名探偵コナン
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昔から人前に立つことが苦手だった。知らない人とお喋りすることも苦手。授業で挙手なんかしたことないし、朝礼の1分間スピーチなんて毎回緊張で上手く喋れない。でも本当は、クラスの中心にいる子達のようにみんなでわいわい楽しくやりたい。本当はもっと、明るくなりたい。
気のしれた友達の前では自分らしくいられるのに、それ以外の人の前となるとどうしても自分を隠すための仮面が必要になる。どうして自分はこうも駄目人間なのだろうか。机の下で挙げようとした手は、いつまで経っても挙げられずにいた。
丁度、文化祭で行う演劇の配役決めだ。中々決まらない主役の王子とお姫様。当然だろう。思春期の男女が進んで立候補するような役ではない。いつまで経っても決まらない配役に、クラスメイト達はあいつとあいつはどうか、と押し付け合いを始める。台詞量も多い、舞台に立つ時間だって長い。お姫様なんて柄じゃないのも分かってはいたけれど、それでも昔から大好きな作品のお姫様だ。
小学生の頃に姉の演技を見て憧れたものだ。いらなくなったと捨てられていた台本をこっそりと回収し、今でも大切に持っている。台詞なんてとうの昔から頭に全部入っているくらいだ。家族の目を盗んでは一人、家の中でお姫様や他の役だって演じているのだ。
やりたい。どうせなら可愛いドレスを着て、私もスポットライトの下に立ってみたい。けど、私はいつまでたっても臆病な人間だ。
「誰かいませんか?」と学級委員が問いかけるのも、もう何度目だろうか。机の上に突っ伏して、一人、深く溜息を吐いた時、ふと後ろの座席から声がした。
「快斗くんと青子がやればー?」
「えー!?」
彼女達は幼馴染だそうでとても仲が良い。夫婦喧嘩にも見える二人の喧嘩は最早クラスの目玉と言ってもいい。
「いや、お姫様役なら赤子様に決まっている!」
男子生徒の推薦の声が上がる。彼女はクラス一、いや学校一の美女であろう。お姫様にはぴったりだ。でも、三人の配役をするのなら、私だったら王子は黒羽くんで、お姫様は青子ちゃん、赤子ちゃんはライバルのお姫様と言ったところか。私なんて、出るなら台詞も無いような脇役で十分。
候補は上がったものの、結局王子役が黒羽くんに決まっただけで、お姫様役は決まらず保留扱いに。青子ちゃんも迷っていたようだったし、赤子ちゃんもやる気は人一倍あった為、見送りになったのだ。ようやく終わったHRに、文句を零しながら生徒達は教室から出て行く。
誰もいなくなった教室に戻り、自分の席に荷物を置く。両隣の教室に誰もいないのを確認し、ドアや窓の戸締りをきちんと確認してから少しだけ声を張った。
私の大好きなシーン、大好きな台詞。王子とお姫様が永遠の愛を誓い合う場面だ。すっかりその世界に入り込んでしまった私の体は、最初の頃よりも大袈裟に動くようになっていた。手振りだけでは収まらず、身振りまで付けるようになった時、くるりと回った先にいたのはドアに背をもたれて私のことをじっと見ている黒羽くんだった。
「いいじゃん。なんでやんないの? お姫様役」
「く、くくく黒羽くんっ!?」
「ははっ、〝く〟多すぎ」
テンパる私の姿を見て、笑いながら「驚かせてごめん」と言う彼。
「……私には似合わないよ。お姫様なんて」
「なんで? スゲーじゃん。台詞も全部頭ん中入ってんだろ?」
「お姫様は可愛い子がやるべきだから」
私みたいな人間じゃ役不足なの、と自嘲するが、黒羽くんは笑わなかった。
「誰がそんなこと決めたんだよ」
「え?」
「お姫様は可愛い子がやるべきだ、とか。お前じゃ役不足だ、とか」
「……そ、それは世間体とか……」
「んなもん気にしなくていいよ。少なくとも、俺には君がお姫様に見えた。理由なんてそれで十分だろ。それとも、俺の目が信じられないか?」
自信満々に白い歯を見せて笑う黒羽くんは、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。目の前に立った彼の表情は、私の知っている彼ではない。ゆっくりとしゃがみこんで片膝を立てたかと思えば、私の手を取り、甲に口付けるフリをしてみせる。驚いて手を引っ込めようとしたが、握られた手に力が込められた。彼の形の良い唇が弦を描く。発せられた言葉は、劇中で最も有名な愛の台詞だった。
「……まるで怪盗キッドみたい」
「えっ!?」
「や、その、王子の口調のせいだけど、ほら、キッドに似てるじゃない?」
ぼそっと呟いたつもりだったのだが、あまりに彼が驚くからこちらも慌てて訂正する。キッドなんか新聞記事やテレビでしかその姿を見たことがない。声だって、映像が動画サイトに上がっているのをたまたま一度見ただけで覚えてない。ただ紳士のような丁寧な口調はとても印象に残っていた。すると彼は柔らかい微笑みを浮かべ、私の瞳を捕まえるようにじっと見つめてきた。
「続きをどうぞ? 皇女殿下」
劇の続きを催促してきている。話を逸らしたつもりだったが、どうやら失敗のようだ。ごくり、生唾を呑めば想像以上に大きな音が鳴ってしまい、かっと顔が熱を持つ。校庭から運動部に所属する生徒達の元気な声が聞こえてくる中、ゆっくりと続きの台詞を呟いた。
体だけでなく声まで震えてしまって、とても元気一杯のお姫様とは似ても似つかない。やっぱり駄目だ。私には無理だ。そう思って、台詞を読む口を止めた。けれども目の前にいる黒羽くんは急かすこともなく、私が台詞を言い終わるのを待っていた。
小さく震える手を『大丈夫だよ』とでも言うように、ぎゅっと握ってくれていた。青みがかった灰色の綺麗な瞳はまるでガラス玉のようで、じっとその瞳を見つめていると意識が吸い込まれてしまいそうになる。慌てて目を逸らして、残りの台詞を早口気味に言い切ると、今度は黒羽くんの番だ。けれどもいくら待ってもその続きの台詞は彼の口から出てこない。
「わるい、頭に入ってなかったわ」
申し訳なさそうに笑った彼を見て、私は込み上げてきた笑いが押さえられなかった。
「……あ、ごめッ……」
咄嗟に謝るがなかなか笑いは落ち着いてくれない。彼は怒るだろうか? そんな疑問もすぐに解決された。
「うん、やっぱりお姫様似合うよ」
怒るどころかにかっと白い歯を見せて笑った彼は、膝間づいていた所を軽く叩きながら立ち上がる。
「……え?」
小さく漏れた疑問の声に続いて「どういうこと?」という言葉が続くはずだった。が、丁度その時、廊下の方から黒羽くんを呼ぶ青子ちゃんの声が聞こえてきた。その声に彼は大きな声で「今行くー!」と声を上げる。「じゃあな」と手を小さく振る彼の背に、私も小さく「ばいばい」と呟いた。今日配布された台本を開き、私が一番大好きな台詞の部分を指でなぞる。
「……やってみようかな。お姫様」
ぽつり、小さく呟いた声は忘れ物を取りに戻ってきた黒羽くんに聞かれており、驚いて尻餅付いた私に、彼はすぐ手を差し伸べてくれた。
――その日、私は王子様に恋をしました。