やかなオレンジ色。
「ここの花すっげー綺麗だよな」
「あ、ありがとう。日向くんは練習?」
「おう! なんかしてないと落ち着かなくて」
そっか、日向くん試合近いんだっけ。確かそんなことをクラスで言ってた気がする。
「ねぇ、これ全部日向さんが育ててんの?」
「うん。植物好きだから」
私は一生、あの世界に入ることはできないんだろうな、って。
『ねぇ、ヒナタさん? おんなじ苗字だ!』
そう声をかけてくれたのは、紛れもない彼。高校生になって、初めて声をかけてくれた人は日向くんだった。ヒナタじゃなくてヒュウガって答えると、彼は慌てて謝りながらヒュウガさんと訂正した。そして、仲良くしようね、と手を差し伸べてくれた。男の人の中では小柄でも、差し出された手は私よりも一回り大きい。握られた手からは日だまりのようなあたたかさが染み渡ってきた。
「なぁなぁ、これなんの花? あれは?」
日向くんが指差したのは、まだ花が咲く前のひまわり。興味津々、といったように次々に花を指差していく。端の方から順番に花の名前を挙げていく。そして最後に「あれがひまわり」 と指を指した。そろそろ花開くかな、と付け足すと日向くんは嬉しそうに笑った。
「日向さんの花だね」
「え……?」
「だって日向さんの名前。日向葵ってひまわりって読むでしょ? クラスの女子に聞いた。可愛い名前だよね、って」
可愛い名前? 私の名前が? 向日葵、なんて私には贅沢すぎる名前だった。私なんかよりもずっとずっと明るくて可愛くてひまわりのような女の子は何人もいた。クラスにだっている。それなのに、なぜそんなことを言うのだろうか。
「それを言うなら、日向くんの方がひまわり似合うよ」
太陽のように明るくて、日だまりのように優しくて。その輝かしい笑顔は、周りを惹き付ける。
「え、なんで? 日向さんだって似合うよ」
嘘をついているようには見えなかった。ただ本心で言っているだけ。純粋に、そう思ったから言っただけ。そう言っているように感じた。なにか間違ってることあるかな? って顔で見られるのが凄く恥ずかしくて、思わず目を逸らす。
「だ、だって日向くんの周りにはいつも人が集まってる。日向くんの笑顔、太陽みたいだもん」
「んー……」
んー、と唸りながら腕を組んで首を左右に傾げる。口がふにゃってなって目も細めてる。あ、凄く考えてる。
「俺バカだから難しいこと分からないけど、日向さんももっとみんなと話せば?」
「そ、それが出来たら苦労してない」
「人見知り?」
黙って頷くと、彼はなぜか笑った。
「でも、俺と普通に話せてるよ?」
「あっ……」
思わず開いてた口を手で覆い隠す。本当だ、喋れてる。人と話すとき、どうしてもバクバク鳴る心臓も落ち着いてるし、どもってしまう癖もあまり出てない。
「大丈夫だよ。日向さんならたくさん友達できる」
なんでそんな自信満々なのだろうか。キッパリと言い切る日向くんに視線を投げ掛けてみると、両側の口端に人差し指をあてて彼は笑ってみせた。
「ほら、笑って。笑顔笑顔」
戸惑いの声を小さくあげながらも、口の端を上げてみて笑ってみる。
「日向さんの笑顔、すっげー可愛いもん。俺、知ってる。ここの花壇の世話してるとき時々笑ってるとこ見てたから。日向さんの笑顔、ひまわりみたいだよ」
無邪気に笑う君。その純粋で真っ直ぐな言葉と笑顔に、胸が高鳴った。
ガヤガヤと賑わう教室。私はといえばその中でぽつんと一人、自分の席に座り続ける。
なんでも、夏休み後に行われる文化祭の出し物について決めなければいけないらしい。私たちのクラスは喫茶店に決まり、シフトを組み始めたのだ。大体が仲の良い子同士でグループになり一緒に回る。必然と、シフトもそのグループごとになるのだが、私はどのグループにも所属できないでいたのだ。どこか、あまりのところに入れてもらおう。そう、いつものように長そうとしていたとき、日向くんは声をかけてくれた。
「日向さん、一緒にキッチンやる?」
「え、あ……」
いつも通りの笑顔で声をかけてくれた日向くん。その横には一緒に組んでいたのだろう、男子の姿。嫌がられてはないのだろうか?と表情を盗み見ると、嫌がってはいなさそうだが少しだけ眉がひそめられたのを見逃さなかった。
「で、でも悪いよ……」
「日向、男だらけのところじゃ日向さんが可哀想。私たちのところおいでよ。私たちもキッチンやる予定だからさ」
彼の誘いを断ると、横から聞き覚えのある女子の声がした。私の二つ前に座っている野口さんだ。運動部に所属し、日向くんに限らず他の男子とも仲が良い。もちろん女子とも。
「ね、日向さん。私らのとこ、人数足りないし」
「う、うん……」
にっこり、とよく笑う彼女はよく私に話しかけてくれるようになった。お昼も誘ってくれるし、移動教室の時も、体育の時のペアも組んでくれた。運動神経抜群な彼女と運動音痴な私。それでも嫌な顔1つせず、笑いながら相手をしてくれた。
お昼休みの花壇の世話を手伝ってくれることも多くて、一緒にジャージを汚しながら作業をした。野口さんの話はいつも面白くて、自然と笑うことが増えたと自分でも思う。
「日向さんの笑顔、やっぱり可愛いね。みんなで言ってたんだ。向日葵っていう名前も可愛い」
そこで、日向くんが言ってた女子が野口さんだってことに気がついた。気がついたら、心に雲が陰った。もやもや、とよく分からない感情が芽生える。これは一体なんだろう?
風に揺れるひまわりは明日にでも咲き誇りそうなくらい蕾が膨らんでいる。それを指で弾いて遊んでみる。弾いては戻ってくるひまわりの蕾。
「可愛くないよ……。全然。野口さんの方が何倍も、何百倍も可愛い」
「何百倍は言いすぎでしょ。嘘とかじゃないよ。日向さんは可愛い」
ひとしきり笑う野口さん。女の子らしく口を覆って笑う感じじゃなくて、大きく口を開けて歯を出しながら笑う。一般的に男ウケされないだろうと、叩かれるような笑い方でも、彼女の良いところを引き出してしまうから不思議だ。とても可愛く見える。それから、少し息を置いてから静かに言った。可愛いよ、と言い直され野口さんの顔を見る。
「昼休み、もう終わるから戻ろうか」
ジャージを叩きながら、昇降口の方へと歩く野口さんの背を追いかけるように、自分もジャージを叩いた。
思ってた通り、翌日の放課後に花壇を覗きに行けば綺麗にひまわりが花を咲かせていた。何枚もの黄色い花弁を太陽に向かって広げる。空を仰ぐように花を広げるひまわりが大好きだ。
『ひまわりはね、太陽が大好きなの。葵はあのひまわり、どんな風に見える? 私はね。ひまわりが太陽に向かって両腕を広げてるように見えるの』
母が昔言ってたことが、少しだけ分かった気がした。ひまわりが大好きな太陽に向かって両腕を広げるようにして花弁を広げているのだ。愛情を受けるかのように日光を浴び続けるひまわり。可憐に咲く姿をみるところ、日光からの愛情を十分に受け取っているようだ。
「私はあなただけを見つめる。……か」
深く息をつくように、そっと言葉を溢した。呟いた言葉は「私はあなただけを見つめる」ひまわりの花言葉だ。その他にも「愛慕」「崇拝」があり、どれも今の私には当てはまっている。
黄色い花びらを人差し指と親指で擦り合わせる。すこしツルツルとした感触を指で楽しんだ。少し強い風が吹けば、ひまわりの花が大きく揺れる。こちらに向かってくる足取りが見えたとき、その揺れがスローモーションに見えた。
「すっげー!! ひまわり咲いたんだ」
「うん、今日咲いた」
「わぁー!! すっげぇ!!」と子供のようにはしゃぐ日向くん。キラキラと艶やかなオレンジブラウンの瞳を輝かせ、嬉しそうにひまわりを見つめ続ける。ずっと世話してきた私よりも喜んでいて、その純粋さに思わず笑ってしまった。日向くんはそんな私を見て、不満げに頬を膨らませ抗議の声を上げた。
「なんでそんなに笑ってんのさー」
「え、いや、だって……っ、凄い喜ぶから」
小さな体をフルに使い、喜びを表現する日向くんは小学生にも見えて、心がぽかぽかとあたたかくなる。でも、胸が躍るのも、心がぽかぽかとあたたかくなって満たされるのも、それだけじゃない。
『母さんがね、父さんと結婚したのはなにも日向(ヒュウガ)って名字に惹かれたから、ってだけじゃないのよ? ひまわりが太陽に向かって花を咲かせるのを、人が愛する人に向かって腕を拡げてるようにみえる。って言ったでしょう? 直感的に思ったのよ。この人に向かって腕を広げたいな、って。具体的にどこが好き、だとかそういう細かいことは放っといていいのよ。ただ、自分に素直になればいいだけ。この人が好きなんだ、って心が勝手に叫んでくれるんだから』
ああ、これだ。って思った。もしかしたら勘違いかもしれない。初めて優しくされて、男の子に慣れてないから嬉しいって思って、恋と勘違いしてるのかもしれない。考えれば考えるほど、違うんじゃないか、って思いが強くもなるけど、それ以上に日向くんに向かって腕を広げてみたいと思った。
「あ、あのね。日向くん」
「んー? なぁに?」
「私、こんなんだからさ。自分の気持ち、上手く伝えられないんだけど、どうしたらいいと思う?」
スカートの裾をギュッと掴む。「あー、シワになっちゃうや」とか、「お母さんに怒られるな」とか、日向くんの返事を待つ間は、苦しいくらいに早鐘を打つ心臓を誤魔化す為に余計なことを考えた。心臓が口から出そうだ。緊張で膝がガクガクと震えている。彼に、気づかれなければいいな。
「ズバって、自分の気持ち言っちゃえばいいんじゃないかな?思ったことそのまま、ストレートに!! 言いたいことは決まってるんでしょ? だったら、それを伝えればいいじゃん」
二カッと白い歯を見せて笑った日向くん。その背には沈みかけてきた太陽の光が輝く。その横で揺れるひまわり。
「やっぱ、日向くんのほうが似合うな――……ひまわり」
ボソッと日向くんに聞こえないくらいの声のトーンで呟く。こんなことが言いたいんじゃないから。
「私ね、日向くんのことが好き……!!」
日向くんに負けないくらいの笑顔で。大きな声でハキハキと。私の想いを受け止めてほしいわけじゃない。そりゃ、我が儘言えば受け止めてもらいたいけれど。
ただ、日向くんに私の想いが届けばいいな、と思った。
驚いたように大きな目を開く日向くん。一度閉じられた口元は、少し息をすうようにすぼめられたかと思えば、ゆっくりと大きく開いた。
「―――――」
彼の口が動くのと同時に、男の子にしては高めで柔らかい声が、風に乗って運ばれてきた。
目の前に広がる光景は、空色にほんのり橙色がかった空の色。ひまわりの黄色と緑色。そして、その中心に彼のオレンジ色があった。