ツイステッドワンダーランド
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大勢の生徒達で賑わう昼休みの大食堂にて、彼女はいつものようにグリムやエース、そしてデュースと共に昼食を摂っていた。噂で美味しいと聞いたキノコのリゾットを頬張りながら、探し人を見つけようと人の波に目を向け続けること十数分。食べ終わる頃にようやく見つけることができ、席についた男に声をかけた。
「ラギー先輩、やっと見つけた」
彼女の呼び声に反応しピクピクと耳を動かしたラギーは、やっとありつけた昼食を口に運びながら顔を向けた。
「先生から伝言。今日の部活はグランド整備により急遽お休みです。他の二年生にも伝えて欲しいのと……レオナさんは?」
授業の間休みにマジカルシフト部の顧問であるアシュトン・バルカスから伝言を預かったのだ。できるだけ多くの人に伝えようと思い、いつもラギーと一緒にいるレオナの姿を探すのだが見当たらない。
「レオナさんなら行方不明ッスよ。俺らも探してたんスけど、見つけられずじまいでこの通り」
ジャックと共に探していたが結局見つけられなかったと肩を竦める。二人してため息を吐いているところを見て、彼女は「えぇ……」と小さくこぼしながら項垂れた。
いつも身を隠しているところにいないのであれば、一体どこにいるのだろうか。考えを巡らせていると、スンスンと何やらにおいを嗅いでいるラギーの顔が目の前に迫っていることに気がついた。
「え、っと……ラギー先輩?」
しかめ面しながらにおいを嗅ぎ続けるラギー先輩を呼びながらも助けを求めようと周りに視線を向ける。見ればジャックも同じようにしてクンクンと鼻を鳴らしているではないか。
「あのー……?」
「におう」
ラギーの一言に、彼女は一瞬にして顔を蒼くしながら後ろへ飛び退き、咄嗟に自分の身を守るように両手で自身の体を抱えた。
「うそっ! ちゃんとお風呂入ってるのに。というか、においなんて嗅がないでくださいよ!」
「そういう意味じゃなくって……。とりあえず、レオナさんにはしばらく近づかない方がいいと思うッスよ」
「……それってどういう意味ですか?」
ラギーの言うことが理解できず、教室へ戻ろうとする二人の後を追おうとする。彼女が問い詰めるように再び口を開こうとした時、ふさふさとしたジャックの尻尾が行く手を阻むように伸びてきた。
「ラギー先輩の言うことは聞いておいた方がいい。レオナ先輩には俺らから言っておく。それから、あまり俺達の傍にも来るな」
じゃあな、という低い声に、彼女の足が止まった。くんくん、と自分のにおいを嗅いでみるがこれといって目立つようなキツイにおいはしない。今朝方、仄かに香っていたシャンプーの匂いも今じゃすっかり消えてしまっている。
「そんなに臭いかな……」
ぽつりと呟いた声は、大食堂の賑わう声に掻き消されてしまい誰の耳にも届かなかった。
グリムを先に教室へ戻した彼女は、残り僅かとなった昼休みの時間でレオナを探し回っていた。ラギーとジャックから受けた謎の忠告の意味も知りたい。だが二人が散々探したと言っただけあって、なかなか彼の姿を見つけることができない。少し時間のずれた懐中時計を確認してみれば、タイムリミットは十分と無い。そろそろ教室に戻らないと、と小走りで中庭を後にしようとした時、目の前にゆらりゆらりと揺れるものが現れた。
「こんなところで何してんだ」
ゆら、ゆら、と揺れるのは紛れもなくレオナの尻尾である。それを認識した彼女が上を向いてみれば、一番太い木の枝の上に座る彼の姿を発見した。
「うわッ……! れ、レオナさん⁉ そんなとこで何してるんですかっ?」
危ないですよ! と慌てふためきながら大きな声を上げる彼女を尻目に、レオナは地面へと飛び降りる。まさか木の上にいるとは思わなかった。驚愕に強張った体が緊張から解き放たれると、今度は脈拍が速くなった。
「人が聞いたことをそのまま返すなよ……」
少し乱れた髪の毛を直しながら煩わしそうに表情を歪めるレオナだったが、彼女はそんな小言を聞き流しさっさと用件を話して教室へ向かおうとした。早口で連絡事項を告げ、それじゃあと踵を返そうとする。が、腰回りにするりと絡んできた尻尾に身動きが取れなくなってしまった。
「へっ……?」
ラギーににおいを嗅がれた時とまさに同じ状況である。難しい顔をしながらもスンスンと何かをたしかめるかのように鼻を鳴らす。距離を取ろうとする彼女とは裏腹に、レオナは更に距離を縮めてきた。
身を屈めていた彼が更に背中を丸め、首元に顔を埋めるかのようにして深く吸い込み、そして息を吐く。生温かい息の感触や、彼の長くて柔らかい髪の毛が素肌を撫で、ぶわりと全身の肌が粟立つ。
行き場を失って宙を彷徨っていた手がピリピリと痺れたように動かなくなってしまい、震える指先でなんとか彼の制服を掴むと、顔を上げたレオナが口元に微かに笑みを浮かべていた。長い睫毛に隠れたエメラルドのような瞳には、微かに情欲の焚火が垣間見える。
「レ、オナさん……あ、の……」
戸惑いの表情を浮かべた彼女の喉から出たのは、ほとんど音にならなかった掠れ声。それでもどうにか絞り出すようにして言葉を続けた。
「や、やっぱり私、今日臭いですか……?」
大食堂にてラギーやジャックを相手にしている時とは状況が違う。今目の前にいるのはひっそりと想いを寄せている相手だ。好いた人の前では、常に可愛らしい女の子でありたい。この世の女の子全てが思っていることだろう。だがしかし、今の自分の状態はなんだ。肩の上で切り揃えた髪の毛。女物の制服が無い故に男物の制服を着用している。お世話になっている身からすれば贅沢は言えないので、用意した数少ない私服もかつて着ていたような可愛らしい洋服ではない。おまけに今日は臭いときた。
自身のスラックス姿を見つめ直し、小さくため息を吐く。掴んでいたレオナの制服から指先を放した彼女は、悲痛に歪みそうになる表情を隠そうと引き攣る口角を無理やり上げて乾いた笑いを零した。
「さっき、ラギー先輩達にも言われたんですよ。俺達の傍に寄るなー、って」
特に、レオナさんの傍には、って。
最後に呟いた言葉は思っていたよりも小言になってしまい、校舎の方から聞こえてきた予鈴と重なってしまった。
「授業に、行かないと……」
その場にいたくない気持ちが勝った彼女は、行き場を阻むように揺れているレオナの尻尾を手で優しく払い、今度こそ校舎へ向かおうとする。臭い、という返事が聞くのも怖かった。
「あいつらに嗅がせたのか」
小さく舌を打ったレオナはブレザーの裾から見える細い腕を掴み上げ、距離を取ろうとする彼女を自分の元へと連れ戻す。逃げるなと言わんばかりに込められた手の力に、彼女の心臓は大きく飛び跳ねた。
「臭うんだよ。雌のニオイがプンプンしやがる……」
「め、雌のニオイ……?」
一体何のことを言っているんだ、と目を丸くしている間に、少し強めに掴まれた手が放された。握られていた手首に残る熱がどんどんと冷めていく感覚に恋しさを覚える。
「発情期のニオイがするって言ってんだ」
「人間に発情期は無いんですが……」
じりじりと後ずさる彼女に対して、レオナは逆に距離を詰めてくる。だが、手を出したのは先ほど咄嗟に手首を掴まれた時だけだ。理解しがたい話をされている状況下ではあるが、こうも好きな人が目の前にいる状態は落ち着かない。
ゆっくり、ゆっくりと前進し獲物を追い詰めていく様はまさに肉食動物そのものだ。先ほど垣間見えた情欲の焚火は気のせいでなかったらしい。
なんで、どうして、と色々考えを巡らせながら後ずさるうちに、木の幹に背中をぶつけてしまったらしい。ドン、と軽い衝撃を背中と後頭部に受けたのと同時に、それ以上逃げ場が無いことを本能が悟る。向けられる翡翠の瞳に畏怖の念を抱いてしまい、みっともなく足がガクガクと小刻みに震え始めてしまった。
「あ、あのっ……!」
「逃げたきゃ逃げればいい」
口ではそう言う癖に、レオナの両手は彼女の顔の横にあった。木の幹に手を付き、まるで退路を塞ぐように目の前に立ちはだかる。隙間から逃げ出そうとすれば更に体を寄せてきて、ふわりと彼の匂いが鼻腔を掠めた。柔軟剤とおひさまのにおい、それから彼自身のにおいだ。頭に顔を何度も摺り寄せ、猫のように甘える仕草に息苦しさを感じるほど胸が締め付けられる。
頬や首筋を彼の髪の毛で擽られる度に、肌が粟立ち自重を支える足腰から力が抜けていく。背筋を走る感覚はまさしく愉悦の一種だった。どく、どくんっ、と心臓が脈打つ度に躰の内側から熱が生まれ、肌が火照りだす。じわりと肌の表面に汗が滲み出して、肌着が貼り付いてくる感触が気持ちが悪い。
彼の息吐きが耳を擽る度に、下腹部の奥底が甘い疼きを覚えてしまい戸惑うように小さな声が漏れた。経験が無くとも、身体は本能的に官能の火を灯していく。自分が自分では無くなっていく、自分が見知らぬ誰かになってしまうような感覚に、戸惑いからほんの少し恐怖を感じた。甘い吐息を漏らし、ぴりぴりと痺れる指先でなんとかレオナの制服に縋りつく。胸いっぱいに彼の匂いを吸い込むと、不思議とそれが安心感へと変わっていった。
「レオナさん……?」
これは自分の声なのだろうか。唇をわなわなと震わせながら、やっとの思いで声に出した彼の名前。少し力の抜けた舌の上に乗せた音は、自分でも驚くほど甘く蕩けていた。
舌足らずな彼女の声を聞き、レオナは耳をピクピクと小さく動かしながら顔を上げる。木漏れ日の光を受けて宝石のように煌めく翡翠の瞳には、今まで見え隠れしていただけの欲情の種火の姿は無い。それは、いつの間にか燃え盛る焔へと姿を消しゆらゆらと揺らめいていた。
「あっ……」
本能が悟る。自分は、彼に"喰われる身"であるということを。
顔が近づいてきた瞬間、彼女は咄嗟に目を瞑ってしまった。恐れからなのか。それとも、これから自分の身に何が起こるのか知っている身体が反射的に取った行動なのかは分からない。だが、予想していた感触は無く、息吐きで耳朶を擽られるというかたちで不意を突かれた。
「――――……」
直に鼓膜を擽られるように名前を呼ばれ、ゾクゾクと背筋を喜悦が走り抜けた。
恐る恐るゆっくりと目を開けてみると、目の前の男はひどく優しい表情を浮かべていて、とくんと胸が高鳴った。
「触れてもいいか……?」
掠れた低い声は、今まで聞いたことの無いものだった。全身が蕩けてしまいそうな錯覚に陥ってしまうような、そんな甘い官能的な声。問い掛ける声色はとても柔らかくて、すぐに緊張で強張った身体を解きほぐしていった。
レオナの問いに何度も小さく頷いて肯定の意を表す。大丈夫、と言葉にする余裕はとうの昔に失くしていた。
彼女の言葉を聞いたレオナは手袋を外し、スラックスの後ろポケットに乱雑に突っ込むと、まるで壊れ物を扱うようにゆっくりと指先を彼女の左頬に伸ばした。少しでも力を入れて触れば壊れてしまう――例えるならば一生懸命作った砂のお城のように扱われ、彼女は困惑しながらもレオナの手を受け入れていた。
男らしさを感じさせるゴツゴツと骨ばった大きな手は、彼女の顔を簡単に包み込んでしまう。薄紅色に色付いた彼女の頬を、レオナの親指が恭しく撫でたかと思えば、生え際の襟足部分を他の指で擽られる。こそばゆさを感じて身を捩りながら必死に耐えるのだが、その爪先が耳殻を嬲りだすとみっともなく膝が戦慄いた。少しでも気を抜けば、喉奥に押し込めている音が口からこぼれ落ちてしまいそうだった。
「随分と敏感じゃねぇか……」
小馬鹿にするように鼻で小さく笑うものの、彼の手つきや表情は優しいまま。それどころか、力の入らなくなっていた体を支えるように腰へと腕を回してきた。そのまま木に体重を預けていた彼女の体を、自らの胸へと導き抱き寄せる。咄嗟に顔を上げた彼女の瞳は驚愕で揺らいでいた。
後頭部と腰に添えられた手に身を委ね、彼女はゆっくりと近づいてくるレオナの双眸を見つめ続けていた。互いの息吐きの熱を肌で感じるほど近くなった距離。少しでも動けば鼻先が擦れ合い、その僅かな刺激にさえ身体が小さく跳ねた。
くすり、と微かに笑い声を漏らしたレオナは、彼女の様子を窺いつつ頬や額、目尻や鼻先へと顔中に唇を落としていく。唇をわざと外して口元や顎先へ口づけると、彼女は焦れた様子で唇をわなわなと震わせていた。
あと少し。あと少しで、唇同士が触れ合う。気配だけでもじんじんと痺れを覚えはじめていた唇は、彼からの口づけを待ち侘びているというのに、滲んだ視界に映る男はそれ以上距離を縮めてこなかった。獲物を捕らえた獅子の双眸が愉しげに細くなっていくのを目にし、彼女はついに痺れを切らした。
閉じ切っていた唇を薄く開い、ほんの少しだった距離を自ら縮めていく。ようやく触れることのできた温もりに、胸の中が幸福感でいっぱいに膨れていった。僅かに乾燥していた唇を柔く食むようにしてもう一度口づければ、レオナは意地の悪い笑みを浮かべながら彼女の腰をさらに抱き寄せる。
「授業はもう諦めたのか?」
「……どうせ行かせてくれないくせに」
「当たり前だろう。俺は、狙った獲物は絶対に逃がさない」
不満をぶつけた唇は、まるで強奪するかのように奪われた。噛み付くように何度も唇を貪られたかと思えば、啄むだけの可愛らしいキスをほどこす。緩急のある口づけを交互に繰り返される理由に気がついたのは、彼女が徐々に応えられるようになってからだった。
息苦しさを感じると、体は無意識の内に固くなりレオナの腕にしがみついていた手の力が強くなる。そんな些細な動きに彼は気づいてくれていたようだ。彼女の体が小刻みに震え出せば、まるで「息をしろ」とでも言うように唇が離れていく。息苦しさから喘ぎ、必死で酸素を取り込んでいる間、レオナは彼女の下唇や上唇を交互に啄み、紅潮した頬へ唇を落とした。
降り続いていたキスの雨もようやく止み、彼女は少し物足りなさを感じながらも上がった呼吸を整えた。経験は無くとも、それなりに人生を歩んでいれば知識くらいは得ることができる。愛情を確かめ合う行為には更に先があることを知っているのだ。当然、身体も本能的に熱を帯びて準備を整えはじめていた。
「その顔……他の奴等には見せんじゃねーぞ」
熱に浮かされた彼女が浮かべる恍惚とした表情。それを見たレオナは、独占欲を露わにし不機嫌そうに喉を鳴らした。
自分のモノだと言わんばかりに、自らのニオイを擦り付け、喉元に何度も口吸いをし、鋭い牙を白い肌へと突き立てる。深紅の華を思わせる傷痕を刻み込み、それを愛でるように優しく舌で舐る。少しの刺激にさえ敏感に感覚を拾う彼女を見て、レオナもまた法悦に浸っていた。
「……レオナさんの前だけです」
レオナの胸元に顔を擦り付け、小さな音を紡ぐ。それが今の彼女にとっての精一杯の応えだった。
恥じらう彼女の頭の上に、自らの顔を乗せたレオナは居心地良さそうに喉をゴロゴロと鳴らす。ぎゅうっと強めに抱き締めた後、それが合図かのように双方の体が離れていく。かと思えばどちらからともなく唇同士の距離が縮まっていった。
どちらからともなく交わされた口づけは、先ほどのように物足りなさを感じるもの。彼女の中にある我慢の糸はとっくに切れていた。もっと、と強請るように舌先を伸ばしてレオナの唇を突ついてみれば、彼は小さく笑った後、それに応えるように彼女の後頭部を手で支えるようにし、何度も角度を変えながら徐々に徐々に繋がりを深くしていった。
思っていたよりも肉厚に感じる舌でべろりと唇を舐められたかと思えば、すぐにそれは口咥内へと潜り込んでこようとする。自分から誘ってみたものの、ここから先は上手く想像することができない。どうしたらいいのかと、彼女が戸惑いつつも恐る恐る固く閉ざしていた唇を薄く開いた。
「んっ……ぅ」
すぐに差し込まれた舌に反射的に驚いた彼女の体が小さく震えた。口咥内で委縮していた舌をすぐに絡め取られたかと思えば、歯裂や頬の裏を這い、そして上顎を舌先で擽られる。刺激を受けやすい敏感な場所を執拗にいたぶられ、訳も無く瞳が熱を持った。
彼の息継ぎのタイミングで拙いながらも必死で酸素を吸い込むが、それでも元々の肺活量が違う。すぐに息苦しさを感じて体が強張り、彼女はレオナの背中を掻き抱いた。
遠慮なく口咥内を蹂躙していた舌がようやく後退っていく。今まで口の中を支配していたものが急に存在感を消したことに、彼女は意外にも安堵よりも違和感を強く覚えていた。いかないで、とレオナの唇を柔く食んだのは無意識に近い。だが、息苦しさに小さく喘ぎながら彼の名を呼んだのは、たしかな意思を持っての行動だった。
「……舌を出せ」
低く呟かれたその声に、ゆっくりと舌を出してみる。唇の合間から少しだけ覗くように出てきたその泡紅色の舌を見て、彼は「もっと」と要求してきた。差し出していた舌を思い切って突き出すように伸ばせば、レオナは口元に微かな笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。
舌先同士を擦り合わせるようにしてちろちろと舐め合い、軽くリップ音を立てながら軽く吸われる。人よりも鋭い犬歯が舌や唇に当たる度に、甘い痛みを感じさせた。
繰り返される官能的な口づけに、彼女は我を忘れて必死に応えた。熱い舌、熱い吐息、体を支える熱い手、その全てが触れた場所から溶かされていくような錯覚に陥り、脚が戦慄き、腰が砕ける。
腰を引き寄せていた彼の手が、まるで「大丈夫だ」とあやすかのように背中を撫でた。後頭部に添えられた手がくしゃりと髪の毛を柔く掴み、指先を器用に扱い地肌を愛撫する。既に自重を支えていた下半身はその役目を放棄しており、ほとんど彼に支えてもらうような恰好となっていた。
「ん、ッ……ぅ、ぁ、れ、おな…さ……んンぅッ」
暴力的とも言える甘い口づけに彼女は完全に膝を折ってしまい、レオナに支えられながらゆっくりと地面に膝をつく。だが、その間も、膝をついた後も、彼の猛追は止まらなかった。
貪るように唇を食まれ、ようやく取り込んだ酸素までも奪うように口咥内を犯される。逃がすものか、と両の手で顔を掴むその姿勢にすら、喜悦を覚え下腹部の奥の臓器が熱を持ち、潤みだした秘部が疼きだした。
どちらのものかも分からぬ唾液がどんどんと口内に溜まっていき、舌が踊る度にくちゅくちゅと粘着質な水音が立つ。溢れたそれが口の端からこぼれ落ちて顎元を汚した。それにすら興奮を覚えてしまうのはおかしいことなのだろうか。羞恥に目元を染めながら彼女はレオナに縋りつく。
名残惜しそうに何度も啄みながらゆっくりと離れていった唇に、彼女は心細さを感じ小さく声を漏らす。ふわりと頭を撫でられ、眦からは生理的な涙がこぼれ落ちた。
「クソッ……そんな顔されたら我慢が効かなくなるだろうが……」
どこか苛立った様子を見せるレオナの目元や頬も、褐色の肌故分かりにくいが、ほんのりと赤く染まっている。耳は前向きにピンと立ち上がり、尻尾もゆらゆらと忙しなく動いていた。翠の双眸はたしかに欲を孕んでいて、真っすぐと見下ろす二つの瞳に彼女の本能は悦びを覚えていた。
彼女の頬を伝い落ちる涙を舌先で掬ったレオナは、そのまま熱を帯びた頬に唇を落としていく。涎で汚れた口元や顎先、喉元を念入りに舐めた後、レオナは彼女の耳殻に歯を立て耳朶をしゃぶり、耳の中に直接吹き込むように囁いた。
「なぁ……六限目もサボっちまうか?」
ゾクゾクと愉悦が背筋を駆け上がり、脳が痺れた。こくこく、と小さく何度も頷けば、彼が耳元で笑い「立てるか?」と聞いてきた。既に身体の力は抜けきってしまい、四肢さえ満足に動かせない状況だ。「ごめんなさい」と呟けば、彼は口元に笑みを浮かべながら彼女の体を横抱きにしてゆっくりと持ち上げた。
「ッ……! レ、レオナさん……⁉」
「危ねぇから暴れるなよ」
流れるようにちゅっと軽く額に唇が落とされ、みるみるうちに顔中に血が集まっていく。顔は真っ赤に染まり、彼の顔が見られないと視線を逸らした。
そんなものより激しいキスを今の今まで交わしていたというのに、額に口づけただけで恥ずかしがる彼女を見たレオナは愉しそうにくつくつと笑い、再び唇へキスを落とした。
「ラギー先輩、やっと見つけた」
彼女の呼び声に反応しピクピクと耳を動かしたラギーは、やっとありつけた昼食を口に運びながら顔を向けた。
「先生から伝言。今日の部活はグランド整備により急遽お休みです。他の二年生にも伝えて欲しいのと……レオナさんは?」
授業の間休みにマジカルシフト部の顧問であるアシュトン・バルカスから伝言を預かったのだ。できるだけ多くの人に伝えようと思い、いつもラギーと一緒にいるレオナの姿を探すのだが見当たらない。
「レオナさんなら行方不明ッスよ。俺らも探してたんスけど、見つけられずじまいでこの通り」
ジャックと共に探していたが結局見つけられなかったと肩を竦める。二人してため息を吐いているところを見て、彼女は「えぇ……」と小さくこぼしながら項垂れた。
いつも身を隠しているところにいないのであれば、一体どこにいるのだろうか。考えを巡らせていると、スンスンと何やらにおいを嗅いでいるラギーの顔が目の前に迫っていることに気がついた。
「え、っと……ラギー先輩?」
しかめ面しながらにおいを嗅ぎ続けるラギー先輩を呼びながらも助けを求めようと周りに視線を向ける。見ればジャックも同じようにしてクンクンと鼻を鳴らしているではないか。
「あのー……?」
「におう」
ラギーの一言に、彼女は一瞬にして顔を蒼くしながら後ろへ飛び退き、咄嗟に自分の身を守るように両手で自身の体を抱えた。
「うそっ! ちゃんとお風呂入ってるのに。というか、においなんて嗅がないでくださいよ!」
「そういう意味じゃなくって……。とりあえず、レオナさんにはしばらく近づかない方がいいと思うッスよ」
「……それってどういう意味ですか?」
ラギーの言うことが理解できず、教室へ戻ろうとする二人の後を追おうとする。彼女が問い詰めるように再び口を開こうとした時、ふさふさとしたジャックの尻尾が行く手を阻むように伸びてきた。
「ラギー先輩の言うことは聞いておいた方がいい。レオナ先輩には俺らから言っておく。それから、あまり俺達の傍にも来るな」
じゃあな、という低い声に、彼女の足が止まった。くんくん、と自分のにおいを嗅いでみるがこれといって目立つようなキツイにおいはしない。今朝方、仄かに香っていたシャンプーの匂いも今じゃすっかり消えてしまっている。
「そんなに臭いかな……」
ぽつりと呟いた声は、大食堂の賑わう声に掻き消されてしまい誰の耳にも届かなかった。
グリムを先に教室へ戻した彼女は、残り僅かとなった昼休みの時間でレオナを探し回っていた。ラギーとジャックから受けた謎の忠告の意味も知りたい。だが二人が散々探したと言っただけあって、なかなか彼の姿を見つけることができない。少し時間のずれた懐中時計を確認してみれば、タイムリミットは十分と無い。そろそろ教室に戻らないと、と小走りで中庭を後にしようとした時、目の前にゆらりゆらりと揺れるものが現れた。
「こんなところで何してんだ」
ゆら、ゆら、と揺れるのは紛れもなくレオナの尻尾である。それを認識した彼女が上を向いてみれば、一番太い木の枝の上に座る彼の姿を発見した。
「うわッ……! れ、レオナさん⁉ そんなとこで何してるんですかっ?」
危ないですよ! と慌てふためきながら大きな声を上げる彼女を尻目に、レオナは地面へと飛び降りる。まさか木の上にいるとは思わなかった。驚愕に強張った体が緊張から解き放たれると、今度は脈拍が速くなった。
「人が聞いたことをそのまま返すなよ……」
少し乱れた髪の毛を直しながら煩わしそうに表情を歪めるレオナだったが、彼女はそんな小言を聞き流しさっさと用件を話して教室へ向かおうとした。早口で連絡事項を告げ、それじゃあと踵を返そうとする。が、腰回りにするりと絡んできた尻尾に身動きが取れなくなってしまった。
「へっ……?」
ラギーににおいを嗅がれた時とまさに同じ状況である。難しい顔をしながらもスンスンと何かをたしかめるかのように鼻を鳴らす。距離を取ろうとする彼女とは裏腹に、レオナは更に距離を縮めてきた。
身を屈めていた彼が更に背中を丸め、首元に顔を埋めるかのようにして深く吸い込み、そして息を吐く。生温かい息の感触や、彼の長くて柔らかい髪の毛が素肌を撫で、ぶわりと全身の肌が粟立つ。
行き場を失って宙を彷徨っていた手がピリピリと痺れたように動かなくなってしまい、震える指先でなんとか彼の制服を掴むと、顔を上げたレオナが口元に微かに笑みを浮かべていた。長い睫毛に隠れたエメラルドのような瞳には、微かに情欲の焚火が垣間見える。
「レ、オナさん……あ、の……」
戸惑いの表情を浮かべた彼女の喉から出たのは、ほとんど音にならなかった掠れ声。それでもどうにか絞り出すようにして言葉を続けた。
「や、やっぱり私、今日臭いですか……?」
大食堂にてラギーやジャックを相手にしている時とは状況が違う。今目の前にいるのはひっそりと想いを寄せている相手だ。好いた人の前では、常に可愛らしい女の子でありたい。この世の女の子全てが思っていることだろう。だがしかし、今の自分の状態はなんだ。肩の上で切り揃えた髪の毛。女物の制服が無い故に男物の制服を着用している。お世話になっている身からすれば贅沢は言えないので、用意した数少ない私服もかつて着ていたような可愛らしい洋服ではない。おまけに今日は臭いときた。
自身のスラックス姿を見つめ直し、小さくため息を吐く。掴んでいたレオナの制服から指先を放した彼女は、悲痛に歪みそうになる表情を隠そうと引き攣る口角を無理やり上げて乾いた笑いを零した。
「さっき、ラギー先輩達にも言われたんですよ。俺達の傍に寄るなー、って」
特に、レオナさんの傍には、って。
最後に呟いた言葉は思っていたよりも小言になってしまい、校舎の方から聞こえてきた予鈴と重なってしまった。
「授業に、行かないと……」
その場にいたくない気持ちが勝った彼女は、行き場を阻むように揺れているレオナの尻尾を手で優しく払い、今度こそ校舎へ向かおうとする。臭い、という返事が聞くのも怖かった。
「あいつらに嗅がせたのか」
小さく舌を打ったレオナはブレザーの裾から見える細い腕を掴み上げ、距離を取ろうとする彼女を自分の元へと連れ戻す。逃げるなと言わんばかりに込められた手の力に、彼女の心臓は大きく飛び跳ねた。
「臭うんだよ。雌のニオイがプンプンしやがる……」
「め、雌のニオイ……?」
一体何のことを言っているんだ、と目を丸くしている間に、少し強めに掴まれた手が放された。握られていた手首に残る熱がどんどんと冷めていく感覚に恋しさを覚える。
「発情期のニオイがするって言ってんだ」
「人間に発情期は無いんですが……」
じりじりと後ずさる彼女に対して、レオナは逆に距離を詰めてくる。だが、手を出したのは先ほど咄嗟に手首を掴まれた時だけだ。理解しがたい話をされている状況下ではあるが、こうも好きな人が目の前にいる状態は落ち着かない。
ゆっくり、ゆっくりと前進し獲物を追い詰めていく様はまさに肉食動物そのものだ。先ほど垣間見えた情欲の焚火は気のせいでなかったらしい。
なんで、どうして、と色々考えを巡らせながら後ずさるうちに、木の幹に背中をぶつけてしまったらしい。ドン、と軽い衝撃を背中と後頭部に受けたのと同時に、それ以上逃げ場が無いことを本能が悟る。向けられる翡翠の瞳に畏怖の念を抱いてしまい、みっともなく足がガクガクと小刻みに震え始めてしまった。
「あ、あのっ……!」
「逃げたきゃ逃げればいい」
口ではそう言う癖に、レオナの両手は彼女の顔の横にあった。木の幹に手を付き、まるで退路を塞ぐように目の前に立ちはだかる。隙間から逃げ出そうとすれば更に体を寄せてきて、ふわりと彼の匂いが鼻腔を掠めた。柔軟剤とおひさまのにおい、それから彼自身のにおいだ。頭に顔を何度も摺り寄せ、猫のように甘える仕草に息苦しさを感じるほど胸が締め付けられる。
頬や首筋を彼の髪の毛で擽られる度に、肌が粟立ち自重を支える足腰から力が抜けていく。背筋を走る感覚はまさしく愉悦の一種だった。どく、どくんっ、と心臓が脈打つ度に躰の内側から熱が生まれ、肌が火照りだす。じわりと肌の表面に汗が滲み出して、肌着が貼り付いてくる感触が気持ちが悪い。
彼の息吐きが耳を擽る度に、下腹部の奥底が甘い疼きを覚えてしまい戸惑うように小さな声が漏れた。経験が無くとも、身体は本能的に官能の火を灯していく。自分が自分では無くなっていく、自分が見知らぬ誰かになってしまうような感覚に、戸惑いからほんの少し恐怖を感じた。甘い吐息を漏らし、ぴりぴりと痺れる指先でなんとかレオナの制服に縋りつく。胸いっぱいに彼の匂いを吸い込むと、不思議とそれが安心感へと変わっていった。
「レオナさん……?」
これは自分の声なのだろうか。唇をわなわなと震わせながら、やっとの思いで声に出した彼の名前。少し力の抜けた舌の上に乗せた音は、自分でも驚くほど甘く蕩けていた。
舌足らずな彼女の声を聞き、レオナは耳をピクピクと小さく動かしながら顔を上げる。木漏れ日の光を受けて宝石のように煌めく翡翠の瞳には、今まで見え隠れしていただけの欲情の種火の姿は無い。それは、いつの間にか燃え盛る焔へと姿を消しゆらゆらと揺らめいていた。
「あっ……」
本能が悟る。自分は、彼に"喰われる身"であるということを。
顔が近づいてきた瞬間、彼女は咄嗟に目を瞑ってしまった。恐れからなのか。それとも、これから自分の身に何が起こるのか知っている身体が反射的に取った行動なのかは分からない。だが、予想していた感触は無く、息吐きで耳朶を擽られるというかたちで不意を突かれた。
「――――……」
直に鼓膜を擽られるように名前を呼ばれ、ゾクゾクと背筋を喜悦が走り抜けた。
恐る恐るゆっくりと目を開けてみると、目の前の男はひどく優しい表情を浮かべていて、とくんと胸が高鳴った。
「触れてもいいか……?」
掠れた低い声は、今まで聞いたことの無いものだった。全身が蕩けてしまいそうな錯覚に陥ってしまうような、そんな甘い官能的な声。問い掛ける声色はとても柔らかくて、すぐに緊張で強張った身体を解きほぐしていった。
レオナの問いに何度も小さく頷いて肯定の意を表す。大丈夫、と言葉にする余裕はとうの昔に失くしていた。
彼女の言葉を聞いたレオナは手袋を外し、スラックスの後ろポケットに乱雑に突っ込むと、まるで壊れ物を扱うようにゆっくりと指先を彼女の左頬に伸ばした。少しでも力を入れて触れば壊れてしまう――例えるならば一生懸命作った砂のお城のように扱われ、彼女は困惑しながらもレオナの手を受け入れていた。
男らしさを感じさせるゴツゴツと骨ばった大きな手は、彼女の顔を簡単に包み込んでしまう。薄紅色に色付いた彼女の頬を、レオナの親指が恭しく撫でたかと思えば、生え際の襟足部分を他の指で擽られる。こそばゆさを感じて身を捩りながら必死に耐えるのだが、その爪先が耳殻を嬲りだすとみっともなく膝が戦慄いた。少しでも気を抜けば、喉奥に押し込めている音が口からこぼれ落ちてしまいそうだった。
「随分と敏感じゃねぇか……」
小馬鹿にするように鼻で小さく笑うものの、彼の手つきや表情は優しいまま。それどころか、力の入らなくなっていた体を支えるように腰へと腕を回してきた。そのまま木に体重を預けていた彼女の体を、自らの胸へと導き抱き寄せる。咄嗟に顔を上げた彼女の瞳は驚愕で揺らいでいた。
後頭部と腰に添えられた手に身を委ね、彼女はゆっくりと近づいてくるレオナの双眸を見つめ続けていた。互いの息吐きの熱を肌で感じるほど近くなった距離。少しでも動けば鼻先が擦れ合い、その僅かな刺激にさえ身体が小さく跳ねた。
くすり、と微かに笑い声を漏らしたレオナは、彼女の様子を窺いつつ頬や額、目尻や鼻先へと顔中に唇を落としていく。唇をわざと外して口元や顎先へ口づけると、彼女は焦れた様子で唇をわなわなと震わせていた。
あと少し。あと少しで、唇同士が触れ合う。気配だけでもじんじんと痺れを覚えはじめていた唇は、彼からの口づけを待ち侘びているというのに、滲んだ視界に映る男はそれ以上距離を縮めてこなかった。獲物を捕らえた獅子の双眸が愉しげに細くなっていくのを目にし、彼女はついに痺れを切らした。
閉じ切っていた唇を薄く開い、ほんの少しだった距離を自ら縮めていく。ようやく触れることのできた温もりに、胸の中が幸福感でいっぱいに膨れていった。僅かに乾燥していた唇を柔く食むようにしてもう一度口づければ、レオナは意地の悪い笑みを浮かべながら彼女の腰をさらに抱き寄せる。
「授業はもう諦めたのか?」
「……どうせ行かせてくれないくせに」
「当たり前だろう。俺は、狙った獲物は絶対に逃がさない」
不満をぶつけた唇は、まるで強奪するかのように奪われた。噛み付くように何度も唇を貪られたかと思えば、啄むだけの可愛らしいキスをほどこす。緩急のある口づけを交互に繰り返される理由に気がついたのは、彼女が徐々に応えられるようになってからだった。
息苦しさを感じると、体は無意識の内に固くなりレオナの腕にしがみついていた手の力が強くなる。そんな些細な動きに彼は気づいてくれていたようだ。彼女の体が小刻みに震え出せば、まるで「息をしろ」とでも言うように唇が離れていく。息苦しさから喘ぎ、必死で酸素を取り込んでいる間、レオナは彼女の下唇や上唇を交互に啄み、紅潮した頬へ唇を落とした。
降り続いていたキスの雨もようやく止み、彼女は少し物足りなさを感じながらも上がった呼吸を整えた。経験は無くとも、それなりに人生を歩んでいれば知識くらいは得ることができる。愛情を確かめ合う行為には更に先があることを知っているのだ。当然、身体も本能的に熱を帯びて準備を整えはじめていた。
「その顔……他の奴等には見せんじゃねーぞ」
熱に浮かされた彼女が浮かべる恍惚とした表情。それを見たレオナは、独占欲を露わにし不機嫌そうに喉を鳴らした。
自分のモノだと言わんばかりに、自らのニオイを擦り付け、喉元に何度も口吸いをし、鋭い牙を白い肌へと突き立てる。深紅の華を思わせる傷痕を刻み込み、それを愛でるように優しく舌で舐る。少しの刺激にさえ敏感に感覚を拾う彼女を見て、レオナもまた法悦に浸っていた。
「……レオナさんの前だけです」
レオナの胸元に顔を擦り付け、小さな音を紡ぐ。それが今の彼女にとっての精一杯の応えだった。
恥じらう彼女の頭の上に、自らの顔を乗せたレオナは居心地良さそうに喉をゴロゴロと鳴らす。ぎゅうっと強めに抱き締めた後、それが合図かのように双方の体が離れていく。かと思えばどちらからともなく唇同士の距離が縮まっていった。
どちらからともなく交わされた口づけは、先ほどのように物足りなさを感じるもの。彼女の中にある我慢の糸はとっくに切れていた。もっと、と強請るように舌先を伸ばしてレオナの唇を突ついてみれば、彼は小さく笑った後、それに応えるように彼女の後頭部を手で支えるようにし、何度も角度を変えながら徐々に徐々に繋がりを深くしていった。
思っていたよりも肉厚に感じる舌でべろりと唇を舐められたかと思えば、すぐにそれは口咥内へと潜り込んでこようとする。自分から誘ってみたものの、ここから先は上手く想像することができない。どうしたらいいのかと、彼女が戸惑いつつも恐る恐る固く閉ざしていた唇を薄く開いた。
「んっ……ぅ」
すぐに差し込まれた舌に反射的に驚いた彼女の体が小さく震えた。口咥内で委縮していた舌をすぐに絡め取られたかと思えば、歯裂や頬の裏を這い、そして上顎を舌先で擽られる。刺激を受けやすい敏感な場所を執拗にいたぶられ、訳も無く瞳が熱を持った。
彼の息継ぎのタイミングで拙いながらも必死で酸素を吸い込むが、それでも元々の肺活量が違う。すぐに息苦しさを感じて体が強張り、彼女はレオナの背中を掻き抱いた。
遠慮なく口咥内を蹂躙していた舌がようやく後退っていく。今まで口の中を支配していたものが急に存在感を消したことに、彼女は意外にも安堵よりも違和感を強く覚えていた。いかないで、とレオナの唇を柔く食んだのは無意識に近い。だが、息苦しさに小さく喘ぎながら彼の名を呼んだのは、たしかな意思を持っての行動だった。
「……舌を出せ」
低く呟かれたその声に、ゆっくりと舌を出してみる。唇の合間から少しだけ覗くように出てきたその泡紅色の舌を見て、彼は「もっと」と要求してきた。差し出していた舌を思い切って突き出すように伸ばせば、レオナは口元に微かな笑みを浮かべながら顔を近づけてきた。
舌先同士を擦り合わせるようにしてちろちろと舐め合い、軽くリップ音を立てながら軽く吸われる。人よりも鋭い犬歯が舌や唇に当たる度に、甘い痛みを感じさせた。
繰り返される官能的な口づけに、彼女は我を忘れて必死に応えた。熱い舌、熱い吐息、体を支える熱い手、その全てが触れた場所から溶かされていくような錯覚に陥り、脚が戦慄き、腰が砕ける。
腰を引き寄せていた彼の手が、まるで「大丈夫だ」とあやすかのように背中を撫でた。後頭部に添えられた手がくしゃりと髪の毛を柔く掴み、指先を器用に扱い地肌を愛撫する。既に自重を支えていた下半身はその役目を放棄しており、ほとんど彼に支えてもらうような恰好となっていた。
「ん、ッ……ぅ、ぁ、れ、おな…さ……んンぅッ」
暴力的とも言える甘い口づけに彼女は完全に膝を折ってしまい、レオナに支えられながらゆっくりと地面に膝をつく。だが、その間も、膝をついた後も、彼の猛追は止まらなかった。
貪るように唇を食まれ、ようやく取り込んだ酸素までも奪うように口咥内を犯される。逃がすものか、と両の手で顔を掴むその姿勢にすら、喜悦を覚え下腹部の奥の臓器が熱を持ち、潤みだした秘部が疼きだした。
どちらのものかも分からぬ唾液がどんどんと口内に溜まっていき、舌が踊る度にくちゅくちゅと粘着質な水音が立つ。溢れたそれが口の端からこぼれ落ちて顎元を汚した。それにすら興奮を覚えてしまうのはおかしいことなのだろうか。羞恥に目元を染めながら彼女はレオナに縋りつく。
名残惜しそうに何度も啄みながらゆっくりと離れていった唇に、彼女は心細さを感じ小さく声を漏らす。ふわりと頭を撫でられ、眦からは生理的な涙がこぼれ落ちた。
「クソッ……そんな顔されたら我慢が効かなくなるだろうが……」
どこか苛立った様子を見せるレオナの目元や頬も、褐色の肌故分かりにくいが、ほんのりと赤く染まっている。耳は前向きにピンと立ち上がり、尻尾もゆらゆらと忙しなく動いていた。翠の双眸はたしかに欲を孕んでいて、真っすぐと見下ろす二つの瞳に彼女の本能は悦びを覚えていた。
彼女の頬を伝い落ちる涙を舌先で掬ったレオナは、そのまま熱を帯びた頬に唇を落としていく。涎で汚れた口元や顎先、喉元を念入りに舐めた後、レオナは彼女の耳殻に歯を立て耳朶をしゃぶり、耳の中に直接吹き込むように囁いた。
「なぁ……六限目もサボっちまうか?」
ゾクゾクと愉悦が背筋を駆け上がり、脳が痺れた。こくこく、と小さく何度も頷けば、彼が耳元で笑い「立てるか?」と聞いてきた。既に身体の力は抜けきってしまい、四肢さえ満足に動かせない状況だ。「ごめんなさい」と呟けば、彼は口元に笑みを浮かべながら彼女の体を横抱きにしてゆっくりと持ち上げた。
「ッ……! レ、レオナさん……⁉」
「危ねぇから暴れるなよ」
流れるようにちゅっと軽く額に唇が落とされ、みるみるうちに顔中に血が集まっていく。顔は真っ赤に染まり、彼の顔が見られないと視線を逸らした。
そんなものより激しいキスを今の今まで交わしていたというのに、額に口づけただけで恥ずかしがる彼女を見たレオナは愉しそうにくつくつと笑い、再び唇へキスを落とした。